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ツィアル国

102.準備段階

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 『目をつけられた形になったが良かったのか?』
 『ああ、どうせカーランに近づく必要はあったから僥倖ってところじゃないか? 問題はカーランの強さだ。【呪い】についても吐かせる必要があるし、難題だよ』

 宿への帰り道、俺は魔人語でグラディスとそんな話をしながら歩いていた。
 会話をした時点で分かったことがいくつかあったは収穫だと思う。

 まず、誘拐事件の話をした際に『ルイグラスの管轄』だと零したこと。
 俺は村で誘拐があった、としか言っていないのだが決めつけて失言したんだよな。

 次に俺の顔を見たことがあるかもしれないと言ったことだ。
 もちろん面識はない。
 が、あの言い方だと『アル』の顔を知っているということになる。
 ただ、どういう手段で見ていたのかがさっぱり分からない。顔に細工をしておいて正解だったな。
 
 さて、グラディスにも言ったがここからが問題だ。
 改築工事の手伝いをするにしても、カーランが直接指示をしている訳ではないだろうから、どうやって倒すかを考えないといけない。

 グラディスに任せて俺がこっそり……とも考えられるが、宮廷魔術師を名乗るような男だ。個人戦力が強い可能性が高い。
 俺が前世で復讐した時はもういいおっさんだったから五人くらい相手にしてもなんとかなった。
 だが今は剣と魔法、両方ともまだ中途半端な強さしかないので一人で戦えるとは思えない。

 『……』
 『あまり考えるな。いざとなれば俺が切り込んでやる』
 『子供を助けないといけないもんな。よし、切り替えていくか!』

 そして翌日。
 王宮の改築を進めていくことになるが、これが結構厄介だった。
 グラディスに通訳をしつつ作業を進めるわけだけど、現場監督さんから内容を聞いて作業していても急に違うところをやってくれと言われることが多いのだ。
 
 俺としても作業しないわけにはいかないので材料運びみたいなことはする。
 が、通訳の方が忙しいのでグラディスから離れるわけにはいかないためである。

 「ぐぬぬ……空き時間が無いな……」
 「はっはっは、坊主はあんまり期待してねえからそっちの大男の通訳をやってくれや。そいつが二人分働いてくれている」
 「それはグラディスに申し訳ないんだよな……」
 「いいじゃねぇか。適材適所ってやつだ。にしても、子供がこんなところで働くなんていよいよこの国もやべえのかもなあ」

 グラディスからつかず離れずなため、ちょっと様子を見ることもできず悪態をついていると、昼休憩中に現場監督に声をかけられ、意味深なことを言う。

 「やばい?」
 「……ああ、大きな声じゃいえねぇが、宮廷魔術師のカーランとか言うやつが実権を握っているようだ。陛下の信頼が厚いが、領地運営がうまくいって無いのはあいつのせいじゃないかと言われていてな――」
 
 噂話が好きなんだろうな、現場監督はカーランが国を乗っ取るんじゃないかと疑っている人間が多いと話していた。
 その一人がルイグラスの親父さんなんだろうが、監督はそのことも訝しんでいた。

 「ま、俺たちゃ言われるままにやるしかねえ。お前は若いんだから金を稼いだら国を出た方がいいぞー。さ、休憩終わりだ!」

 そんな感じで一日目が終了。
 カーランの様子を見るどころか、王宮に近づけもできなかった。

 その後もただ工事をする毎日。
 こりゃ強行突破も辞さないつもりになったのは実にこの日から五日後のことである。
 
 だが、そこで手紙を出していたルイグラスからの連絡が――


 ◆ ◇ ◆


 ――ツィアル王都近くの町――

 「もうちょいで王都か……しっかしなんだこの国……魔物の数が尋常じゃねえ。徒歩でどころか馬車を持っている行商人ですら危ういぞ」
 
 アルを探してなんとやら。
 俺は馬を買って港町を飛び出したのだが、街道を走っていたのにも関わらず魔物に遭遇する機会が多く、ようやく王都前の町に辿り着いた。

 「ギルド……とりあえず話を聞いてみるか?」
 
 馬を休ませるために馬房を借り、ついでに一杯やるかと扉を開ける。
 寂れた内装に何人かの冒険者が俺に注目するがすぐに自分たちの話に戻っていく。
 ギルドってのはこんなに活気が無かったっけかねえ?

 「すまない、少し聞きたいんだが」
 「なんだ? ギルドカードは……グシルスか、確認した」

 俺がカードを提示すると『なんの用だ』と返してくる受付の男に、用件を伝えることにした。

 「……子供を探している。『アル』という名前を聞いたことが無いか?」
 「アル……? いや、聞いたことないな」
 「そうか、邪魔したな」

 やはり王都に行くしかないかと切り上げようとしたところ、近くで酒を飲んでいた恰幅のいい冒険者が椅子を蹴飛ばして怒声を上げた。
 見た感じ相当酔っているようだが、なんだ?

 「アル……アルだと! くそ……あのクソガキのせいで仲間は死んじまうし、俺自身の命もあぶねえ。おい兄ちゃんやめとけ、あいつは魔人族に連れて行かれちまったから――ごぶ!?」
 「ちょっとこっちに来てもらおうか」

 俺が喉を掴んで喋るのを止めさせると、受付の男がぎょっとした顔で、俺とおっさんを見比べるのを尻目に、ビールを二杯注文して隅のテーブルへと移動する。

 「……おい、おっさん今の口ぶりだとアルを知ってんだな? 誘拐したのはてめえか」
 「だったらどうした! 魔人族にかっさらわれちまったよ! 付近を捜したがいなかった。もう殺されているに違いね……ごぶ!? な、なにしやがる!」
 「今のはアルを攫ったことに対する礼だ。なるほど、主犯はてめぇで確定……証人として連れて行くとして、問題は王都行きをどうするか、か」
 「てめぇ……なにしやがる……! 何者だ!」

 ギャーギャーとわめく酔っ払いに俺は脛を蹴り飛ばしてやると、テーブルに突っ伏して呻いていた。俺は耳元でおっさんに言う。

 「……俺の名はグシルス。シェリシンダ王国の騎士でな? 誘拐されたアルを探しに遣わされたんだよ。おっと、動くな騒ぐな抵抗するな? ここでぶっ殺してやりたいが、交渉しようじゃあないか」
 「こ、交渉、だと?」

 酔いがさめたようで何よりだ。
 おっさんが冷や汗をかきながら見えないように腹に突きつけられた剣に目をやりながら尋ねて来る。

 「アルは恐らく王都に居る。狙いは宮廷魔術師カーランだろう。ウチの姫様のために動いているんだが……野郎を倒す手助けをするなら温情を与えてやってもいい」
 「馬鹿な……あの男は、かなりずる賢い……ワシごときでは……」
 「でも、仲間がやられたんだろ? 復讐するはクソエルフにありってな。どうだ? それに、そんなずる賢いやつがお前に監視をつけていないとでも思っているのか?」

 チラリと反対側の隅に座っている男に目を向けると、慌てて目を逸らし、おっさんが息を飲む。

 「まあ牢獄は免れないだろうが、死ぬよりはマシかもな?」
 「わ、分かった……協力する……」

 オーケー、足掛かりはできた。
 後は援軍が来れば間違いないんだが、どうだろうな。 


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