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第百七十六話 こういうことも今の内というもの

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 さて、村の住人が増えたことは騎士さん達の間で広まり、顔合わせをとそれぞれ今後はお店となる建物へ挨拶をしにいっていた。
 パン屋の夫婦は優しいし、理髪店のお兄さんは少々気弱だけどノリは問題ない。
 
「オラ! 仕事の依頼じゃねえなら帰れってんだ!」
「いやいや、スピカさんとお話をしたいなーって」
「そうそう。昼飯一緒にどうかなってさ」
「ウチのキッチンの方がいいもの作れるっての……!」

 しかしグラフさんの工房にはスピカさん目当ての騎士がやってくることが多い。
 鍛冶屋として開業しているので店に行くのは問題ないけど、ナンパ目的は困るなと感じた。

「まあ、あれだけグラフさんが凄い剣幕で追い返していたらその内諦めるかな」
「私のためにグラフが……」
「おや!?」
「うぉふ!?」
「クルル!?」

 遠巻きに工房をの様子を見ていた僕達の後ろにいつの間にかスピカさんが立っていて飛び上がる。

「ス、スピカさんびっくりさせないでよ」
「あ、ご、ごめんね」
「でも、やっぱりグラフさんのことが好きなんだね!」
「な……!?」

 僕がそういうと、スピカさんは顔を赤くして一歩下がった。

「ちちちちち違うわ! あんなやつのことなんとも思ってないもん!」
「子供……!? そうなんだ。なら騎士さんの誰かと付き合うのかなー? その時は他にお家を建てるけど? あ、グラフさんが他の女の子とつきあ――」
「それは駄目よ!!」
「うわあ!?」

 スピカさんが詰め寄ってきたので最後まで言えずに僕は尻もちをつきそうになる。だけど、シルヴァが伏せてクッションになってくれた。

「わふ」
「ああ、ごめんなさい……つい……。と、とにかく、今のことはグラフには内緒だからねウルカ様!」
「まあいいけど、取られちゃわないようにねー」

 背中に声をかけると振り返らずに片手を上げて工房へ向かっていった。

「ふむ」
「わふ?」
「クルル?」

 僕はシルヴァの背に乗って工房へ向かうように指示する。そして背中の上に立ってから窓を覗き込むと――

「グラフ、今日はなにが食べたい?」
「お、おう。お前が作ったものならなんでも美味いからな。というか、どうしたんだお前……」
「いいじゃない。それとも私と一緒に住むの……嫌?」
「……! そ、そんなわけあるか! オレはお前が――」

 おお! これは意外な展開。
 僕の言葉にスピカさんが焦ったのかグラフさんの背中に抱き着いていた。で、住むのが嫌? のあたりでグラフさんが慌てて振り返りスピカさんの肩に手を置く。
 
「グラフ……」
「スピカ……」

 これは……! よし、僕が見届けよう。そしてドランさんに報告をするんだ。ラースさんを探さないと……!

 そう思っていると――

「ウルカ様、そんなところでなにをしているのですか? そろそろパンが焼けるとコルヤさんが」
「うわあ!?」
「ひえええ!? あ!」
「あ!?」

 背後からバスレさんに声をかけられて悲鳴をあげてしまう僕。それに 気づいた二人が窓に顔を向け、僕と目があった。

「の、覗くんじゃねえウルカ様!!」
「ご、ごめんなさーい! 逃げるぞシルヴァ!」
「う、うぉふ!」
「あ、待ってくださいウルカ様。……いったい何が?」

 バスレさんからもひとまず逃げて僕は住宅が立ち並ぶ場所へとやってきた。
 まあ事情は知らないだろうから、少し待って家へ帰ろう。そしてお昼を食べよう。

「気まずいからしばらくグラフさんのところへは行かない方がいいか。下水道計画もヨグスさんからまだ連絡が無いし」

 さて、それじゃどうしようと思いながらてくてくと歩いて行く。家は今朝作ったし、工房や各お店からも特に困ったことの声は無い。
 そうなると意外に僕は手持ち無沙汰になるなと思った。

「ジェニファーもタイガも居ないし、ボルカノのところにでも行ってみようか」
「わん!」
「クルル!」

 ということで周囲を見渡してもあのでかいドラゴンの姿は見当たらない。
 測量も先の方までやっているらしいので町も結構な大きさになりそうだ。

「ふんふん……」
「ボルカノはこっち? なんだか森の中って前にもこんなことがあったような……」

 シルヴァに匂いを追わせていると、デジャヴを感じる。しかし途中でシルヴァが首を傾げてウロウロしだす。

「わうん?」
「どうしたんだい?」
「ばうわう」
「クルルル? ……クルル」

 よくわからないけど見た感じ匂いが途切れたという感じのようだ。この辺までは来ているようなので先に進むかと思ったところで――

「お、ウルカ君じゃないか」
「ラースさん? どうしたんですかこんなところで」
「それは俺のセリフだぞ? この辺はまだ開拓中だから危ない。戻ろう」
「あ、そうなんだ。ボルカノを知らない?」
「俺は見ていないな。あっちの方じゃないか?」
「クルル」

 と、ラースさんは反対側を指さしフォルテが反射で指の匂いを嗅いでいた。

「そろそろお昼だ。パン屋の様子を見に行くんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど……」

 どうも気になる。
 なにかを隠しているような……そんな感じだ。この件はまた考えると言うことでとりあえず村へ引き返して美味しいかまどで焼いたパンを食べるのだった。

◆ ◇ ◆

「ふう……」
【ウルカか】
「だね。ま、とりあえずここまでは来れなかった」
【まさか我を転移させて匂いを撒くとは……。そこまでして隠さなくても良くないか?】
「折角だし、驚かせてあげよう。というか彼は働きすぎだからね。俺達だけでもこれくらいはできるということを見せるためでもあるんだ」
【なるほどな】
「今はいいけど、大きくなって領主業が増えると村、いつかは町になった時、全部を見るのは難しくなる。だから今のうちに遊ばせてあげたいんだ」
【それはそうかもしれん。面白い、その案にのってやろう。というかアニー達を連れてきた方がいい気がするんだがな】
「ふむ」

 ――ラースとボルカノは少しずつ形を成している球場を背にそんな話をするのだった。
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