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「……」
「……」
長い、とても長い話が終わり、エリザと兄のディダイトは無言で佇んでいた。しばらくそんな状態が続いたが、やがてエリザから口を開く。
「カイルは正に天上の王となったツェザールの息子なのね……母上はどんな気持ちで育てていたのかしら……」
「父上が言うにはカイル君に罪はないとして普通に育てていたみたいだ。だけで私が産まれてからは少しずつコールドスリープを増やしていたらしい」
「どうして、なのかしら……」
「それは聞いたことがないね。どちらにせよ、ツェザールはカイル君を捨てた。このことを告げなければ特に問題はないだろう。それより、母親であるミエリーナさんを見つけて会わせてあげたいな」
「そう、ね……」
エリザはそう口にしたが『生きているかどうかわからない』と胸中で続けた。ツェザールという男の狂気はいくところまでいっているのだから。
「兄さん、この話を今したということは父上は……」
「いや、傷は深かったけど遺言とかじゃないからね? ただ、戦場に出るのは難しい。で、この話を伝えたのは私の独断だ」
「え?」
「……本来なら、エリザに教えるつもりは無かった。だけど、父上がああなった以上、次の手を打たなければならない」
ディダイトはそう告げた。
エリザはどういうことかと首を傾げ、続きを待つ。すると兄は彼女に対して提案を投げかけた。
「まず一つ。エリザには部隊長から降りてもらう」
「……!? どうして――」
立ち上がり激昂するエリザに、片手を上げてからディダイトは話を続けた。
「この話を父上から聞いた時、こうすることは私……僕の中で決まっていた。何故か? エリザ、お前は母上によく似ている」
「それは父上がよく言うけど……それとなんの関係が?」
「分からないか? 母上が亡くなっている今、次の標的がお前になる可能性があるということだ」
「……!」
ディダイトに強い口調で言われてエリザがハッとなる。立ったまま兄を見下ろす形となり、返す言葉が見当たらないといった表情になる。
「……なら私をどうして隊へ……」
「当然、戦う力を持たせるためだ……と、父上が言っていたよ。天上との戦いは必ず自分の世代で起こし、必ず終わらせると豪語していた。その時、お前が連れ去られたらカイル君に申し訳ないと」
「お父様が……?」
エリザはガイラルに訓練を受け、通常の訓練を受けているためお飾りの隊長ではない。それはエリザ本人も自負するところだ。しかしその目的がまさかツェザールへの対抗策だったことにどこまで考慮していたのかと思う。
「でも、5年前のあの時、私達から子供を取り上げたわ。結婚は失敗だったということじゃないの?」
「あれは天上の人間が入り込んでいたのが一つ。それとカイル君とエリザの子は、あのままだと助からないことが分かっていた」
「え」
「あの子は残念だったと聞いている。結婚を反対したわけじゃなく、あれはカイル君が父上に襲い掛かったから別れさせられた」
ディダイトはそこまで言ってから『表向きは』と言う。
「実際に上層部は天上の人間が居た。ことを起こすまでは地上制圧部隊として任されていた。そこへツェザールの手の者が何人か入り込んだ。ひとまず言う通りにして一網打尽にした……それがあの事件の真相」
「カイルを利用したの……!」
「結果的にそうなったのは悪いと思ったが、そうなるな」
「……!」
そこでエリザの背後から声がかかり、驚いて後ろを振り向く。するとそこにはガイラルが立っていた。慌てて駆け寄ると、肩を借りてソファまで連れて行く。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまないなエリザ。……あの時のことを知るのはカイルと私だけだからな。目撃者は全員消した」
「や、やっぱりカイルが……」
「半分は、だな。残りはカイルとの戦いで『巻き込んだ』」
ガイラルはカイルに自分を狙わせ、その後に襲われることを想定した。そこで、上層部を巻き込んで全滅させようと企んだのだった。
「……子供を取り上げたのは私だし、言い訳はしない。ただ、エリザを天上へ送る計画を立てていたのを知ってな。子供はその時に彼等に連れていかれた」
「……!? そ、そんなはずは……だって私は片時も……」
