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第三十五話 量産型ゲーミングチェアというもの
しおりを挟む「父さん、ザトゥとなんでここにいるの?」
「いや、ついにザトゥさんが例の椅子第一号を完成させたんだよ。だからウルカに見てもらおうと思って屋敷に帰ったらここだってバスレに言われたんだ」
「イエイ」
バスレさんはなんの主張かわからないけど、父さんとザトゥさんの内容は把握した。工房まで来て欲しいということなんだけど――
「プールをこのままにしておいていいかな? フォルド達はどうする?」
「ここまで歩いてきて暑いからこれに入りたい! このでかい風呂、パンツで入ればいいのか?」
「まあみんなが見ている中で恥ずかしいところを隠さなくていいなら全裸でもいいけど……」
「隠すよ!? そうか風呂だと父ちゃんしかいねえしな」
アニー達を見ながらフォルドが顔を赤くしていた。五歳ともなれば男女の差を意識する子もいるし正常だぞフォルド。
しかし僕が居ない間になにかあっても嫌だし……そうだ!
「バスレさん、フォルド達を見ていてくれないかな? 僕はちょっと父さんと一緒に行ってくるよ」
「ウルカ様の裸体が……いえ、承知しました。こちらはお任せください」
「わたしも行く」
「いや、すぐ終わるだろうし待っててよ」
「おばさんと一緒……」
「ギルドマスターのクソガ……ご息女に失礼のないよう努めますのでご安心を」
すでにお互い頬をつまんでいて安心できない感じになってしまったけど、バスレさんは大人だから大丈夫だと信じよう。
「フォルド、アニーが溺れないように見るんだよ! ジェニファー達もよろしくね!」
「おう!」
「いってらっしゃーい!」
「あ、ああ……」
全裸のアニーに言葉を失いつつ、僕は持ってきていたタオルで身体を拭いて服を着る。
「ごめんなさい、行こう」
「折角だ、ハリヤーを使おうか」
待ってくれていた父さんがハリヤーを呼ぶと、ザトゥさんと僕を乗せてぽっくりぽっくり歩き出した。僕が乗ったのが嬉しいのか足取りが軽い気がする。
調子で工房へ到着しハリヤーも一緒に中へ。そしてすぐ目の前にはゲーミングチェアがあった。
「あら、おかえりなさい。ウルカ様もいらっしゃい!」
「こんにちは! あれか!」
奥さんが笑顔で出迎えてくれたけど僕はすぐにザトゥさんのゲーミングチェアへ向かう。
「ふおお……!」
【おお、やるなー】
水着のままでゼオラが感嘆の声を上げていた。まあ見えないからいいけど……お尻が目の前に……。
「どうだウルカ! このクオリティは売れるだろ!」
「ウルカ様どうでしょうか……!」
得意げの父さんと不安げなザトゥさん。
父さんはずっと協力をしていたから成功していて欲しいという願いがあるのだと思う。ザトゥさんも他の仕事をしながら椅子の制作に打ち込んでいたのでご苦労は計り知れない。
だけどこれを作るにあたって、二人には厳しい評価をすると伝えている。
設計図通りに作るのは大前提で、二台目と差異がないようなクオリティが無ければきっと壊れてケガをする人も出てくるだろうからね。
だから部品にして一度組んでもらうことまでしてもらった。ザトゥさんにしてみれば貴族とはいえ僕みたいな子供に説明されるのは気分が良くなかったかもしれない……でもやり遂げた。
「では……」
そう口にして外観・接続部・座り心地などあらかじめ作っていたチェック項目を手にして一つずつ確認をしていく。
そして――
「おお……ふかふか……これは僕が作った背もたれよりいい感じだ」
「本当ですかい!」
「うん! 材料にもよるかもしれないけどこれと同じものを作れるなら販売できると思うよ!」
「やったぜ……!」
「そ、そうか!」
この暑い中、抱き合って喜ぶ父さんとザトゥさんに苦笑しながら椅子の背もたれを倒して苦笑する。
だけどこれはかなり頑張っていると思える出来で、背もたれ以外も『家具職人』としてのこだわりも随所にみられる。
「それで値段はどうするの父さん?」
「金貨二枚で行こうと思っている」
「ぶっ……!?」
それは高いような……!?
金貨八枚で一か月……三十日ほど暮らせるとは勉強で知っている。けどあくまで無理のない範囲なので一枚出したらおかずが減ってしまうくらいにはきついと思う。
でも僕は頭を掻きながら口を開く、
「あー、でも手作りで制作に時間もかかる。部品代の分配とか考えるともうちょっと高くてもいいかも」
「その年でもう算術ができるんですかい?」
「勉強は欠かしていないから。でも売れないとお金にならないし……父さんの言う通り金貨二枚は妥当かもしれないね」
「うむ。もう数台作れたら、試用展示会を行う予定なんだよ」
そこで他の貴族たちを呼ぶなどして実際に使ってみるとのことである。確かに平民より貴族の方が使いそうだしいいかもしれない。お金持っているだろうし。
「もちろん売れたらウルカにもお金が入るし、職人も潤う。ザトゥさん次第だけどお弟子さんに手伝ってもらうのもいいかと思って」
「まあそれは俺が慣れてからだろうなあ。最初はオーダーメイドだ。疲れたけど嬉しいもんだ」
まずは一歩前進し、合格をもらえるレベルのものができたことを喜ぶザトゥさん。今後のことも決まりとりあえず全員がホッとなった。
「友達と遊んでいたところ悪かったねウルカ。それにしてもステラちゃんが一人で外に出ているのは珍しいなあ」
「あれ? そうなの?」
「そうだよ、クライトはステラを溺愛しているし、なにかあったらリンダさんに殺されるからね」
「そ、そう」
度々出てくるけどリンダさん……いったいどういう人なんだろう。物騒なことを言いつつも父さんはカラカラと笑うのが割と怖い。
そう思うと急にバスレさんとステラを思い出して不安になる。
「そ、それじゃ僕、そろそろ戻ろうかな! またなにか協力できそうなことがあったら言ってね!」
「ああ、そうだな」
父さんが見送ってくれそうな状況になった瞬間――
「ロドリスさん! ウチのステラちゃんが居なくなったんだが!?」
「うわ、びっくりした!?」
――クライトさんが駆け込んできた。
「クライトじゃないか。なんでステラちゃんがここに居ると思ったんだ」
「ロドリスさんとこの馬が見えたからウルカ君がいると思って……あ、いた。ステラちゃんは?」
「えーっと、今から戻るから一緒に行く?」
「ぜひ! というか椅子、できたんですね」
僕が居場所を知っていることに安心したのか、いつもの調子に戻ったクライトさんが奥にある椅子に目を向けて言う。
展示などの話を父さんがすると興奮気味に食いついていた。
「そりゃギルドも一枚かませてもらおうかな! 冒険者連中は使わないだろうけど、旅先で広めてほしいし」
「なるほどいい手だな」
三人が盛り上がり始めたので僕はもういいかと工房の扉を開けて手を上げる。
「えっと、僕は行くよ? みんな待っているし」
「ああ、ごめんよ。俺も行く。ロドリスさんは?」
「私はもう少し話を詰めていくよ。『ぷうる』はお前が気に入りそうだし」
「ん?」
父さんの言葉をきいて確かにと思う僕。椅子取りをするくらい子供っぽいところがあるもんね。
それはともかくクライトさんと一緒に池へ行くことになった。バスレさん、なにもしてないといいけど――
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