上 下
246 / 253
最終章:その果てに残るもの

第二百三十八話 潰える

しおりを挟む


 「エアモルベーゼ!」

 『こっちに来ては……ダメ、あなた達も引きずり込まれる……!』

 抵抗を見せるものの、絡みついた氷の鎖は解けないようで、ゆっくりと冥界の門へと近づいていく。そしてアウロラの下半身を見ると、無数の手がアウロラを引きずりこもうと絡みついていた。

 『……このまま私が一緒に行けば満足するかしら……?』

 『そうだな……もはやこれまで。口惜しいが、な。だが、私の半身を残して消えるのは度し難い。だから一緒に消えてもらうぞ』

 「おい、エアモルベーゼ! 馬鹿なことを言うな!」

 「助けないと!」

 『ふん……!』

 ドバァ!

 「チッ!」

 アウロラがエアモルベーゼを引きずりながら駆け寄ろうとした俺達に魔法を浴びせかけてくる。間一髪で避けたが、これじゃ近づけない……!

 『よくぞ女神である私をここまで痛めつけてくれた、褒めてやろう』

 「そんなのいいからエアモルベーゼを離しなさい!」

 『≪霞の焔灰≫ ……そうはいかん。こやつはここで、消える』

 『ああ……!』
 
  ついにエアモルベーゼがアウロラに捕まり、ニィと笑みを見せる。その瞬間、カッと眩しい光が俺達に降り注いだ次の瞬間――

 『元の体に戻れたか……しかし、傷をつけすぎたな……』

 「な!? お、おい、エアモルベーゼ!」

 パチンと指を鳴らす元の体に戻ったアウロラは、返事のないエアモルベーゼと共にずるずると消えて行く。何かできることは……俺がそう考えていると、アウロラが最後の最後でとんでもないことを言い放つ。

 『私はこれで終わりだ。だが、ペンデュースも消える。ここで元の体に戻れたのは僥倖だった。この体なら破壊神の体よりも楽に壊せる……』

 そして、また、パチンと指を鳴らすアウロラ。その瞬間、部屋の中がガタガタと震える

 「待ちなさい! 何をしたの……!」

 『クク、言っただろう? 世界を壊すと。お前達は勝者だ、褒美に世界が消えて行く様を見る権利を与えてやる』

 「何だと!? どうすりゃそれを止められる!」

 それだけ言うとアウロラとエアモルベーゼは完全に冥界の門へと飲み込まれてしまい、俺の問いに答える者は居なかった。

 「くそ……!」

 俺が悪態をつくと、隠れていたチャーさんとへっくんが少し遠くで俺達を手招きしていた。

 「こっちの池に何か見えるぞ」

 「~!」

 俺と芙蓉が池に近づいて覗き込むと、とんでもない光景が映し出されていた――



 ◆ ◇ ◆


 「さって、リンゴも売れたし今日は帰ろうかしらね!」

 「なあ、アンリエッタ姉ちゃん、ビーンはいいのか?」

 「うーん……分かってはいるんだけど、ちょっと踏ん切りがね……」

 「仕方ないよーカケルお兄さんはカッコ良かったしねー……う……」

 「ちょっとどうしたのスィー? ……あぐ……!? な、何……? 力が……ううん……命が吸われているような感じが……」

 アンリエッタが何とか前を向こうとするも、すぐに意識が遠ざかる。

 「(カケル……)」


 

 「か、母ちゃん……オレ、気分が悪い……」

 「うう……ユーキ……」

 「ぬう、しっかりせい二人とも! うぐぐ……お、俺もか……、とりあえず工房へ……」



 「お母さん! お母さんしっかり!」

 「……だ、大丈夫よチェル……でも、急にこんなに体調が悪くなるなんて……」

 「よく見たらあちこちで人が倒れている……な、何なの……?」


 「無事かシエラ!」

 「お父様! 使用人たちが次々と倒れたの」

 「むう……この嫌な感じいったい……ぐ、わ、私も、だと……?」


 
 「森が、木が死んでいく……!?」

 「お、おねーちゃん……くるし……」

 「クリム!? 動物達の気配も薄くなっていく……お父さん一体どうなっているの? 早く……帰って、き、て……」

 ドサリ……

 



 「チッ、海が濁って来たぜ。それに酷い嵐だ、停泊しててもこの揺れ……地上に行った方がいいかもしれないぜロウベ爺さん」

 「錨が持っていかれるかもしれんのう……よし、乗員は町へ上陸する! ツィンケルお前も嫁を連れて来い!」

 「分かってるよ! って、おい、お前等しっかりしろ!?」

 「……う、うう……寒い……」

 「力が……入らない……」

 「……」

 「くっそー、ボスが居ない時にこりゃ困るぜおい!」

 ツィンケルはまだ動ける船員を先導し、動けない者から町へと運んでいく。ロウベは荒れた海をチラリと見て胸中で呟いた。

 「(芙蓉、お前が関わっておるのか? 無事で戻ってくるといいが……)」


 


