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第六部:救済か破滅か
その143 黒影
しおりを挟む「これで!」
<終わりにゃ!>
ゴイン! ドブシュ!
<そ、そんな!? そんな馬鹿なぁぁぁぁぁ!>
かろうじて残っていた首も、本体がバランスを崩した直後、床に叩きつけられ動けなくなっていた。バステトがあわや食べられそうになっていたので間一髪である。
確実に、両目を潰してセイラは眉間を叩き、カイムは柔らかいところを探し当てて刀を突き立てていた。全ての首が動かなくなった所で、フレーレがセイラと合流していた。
「セイラ! やりましたね!」
「いや、どちらかといえばフレーレだけどね……フォルサさんだっけ? 私も紹介して欲しいわ」
「全然大丈夫ですよ! きっと喜びます!」
<(物騒な子が増えるだけだにゃ……怖いにゃ……)>
バステトがフレーレの背中によじ登りながらそんな事を考えていると、師範とカイムも近づいてきて話しかけてくる。
「さて、後はユリじゃが……」
「ベルダー殿……」
「とりあえず行きましょう。状況を確認しないと」
セイラの言葉で四人はベルダーの下へと歩き出した。
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「くっ……せぇぇい!」
動かなくなったアネモネの本体からユリを引き剥がす事に成功したベルダー。しかし、体の鱗はまだ徐々にユリを侵食していた。
「せめて目を覚ませば、おい起きろ!」
ガクガクと揺さぶると、一瞬、手がピクリと動いた。それを見て安堵するベルダー。
「……とりあえず死んではいない、か。しかしアネモネとやらを倒したのに侵食が治まらないのは何故だ……?」
<(言ったろう、この体は頂くと。この女が変わっていくのを指を咥えてみているがいいさ!)>
「……どこから?」
くぐもった声が耳に入ると、ベルダーは慌てず辺りを観察する……相手はこちらを焦らせて判断を鈍らせようとしているに違いないと目を凝らす。
「ベルダー、ユリはどうじゃ? こっちは何とか首を討伐したぞ」
「師範」
そう言われ、改めて見るとその巨大さが分かる。フレーレとセイラ、そしてカイムも近寄ってきてこちらを心配そうに伺っていた。
「……ん?」
<どうしたにゃ?>
ベルダーはユリを抱えて立ち上がり、もう一度アネモネの首を数える。
「……5、6、7……一本足りない……!」
「え!? さっきは確かに八本ありましたよ!」
フレーレも数えるが確かに七本しか無かった。そこで再びアネモネがどこからか語りかけてくる。
<(ふふふ……後五分といったところだわ。もうすぐお前の愛する者が魔物へと変化する……)>
額に汗をかき、目線だけを動かすがそれらしい影は見当たらない。
「(何か……ヒントは……そういえば、鳥居の上で俺達に話しかけている時! そうか!)」
ベルダーはユリの体を床に寝かせて、腰のポーチから液体の入った小瓶を取り出し、それを口に含んだ。それを見た師範とカイムがぎょっとした顔でベルダーを見る。
「お、お主まさかそれは……」
「ひゅり! ゆるひてふれ!」
師範が言うが早いか、ベルダーは涙目でユリに口付けをした! そして口の中の液体をユリに流し込んだのだ! そしてユリから唇を離すと、数秒もたたないうちに喉の奥からアネモネの悲鳴が聞こえ口外へと頭を出してきた。
<おぼろろろ……か、辛い!? い、痛いぃぃぃ!? あ、ああ……め、目が回る……こ、こいつは一体……>
「やはり体内にまだ居たか! ふん!」
でろりと鎌首がユリの口から出てきた所で、首根っこを捕まえて引きずり出すベルダー。そこにバステトの叫び声が後ろから聞こえてきた。
<腹のあたりにある宝石のようなものを壊すにゃ!>
「承知!」
クルリと神殺しの短剣を逆手に持ち替え、尻尾を足で踏み体を固定する。そのまま核に向かって短剣を振りぬいた!
