上 下
211 / 245

第二百十話 その目に焼き付けるというもの

しおりを挟む
「――ハッ!」
「かぁ!!」
「ストライク! バッタアウッ! ゲームセット」
「「「「おおおおおおお!!!」」」」

 白熱の攻防が続き、九回の裏、ラースさんの投げた球が大きく曲がりバッターの冒険者さんが空振りをして試合終了の笛の音が鳴り響いた。
 審判の騎士さんが無駄に滑舌がいいなと思った。

「ふう……」
「くっそぉぉぉ! 引き分けか!」
「やるな冒険者達」
「勝つつもりだったからな!」

 そんな悪態を言いながら笑顔で握手を交わす両者チーム。本当にいい試合だったのは前に出て大声で選手に声をかけているフォルドを見ればよく分かる。

「うおおお! すげぇ! あのボールどうやって投げるんだよ! 冒険者さん凄かったぜ!」
「お、ありがとよ坊主!!」
【はっはっは、フォルドもすっかりヤキュウの虜だな】

 整列をする冒険者さんが片手を上げて挨拶をしていた。そこへボルカノがご機嫌で歩いて来た。

「おおよ! 最初はただ球を打つだけで地味だと思ってたけど、打った後、取られないためにバットを振ったり、投げる側も魔法みたいな球を投げるしよ! 俺も打ってみてえ!」
「なら挨拶が終わったらちょっとマウンドに登ってみようか」
「是非!」

 フォルドが目を輝かせながら頷いていた。そこで母さんが拍手をしながら口を開く。

「いいわねえ。私やリンダがやると多分ホームランと変化球? あれでずっと戦い続けることになりそう」
「そうだねえ。母さんなら千本ノックで飛距離を競った方が面白いかもね?」
「ふうん?」
「あ、いつかね? どうせリンダさん来ないから難しいだろうけど」
「ママはいつも忙しい」

 僕の皮肉交じりの言葉にうんうんと頷くステラ。なんか最近学校には顔を出したらしいので僕だけ会っていないのである。そりゃ腐りもする。
 そんなことを考えていると、やはり拍手をして讃えていたセカーチさんが口を開いた。

「ほう、酒か。引き分けでも出すのだな」
「だね。勝った方がまずいいお酒を飲める権利をあげようかと思ったんだけどまさかの引き分けだから全員いいお酒をね」
「ふふ、冒険者さん達は最後の試合だから良かったかもしれないわねえ。私達もワインとおつまみで優雅に観戦させてもらったわ、ありがとうウルカちゃん、バスレさん」
「わたしも楽しませていただきました。真剣な戦いはいいものですね」

 サーラさんとバスレさんもいい感じに楽しんでくれていたようでなによりだ。
 そんな中、グラウンドは騎士さんや冒険者さん達で溢れかえていた。

【芝を痛めるなよー!】
「わかってるよボルカノの旦那!」
「端っこでパーティをしますよ~♪ みなさんももどうぞー」
「お、マジか! スピカ行こうぜ!」
「んもう、お酒が飲めるからって……ま、でも凄く楽しかったしあたしも行こうかな」
「パンも持って来たぞい。食ってくれ」
「マジか、爺さんの店のパン美味いんだよな!」

 と、今領地に居る人達は殆ど飲み食いに参加し始めた。もう夕方なのでベルナさんや女性の騎士さん達が用意した料理がどんどん運ばれてきていた。

「僕達も行こうか」
「よーし! 食う前にボールを打たせてくれよ!」
「いいよ!」
「アニーもやるのー!」
「私もやってみようかしら」
「ステラちゃんは打つ方が似合いそうー!」

 僕達も参加をするためセカーチさん達と一緒にグラウンドへ降り、まずは僕がマウンド、フォルドがバッターボックスへ立った。
 ハリヤーやハリソン達もてくてくとついてきた。

「おー友達同士の対決か!」
「いいぞー!」
「ウルカ様の球はすげぇからなー」

 そこですでにお酒が入っている騎士さんや冒険者さんが僕達に声援を送ってくれた。
 打ち方はそれほど難しいものじゃないし、一通り観戦しながらどういうものかマニュアルを見ながら教えたのでもう頭に入っているはずだ。

「それじゃ……行くよ!」
「こい!」
「がんばれー!」
「わんわん!」
「クルルル!」

 アニーがフォルテの背の上で拳を振り応援してくれる。
 その声を聞きながらざっと足を振り上げて投球モーションに入った。

「……!」
「ウルカちゃんかっこいいわー!」

 真剣な表情のフォルド。母さんの親ばかっぷりが始まった瞬間、僕の手からボールが放たれた。

「フッ!」
「おお、いいスイング!」
【フフフ、拙者の弟子でござるからな】
「どっから出てきた!?」

 騎士さん達から感嘆の声が上がった。オオグレさんの言う通り、訓練でフィジカルは高いので動きに無駄がない。

 だが――

「くっ……!」
「あー、惜しい!」
「いや、初めてであの掠りなら十分だろう」

 ――バットの上っ面を叩いてしまい、ボールが変な方向へ飛んで行った。

「真っすぐ飛んできたけど速いな! へへ、こりゃ難しいや。でもこれをかっとばしたら気持ちいいだろうなあ」
「そうだぜ坊主! あの向こうに飛ばすんだ。めちゃくちゃ感動するぞ」
「だよな! くぅ、俺も試合してみたいぜ。クラスのみんなを呼べねえかな!?」
「ははは、ちょっと考えていることがあるからそれが成功したら、だね」

 すっかり仲良くなったみんなと楽しく宴が始まる……そう思っていると、ステラとシルヴァが近づいてきて、ステラが不安そうな顔で話かけてきた。

「ウルカ君、ハリヤーが居ない」
「え? あ、そういえば……どこに行ったんだろう?」
「クルルル!」
「わあ!? どうしたのさフォルテ?」

 その瞬間、どこかへ行っていたらしいフォルテが僕のところへ来て襟首を咥えて引っ張ろうとした。
 こんな行動は初めてだ。どこかへ連れて行こうとしているので、僕はフォルテの背中に乗った。

「ごめん、ちょっと行ってくるよ!」
「シルヴァ乗せて」
「アニーもいくの!」
「……アニーちゃんとフォルドは私が抱えて行くわ」

 なぜか母さんが寂し気な顔を見せながら口を開く。嫌な予感がする……そのままフォルテに導かれるまま先を急ぐと――

「居た! ハリヤー、そんなところでどうしたんだい?」

 ――噴水の女神像の前でハリヤーが立っていたのだ。

 いつの間にと思い僕がハリヤーに近づいて声をかけても反応しない。いつもなら『なんでもありませんよ』と言った感じで鳴くのに。
 そう思いながら顔を見ると、とても穏やかな顔をしているように見えた。

 でもどこかおかしい。
 じっとハリヤーを見ていると、そこで僕は気づいてしまう。とても悲しいことを。

「ハリヤー……お前、死んでしまったのか……」
「え……!?」

 固まるみんな。だけど母さんだけは気づいていたのか小さく首を振るばかりだった。
 
 さらに事件は続く。

「あ、ああ! ウルカ様! 小屋が! ニワトリ小屋が――」
しおりを挟む
感想 480

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

処理中です...