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「地上に僕を送ってどうするんだ?」
先に質問を投げかけたのはガイラルだった。地上に送られるというのは確定していると判断してその先のことを尋ねていた。
すると眉間に皺を寄せながらツェザールはゆっくりと口を開く。
「……近く、地上へ『殲滅の光』を撃つ」
「完成したのか」
「ああ。モルゲンの部下たちが仕上げてくれたよ。本人は彼女にお熱なようだが、たまの休暇として処理してやったよ」
「……あんたは――」
「クレーチェ」
クレーチェがなにかを言いかけたがガイラルが強く止めた。不服そうな顔をするが彼女が引いたのを見て再度話を続けた。
「それで地上を焼き払い、人々の根絶を行う。その地上へ降りたところで僕がすることがあるとは思えないけど?」
「そうだな。順を追って話そう。もう一つの研究成果である『コールドスリープ』は知っているな?」
「ああ。冷凍仮死状態にして老いや病気の遅延をするための装置だ。それも?」
「完成した。今、動物実験を行っているが恐らく問題なく稼働するはずだ」
さすがにいきなり自分を実験材料にはしなかったかとガイラルは胸中で苦笑する。なぜならこの装置の一番の理由はツェザールが『なるべく長く生きる』ために作らせたものだからだ。
「なるほど、それで地上に送った後、しばらく睡眠をしてほとぼりが冷めたころに地上をある程度、戻れるように固めておく、と」
「話が早くて助かるよ親友」
「元、だけどね。話はわかった。拒否してもいずれ拉致でもなんでもやるだろう。その話を受けるよ」
「ガイラル! 体よくあんたを追放するつもりよこいつ! なら私も行くわ、いいんでしょツェザール」
「君は駄目だ」
「どうして!?」
「隠す必要もないが、俺が好きなのは君だ。だから危険な地上に行かせるわけにはいかない」
ツェザールは不敵に笑いながらクレーチェへそう告げると、彼女はみるみる顔が赤くなっていく。照れるのではなく、怒りで。
「ほんっとくだらないわね! 私はあんたと一緒になるどころかここで同じ空気を吸っているのも嫌なんだけど!」
「……ふん」
「物資なんかはあるんだろうね? 身一つで、なんて言わないでくれよ」
「もちろんだ。必要ならば人を連れて行ってもいい」
「本当か?」
「ああ」
ガイラルはそう聞いて口元に手を当てて考える。その辺りに融通が利くなら、と、数人にあたりをつけ始めていた。
「……わかった。僕は逃げも隠れもしない。その時が来たら素直に従おう。僕が必要なものは考えておくから用意してくれ」
「チッ……俺に対して偉そうに言うな」
「悪いが君と僕は組織を抜けた時点で対等だ。鍛えてくれと言ったのは誰だったかな?」
ガイラルはそう言ってテーブルのへりをぐっと握る。すると木のテーブルは一部分だけひしゃげた。
ぎょっとするツェザールが冷や汗を一筋流すと、小さく頷く。
「……承知した。追って連絡する――」
それだけ言うと二人の退室を促しツェザールはその場に残る。部屋から出たガイラルとクレーチェは神妙な面持ちで外へ出た。
「……結局、あいつの手の平ってことか……」
「いや、そうでもない」
「え?」
「後ろ向きな話だけど、これはチャンスかもしれない。少なくともこの天上世界はツェザールが牛耳ることになる。もっと人が楽しく、なるべく争わずに生きるため地上を捨てたというのにこれじゃなにも変わらない」
「……」
ガイラルはそう語る。
元々、この天上世界はそうするつもりだった。しかしいつからか『選ばれた人間』を集めた楽園に仕立てようとした。
「これは僕の失態さ。ツェザールの傍に居ながら止められなかったから。だから、用意をする」
「用意?」
「……彼に対抗できる力を――」
◆ ◇ ◆
「……」
「どうしたのモルゲンさん?」
「いや……なんでもない。体調は大丈夫か?」
