上 下
362 / 377
最終部:タワー・オブ・バベル

その383 ルーチェ

しおりを挟む

 <バベルの塔:99階>


 「お、ヴァイゼじゃないか! ほら、ウチで採れた野菜だ! でかいだろ? 持っていけよ」

 「あ、ああ、助かるよフラーク」

 「なんだい、元気がないね。ルーチェ、こんなのと結婚で良かったのかい?」

 「ふふ、この人不愛想ですけど、とても優しいんですよイーヨさん。ね、ルーナ?」

 「う、うん……」

 と、お父さんと私の手を取ってニコニコと歩くお母さん……。私もそうだけど、後ろを歩くレイドさんやノゾム達も困惑顔だ。
 
 周囲を見渡すと、本当にのどかな村が広がっていて、歩いている間にお父さんとお母さんは色々な人から声をかけられていた。

 「あなたも三歳までは暮らしていたのよ」

 「覚えていない……お母さんは、少しだけ覚えている、気がする」

 「あら、嬉しいわね」

 私はぎゅっと抱きしめられると、ふわりと草の匂いがした。あ、これは覚えがあるわ。犬を追いかけて転んだ時に抱っこされたっけ……

 ふいに思い出がよぎるが、お父さんの言葉でふっと現実に戻された。

 「……ルーチェよ、ここは何だ? 確かに俺達の育ったガザの村だ。だが、ここは――」

 「あなたが滅ぼした、でしょ? ……私がここに居ることも含めて話すから安心して? さ、ここが私達の家よ」

 案内された家の中へぞろぞろと入っていく。

 「あ、靴はそこで脱いでね」

 あ、そうそう、テーブルとか椅子のリビングじゃなくて、この村って床に座るんだよね確か。ブーツを脱いで焚火をする場所を囲んで全員が腰を落ち着けると、お母さんが語り出した。

 「当然気づいていると思うけど、私は神裂の最後の部下。ここ、99階を任された最後の刺客」

 「……やっぱりか」

 「そんな……」

 そうではないか、という疑いはもちろんあったけど、事実を突きつけられるとやはりショックだ。お父さんと私が呟くと、エクソリアさんが口を開く。

 『だろうね。でも君は戦う力なんて無かったはずだろう? このメンバー相手に勝てるとは思えないけど』

 すると、

 「ふふ、女神様。何も力だけが戦いではありませんよ? あなた、それとルーナ。神裂はここで進むのを諦めればあなた達は殺さないと約束してくれました。世界を崩壊させて全ての人間が消えた後に神裂は世界を再構築するわ、その世界であなた達が暮らしていくの。もちろん、私もあなたも蘇らせてもらえるから親子で暮らせるわ! もちろんレイド君も一緒よ、いい案でしょ」

 「……!?」

 「な、なに言っているのお母さん!?」

 レイドさんが目を丸くしてお母さんの顔を見て、私は聞いた内容に驚愕する。お母さんは本当にいい案だ、という感じでニコニコしている。だけどもちろんお父さんが目を細めて言う。

 「……何を吹き込まれたか知らないが、世界を滅ぼすんだぞ? 今生きている人たちを殺して、俺達だけが幸せになるなど――」

 「……私だって幸せになりたかった。死にたくなかったんだよ? ずっとあなたとルーナと一緒に暮らしたかった……でも、あなたは魔王になってしまった……」

 「……っ」

 お父さんの顔に動揺が走る。苦労をかけた、というのは依然聞いたことがある。厳しい環境の魔王城での生活は体の強くないお母さんには辛かったのだと思う。さらにお母さんは続ける。

 「この世界はね、おかしいの。その一つが《恩恵》。なりたいものになれず、将来が決められてしまう呪い。そしてあなたは『魔王』になってしまった。それもこれも、そこにいる女神の仕業……」

 『……』

 『……』

 バツの悪い顔をして目を逸らす女神様二人。横に座っていたユウリが二人を見ながら口を開く。

 「まあ、そこは言い逃れできないよね。僕達からすると、こんな理不尽なシステムは無い。誰が何を、どんな仕事に就くかは自由なんだ。それを恩恵なんてもので縛れちゃたまらないよ」

 私達はこの世界で生きて来たから違和感は無かったけど、異世界の三人に会い、ブラウンさんが実は大工さんになりたかった、という話を聞いてからはおかしいと感じるようになった。
 気弱な人が攻撃魔法の恩恵を授かったばかりに冒険者にしかなれなかったり、冒険者をやりたくてもお医者さんにならざるを得ないなんてこともある。そして望まぬ魔王に、対抗するためだけに存在する勇者。

 『……ただし、その筋のスペシャリストにはなれるんだけどね』

 エクソリアさんが何とか喋るが、お母さんは睨んでから静かに言った。

 「そうかもしれないわ。でも、人間は考える生き物よ? 『あっちの方がいい』と思うのは当然のことよ。パン屋に憧れて恩恵を無視した人が、恩恵を持っている人に全く敵わず諦めた人だっているわ」

 「……ノーラのことか……」

 お父さんがボソリと呟く。誰なんだろ?

