上 下
372 / 377
最終部:タワー・オブ・バベル

その393 誤算

しおりを挟む

 ブシュ……!

 『反転術……解除、だ……! ごほ……』

 「神裂、これで良かったのか?」

 『ああ……わりぃな……ごほ……』

 「な、なんなの……? それにレイドさん、平気なの……?」

 床に倒れて血を吐く神裂にレイドさんが問う。私は訳が分からず、ふたりを見ながら口を開くと、神裂が私を見ながら答えてくれた。

 『レ、レイドは俺が軽く吹き飛ばしただけだ……ケガなんざねぇよ……。レイドにゃちと芝居をうってもらったのさ……』

 「……どうしてそんなことを……。それに、甘んじて剣に貫かれるのも意味がわからないわ」

 アントンの剣と愛の剣が突き刺さり、見た目はかなり悲惨な状況で痛々しい。ごほっと血を吐き話を続ける。

 『お、俺の身体はズィクタトリア。そこの女神二人の主人ってやつだ。それはわかるな?』

 「ええ。私たちの目の前で身体を乗っ取ったんだもの。それでこの世界を壊そうとしたんでしょ?」

 『近いが、実は……違う。世界を壊そうとしたのはズィクタトリアだ。俺はそれを阻止するためこいつの身体を乗っ取った……』

 『……その体じゃ辛いだろうから、ここからはボクが話そうか』

 エクソリアさんが厳しい顔でそう言い、私たちはエクソリアさんへ目を移す。気づけばレジナ達もフォルサさんと一緒に私の足元へ来ていた。

 『ビューリック国でゲルス……正確には神裂ともだけど、戦ったことは覚えているかい? あの時、神裂からすれ違いざまにズィクタトリアとのことを聞いて思い出したんだ。だから、姉さんの復活に協力する気になったんだ』

 そういえばあの時、エクソリアさんは神裂を踏みつけながら自分たちのことを語っていたことを思い出す。言われてみればそこから女神ふたりがついてくるようになったし、お父さんのことも知ったんだっけ。

 『ぶっちゃけると、ズィクタトリアを倒すのはこの世界の人間では不可能なんだ。自分の創った人間に倒されるなんて真似を神はしない。ボクたちのように、中途半端に関わっている女神はその限りではないけどね』

 「そうなのか……? なら、俺とルーナで愛の剣を突き刺したが神裂を倒すことも不可能なんじゃないか?」

 「そうよね。私達はこの世界の人間だし……」

 私がそう呟くと、エクソリアさんが首を振って言う。

 『ルーナが装備している、ボクが作ったアイテムはそれに準じない。格は低くても同じ神の領域だからね。それと、ルーナは長らく姉さんの水晶を体に宿していた……だから、その身は神に近いものなんだ』

 『そ、そうだ……。それと魔王と勇者は女神ふたりが与えた特別な恩恵だ……。対抗できる手としては最善だったんだ……う、ごほ……』

 「な、なに言ってるのよ! パパを消し去ったくせに……!」

 『あ、ありゃあ誤算だった……。異世界の英雄や、極悪人を呼び寄せてこの塔を登ってもらったのはもちろん訳がある……。ズィクタトリア……今は俺だが、こいつを始末するには感情の高まりと、非情になる必要があった……だ、だから、レイドとアントン、そしてディクラインとルーナをここへ来てもらうつもりだったんだが……』

 神裂が勝手なことを言い、私は頭に血が上り神裂の胸倉を掴んで激高する。

 「そんな、ことで! フレーレ達を殺したって言うの!? ふざけないで! そこまで考えられるなら他にも方法があったんじゃないの!? どうしてもっと……考えてくれなかったのよ……」

 「ルーナ……」

 涙を流す私に、レイドさんがそっと肩に手を置いてくれる。世界のためなんだろうけど、友達を失くして自分だけが生き残る悲しみは相当なものだ。

 『す、すまねぇな……。俺がお前に子を産ませるって話もあったろう? あれも一つの手段だったんだぜ……魔王と異世界人の俺の子なら恐らく絶大な力をもっていたはずだ、し、な……』

