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ツィアル国
114.謎多き本と終結
しおりを挟む次に聞く必要を感じるのは『英雄』を作る意味だ。
復讐だけなら呪いをかけるだけでも十分嫌がらせになるし、寿命が尽きれば家は取りつぶしとなる。エルフの寿命を考えれば、宮廷魔術師として暮らしながら没落する様を見るだけでもある程度溜飲は下がる……と思うのだ。
いや、……前世も今世も家族のため敵討ちをしようと考えている俺が言えることではないか。
「それで『英雄』を創ってシェリシンダ王国にトドメでも刺したかったのか?」
「……」
「おい?」
珍しく口をつぐんで俺をじっと見るカーラン。
しばらく無言で場が静かになるが、やがて口を開く。
「……アル、君の持っている『ブック・オブ・アカシック』についてはどれくらい知っている?」
「は? いや、家にあった便利な本、といっても曖昧な表記が多くて信憑性は半々ってところだけど、そんなもんだ。もう一つ聞きたかったのはこの本のことだ。研究者で寿命が長いならなにか知っているかと思ったんだよ」
「なるほど、やはり君は賢いな。私にとって、英雄の件と本の件は繋がっている。……お前はラヴィーネ=アレルタを知っているかな?
「……英雄、か」
急に馴染みのない名前が出ると、父さんがぽつりと呟く。
そうだ、旧時代の英雄でランク97という前代未聞の場所まで上り詰めた人間だったな。
「名前くらいなら。それがどうかしたのか?」
「……そのラヴィーネ=アレルタが『ブック・オブ・アカシック』を狙っているのだ。もしどこかで手に入ることが出来たとしてもヤツの耳に入れば確実に襲われる。
そのために私は対抗策として手元に『英雄』を置いておきたかったのだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それは旧時代の人間だろ? なんだ、同姓同名でそんなに強い英雄がいるってのか?」
グシルスがその場にいた全員の疑問を口にし、視線が集中する。
旧時代、少なくとも歴が変わる500年くらい前の存在なので生きているはずがないのだ。
「私も確実な情報を得ている訳ではありませんが、彼女はいまだ現存すると耳にします。それは『ブック・オブ・アカシック』を求めて彷徨っているとも」
「本を……? そんなに前から『ブック・オブ・アカシック』が存在するのか……」
「私が知る限り、1000年前とも言われています。ですが――」
カーランは目を細めて訝しむように言う。
「存在が『本当』なのかは正直なところ半信半疑でした。君に本物を見せてもらい、少々浮かれすぎましたねえ」
「いや、それはどうでもいい。手にしたことがある人間は居たという話は聞いたことがあるか?」
「噂程度なら。……そういえば妙ですねえ」
こいつも気づいたか?
今聞いた限りでも『ブック・オブ・アカシック』にはおかしな点が多い。
・誰かが手にしたことがあるかどうか怪しいのに、本の存在を結構な人間が知っていること。
・表紙と俺の言葉だけでこいつは『本物』だと断定したこと。
・存在があやふやなのに『知識が詰まっている』という噂が出回っていること。
少なくともこの三つはどういう経路を辿っても世界に認知されるとは思えない。
何故か?
