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最終部:タワー・オブ・バベル
その245 料理
しおりを挟む三十三階で一晩過ごしたレイド達男性パーティは、目が覚めてからすぐに出発をした。三十五階がどうなっているか分からないが、合流地点かもしれないと考えたからだ。
「そこだ!」
「わん!!」
ニールセンがムカデ型の魔物と交戦し、甲殻の無い関節を見事に首の付け根から切断しその首が宙に舞う。また、近くにいた巨大アリの魔物へシルバが飛び掛かかり、触角をへし折った後、お尻と胴体の一番弱い部分に噛みついて真っ二つにしていた。
「いい腕だな、一度手合せ願いたいもんだ」
「そう言ってもらえると鍛えた甲斐がありますよ。勇者の恩恵を持つレイドさん達にどこまで戦えるか試したいとは思います」
「わんわん!」
「おお、お前もよくやったぞ」
自分も頑張ったと尻尾を振るシルバをレイドが撫でているとエクソリアがひょいっとシルバを抱きかかえて喋り出す。
『よしよし、結構大きくなったね。それにしても罠らしい罠もないしボスはこっちの戦力を見誤っているのかな?』
「そうですね、本当にただの洞窟みたいな……スイッチも落とし穴も待ち伏せもないですからね」
分岐路に差し掛かるとカイムが先行して確認に行くが、特に何かが待ち構えているといった事も無く、確実に先へ進む事が出来ていた。そこで先を歩いていたヴァイゼが短く呟く。
「階段が見えたぞ、行くか?」
「そうだな……まだ時間もあるし行けるところまで行くとしよう。まだ疲れてないよな?」
「ええ、俺は全然大丈夫です」
『ボクも大丈夫だよ』
「いや、お前は戦ってないだろ……まあいい、行くぞ」
ディクラインの合図で三十四階へと足を踏み込んだ男性パーティ一行は尚も快進撃が続き、苦も無く先へと足を運んでいく。
「いくらなんでも簡単すぎないか……?」
三十四階も結構な距離を歩いた辺りでレイドが呟く。敵も弱く、罠もないため段々と飽きてきた空気が流れていたのは事実だった。
「そう言われれば……でも楽に進めるに越したことはありませんよ? 次の階はいつも通りなら何か待っているはずですし」
飽きてきたとはいえ、今までのフロアの教訓は忘れず警戒は怠っていない。カイムは壁を叩きながらレイドに応えていた。
一応、三十五階の前ということもあるのか、迷路は複雑で広くなっていはいた。朝から歩いていたが、三十五階に辿り着く前に夜になってしまったのだ。
「そろそろいい時間だな。今日は休んだ方が良さそうだな……ちょうどいい広さの場所があるぞ」
「そうするか。流石に少し疲れたな、だらだらと歩くだけってのも辛い」
「わん!」
ディクラインが座り込むと、隣でお座りをして舌を出すシルバ。水か食べ物を所望しているようだ。それをみて腹が減ったと気付き、食事の準備を始めようとしたが……。
「そう言えば、食事はどうしますか? 得意って訳じゃないですが俺でいいなら作りますけど……」
「え? 作り置きってもうないのか?」
「ええ、カルエラートの弁当しか無かったじゃないですか。それは昨日食べましたし……後は現地で作るってことで食材をルーナと俺のカバンに詰めましたよね」
「……そうだったな」
「私は聖騎士団の食堂で食べるばっかりで料理をしないので、自信はありませんね……」
レイドがディクラインに状況を伝えると、ニールセンが料理が苦手だと先に自己申告の声をあげる。続いてカイムも……。
「ニ、ニンジャの食事は味は二の次でして……とてもじゃないですがここで披露するには……」
「レイドは?」
「俺が旅をしていた時の野営はセイラとチェーリカに任せてましたね……一人になってからは店で食べる事が多い……」
「そうか……俺はルーナに食べさせる必要があったからそこそこできるな。ヴァイゼは?」
「うむ、俺もお前達が来るまでは魔王城で一人だったし、ルーナを食べさせなければならなかったから一通りはできる、と思う」
何故対抗したのか、と口には出さずヴァイゼを見ながらディクラインは「じゃあ交代で作るか」とレイドから食材と調理器具をもらい、ヴァイゼはまた火をおこしていた。
しかしそこで意外な人物が口を開いた。