 「それは俺が許さないがな」
 
 「がう!」

 「わんわん!」

 絶対ダメだと、レイドさんに続いてレジナとシルバが吠えて抗議してくれた。世界の為でも、好きな人じゃない子を産むのは嫌だものね。

 『へっ……。だ、だが、これでいい……これでこいつは俺ごと……消滅するはず……』

 『そういうことだったのね。妹ちゃん話してくれても良かったのに』

 『ボクが気づいていることをズィクタトリアに知られた場合、姉さんを洗脳し直してボク達の相手を刺せないとも限らないからボクはずっと黙っていたんだよ。ただ、装備の七人が戻ってくるのが遅くて、冷や冷やものだったけどね』

 「それにしても神裂、お前はどうしてここまでしたんだ? この世界で生きることもできただろう」

 『それは――』

 「え?」

 神裂がレイドさんの問いに返そうとしたところで異変が起きた。それまで息も絶え絶えだった神裂がゆっくりと起き上がり、胸に刺さった剣を二本とも抜いて捨てたのだ。

 『おい神裂! どうしたんだ!』

 『くっ……こいつ……! 離れろみんな! ズィクタトリアはまだ……! う、うおおおおおお!?』

 神裂が頭を押さえて苦しんだ直後、

 スポン! と音が聞こえそうな勢いで身体からレイドさんより少し年上を思わせる黒髪の男性が飛び出してきた。身体は透けており、ゴーストのような感じである。

 「わん! ……わん!?」

 シルバが突撃をするもすり抜けてしまい私の予想が当たる。

 『神裂!』

 「チッ……こいつは俺が思っていたよりしつこかったみたいだぜ……」

 エクソリアさんが叫び、黒髪のゴーストが神裂であるらしいことがわかった。

 「え? あんたが神裂なの?」

 「おっさんだと聞いていたが若いな」

 「んなこたどうでもいいんだよ!? 目の前の『敵』に集中しろ!」

 敵、と言い放った神裂の視線の先には、先ほどまで乗っ取っていたズィクタトリアの身体が立っていた。抜いた剣を捨てると、顔をあげて私たちへ笑いながら口を開いた。その笑みは醜悪なものだと直感的に思うほど歪んでいた。

 『く、くくく……ようやく取り戻した! 愚か者どもが! 私が貴様らごときにやられるとでも思ったか? 神裂よ、私を抑え込んだつもりだろうが人間が神を御せると思うなよ! それに女神共、世界の管理をさせてやった恩を仇で返すとはな』

 喋っているだけなのに冷や汗が止まらない……。これが本当の神……? 胸中でそう思っているとエクソリアさんが声を荒げる。

 『よく言うよ。ボクたちを実験材料にしただけのくせにね! 何が『手伝ってくれたら昇格を進言する』だよ。最初から使い捨てのつもりだったんだろう?』

 そう言いつつも足が震えているエクソリアさん。あの強気な彼女が震えるということはよほど恐ろしいのかもしれない。するとそんな彼女の肩を押さえながら、ずっと黙っていたフォルサさんが話し出す。

 「神の割には小さい男だ。勇者と魔王を争わせて楽しんでいたのでしょう? いざとなれば世界を一度壊すくらいのことはできるだろうし」

 『ま、記憶を思い起こす限り自己中な神だったと思うわ』

 アルモニアさんも脂汗をかきながら便乗する。

 そして――

 『言いたいことはそれだけか?』

 「……!?」

 レイドさんが目で追った先には、

 『うぐ……!?』

 手刀で腹を貫かれたエクソリアさんの姿があった!? いつの間に……!? レイドさんは見えていたみたいだけど、動けなかったようだ。

 『さて、こうなったからにはもう手加減は無しだ。世界を壊すのは簡単だが、一瞬とはいえ私の身体を乗っ取り、殺そうとした罪は重いぞ! まずは貴様等を痛めつけた後、世界が滅ぶさまをゆっくりみせてやろう……!』

 そう言って威圧してくるズィクタトリアに、対峙する私達。だけど、目の前に立っているだけでピリピリとした空気が流れるのがわかった。

 『まずは目障りな女神からだ……!』

 速い! だけど、今度はレイドさんがカバーに入り、アルモニアさんとの間に割って入りズィクタトリアの攻撃を防御した。

 「くっ……!」

 「レイドさん!」

 私は叫びながら愛の剣を拾い、背後から斬りかかる。しかし、後ろに目があるかのごとく、剣を回避し素早く私へ向き直って手から生み出した光の刃を叩きつけてくる。

 『馬鹿が! いくら私を殺せると言っても、実力が伴わなければそれは無いも同然! ……もちろん、勇者とて同じだ!』

 「ぐは……!?」

 「レイド! 《ケイオスフレア》!」

 『無駄だ!』

 フォルサさんの上級魔法をあっさり消し去るズィクタトリア。

 三人がかりでも隙を見つけられない……! 神裂は時間稼ぎで手加減をしていてくれたみたいだけど、こいつは容赦がない! 猛攻に耐えながら攻撃をしていると、視界の端で神裂ゴーストが舌打ちをしているのが見えた。