「ただ、寝ていただけではない。お前は薬を盛られていた。私が目を離した隙に、メイドを操ってな」
「そんなことができたのですか……」
ディダイトは初めて聞くと顔を険しくする。ガイラルは小さく頷いた後、話を続けた。
当時、上層部が尋ねて来てガイラルに質疑応答と決済を頼んで来た。意味がありそうでその実、中身がない。
そう気づいた彼は違和感を覚えて、思考を巡らし、『斬り上げた』
「殺した……?」
「元々、怪しんでいた人間だったからな。しかし、思ったよりも行動が早かった」
「父上への牽制でしょうね。子を確保しておけば言うことを聞く、と」
「それで……?」
その後、生まれたばかりの赤子であったエリザを連れて行こうとしたところに出くわしたガイラル。
なにか薬を飲まされているところに遭遇した彼は弁明の余地もなくその場に居た天上人を惨殺した。
「そして治療のため連れ出したところをカイルに見られたというわけだ。説明する時間も無かったのでそのまま押さえつけて急いだがそれが良くなかった」
「カイル君はその後、父上を襲撃した……」
「だったら説明すれば良かったのに……!!」
仲違いを促進させる要因となったことにエリザが激昂する。するとガイラルは目を瞑って口を開いた。
「その通りだ。しかし、あのままではカイルは壊れてしまう。原因が上層部だと知れば皆殺しにできるし、実際そうした。だが、悲しみと怒りが収まることは無かった。故に、首謀者を私とし、狙うように仕向けた」
時が必要だった。
ガイラルはそうエリザに告げる。
「カイルが落ち着き、全てを受け入れられるようになればと思っていた。そして、あの出会いがあった」
「イリス……」
「そうだ。そしてあの子に関して、エリザ、お前にも謝ることがある」
「まだなにか……」
険しい顔のエリザの目をじっとみるガイラル。クレーチェが怒った顔にそっくりだなと胸中で呟く。
「……あの子は、イリスはカイルとお前の実子。だが、命を繋ぐため『終末の子』の能力を取り込ませた。戦いをする者に変えたのだ――」
「「……!?」」
ディダイトも聞かされていなかったであろう事実に、兄妹が目を見開いて言葉を失う。なぜそんなことを……そう考える二人にさらにガイラルは告げる。
「……」
長い、とても長い話が終わり、エリザと兄のディダイトは無言で佇んでいた。しばらくそんな状態が続いたが、やがてエリザから口を開く。
「カイルは正に天上の王となったツェザールの息子なのね……母上はどんな気持ちで育てていたのかしら……」
「父上が言うにはカイル君に罪はないとして普通に育てていたみたいだ。だけで私が産まれてからは少しずつコールドスリープを増やしていたらしい」
「どうして、なのかしら……」
「それは聞いたことがないね。どちらにせよ、ツェザールはカイル君を捨てた。このことを告げなければ特に問題はないだろう。それより、母親であるミエリーナさんを見つけて会わせてあげたいな」
「そう、ね……」
エリザはそう口にしたが『生きているかどうかわからない』と胸中で続けた。ツェザールという男の狂気はいくところまでいっているのだから。
「兄さん、この話を今したということは父上は……」
「いや、傷は深かったけど遺言とかじゃないからね? ただ、戦場に出るのは難しい。で、この話を伝えたのは私の独断だ」
「え?」
「……本来なら、エリザに教えるつもりは無かった。だけど、父上がああなった以上、次の手を打たなければならない」
ディダイトはそう告げた。
エリザはどういうことかと首を傾げ、続きを待つ。すると兄は彼女に対して提案を投げかけた。
「まず一つ。エリザには部隊長から降りてもらう」
「……!? どうして――」
立ち上がり激昂するエリザに、片手を上げてからディダイトは話を続けた。
「この話を父上から聞いた時、こうすることは私……僕の中で決まっていた。何故か? エリザ、お前は母上によく似ている」
「それは父上がよく言うけど……それとなんの関係が?」
「分からないか? 母上が亡くなっている今、次の標的がお前になる可能性があるということだ」
「……!」
ディダイトに強い口調で言われてエリザがハッとなる。立ったまま兄を見下ろす形となり、返す言葉が見当たらないといった表情になる。
「……なら私をどうして隊へ……」
「当然、戦う力を持たせるためだ……と、父上が言っていたよ。天上との戦いは必ず自分の世代で起こし、必ず終わらせると豪語していた。その時、お前が連れ去られたらカイル君に申し訳ないと」
