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異世界へ

13.崩壊のプレリュード

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 「酷い雨だね、マイヤ」
 「そうですねえ。だからついてこなくても大丈夫と言いましたのに」
 「たまにはこういうのもいいよ。アクアフォームの練習にもなるし」
 「確かに傘を差さなくていいのは面白いですけど」

 とある昼下がり、俺とマイヤはお使いのため町へ繰り出していた。
 あいにくの雨だが、俺のアクアフォームの魔法で泡に包まれているため傘がなくても手を繋いで歩くことができていた。
 
  魔法は詠唱が必要なのは周知の事実だけど、詠唱の文言そのものは重要ではないものが多い。イメージを形にするため、口で『こういうものだぞ』と自分に言い聞かせている側面が強いと、修行しながら思っている。
 実のところ、ファイヤーボールのような突撃型の攻撃魔法より、アクアフォームのような後に維持ができる魔法の方が面白くマナを成長させる効率が高い……はずだ。

 「おや、アル坊ちゃんにマイヤちゃん。また妙なことをやっているな」
 「妙じゃないよ、修行なんだ」
 「すみません、お肉とソーセージをください。アル様、どんどん凄くなるんですよ!」
 「アル君は可愛いのに頑張り屋さんだねえ」
 
 肉屋のおばさんが頭を撫でて褒めてくれ、俺はそれに答える。

 「うん! 大きくなったら立派な魔法使いになるんだ!」
 「ふふ、アルバート様が聞いたらがっかりしますよ?」
 「あ、そっか。なら魔法剣士になるよ! マイヤがそれまでひとりだったら僕が結婚してあげる!」
 「……! そう、ですね」
 「ほら、マイヤちゃん‟ケアフリカウ”の肉500グラムだ。どうした、浮かない顔をして?」

 おじさんの言う通り、俺の言葉に表情が曇るのを見逃さなかった。
 結婚……結婚を気にしているのか?
 まあ、マイヤはイリーナの娘だけあってとても可愛い。礼儀もしっかりしているし、いつも笑顔なのだ。同じ男ならほっておくはずもない、か。
 誰か縁談の話があるのだろうか?

 「それじゃ次に行きましょうかアル様」
 「……うん」
 「またね、アル坊ちゃん」
 
 再びアクアフォームを使って雨を凌ぎながら買い物を済ませていく。マイヤとよく散歩がてら買い物をするので町の人の覚えもいいし、疎んでくる人もまったくいないのは両親の人徳と言える。

 「あら坊ちゃん。今日は雨なのにお買い物?」
 「アル様、親父さんにこれ渡しといてくれないか?」
 「うん、いいよ!」

 「これ、頼まれていた薬よ奥様によろしくねマイヤ」
 「はい! 確かにお預かりしました!」
 
 「おうアル坊、今度町で剣術大会が開かれるんだ、見に来てくれよな」
 「行く行く! でも、カタールおじさんじゃ無理じゃない?」
 「生意気いいやがって! はっはっは!」

 とまあそんな感じでとりあえず結婚のことは気になるけど、五歳の俺が根ほり葉ほり聞くのも違う気がするので何事も無かったように手を繋いで町を散策して家へと帰宅。
 
 「おかえりなさいアル、マイヤ。ふふ、全然濡れてないわね」
 「アル様の魔法は凄いですからね! それじゃ私は厨房に行きますねアル様」
 「うん、また後でね」
 「それじゃアルは私と一緒にリビングに行きましょうね」

 リビングへ行くと親父が本を読みながら頭を抱えていて、手には俺の教科書とも言うべきあの本が開かれている。
 
 「あれ? お父さんその本を読んでいるの?」
 「ああ、おかえりアル。いや、見たことが無いと思ってたけど中を見て、旅の行商人から買ったことを思い出してね。でも不思議なんだ、半分くらい書き込まれているけど、半分からは真っ白なんだね」
 「あ、そうなの。書きかけなのかなあ」

 そう、この本は魔法の基礎知識、歴史と言った色々雑多な情報が書かれているんだけど、途中から何も書かれていないのだ。
 
 「まあアルが気に入っているから買っといて良かったかな。……っと、雷か……」
 「大雨になって来たわね。家に居れば平気だから、安心してねアル」
 「もちろんだよ、お父さんもお母さんも居るし、マイヤも!」
 「アルは本当にマイヤが好きね。でも、もうすぐ居なくなっちゃうかもね。……アルには難しいかな? 領主様の次男とお見合いをすることになってるわ
 「ふうん?」
 「はは、分からないよね。寂しくなるかもしれないけど、まだそうと決まったわけじゃないから」

 そう言って笑う親父に、母さんと俺は頷く。
 なるほど、お見合いか……それで悩んでいたのか? でも、領主の次男なら条件はいいと思うけどな。酷いヤツなら両親は推さないはずだし。

 少しだけ理由が分かってホッとしたようなもやっとするような感じがするけど、概ねいつも通りの一日が終わる。

 ……はずだったのだが――
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