『……ちょっと待ってくれ。どうしてボクには聞かないんだい?』
エクソリアだった。ディクラインがまるで見向きもしなかった事にご立腹のようだが、それを知ってかディクラインはエクソリアに告げる。
「え? お前女神なのに料理できんの? やったことないだろー」
『ば、馬鹿にするな! 今はこんな格好だけど、ボクは女神だよ? 料理といえば女性。そして万能たる女神のこのボクが出来ない訳ないだろ』
無い胸(今は本当に無い)を反らしてえっへんと鼻息を荒くするエクソリアを見て、ディクラインはレイド達に小声で話しかける。
「(どう思う?)」
「(難しいですね……食べる所しか見たことがないですし……)」
「(わ、私は女神様に何か言うなど恐れ多いのでノーコメントで……)」
「(俺はお茶しか飲まんから何でもいいぞ)」
「(俺よりは美味い可能性は高いですよ)」
「わんわん!」
『何をひそひそやっているんだい?』
一通り意見が出たところで、ディクラインとヴァイゼ以外も出来る人がいるといいかもしれないと、エクソリアに任せてみる事にした。
『ふふ、そうこなくっちゃ。びっくりさせてやるからね』
何故かウキウキとレイドから食材を受けとり、隅っこで料理を始めるエクソリア。やがて、何となくいい匂いがし始めて男性陣は安堵のため息を出していた。
しかし……
『さ、出来たよ。ルーナの好物、生姜焼きだ!』
「おお! ……お……?」
「……これは!」
出てきた生姜焼きは見事な焼き加減で皿に盛りつけられていた。いささか千切りキャベツがガタガタで怪しいが、見た目と匂いに問題は無い。
「へえ、美味そうじゃないか」
「食欲をそそる匂いだ、ルーナがいたら飛びついていただろうな」
『冷めないうちに食べてみてくれ、おかわりはたくさんある』
いただきます、と、男性陣が一斉に口にしたところで事件は起きた……!
「「「!?」」」
ディクライン、レイド、カイム、ニールセンの顔が見る見るうちに紫色に変わっていったではないか!
「うわああああ!? 苦い!? 辛い!? 甘い!?」
「生姜焼きなのに何故ハチミツの味が……!?」
「苦くて辛くて甘いのに、豚肉本来のうまみも分散して生臭さを醸し出しているだと……! ニールセン!? おい、ニールセン!」
「……」
「うむ、大外れだったようだ。一体何を入れたんだ?」
お茶を飲みながらヴァイゼがエクソリアへと尋ねていた。
『な、何だい大げさだね? 入れたもの? これを隠し味にいれただけだよ。それとボクは甘いものが好きだからハチミツを』
エクソリアが取り出したのはトウガラシを黄色くしたような野菜だった。呻きながらディクラインがそれをみて叫ぶ。
「ど、どこから持ってきたんだ……!? そんなのレイドのカバンには入っていなかったハズだぞ……そいつは『マスタードボム』っていうトウガラシの仲間だ……食用じゃない……うげえぇぇ……」
『香りが良かったから食べられるものだとばかり……す、すまないわざとじゃないんだ、びっくりさせようと思って!』
「目論見通りびっくりだよチクショウ! ……うう、何か気分が……」
「み、水……水を……」
三十五階を目前にして、エクソリアの生姜焼きにより四人がダメージを追う結果となってしまった。今まで簡単に進めた迷路の難易度が跳ね上がってしまったのだ。
『そういえばシルバが居ないね?』
「あそこだ」
「わふ……わふ♪」
冷静なヴァイゼが指差した先には、レイドのカバンから零れ落ちたリンゴをかじるシルバの姿があった。本能であれはダメだと悟ったのだろうか? コロコロとりんごに抱きついて一心不乱にリンゴを食べていた。
『シ、シルバ……』
「お前、味見はしなかったのか?」
『そういえばしてなかったかも……どれ……!?』
一口入れた瞬間、エクソリアが膝から崩れ落ち意識を失った。ディクラインはその光景を横目で見てから呟く。
「……料理が下手なヤツに限ってアレンジしたり味見をしないんだよな……うっぷ!?」
男性パーティがエクソリアの手によって半壊していた頃、ルーナ達女性パーティはというと……。
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