「お父様が……?」
エリザはガイラルに訓練を受け、通常の訓練を受けているためお飾りの隊長ではない。それはエリザ本人も自負するところだ。しかしその目的がまさかツェザールへの対抗策だったことにどこまで考慮していたのかと思う。
「でも、5年前のあの時、私達から子供を取り上げたわ。結婚は失敗だったということじゃないの?」
「あれは天上の人間が入り込んでいたのが一つ。それとカイル君とエリザの子は、あのままだと助からないことが分かっていた」
「え」
「あの子は残念だったと聞いている。結婚を反対したわけじゃなく、あれはカイル君が父上に襲い掛かったから別れさせられた」
ディダイトはそこまで言ってから『表向きは』と言う。
「実際に上層部は天上の人間が居た。ことを起こすまでは地上制圧部隊として任されていた。そこへツェザールの手の者が何人か入り込んだ。ひとまず言う通りにして一網打尽にした……それがあの事件の真相」
「カイルを利用したの……!」
「結果的にそうなったのは悪いと思ったが、そうなるな」
「……!」
そこでエリザの背後から声がかかり、驚いて後ろを振り向く。するとそこにはガイラルが立っていた。慌てて駆け寄ると、肩を借りてソファまで連れて行く。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまないなエリザ。……あの時のことを知るのはカイルと私だけだからな。目撃者は全員消した」
「や、やっぱりカイルが……」
「半分は、だな。残りはカイルとの戦いで『巻き込んだ』」
ガイラルはカイルに自分を狙わせ、その後に襲われることを想定した。そこで、上層部を巻き込んで全滅させようと企んだのだった。
「……子供を取り上げたのは私だし、言い訳はしない。ただ、エリザを天上へ送る計画を立てていたのを知ってな。子供はその時に彼等に連れていかれた」
「……!? そ、そんなはずは……だって私は片時も……」
「ただ、寝ていただけではない。お前は薬を盛られていた。私が目を離した隙に、メイドを操ってな」
「そんなことができたのですか……」
ディダイトは初めて聞くと顔を険しくする。ガイラルは小さく頷いた後、話を続けた。
当時、上層部が尋ねて来てガイラルに質疑応答と決済を頼んで来た。意味がありそうでその実、中身がない。
そう気づいた彼は違和感を覚えて、思考を巡らし、『斬り上げた』
「殺した……?」
「元々、怪しんでいた人間だったからな。しかし、思ったよりも行動が早かった」
「父上への牽制でしょうね。子を確保しておけば言うことを聞く、と」
「それで……?」
その後、生まれたばかりの赤子であったエリザを連れて行こうとしたところに出くわしたガイラル。
なにか薬を飲まされているところに遭遇した彼は弁明の余地もなくその場に居た天上人を惨殺した。
「そして治療のため連れ出したところをカイルに見られたというわけだ。説明する時間も無かったのでそのまま押さえつけて急いだがそれが良くなかった」
「カイル君はその後、父上を襲撃した……」
「だったら説明すれば良かったのに……!!」
仲違いを促進させる要因となったことにエリザが激昂する。するとガイラルは目を瞑って口を開いた。
「その通りだ。しかし、あのままではカイルは壊れてしまう。原因が上層部だと知れば皆殺しにできるし、実際そうした。だが、悲しみと怒りが収まることは無かった。故に、首謀者を私とし、狙うように仕向けた」
時が必要だった。
ガイラルはそうエリザに告げる。
「カイルが落ち着き、全てを受け入れられるようになればと思っていた。そして、あの出会いがあった」
「イリス……」
「そうだ。そしてあの子に関して、エリザ、お前にも謝ることがある」
「まだなにか……」
険しい顔のエリザの目をじっとみるガイラル。クレーチェが怒った顔にそっくりだなと胸中で呟く。
「……あの子は、イリスはカイルとお前の実子。だが、命を繋ぐため『終末の子』の能力を取り込ませた。戦いをする者に変えたのだ――」
「「……!?」」
ディダイトも聞かされていなかったであろう事実に、兄妹が目を見開いて言葉を失う。なぜそんなことを……そう考える二人にさらにガイラルは告げる。
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