上 下
196 / 377
最終部:タワー・オブ・バベル

その217 極限

しおりを挟む

 「あの子、天才とか言われて図にのってるんじゃないかしら」

 「ああ、俺達と話そうともせず……お高くとまりやがって!」

 「頭領の覚えもいいし、雷迅なんて二つ名も腹が立つね」

 「技ばかりみがくから胸が小さいんだよ」

 
 「……」

 稀代の天才くノ一と呼ばれたアネモネは、仲間たちの悪意を意に介さず、任務をこなす。彼女は天才などではなく、努力で勝ち取ったものであるが嫉妬に狂った仲間がそれに気づくことは無かった。後、胸は関係ないと思っていた。

 しかし、集団というものは異質なものを排除したがるものなのだ。それはアネモネも例外ではなく……。


 ◆ ◇ ◆


 「近くで見るとでかいのがよく分かるわね!」

 私はレジナ達と共にカエル化したキルヤと戦っているアネモネさん達の元へ向かう。三体に増えた巨大カエルは愚鈍ではなく、むしろ速かった。

 「疾風斬!」

 お父さんの剣技がカエルの腹を斬り裂く。だけど、すぐに再生し反撃に出てくるから厄介極まりない。回り込んできた舌を私が叩き落とすと、お父さんがこちらに気付く。

 「ルーナか、ディクライン達は?」

 「もう大丈夫、薬が効いて呼吸が落ち着いたのを確認したわ! で……」

 「ふぬう、鎌鼬でござる!」

 「何でこの人も戦ってるの?」

 「俺の手下だ」

 「嘘はいかんでござる!? ……あ、すいません調子に乗りました」

 「ガウ!」

 反論しようとするカラスだっけ? の首筋にお父さんが剣を置き、レジナが足に噛みつくと大人しくなった。
 
 と、話してはいるものの、カエルの攻撃は尚も続いている。私達は散開し、的を絞らせないように動きつつ戦う。するとその内一匹の体がテカテカしていることに気付いた。

 <チッ! こっちだ!>

 アネモネさんが注意を逸らそうとシュリケンのような物を投げるが、当たった瞬間につるんと弾かれてしまう。

 「もう遅いわ! 秘技、蝦蟇油田!」

 ビシャ、っと体を纏っていたテカりを撒き散らせてくるキルヤ。直撃を避けるが、床一杯に体液が広がる。これは……油?

 「ふっふ、これでどうだ! 熱波!」

 ボウン!

 「む! 油を撒いたのはこのためか」

 「熱いでござる!?」

 床に撒いた油に火をつけ、フロアの一部が燃えさかった! フレーレの檻から出た水があったが、油は水よりも軽いので逆に良く燃え広がっている。

 「俺はこの程度の火は効かん。それ……」

 「ふっふ、もう少し弱らせてから食ろうてやろう」

 <させないよ! ぐっ……! ぐあ!?>

 「アネモネさん!? この!」

 三匹が凄い早さでこちらに迫り、殴打と舌で狙ってくる。三匹中、二匹がアネモネさんを攻撃しているので私が援護に向かう。

 「お前も俺の養分になれ!」

 「きゃあ!?」

 「わんわん!」「きゅーん! きゅん!」

 お父さんたちと戦っていたキルヤが後ろから下を使って私を拘束し、引っ張られる。それを見てお父さんたちの手が止まった。

 「ふっふ、攻撃すれば即この娘をパクリと行くぞ? あっちの娘が食われるまで大人しく見ているんだな」

 「ぐぬぬ、そこまで腐ったか……!」

 このままじゃ私のせいでアネモネさんがやられちゃう!? 見ればアネモネさんは二匹に挟まれ攻防を繰り広げていた。
 幸い腕は封じられていないので、
 
 「ふっふ、この大きさで食らうと致命傷だぞ? 螺旋掌……!」

 <うぐ……この程度、舐めるんじゃないよ!>

 アネモネさんの胴体より大きいなカエルの手を受けながらも、手を斬り落としてシュリケンを目に投げつける。

 「ぐあ!? 小癪な……」

 <(腕は再生したが、目はそのまま? もしかすると)……痛ぅ!?>

 「ボーっとしている暇はあるのか? ふっふ、反撃すればあの娘は俺の腹の中だ」

 <見た目通り汚いヤツだね。それでよくニンジャの頭をやってこれたもんだ>

 「ふっ、元々キルヤは強かったからな……それを妬んだ者達に裏切られ、死の淵にいる所を俺が取りこんだのよ。俺は忍び連中を、キルヤを裏切った者達を殺した……そして力でまとめあげてやったのだ」

 <……>

 「キルヤの技能は凄かった……極めた技は誰も寄せ付けることなどできんかったし、むしろ尊敬の眼差しを受ける事が多かったわ……おっと、おしゃべりがすぎたか!」

 <ぐ!?>

 二匹はアネモネさんが動くのを見逃さず、再びアネモネさんに攻撃を仕掛けはじめた。ここで私もようやく目的のモノを腰のポーチから取り出すことができたところだった!

