上 下
71 / 258
ディビジョンポイント

68.次の一手へ

しおりを挟む

 「ぐっ……!? 返されただと……」

 ――薄暗い地下室で、エルフの男が裂けた左手を押さえながら驚愕の声を上げる。
 長い耳、短めに切りそろえた金髪をした彼はエルフだと分かる。
 
 「四代目……エドワウだったか? 冴えない男だと思ったが、裏切る準備はしっかりしていたな。騎士はともかくあの子供、誰だかわからんがかなりの実力と魔力を持っていたな」

 エルフの男、カーランは訝し気な顔をして出血を止めると独り言を続ける。
 
 「賢そうな顔には見えなかったが、あれは使えるか……? まあ、それよりも呪いが返されたということはヴィクソン家の連中は生き残ったということ。別に生きようが死のうが構わんが駒が使えなくなったのは面倒だな。それに私のことが公になる可能性が高いか」

 そう呟きながら壁に面した机に並べられた土くれの人形に目を向ける。

 「まあ、ツィアルの王も私の手の内。身元引渡しはするまい……誰だって死にたくはないからなあ。ククク……。シェリシンダの子もすぐ亡くなるだろう。【呪い】の解き方は私しか知らない、そしてここは敵地。研究はまだ、続けられそうだな」

 ほくそ笑みながらグラスを手にし、椅子に腰かけ呟く。
 ガーゴイルを通して見ていたアルのことを思い出しながら。

 「そういえば……あの女が子供に『ブック・オブ・アカシック』について聞いていたような……? ふむ――」

 
 ◆ ◇ ◆


 「落ち着きましたか?」
 「あ、ああ……すまない、客人のおもてなしもせず、ベッドで寝込んでいるとは情けないよ」
 「いえ、あなた方は勇気があったと思います。何年も、何百年もずっと続いていた、それこそ【呪い】ともいえるエルフとの縁を断ち切ったんですから」
 「そう言ってもらえると助かるよ……」

 エドワウはそのまま目を閉じて眠りに落ちた。
 時間は深夜帯を回ったところで、ヴィクソン家の三人はひとまず峠は越えたらしい。
 流石に代替わりして呪いの効果が下がっているのか、別の呪いをかけたのか分からないがミスミーの言うように即死することが無かったのは幸いだ。

 「アル殿、これからどうする?」
 「とりあえず三人とも目を覚ましたら城へ連れて行こう。この屋敷に敵の罠が無いとも限らないし」
 「なるほど、まだなにかあると考えているのですね」
 「うん。まだエリベールの呪いが解けた訳じゃない。手はまだ持っているはずさ」
 「はっはっは、次期国王候補は積極的でいらっしゃる! エリベール様も良い方を選んだものだ」
 「強いですしね」

 勝手に盛り上がる騎士達に呆れながら、俺はソファに座って考える。
 呪いのことを、だ。

 問題はエリベールの呪いの解き方だ。
 呪いについては『ブック・オブ・アカシック』で調べることが出来たが、これがかなり怪しい。情報がではなく【呪い】そのものがだな。
 
 向こうの世界でも眉唾なやり方は色々あったが、こっちはさらに魔法的なもののおかげでさらに濃い。
 先天的な呪いもあるが、エリベールはツィアル国の宮廷魔術師にかけられているので後天的なもの。

 やり方は様々で、薬を使ったもの、血と魔法を使った呪術的なもの、動物や魔物を贄に使ったものと『ブック・オブ・アカシック』は色々と教えてくれた。
 こういう歴史や技術についてはかなり強い。

 うーむ、よく考えるとここ最近は未来予測のような情報を求めていたけど、俺という人間の立ち位置で敵味方が変わったりするから、予測しにくいのかもしれない。
 
 本に怒っても仕方が無いので、これからは書いてあることを受け入れようと思う。
 
 ……忘れもしないあの黒い剣士については‟知らない”とのことだったが。

 そんな緊迫した夜を過ごし、屋敷中をひっくり返させてもらったが特になにか起こることは無く一夜が明けた。
 
 「申し訳ない、おかげですっかり良くなった。息子もこの通りだ」
 「おにーちゃんありがとう!!」
 「良かったなケヤリ。では、先ほどお伝えした通り一家で城へ行くと言うことで?」
 「ええ、それで構いません。……ですがわたくしたちは良くとも、エリベールは……」
 「そこは帰って考えましょう。あ、そうだ契約書は?」
 「そうだ、取ってくるよ」