 「くそ……! 俺の見立てが甘かったとはな! 仕上がっているか……? 本当の奥の手は……」

 そう言って壁に向かい壁に手を当てるがすり抜けてしまう。

 「おう!? この身体じゃ……! そうだ! ワン公、ルーナ達を助けたかったらこっちにこい!!」

 「わぉん!」

 私を助けるという言葉に反応したシルバが俊足で神裂の下へ向かうと、シルバに指示を出していた。

 「ここを蹴飛ばせ! 思い切りな!」

 「わん!」

 ガゴン!

 重い音が響き、壁だと思っていた部分がへこみ、ゴゴゴゴゴ……と、横にスライドした。

 すると、そこから何かが飛んできた。

 ビュン!

 『む! なんだ?』

 難なくそれを叩き落し、私とレイドさんの剣を受け止めながら眉を潜める。その直後、私は信じられない声を聞いた。

 「《マジックアロー》! カイムさん!」

 「承知……!」

 『チッ……!』

 ガキィィィン!

 マジックアローを避けたズィクタトリアに斬りかかったのは……

 「カ、カイム!?」

 驚くレイドさん。

 そして――

 「大丈夫ですかルーナ!」

 「フレーレ!?」

 死んだと思っていたフレーレがそこにいた!

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

賢者の転生実験

東国不動
ファンタジー
※書籍の第二巻が書店で好評発売中です! 是非お読みください。  不遇の高校生桐生レオはある日、謎の声に導かれて異世界に転生する。彼を転生させたのは、異界の知識で新たな魔法を生み出さんとする大賢者。  大賢者の息子として剣と魔法の世界に転生したレオは、父の魔法を教わる代わりに自分の持つ現代科学の知識を提供することに承諾する。ツンデレ妹に元王女の母、さらには猫型獣人の少女らに囲まれて幸せな第二の人生を満喫するレオ。一方、大賢者はレオから得た現代兵器の知識によって密かに全く新たな魔法群を開発していた。強大な力を求める大賢者の真意は一体?   先制発見、先制攻撃、先制撃破―現代兵器の戦術理論を応用した反撃不能の「兵器魔法(ウェポン・マジック)」が起動する時、少年の運命が動き出す!

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

森蘭丸の弟、異世界に渡る<本能寺から異世界へ。文化も人体も違うところで色々巻き込まれ、恋も知る?>

天知 カナイ
BL
【三章完結しました】本能寺の夜、信長と兄乱法師(森蘭丸はこちらの名を使っています)の痴態を見てしまう、森力丸長氏。美しい兄の乱れた姿に驚きながらも、情愛がのる閨事とはどういうものか、考えながら眠りにつく。だがその後本能寺の変が起こり、力丸(リキ)も戦うのだがその途中で異世界に飛ばされる。 【三章開始時点でこちらの内容を変更しました】 飛ばされた先でアヤラセという若者に出会い愛し合うようになるが、リキが性交(セックス)することによってどんどん色々な事が変化することになり戸惑いを感じてしまう。 アヤラセに執着する兄ライセン、アヤラセの親であるランムイとヤルルア、そして異様な過程で生まれた新生物ユウビなど、様々な人々と関わり時に運命に翻弄されながら、飛ばされた世界で必死に生きていく。 セックスありきで話が展開する部分がありますので、今見てみると結構エロ展開があります(三章1話現在)。独自設定があります。この世界の人たちは雌雄同体です。全員陰茎ありですし主人公は男なのでBLにしています。また、女の人同志的に読める展開もありますし、進行上残酷、凌辱シーンもあります。 最終的にはハッピーエンドになる予定です!

婚約破棄までの七日間

たぬきち25番
恋愛
突然、乙女ゲームの中の悪役令嬢ロゼッタに転生したことに気付いた私。しかも、気付いたのが婚約破棄の七日前!! 七日前って、どうすればいいの?! 

私のバラ色ではない人生

野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。 だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。 そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。 ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。 だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、 既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。 ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。