 「アネモネさん、もう少し待っていて! 間抜けな口にはこれがお似合いよ!」

 久しぶりの登場、トウガラシ爆弾だ! 魔王の力を得て強くなったけど、こういった小細工はどこかで役に立つので忘れてはいない。

 「ぶあ!? 喉が……焼ける……!?」

 「おまけよ!」

 喉に直接火の魔法を撃ちこみ、喉へ追い打ちをかけると舌が緩み拘束が解かれた。着地してアネモネさんを狙っているカエルの足を煉獄剣で斬り裂く。

 「うお!?」

 「何!?」

 再生する間もなく、巨体が床にドシンと崩れ落ちる。それをもう一匹が驚愕して見るが、アネモネさんはその隙を見逃さなかった。

 <アンタらの弱点、見切ったよ!>

 「しまった!?」

 飛び上がったアネモネさんの刀が倒れなかった方のカエルの両目を潰し、さらに眉間から脳に向かって刺し貫いた。

 「げ、ゲロぉ……」

 変な液を出しながらカエルは動かなくなり、そのままアネモネさんは倒れたカエルの頭にも刀を突き刺した!
 
 「ゲェロ!? ……ゲボボ……」

 <後一体!>

 後は私がトウガラシ爆弾を食わせたヤツだけ!

 「ゲホ……おのれ……」

 分身だったのだろう、こと切れた二匹が消え一匹に戻る。そして、カエルの姿から元のキルヤの姿へと戻って行った。

 <力を使い果たしたのかい? 年貢の納め時だよ>

 「ふっふ……まだだ、まだ終わった訳ではない!」

 「きゅふん!?」

 人型に戻ったキルヤが再び分身し、今度は八人のキルヤが私達の前に立つ。レジナ達を含めてもこれは分が悪いわね……。

 「さあて、こうなってしまっては仕方がない……生きたまま食うのが良かったが、殺してから食うとしよう……」

 一斉に刀を抜いた所で、アネモネさんがキルヤに尋ねた。

 <……アンタ、さっきキルヤが強かった、と言っていたけど他に強いヤツは居なかったのかい? それと極めたと聞いたけど、アンタ自身はキルヤを取りこんだ後に修行はしたかい?>

 「? 何を言いたいのか分からんが……俺より強いヤツが居なかった訳ではない……だが、少し罠を仕掛ければ簡単に始末できるのだ。さらに俺はもう充分強い……強くなる必要もあるまい?」

 その言葉に目を瞑って考えるアネモネさん。しかしすぐに目を開け、アネモネさんが口を開いた。

 <そうかい……キルヤは強かったかもしれないが、アンタは雑魚だってことがよく分かった>

 「何……!」

 そう言うと、アネモネさんも分身をしだした。しかし数は相手よりも少ない。

 「ふ、ふっふっふ……驚かせてくれる……たかだか四体の分身で……」

 キルヤが笑うと、アネモネさんがニヤリと口元を歪がませてながら……さらに分身を増やした!

 <ルーナ達は下がってな、こいつはアタシが片づける!>

 もう何体になったか分からないアネモネさんの分身がキルヤへと襲いかかった。

 「う、うおお!? な、何体居るのだ!?」

 「馬鹿な!? キルヤの技は最高峰のハズ……たかが小娘如きにこんなことが……!」

 <アンタは努力を怠った。それが敗因だよ 奥義……瞬雷華……>
 
 「ヒッ!?」

 およそ三十体は居るであろうアネモネさん達が短く呟くと、その刹那一瞬で八体のキルヤへと交錯した。音も無くアネモネさん達が現れ、そして一人になる。

 <極めるってのはこういうことさね>

 「……!?」

 キルヤは声をあげる間も無く、全身から真っ赤な血を吹き出す。まるで赤い華が咲いたように。

 <極めた技って言ったっけ? それはキルヤの事であってアンタじゃない。アンタはただ、借りていただけさ。そのツケを今支払った、それだけさね>

 白に近い銀髪に返り血を受けながら、アネモネさんはバラバラに崩れ落ちるキルヤを見て一言呟いたのだった。
しおりを挟む
感想 1,620

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。