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第十話 思い出の味というようなもの
しおりを挟む大通りから商店街へ入るとさらに活気に満ちている空気になり、僕は年甲斐も無く色めき立つ。
「うわあ、お店がいっぱい並んでいるよ! あれは武器と防具のお店かな? あ、向こうは屋台がある」
「おや、ウルカ様。よく屋台をご存じでしたね」
「……! う、うん、ロイド兄ちゃんがよく自慢していたからね!」
【くっく、危ない危ないっと】
屋根の上でゼオラが笑う声が聞こえてくるが、今回は確かのその通りだ。僕は屋敷からまともに出ていないので日常の知識はそこまで多くない『はず』なんだよね。
本は読んでいるけど聞いた言葉と実物が一致することはなかなか無いから失言だったと思う。
母さんかバスレに尋ねるのが無難かな? 家なら兄ちゃんズに聞くのもアリか。
そう思っているとバスレが馬車を止めて母さんに目配せをした後、御者台から降りて僕と母さんをエスコートする。
「あれ? 降りるの?」
「折角だし、なにか食べながら行きましょうか。ウルカちゃんの好きなものを選んでね」
「やった! じゃああれがいい!」
僕は焼き鳥のようになっている串焼きがいいと指を差す。いい匂いがしていて食べてみたいと思っていたのだ。
【酒が欲しいな酒】
「飲めないだろう……」
【お前が口にしたものはあたしも味を感じれるんだよ。だから酒を飲めば――】
「五歳の僕に飲ませようとするなよ……!」
【中身は十七歳なんだし】
「無理だから」
僕の世界は二十歳まで飲めないし、まして五歳に飲ませるなよと、無茶ぶりをするゼオラを窘めて母さんと手を繋いで屋台へ。
「いらっしゃい! ……っと、クラウディア様じゃないですか! こんな屋台にまで足を運んでくださるとはありがたや」
「町の人たちがいなければ成り立ちませんからね。この子に串焼きをお願いできるかしら?」
「もちろんです!」
母さんが慕われているのがわかる一幕だと顔が綻ぶ。物語だと嫌煙されがちな貴族だけどウチはまっとうらしい。
父さんの仕事について聞いてみようと思った瞬間、足元でうごめく影を見つける。
「こけー」
「あ、ニワトリ」
「こら、あっちいってろ」
「いいよ、大人しいし……って、もしかしてこの串焼きって……」
しゃがんでニワトリと目線を合わせた瞬間、焼き鳥を思い浮かべて戦慄する。いや、そういうものだと思っているけど、いざ目の前に生きているニワトリが居ると食べにくいぞ……。
「ああ、大丈夫ですよ坊ちゃん! ウチの串焼きは魔物の肉で作ってんだ!」
「そ、そうなんだ? じゃあこの子はなんでここに居るのさ……」
魔物の肉か……よく物語で聞くけど、大丈夫なのだろうか……?
いい匂いなんだよね。
するとおじさんが困った顔で口を開く。
「ウチで飼っているニワトリなんでさ。いつも脱走してここに居座ってるんだ」
「へえ、おじさんが好きなんじゃないのかな? ねえ?」
「こけー」
「へへ、そうなのかねえ? 坊ちゃんは優しいなあ」
満更でもなさそうな顔で笑うおじさんにニワトリが暢気な声で鳴いていた。ああ、平和だ。
「こけー」
「よくわからないけど撫でて欲しいのかな」
「ああ、汚いですって!?」
「いいよ、僕ハリヤーで慣れているし」
「ウルカ様は物怖じしませんね」
「お兄ちゃんもそうだったから血筋よきっと」
身体をすり寄せてきたのでニワトリの背中を撫でてやると目を細めてその場に座り込んだ。ハリヤーも『羨ましいです』と言った感じで鼻を鳴らす。
「すみません、お待ちどうさまでしたっ!! こちらテリブルバッファローの串焼きだよ!」
「おー」
【美味そうじゃないか。酒が――】
「いただきます!」
「熱いから気を付けてね」
ゼオラが口元に指を置いてよだれを垂らしながらまだ酒を所望するがもちろん無視して串焼きにかぶりつく。
魔物の肉と聞いて少し緊張したけど滴る脂と匂いには勝てなかった。
そして――
「美味しい……!!」
「お、そりゃあ良かった」
「美味しいですわね」
「ほうれふねおくふぁま」
「ちゃんと飲み込んでよバスレさん!?」
お肉を咥えたバスレさんに戦慄する。頬がパンパンになっていておじさんも引いていた。
それはともかく串焼きだ。バッファローというだけあって牛肉さながらの味と歯ごたえ。程よい脂は甘みがあり、和牛のような感じがする。
……和牛か、前の両親が体力をつけるんだって用意してくれたのを思い出すなあ。
「ウルカちゃんが気に入ったみたいだし、お兄ちゃんたちにもお土産にしましょう。十本いただけるかしら」
「は、はい! ありがとうございますありがとうございます!!」
「さすが母さんだね」
「ふふ、ママはみんな大好きだからね」
そんな調子でお金を払い、さらに串焼きを購入してバスレさんが受け取った。
おじさんにお礼を言って馬車に乗り込もうとすると、
「こけー」
「あれ、だめだよ着いてきたら」
「ウルカちゃんを気に入ったのかしら」
馬車にニワトリも乗り込もうとしたので僕は慌てて抱き上げておじさんのところへ戻しておく。
「こけー……」
「びっくりさせるなって……いくら優しいからって貴族様なんだからな」
「それは別にいいけどね! 名前はあるの?」
「いやあ、特に無いんだ」
「そうなんだ、また遊びに来るから名前つけといてよ!」
「こけー」
「承知しました坊ちゃん。お気をつけて!」
名残惜しそうな顔でこちらを見るニワトリに手を振るとバスレさんが手綱をならして馬車が出発する。
うん、これは平和でいいな。
僕は窓の外を眺めながらそんなことを思う。
【ふむ、味付けはもう少し濃くってもいいな。また食べたい】
天井の上に居る賢者もご満悦のようだ。
そのまま馬車は町長の家へと向かうのだった――
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