上 下
192 / 253
第七章:常闇と魔王の真実編

第百八十四話 アピール期間中

しおりを挟む
 

 「改めてみると大きいよな、この町」

 「その昔、獣人達がこの大陸に流れ着いたらしいんだけど、人間はほとんど居なかったみたい。で、森も多いから獣人達にとっては天国みたいな場所だし、自然と数が増えて行ったって感じだよ」

 ルルカが俺の横でふふんと、人差し指を立てながらウインクしてくる。

 「よく知ってるなあ。流石は賢者だ」

 俺が感心していると、ルルカが照れくさそうに笑う。

 「へへ、宿や船の中で一人になる時は本ばっかり読んでるからね。最初の町でこの国についての本を買って読んでいたんだよ」

 「ふうん、やっぱり本が好きなんだな。俺はそういうのに気付かないから助かるよ」

 「お安いご用だよ! 本もいいけど、身体を動かすのも好きだけどね」

 賢者だけど元気だなルルカは……そんなことを考えていると―― 

 「(ルルカが一歩リードというところかのう……いや、まだ始まったばかり……)」

 ゾクリ

 「!?」

 後ろから寒々しい気配を感じ、刺客かと思い振り返るが、ニコニコしている師匠がいるだけだった。

 「……気のせいか?」

 「どうしたのじゃ? 汗がすごいぞ? ほれ、見せてみい」

 師匠が近づいてきて、ハンカチで汗を拭いてくれる。おお、いい香りがする。

 「師匠のハンカチいい匂いがするな」

 「い、いきなりどうしたのじゃ!?」

 俺が顔を近づけると、珍しく顔を赤くしてうろたえる師匠。だが、すぐに持ち直し俺の顔を拭きながら喋りはじめる。惜しい。

 「……貴族がこういうことに疎くてはいかんのじゃ。パーティやお茶会とかでみすぼらしい格好はできんじゃろ?」

 「ああ、確かにそうだな。でも、昔はメイドさんとか居ただろうけど、今は居ないじゃないか。自分で洗ってるのか?」

 「当然じゃ。料理に洗濯、裁縫。一人で生きていくために必死で覚えたからのう。だから、わしはお得じゃぞ?」

 「何がお得なんだよ……まあでも、家庭的なのはいいよな」

 「(いよっし!)」

 汗を拭くため立ちどまっていたが、再び歩き出す。すると今度はリファが師匠とルルカを押しのけて俺の横に立った。

 「(むむむ……メリーヌ殿が全身で喜びを……! こ、ここは私も!)なあカケル、お得と言えば私もそうだぞ」

 「……うーん、嫌な予感しかしないが、一応聞いてみようか……」

 「嫌な予感ってなんだ!? ……ま、まあ、なんだ、私はこれでもお姫様だ」

 「それは聞いたな」

 「うん。で、それも第二王女。第一王女と違って、お城にずっと居なくてもいい! でも困った時はお城に頼れる、そんな生活ができるんだ。それに……王族ならここにいる全員を娶ることもできるぞ! どうだ!」

 何故かリファがドヤ顔で目を輝かせて言うが――

 「いやいや……俺は結婚しないって言ったろ? それにお前のところって親父さんも兄ちゃんもヤバめっぽいじゃないか。俺は血を見たくないぞ……」

 「そ、そんな!? くっ……父上、兄上……恨みますよ……」

 「(フフフ、リファはお二人がネックだもんね。お城勤めしているボクが恩をあだで返すみたいでアレだけどここは譲れないよ? でも、一夫多妻は面白そうかも……でも正妻はこのボク……!)」

 ゾクリ……

 「また寒気がした!?」

 怪しい気配を感じて振り向くが、そこにはルルカしかおらず、「どうしたの?」と首を傾げるだけで、やはり刺客など影も形も見えなかった。

 一体何が起きているんだ……?

 ま、まあ、それはともかく、お姫様が遠まわしに結婚したいと言ってくれるのは悪い気はしないけど、この騒動が終わったら恐らく俺は一人でまた旅に出るだろう。

 結婚しない理由だが、実のところを言うと母親と姉さんのこともあるけど、本質は寿命がとんでもないところにある。先に嫁さんが死んでいくのを見るのは忍びない……そう考えているというのもあったりするのだ。

 <私か芙蓉様くらいですねえ>

 お前は人じゃないだろ……と、心の中でナルレアにツッコミを入れていると、いつのまにやら商店街に入ったらしく、段々と騒がしくなってきた。

 そういえばティリアと芙蓉は大人しいなと思ってチラ見したところ、二人で仲良く話していたようだ。俺の視線に気づいたのか、ティリアがちょこちょこと俺のところへやってくる。

 「? リファはどうしたんですか?」

 「ちょっと悲しいことがあったらしい。そっとしておこう」

 「だ、大丈夫ですかリファ?」

 「だ、大丈夫……まだ戦いはこれから……」

 「戦い!?」

 ティリアがロッドを構えてキョロキョロするが、もちろんそんなことは無い。

 「それより、商店街に来てしまったなあ。まだ朝早いし、どっか公園みたいなところでゆっくりするか?」

 「(ハッ! 商店街ということは食材が! ならカケルさんに注文をするチャンス!)い、いえ! 私は商店街大好きですから全然、まったく問題ありません!」

 「商店街が好きなのか? あれ、でもお前って箱入り娘じゃなかったっけ?」

 「ああああ、あれです! 雰囲気がいいなって思ったんです! さ、さあ、行きましょう! 何か面白いものがあるといいですね!」

 「声が裏返ってるぞ、大丈夫か?」

 目をぐるぐると回しながら俺の手を引いてずんずん進んでいく。見れば、魚屋に肉屋に八百屋はもちろん、パン屋や食堂に屋台といったすぐに口にできそうな食べ物を売っている店も立ちならんでいた。

