上 下
122 / 377
第六部:救済か破滅か

その143 黒影

しおりを挟む

 「これで!」

 <終わりにゃ!>

 ゴイン! ドブシュ!

 <そ、そんな!? そんな馬鹿なぁぁぁぁぁ!>

 かろうじて残っていた首も、本体がバランスを崩した直後、床に叩きつけられ動けなくなっていた。バステトがあわや食べられそうになっていたので間一髪である。
 
 確実に、両目を潰してセイラは眉間を叩き、カイムは柔らかいところを探し当てて刀を突き立てていた。全ての首が動かなくなった所で、フレーレがセイラと合流していた。

 「セイラ! やりましたね!」

 「いや、どちらかといえばフレーレだけどね……フォルサさんだっけ? 私も紹介して欲しいわ」

 「全然大丈夫ですよ! きっと喜びます!」

 <(物騒な子が増えるだけだにゃ……怖いにゃ……)>

 バステトがフレーレの背中によじ登りながらそんな事を考えていると、師範とカイムも近づいてきて話しかけてくる。

 「さて、後はユリじゃが……」

 「ベルダー殿……」

 「とりあえず行きましょう。状況を確認しないと」

 セイラの言葉で四人はベルダーの下へと歩き出した。



 ---------------------------------------------------



 「くっ……せぇぇい!」

 動かなくなったアネモネの本体からユリを引き剥がす事に成功したベルダー。しかし、体の鱗はまだ徐々にユリを侵食していた。

 「せめて目を覚ませば、おい起きろ!」

 ガクガクと揺さぶると、一瞬、手がピクリと動いた。それを見て安堵するベルダー。

 「……とりあえず死んではいない、か。しかしアネモネとやらを倒したのに侵食が治まらないのは何故だ……?」

 <(言ったろう、この体は頂くと。この女が変わっていくのを指を咥えてみているがいいさ!)>

 「……どこから?」

 くぐもった声が耳に入ると、ベルダーは慌てず辺りを観察する……相手はこちらを焦らせて判断を鈍らせようとしているに違いないと目を凝らす。

 「ベルダー、ユリはどうじゃ? こっちは何とか首を討伐したぞ」

 「師範」

 そう言われ、改めて見るとその巨大さが分かる。フレーレとセイラ、そしてカイムも近寄ってきてこちらを心配そうに伺っていた。

 「……ん?」

 <どうしたにゃ?>

 ベルダーはユリを抱えて立ち上がり、もう一度アネモネの首を数える。

 「……5、6、7……一本足りない……!」

 「え!? さっきは確かに八本ありましたよ!」

 フレーレも数えるが確かに七本しか無かった。そこで再びアネモネがどこからか語りかけてくる。

 <(ふふふ……後五分といったところだわ。もうすぐお前の愛する者が魔物へと変化する……)>

 額に汗をかき、目線だけを動かすがそれらしい影は見当たらない。

 「(何か……ヒントは……そういえば、鳥居の上で俺達に話しかけている時! そうか!)」

 ベルダーはユリの体を床に寝かせて、腰のポーチから液体の入った小瓶を取り出し、それを口に含んだ。それを見た師範とカイムがぎょっとした顔でベルダーを見る。

 「お、お主まさかそれは……」

 「ひゅり! ゆるひてふれ!」

 師範が言うが早いか、ベルダーは涙目でユリに口付けをした! そして口の中の液体をユリに流し込んだのだ! そしてユリから唇を離すと、数秒もたたないうちに喉の奥からアネモネの悲鳴が聞こえ口外へと頭を出してきた。

 <おぼろろろ……か、辛い!? い、痛いぃぃぃ!? あ、ああ……め、目が回る……こ、こいつは一体……>

 「やはり体内にまだ居たか! ふん!」

 でろりと鎌首がユリの口から出てきた所で、首根っこを捕まえて引きずり出すベルダー。そこにバステトの叫び声が後ろから聞こえてきた。

 <腹のあたりにある宝石のようなものを壊すにゃ!>

 「承知!」

 クルリと神殺しの短剣を逆手に持ち替え、尻尾を足で踏み体を固定する。そのまま核に向かって短剣を振りぬいた!