 そんわけで俺達はとんぼ返りで城を目指すことになるが、片道三時間程度だから屋敷に戻りたければ帰れるのが幸いだ。
 一応、着替えやらおもちゃやらを持ち、屋敷は使用人だけに。なにかあれば伝達するように伝えて屋敷を発つ。

 「これからどうなるのか……」
 「俺はディアンネス様とエリベールに挨拶をしたら、イークンベルへ手紙を出すつもりなんだ。ツィアル国の宮廷魔術師、元凶をなんとかしないとエリベールが助からない」
 「そうですよね……結婚してもすぐ亡くなられたら苦しいですもの……」
 「あ、結婚は置いといてですね――」

 どこで誰が聞いているか分からないのでとりあえず誤魔化しておく。
 外が明るいので城へ戻るまで魔物と出会うことは無く、行きよりも早く帰りつくことができた。

 <なにもないのが逆に不気味ですね>
 「……」

 リグレットの言う通り俺もそれは感じていた。
 【呪い】という陰湿な手段を使うし、タイプ的に先手を打ちそうな感じもしたがそうでもないってことか?

 ツィアル国なあ……どうにかしてクソエルフを懲らしめたいんだが、妙案がない。
 侵入するには大陸を渡らないといけないらしいし、通行許可が出ないだろう。

 そんなことを考えながら馬車から降り、騎士達と一緒に城へ戻ると―― 

 「あ! アル様、お帰りになられましたか!」
 「ええ、ちょっと野暮用で……なにかありましたか?」
 「エリベール様が!」
 「え!? まさか……。エリベールはどこに!?」
 「今はお部屋でディアンネス様とお話をされております」
 「くっ……」
 「アル君!」

 エドワウの言葉を無視して俺はエリベールの部屋へ走る。
 頭の中にあったのは『腹いせに呪いを進行させた』のではという考えだ。
 まだ主導権は向こうにある。迂闊だとは思わないが、あり得ることだと焦った。

 「エリベール!」
 「もうもうもう! 私に黙って出て行くなんて! お母様も止めてくださいよ! 一緒に行ったのに!」
 「落ち着いてエリベール。ワイルドバッファローみたいになっているわよ。ほら、帰って来たわ」
 
 焦ったのは杞憂で、彼女は頬を膨らませて母親に食って掛かっていた。
 うん、まあ、元気なのはいいことだ……
しおりを挟む
感想 479

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!

宇水涼麻
ファンタジー
アンナリセルはあわてんぼうで死にそうになった。その時、前世を思い出した。 前世でプレーしたゲームに酷似した世界であると感じたアンナリセルは自分自身と推しキャラを守るため、攻略対象者と距離を置くことを願う。 そんな彼女の願いは叶うのか? 毎日朝方更新予定です。

マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯
ファンタジー
誰でもよかった系の人に刺されて笠鷺燎は死んだ。(享年十四歳・男) んで、あの世で裁判。 主文・『前世の罪』を償っていないので宇宙追放→次元の狭間にポイッ。 襲いかかる理不尽の連続。でも、土壇場で運良く異世界へ渡る。 なぜか、黒髪の美少女の姿だったけど……。 オマケとして剣と魔法の才と、自分が忘れていた記憶に触れるという、いまいち微妙なスキルもついてきた。 では、才能溢れる俺の初クエストは!?  ドブ掃除でした……。 掃除はともかく、異世界の人たちは良い人ばかりで居心地は悪くない。 故郷に帰りたい気持ちはあるけど、まぁ残ってもいいかなぁ、と思い始めたところにとんだ試練が。 『前世の罪』と『マヨマヨ』という奇妙な存在が、大切な日常を壊しやがった。

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

処理中です...