パキン……
<お、おお!? おおおおおををををオォォォォォ……!>
ブワっ! ヒュゥゥゥゥゥ……
宝石が砕け散ると、断末魔の悲鳴をあげながらアネモネの体から黒いもやのようなものが霧散し消えた。それを見てフレーレとバステトがそれぞれ声をあげる。
<今の黒いのはなんにゃ……? 私達は倒されてもあんなのは出ないにゃ……>
「チェイシャやジャンナもあんなに禍々しい気配はありませんでしたよ」
そしてベルダーに掴まれているアネモネと大きな体は塩となって崩れ去った。
「終わったか……」
「やりましたね、ベルダー殿」
カイムがベルダーに近づき、続いてセイラがユリの容態を見る。
「うん、外傷は少しあるけど命にかかわるような事はなさそうよ! 体もほら……」
セイラが指差すと、白い鱗に覆われかけていた肌が徐々に元の皮膚へと戻っていくのが分かる。しばらくすれば目を覚ますだろう。
「しかし大量の塩じゃの……ん?」
師範が山になった塩を眺めていると、上の方でキラリと光るものを発見した。するとバステトがひょいひょいと塩の山を登り掘り出す。
<にゃにゃにゃ! ……慈愛の盾だにゃ! これがあるということはアネモネは倒せてるにゃ>
「封印も解けているんですね、これで残りは1つ……」
フレーレが盾をバステトから受け取る。後ろではベルダーがユリを背負っているところだった。
「……用は済んだ、屋敷へ戻ろう。ユリを休ませたい」
「いえ、もう少しだけ待ってもらえますか? 今までと同じならもしかすると……」
「何かあるんですか?」
カイムがそれとなくフレーレに近づき質問をする。セイラもユリにヒールをかけながらフレーレに聞いていた。
「もしかしてバスみたいになるとか?」
「ですです! ちょっとあの黒いもやが気になりますけど……」
<あ、気配が出てきたにゃ! 今度こそアネモネだにゃ!>
バステトが尻尾をピン! と伸ばして辺りをキョロキョロしだす。やがて塩の山からのそりと白い蛇が姿を現した。
<なんでアタシ塩の中に? ぺっぺ! 辛い……>
転がるように塩の山から降りてくるアネモネ。その容姿は先程までと違い、のんきそうな感じがしていた。首には赤いリボンが巻かれており、白い体によく映えていた。うまく着地したアネモネに尻尾が立ったバステトが駆け寄っていた。
<アネモネ!>
<あれ? バスじゃない! 久しぶりねぇ! あれ? 封印はどうしたのよ?>
<私の封印は解かれたにゃ。それより、一体なにがあったにゃ? 人の体を操るわ、攻撃を仕掛けてくるわ頭が八つになるわ……こっちは大変だったのにゃ>
手をぶんぶんさせて説明するバステトに対し、アネモネの頭には「?」がずっとついていた。
<なあにそれ? アタシそんなことしないわ。争いが嫌いなのはバスも知ってるでしょ?>
「そうなんですね? あ、わたしフレーレって言います。でもあそこに背負われているユリさんの体を乗っ取ろうとしたり、その塩の山もアネモネさんの体からできたものです」
<あら、可愛いお嬢さんね。アタシはアネモネよ、よろしくね。うーん……覚えが無いんだけど……>
<アネモネがそんな事をしないのは勿論知ってるにゃ。でも、カクカクシカジカ>
バステトがこの国に到着してからの事を全て話し、フレーレとセイラが間違いないと言った所でアネモネの頭がしゅん、と垂れた。
<マジか……アタシが……? でも全然覚えが無いわ……>
ぐったりとバステトの背中に頭を乗せてショックを受けるアネモネ。どうやら本当に何も知らないようだった。
「(あの黒いもや……あれが怪しいですね)」
「(とはいえ、もう調べる手段もないし……とりあえずここは一度帰りましょう)」
フレーレとセイラがひそひそと話しているとベルダーが近寄ってきた。
「……連れて行くのか?」
「そうですね。ここに置いていくのもちょっと危険な気がしますし、害は無さそうですよ?」
ユリを乗っ取られたので、複雑な心境のベルダー。そこにアネモネがするするとやってきて頭を下げた。
<や、この度はホントに……何と言っていいやら……申し訳ない……>
「……ユリに何かあったらくびり殺しても足りんが、何か事情もありそうだ……とりあえず今は戻るぞ……」
ベルダーはそれだけ言って踵を返すと、セイラがユリを指差して叫んだ。
「あ! ユリさん顔がにやけてる! 起きてる、起きてるよ!」
「……何!? ぐえ!?」
「ぐ、ぐーぐー……」
背中から降ろそうとしたベルダーの首を絞めて、ユリは寝たフリをするのだった。ベルダーは仕方なく、だが口元を緩ませて出口へと向かう。
「やれやれ、我が娘ながら恥ずかしいわい。ま、無事ならええけどな」
師範もベルダー達に着いていき、フレーレ達も追いかけようとするが、カイムが塩の山に居る事に気づき声をかけた。
「カイムさんー、行きますよー!」
「あ、はい! これも落ちていたので持って行きましょう」
カイムが尻尾の付近で白く鋭い刀を拾っていた。それを見てアネモネが懐かしそうに言う。
<アタシの得物だった『蛇之麁正』だね。この体じゃ持てないけど、誰か使うといいよ>
アネモネがそう言いながらバステトと一緒に出口へ向かう。
「それじゃ、わたし達も行きましょう!」
ユリの救出と女神の封印を解く事に成功したフレーレ達はオデの町へと戻るのだった。
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