 パキン……

 <お、おお!? おおおおおををををオォォォォォ……!>

 ブワっ! ヒュゥゥゥゥゥ……

 宝石が砕け散ると、断末魔の悲鳴をあげながらアネモネの体から黒いもやのようなものが霧散し消えた。それを見てフレーレとバステトがそれぞれ声をあげる。

 <今の黒いのはなんにゃ……? 私達は倒されてもあんなのは出ないにゃ……>

 「チェイシャやジャンナもあんなに禍々しい気配はありませんでしたよ」

 そしてベルダーに掴まれているアネモネと大きな体は塩となって崩れ去った。

 「終わったか……」

 「やりましたね、ベルダー殿」

 カイムがベルダーに近づき、続いてセイラがユリの容態を見る。

 「うん、外傷は少しあるけど命にかかわるような事はなさそうよ! 体もほら……」

 セイラが指差すと、白い鱗に覆われかけていた肌が徐々に元の皮膚へと戻っていくのが分かる。しばらくすれば目を覚ますだろう。

 「しかし大量の塩じゃの……ん?」

 師範が山になった塩を眺めていると、上の方でキラリと光るものを発見した。するとバステトがひょいひょいと塩の山を登り掘り出す。

 <にゃにゃにゃ! ……慈愛の盾だにゃ! これがあるということはアネモネは倒せてるにゃ>

 「封印も解けているんですね、これで残りは1つ……」

 フレーレが盾をバステトから受け取る。後ろではベルダーがユリを背負っているところだった。

 「……用は済んだ、屋敷へ戻ろう。ユリを休ませたい」

 「いえ、もう少しだけ待ってもらえますか? 今までと同じならもしかすると……」

 「何かあるんですか?」

 カイムがそれとなくフレーレに近づき質問をする。セイラもユリにヒールをかけながらフレーレに聞いていた。

 「もしかしてバスみたいになるとか?」

 「ですです! ちょっとあの黒いもやが気になりますけど……」

 <あ、気配が出てきたにゃ! 今度こそアネモネだにゃ!>

 バステトが尻尾をピン! と伸ばして辺りをキョロキョロしだす。やがて塩の山からのそりと白い蛇が姿を現した。

 <なんでアタシ塩の中に? ぺっぺ! 辛い……>

 転がるように塩の山から降りてくるアネモネ。その容姿は先程までと違い、のんきそうな感じがしていた。首には赤いリボンが巻かれており、白い体によく映えていた。うまく着地したアネモネに尻尾が立ったバステトが駆け寄っていた。

 <アネモネ!>

 <あれ? バスじゃない! 久しぶりねぇ! あれ? 封印はどうしたのよ?>

 <私の封印は解かれたにゃ。それより、一体なにがあったにゃ? 人の体を操るわ、攻撃を仕掛けてくるわ頭が八つになるわ……こっちは大変だったのにゃ>

 手をぶんぶんさせて説明するバステトに対し、アネモネの頭には「?」がずっとついていた。

 <なあにそれ? アタシそんなことしないわ。争いが嫌いなのはバスも知ってるでしょ?>

 「そうなんですね? あ、わたしフレーレって言います。でもあそこに背負われているユリさんの体を乗っ取ろうとしたり、その塩の山もアネモネさんの体からできたものです」

 <あら、可愛いお嬢さんね。アタシはアネモネよ、よろしくね。うーん……覚えが無いんだけど……>


 <アネモネがそんな事をしないのは勿論知ってるにゃ。でも、カクカクシカジカ>

 バステトがこの国に到着してからの事を全て話し、フレーレとセイラが間違いないと言った所でアネモネの頭がしゅん、と垂れた。

 <マジか……アタシが……? でも全然覚えが無いわ……>

 ぐったりとバステトの背中に頭を乗せてショックを受けるアネモネ。どうやら本当に何も知らないようだった。

 「(あの黒いもや……あれが怪しいですね)」

 「(とはいえ、もう調べる手段もないし……とりあえずここは一度帰りましょう)」

 フレーレとセイラがひそひそと話しているとベルダーが近寄ってきた。

 「……連れて行くのか?」

 「そうですね。ここに置いていくのもちょっと危険な気がしますし、害は無さそうですよ?」

 ユリを乗っ取られたので、複雑な心境のベルダー。そこにアネモネがするするとやってきて頭を下げた。

 <や、この度はホントに……何と言っていいやら……申し訳ない……>

 「……ユリに何かあったらくびり殺しても足りんが、何か事情もありそうだ……とりあえず今は戻るぞ……」

 ベルダーはそれだけ言って踵を返すと、セイラがユリを指差して叫んだ。

 「あ! ユリさん顔がにやけてる! 起きてる、起きてるよ!」

 「……何!? ぐえ!?」

 「ぐ、ぐーぐー……」

 背中から降ろそうとしたベルダーの首を絞めて、ユリは寝たフリをするのだった。ベルダーは仕方なく、だが口元を緩ませて出口へと向かう。

 「やれやれ、我が娘ながら恥ずかしいわい。ま、無事ならええけどな」

 師範もベルダー達に着いていき、フレーレ達も追いかけようとするが、カイムが塩の山に居る事に気づき声をかけた。

 「カイムさんー、行きますよー!」

 「あ、はい! これも落ちていたので持って行きましょう」

 カイムが尻尾の付近で白く鋭い刀を拾っていた。それを見てアネモネが懐かしそうに言う。

 <アタシの得物だった『蛇之麁正おろちのあらまさ』だね。この体じゃ持てないけど、誰か使うといいよ>

 アネモネがそう言いながらバステトと一緒に出口へ向かう。

 「それじゃ、わたし達も行きましょう!」

 ユリの救出と女神の封印を解く事に成功したフレーレ達はオデの町へと戻るのだった。
しおりを挟む
感想 1,620

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。