 「だから、ね? 神裂と一緒に世界を正常な状態にしましょう!」

 嬉々とした表情で私の肩に手を乗せるお母さん。私は困惑した顔のまま、置かれた手にそっと手を乗せて首を振る。

 「……ダメだよ、お母さん。気持ちは痛いほどわかる。私だってレイドさんが死んだらって思ったら多分、平気でいられる自信なんてないよ。でもね、今を生きている他の人達を殺していい理由にはならないと思う。お母さんが生き返ってくれるなら嬉しいけど、神裂はここに来るまで私達の仲間を殺してきたわ。恩恵を失くすのはいいと思う。けど、神裂がやろうとしていることはただの虐殺じゃない?」

 「ルーナ……」

 「俺からもお願いです。ここを、通してくれませんか? 神裂を倒すために。それに女神たちは約束してくれました。世界をより良くすると。お義母さんや村の方には申し訳ありませんが、どうか……」

 『言ってくれるわね。そんなこと言われたら頑張らないと。ねえ、妹ちゃん?』

 『……』

 お母さんはレイドさんをじっと見る。

 「……なあ、ルーチェ」

 と、お父さんが声をかけたところで、お母さんが――

 「ふ、ふふ、うふふ……」

 「お母さん……?」

 私の肩に手を置いたまま、俯いて笑い始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

賢者の転生実験

東国不動
ファンタジー
※書籍の第二巻が書店で好評発売中です! 是非お読みください。  不遇の高校生桐生レオはある日、謎の声に導かれて異世界に転生する。彼を転生させたのは、異界の知識で新たな魔法を生み出さんとする大賢者。  大賢者の息子として剣と魔法の世界に転生したレオは、父の魔法を教わる代わりに自分の持つ現代科学の知識を提供することに承諾する。ツンデレ妹に元王女の母、さらには猫型獣人の少女らに囲まれて幸せな第二の人生を満喫するレオ。一方、大賢者はレオから得た現代兵器の知識によって密かに全く新たな魔法群を開発していた。強大な力を求める大賢者の真意は一体?   先制発見、先制攻撃、先制撃破―現代兵器の戦術理論を応用した反撃不能の「兵器魔法(ウェポン・マジック)」が起動する時、少年の運命が動き出す!

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

森蘭丸の弟、異世界に渡る<本能寺から異世界へ。文化も人体も違うところで色々巻き込まれ、恋も知る?>

天知 カナイ
BL
【三章完結しました】本能寺の夜、信長と兄乱法師(森蘭丸はこちらの名を使っています)の痴態を見てしまう、森力丸長氏。美しい兄の乱れた姿に驚きながらも、情愛がのる閨事とはどういうものか、考えながら眠りにつく。だがその後本能寺の変が起こり、力丸(リキ)も戦うのだがその途中で異世界に飛ばされる。 【三章開始時点でこちらの内容を変更しました】 飛ばされた先でアヤラセという若者に出会い愛し合うようになるが、リキが性交(セックス)することによってどんどん色々な事が変化することになり戸惑いを感じてしまう。 アヤラセに執着する兄ライセン、アヤラセの親であるランムイとヤルルア、そして異様な過程で生まれた新生物ユウビなど、様々な人々と関わり時に運命に翻弄されながら、飛ばされた世界で必死に生きていく。 セックスありきで話が展開する部分がありますので、今見てみると結構エロ展開があります(三章1話現在)。独自設定があります。この世界の人たちは雌雄同体です。全員陰茎ありですし主人公は男なのでBLにしています。また、女の人同志的に読める展開もありますし、進行上残酷、凌辱シーンもあります。 最終的にはハッピーエンドになる予定です!

婚約破棄までの七日間

たぬきち25番
恋愛
突然、乙女ゲームの中の悪役令嬢ロゼッタに転生したことに気付いた私。しかも、気付いたのが婚約破棄の七日前!! 七日前って、どうすればいいの?! 

私のバラ色ではない人生

野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。 だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。 そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。 ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。 だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、 既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。 ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。