『ブック・オブ・アカシック』は所有者しか読めないからだ。
歴代の所有者が吹聴していたとしても、本人しか読めないのだからそれが『真実』であることを誰かに見せなければならない。
俺がエリベール達に見せたように。
1000年もあればそういう噂も出回るかもしれないが、本の行方もある程度把握できていないと辻褄が合わない気もする。
奪われたとしても読めなければ意味がないのだから。
いや、まてよ……
「カーラン、『ブック・オブ・アカシック』は所有者と認められたものしか読めないというのは知っているか?」
「奪えば読める、というような話くらいなら」
やはりか。
意図的かどうかは分からないが、その部分は曖昧になっている気がする。
後は本そのものに聞いてみるしかないか。
「これ以上は分からないな……俺からは最後だ、ラヴィーネ=アレルタが生きている根拠と本を狙う理由は?」
「実物を見たことがないので、噂程度。それもこちらは『ブック・オブ・アカシック』を調べている時に聞いた話ですから、一般には出回っていません。そちらの騎士が驚いていたのがその証拠でしょう」
「『ブック・オブ・アカシック』を手に入れた人が襲われでもしたのか? でもこれはウチの本棚にあったしな……」
「本棚に? ……ふむ、ライクベルンの実家ですかね」
「そうなるな」
「アルバート将軍ならそういうものを手に入れる機会はありそうですがねえ」
「でも爺ちゃんもそうだし、両親もこの本を見て驚いたりしていなかった。知らずに手に入れた、のか……?」
となると両親が居ない今、爺さんに話を聞くしかないな。
英雄ラヴィーネ=アレルタが狙っているというのも気になる……伝説通りの強さなら爺さんでも――
「アル」
「うわ?! 母さん?」
急に後ろから抱きしめられ、びっくりした。
見れば母さんが俺を包みこんでいて、静かに話し出す。
「怖い顔になっているよ。今は疲れているんだ、あまり考えこまないようにね。カーランと言ったね、あたしはカーネリア。あんた長生きしているなら、黒い剣士の話は聞いたことがないかい?」
「……黒い剣士……いや、私は聞いたことがありませんねえ。忙しいので、この大陸とシェリシンダのある大陸にしかこの数百年行ったことがありませんしね。その剣士がなにか?」
「俺の実家を襲った犯人だ。そいつを探して殺すため、情報を集めている」
俺の言葉には反応せず、カーランは目を閉じてから国王に向けて言葉を発する。
「さて、そろそろ疲れました、極刑にするのでしょう? 早くお願いしますよ」
「……当然だ。明日の朝には執行する。もう話はよろしいか?」
国王がこちらを見て言い、俺達が頷くと話は終わりとなった。
ヘベル大臣が扉を開け、国王、グシルス、両親が出て行き俺も後を追う。
が、視線を感じて振り返るとカーランが憑物が落ちたような顔で俺を見ていることに気づいた。
最後の最後だと思い、俺はカーランに向きなおり質問を投げる。
「案外あっさりしているな。もっと抵抗するかと思ったんだけど」
「……そうですねえ。多分、私は疲れたんだと思います」
「疲れた?」
「ええ。私は自分のやったことに対し、後悔も間違いだとも思っていません。ですが、子供達を犠牲にしたことは紛れもない事実でしょう? 子供の声ってね、ほら、残るんですよ」
「……」
カーランが耳を動かし、肩を竦めて困ったように笑う。
「笑えないぞ」
「そうですか? これでも昔は面白い人だと言われていたのですがねえ。……ともあれ、アル、君も復讐に身を置くなら注意をすることです。なにがなんでも、どうしても、他人を犠牲にしても得られるものはありません」
「……わかってるさ」
「本当に憎かったのはシェリシンダ王だけだったはずなんですけどね。いつからかシェリシンダという国を憎むようになっていたようです」
そこまで聞いてから俺はこいつの言った言葉を思い出して聞いてみる。
「そういえば俺に託すと言ったな、あれはどういう意味だったんだ?」
「ああ、どうやら君はいつかシェリシンダの王になりそうでしたからね。君なら私のような者を出さない賢い王になるのではないかと」
「よせよ。俺はあいつを殺さなきゃならない。少なくともそれが終わるまでは何者にもなるつもりはない」
「では、同じ復讐者として君が早くそれを達せられるようあの世で祈っておきましょうか。……さ、行くといい、両親が呼んでいますよ」
前を向くと母さんが手招きをして呼んでいる。
ヘベル大臣は俺達の話を聞きながらも、なにも語らない。
「……じゃあな、カーラン」
「ええ、良い人生を、アル」
――重い扉が閉じ、俺達は地下牢を後にする。
◆ ◇ ◆
そして翌日、ガリア王の言葉通り極刑が執行されることになった。
王宮の広場にて膝をついたカーランが独り言を、呟いていた
「……私は殺し過ぎた、君の下には行けそうにないねえ。まあでも、面影のある人には出会えたし満足だ。悔いはない」
「……やれ!」
国王が手を下げた瞬間、カーランの首に剣が落とされヤツは生涯を終えた。
復讐に身をやつした男の末路。
手段は褒められたものではないが、きっと大切な人を奪われたことによる凶行なのだろう。最後の言葉がそう物語っていた。
<許されませんが、なんだかいたたまれませんね……>
理不尽に対する報復だ、どっちがとは俺からは言えない。
ただ、次にまた人として生まれて来るなら俺とは違い幸せに生きて欲しいと思う。
そして、カーランが死んだことにより四国を巡る騒動が終わった瞬間だった。
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