 「クリーレン、まだ平気?」

 「えぇ、まだまだよ。でも、この人数を運ぶのはちょっときついわねぇ。ギルドラ、何とかしなさい」

 「できるかぁ! ……ごほ、し、しかし一体騎士達はどうしたのでしょう……」

 「……ギルドラも限界か? 惜しいヤツを失くした……」

 「まだ生きてますけどね!? う、叫んだら気が遠く……」

 ギルドラが前のめりに倒れる。周りは、柱を壊して帰る途中の騎士達やジェイグで、すでに虫の息だった。

 「こりゃあいつら失敗したかね?」

 「……そうかもねぇ。ま、こうなったらただの人間にわたしにできることはないわぁ」

 ギルドラを椅子にしてため息をつくクリーレン。彼女達も口調は普通だが、かなり顔色が悪かった。

 「(世界の終り……まさか、アウロラがここまでするとはねぇ。嫉妬か、思い通りにならなかった憤りか分からないけど、愚かな女神だったわねぇ)」




 「リンデ!」

 「イヨルド……」

 「あ、ああ……うちの子が……せっかく移住できたのに……あんまりだよ……」

 「アウロラよ、最後まで私達を蔑にするのか……!!」

 リンデが倒れ、村では子供からバタバタと倒れて行く。そして後を追うように大人たちも倒れていく。





 「アニス!?」

 「だい、丈夫……ちょっとフラッとしただけ……」

 「く……うう……」

 「ルルカ! リファ!」

 クロウが急に倒れたアニスを抱き、ウェスティリアがルルカとリファに駆け寄る。見れば、グランツとトレーネ、エリンも苦しみだして床に倒れていた。

 「しっかりしやがれ! ……どういうことだこいつぁ?」

 「……カケルと芙蓉が失敗したのかもしれん……微々たるものだが、私も焦燥感がある……まるで命を吸われているような……」

 「まだじゃ……まだ終わった訳ではない……カケルを信じるのじゃ……! う……」

 フェルゼンがグランツを揺さぶり、バウムが目を見開いて口を開くと、メリーヌが激高する。だが、普通の人間であるメリーヌ達は意識を失い、顔色がどんどん悪くなっている。

 「結界を……! ……だ、ダメですか……これは私の力ではどうにも……」

 聖女たるユーティリアや勇者たちはまだ頑張れているが、時間の問題というところだろう。



 ――徐々に空気が淀み、草木は枯れ、海は荒れ果てていた。人間だろうが魔物だろうが小動物だろうがその命を散らす。それがアウロラの行った『世界の最期』だったのだ。


 ◆ ◇ ◆


 「こ、こんなのどうすればいいの……!?」

 「ここかじゃ手が出せない……ナルレア! なにかいい案が無いか!」

 芙蓉が池を見ながら、倒れて行く人々や荒廃していく世界を見て叫び、俺もナルレアに呼びかける。こいつなら考え付きそうだと思ったからだが――


 <……>

 <ナルレアさん……>

 なぜかナルレアはだんまりし、姉ちゃんが何故か寂しげに呟いた。こうしている間にも世界は死ぬ。俺は一か八かと、冥界の門へと走る。

 「カケルさん!」

 「まだ扉の向こうにいるかもしれない……アウロラとエアモルベーゼをとっ掴まえて無理やりにでも止めさせてやる」

 「ダメ! あなたまで死んだら私どうすればいいの!?」

 「……大丈夫だ、多分だけど、俺はこれを通ってあの世界に行ったんだ。なら、少しは耐性がありそうだろ?」

 とはいえ、この先は未知数だ。アウロラとエアモルベーゼが『消える』と言ったことを考えると、もしかしたら何かしないと通れないのかもしれない……だが、萎縮していることを悟られまいと俺が踏み込もうとしたその時だった。

 「で、出口か……? よ、ようやく出られたな……剣の導きってのも信じてみたくなる……」

 「……そうね……あれからどれくらい経ったのかしら……」

 ボロボロの鎧とローブを纏った男女が……何とアウロラとエアモルベーゼの首根っこを摑まえて冥界の門から出てきた!?
しおりを挟む
感想 586

あなたにおすすめの小説

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

第三王子に転生したけど、その国は滅亡直後だった

秋空碧
ファンタジー
人格の九割は、脳によって形作られているという。だが、裏を返せば、残りの一割は肉体とは別に存在することになる この世界に輪廻転生があるとして、人が前世の記憶を持っていないのは――

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...