 となると腹ペコ魔王のティリアはそちらへ行くと思ったが、意外にも魚屋で足を止めていた。

 「わ、大きいお魚ですね」

 「こりゃブリかな?」

 ティリアがブリに似た魚を前にし、まじまじと見つめていたら店頭に立っていた親父さんが話しかけてきた。

 「ああ、兄さんの言うとおりこいつはブリだ! ま、ここは山の中だから獲れたてという訳にはいかないが、魔法で凍らせて運んでいるからそれなりに美味しく食べられるぜ」

 「あ、冷たい。そういや俺達が降りたシュピーゲルの町の近くは海だな。あの辺まで?」

 「おう、そうだぜ。見たところ大所帯だし、夕食にどうだい? 奥さんも友達にごちそう食べさせたいだろ?」

 「おおお、奥さん!? い、いえ、私は――」

 顔を赤くして手を振り困っていた。

 「悪いな、俺達はパーティだけどそういう間柄じゃない。ブリか……向こうの八百屋に大根があるからブリ大根にでもするか? 鶏肉かイカがあれば一緒に……刺身もいいな……」

 俺がぶつぶつ言っていると、師匠がひょいっと魚を覗き込みながら聞いてくる。

 「イカとはなんじゃ?」

 「ん? ああ、そうか。こっちじゃクラーケンか? イカは俺の世界の呼び名だ。あんなに大きくないけど」

 「小さいクラーケン……それならクラーケンじゃなくてスクイッドだね。ここには無さそうだけど」

 ルルカが持ち前の知識を披露してくれると、芙蓉が補足してくれる。

 「この世界のイカは寒い所に多くいてね。『水氷の闘将』……今は水氷の魔王の『極北』というところで良く獲れるわ」

 予期せぬところで知らない魔王情報が出て俺は驚いていた。

 「へえ、何か南極か北極っぽいけど町はあるのか?」

 「もちろんよ。でも、予想通り氷だらけの国だけどね」

 「リファ達の国へ行った後に向かうのもアリかな? おじさん、ブリと……ホタテ、でいいんだよな?」

 「ああ、ホタテだ」

 「そいつをあるだけ頼む」

 「マジか!? へへ、毎度! いやあ、店を開けたその日にごっそり売れるなんてついてるぜ!」

 捌くのは何とかなるだろう。おじさんから商品を受けとりカバンへとしまう。そういやティリアが大人しいな?

 「ティリア?」

 「うふふ……ブリ大根……どんな料理でしょうか……刺身も気になります……」

 涎を垂らしながらまだ見ぬ料理に想いを馳せていた。こいつはぐいぐい押してこないので気が楽だな。

 そしてしばらく商店街を歩いていると、魚屋での一件を見ていた人達から熱烈な売り込みをうけることになった……肉に野菜、果物に調味料など、これでもかと買った。あって困るものではないのが幸いだ。

 「ふう……肉料理にデザートまでいけそうだなこりゃ」

 「本当ですか! い、いつ作るんですか!」

 「今晩、厨房を借りてみるよ。クロウも俺の料理が好きだし、頑張っているから作ってやりたい」

 「はふん……! 私いつ帰ってもいいです……!」

 「お嬢様ー!?」

 光悦した顔でふらりと倒れそうになるティリアをリファが支えていた。そこへ芙蓉が遠くを指差して俺達に言うう。

 「向こうに公園があるみたいよ。お茶を飲める店はまだオープンまで時間があるし、少し休憩をしない?」
 
 「お、いいな。ゆっくりできそうだ」

 芙蓉の提案にのり、俺達はぞろぞろと移動を始める。だが、俺はまだ気付いていなかった。彼女達はまだ本気ではなかったことを。

 

 「(もちろんゆっくりできるのじゃ。ククク……)では行こうかえ」

 「こうやってゆっくりするのも悪くないな(お嬢様は脱落気味……そろそろ動く刻か?)」

 
 俺の背後でまた、ゾクリとする寒気がした。
しおりを挟む
感想 586

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

転生錬金術師・葉菜花の魔石ごはん~食いしん坊王子様のお気に入り~

豆狸
ファンタジー
異世界に転生した葉菜花には前世の料理を再現するチートなスキルがあった! 食いしん坊の王国ラトニーで俺様王子様と残念聖女様を餌付けしながら、可愛い使い魔ラケル(モフモフわんこ)と一緒に頑張るよ♪ ※基本のんびりスローライフ? で、たまに事件に関わります。 ※本編は葉菜花の一人称、ときどき別視点の三人称です。 ※ひとつの話の中で視点が変わるときは★、同じ視点で場面や時間が変わるときは☆で区切っています。 ※20210114、11話内の神殿からもらったお金がおかしかったので訂正しました。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

処理中です...