「ええ。カイルもあまり泣かないし、お金はあなたが出してくれるから安定しているわ」
ガイラルとクレーチェがツェザールの話を聞いてから数日。モルゲンはミエリーナを家で過ごしていた。
一緒に暮らすことになってからモルゲンは仕事を休んでカイルと彼女の面倒を見ている。
しかし、今日に限っては届いた手紙を見て険しい顔をしていた。
それを隠しながらミエリーナを気遣うと、彼女が微笑みながら答えてくれた。
「……」
「本当に泣かないなこの子は……」
「ふふ、きっと私を困らせないためかも?」
「どうだろうか……」
「ふぇぇ……」
「あ!?」
モルゲンが膝をついてカイルに手を伸ばすと、大人しかったはずなのに急に泣き出した。ミエリーナは笑いながらカイルをあやして言う。
「……そのお手紙になにか心配事が書いてあったかしら?」
「いや……」
モルゲンは誤魔化そうと視線を逸らすが、それ自体が『そうである』と告げていた。すると彼女はモルゲンへ考えを話し出した。
「……あなたは優しい人だからなにか悩んでいるのかもしれない。けど、芯は強い。自分の信じたことをすればいいと思うわ」
「しかし、それでは君たちが……」
「大丈夫。あなたに助けられなければ恐らくわたしはどこかで自死していたかもしれないもの……だから、いいのよ?」
「……」
モルゲンはその言葉を聞いてゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう。実はガイラルがこの天上から地上へと降りることが決まった」
「……!? ガイラルさんが?」
「ああ。決行は10日後……それまでに『コールドスリープ』の準備を進めろと」
「ク、クレーチェさんは……」
「……行かせない」
「行きたがるんじゃ……」
「ツェザールがそれを許すと思うか? ……どちらにせよ、妹を危険な地上へ降ろすわけにはいかん」
モルゲンは荒々しい口調で後ろを向く。そこでまたカイルが泣き始めた。
「いいの? クレーチェさんには恨まれるかも……」
「それでも! 生きている方が……」
「……」
「う……」
そう言って振り返った先に見えたのは真剣な顔のミエリーナだった。しばらく無言があった後、モルゲンは視線を落として口を開く。
「それでも……僕は……」
「モルゲン……」
――そして、ガイラルが旅立つ日が、やってきた。
先に質問を投げかけたのはガイラルだった。地上に送られるというのは確定していると判断してその先のことを尋ねていた。
すると眉間に皺を寄せながらツェザールはゆっくりと口を開く。
「……近く、地上へ『殲滅の光』を撃つ」
「完成したのか」
「ああ。モルゲンの部下たちが仕上げてくれたよ。本人は彼女にお熱なようだが、たまの休暇として処理してやったよ」
「……あんたは――」
「クレーチェ」
クレーチェがなにかを言いかけたがガイラルが強く止めた。不服そうな顔をするが彼女が引いたのを見て再度話を続けた。
「それで地上を焼き払い、人々の根絶を行う。その地上へ降りたところで僕がすることがあるとは思えないけど?」
「そうだな。順を追って話そう。もう一つの研究成果である『コールドスリープ』は知っているな?」
「ああ。冷凍仮死状態にして老いや病気の遅延をするための装置だ。それも?」
「完成した。今、動物実験を行っているが恐らく問題なく稼働するはずだ」
さすがにいきなり自分を実験材料にはしなかったかとガイラルは胸中で苦笑する。なぜならこの装置の一番の理由はツェザールが『なるべく長く生きる』ために作らせたものだからだ。
「なるほど、それで地上に送った後、しばらく睡眠をしてほとぼりが冷めたころに地上をある程度、戻れるように固めておく、と」
「話が早くて助かるよ親友」
「元、だけどね。話はわかった。拒否してもいずれ拉致でもなんでもやるだろう。その話を受けるよ」
「ガイラル! 体よくあんたを追放するつもりよこいつ! なら私も行くわ、いいんでしょツェザール」
「君は駄目だ」
「どうして!?」
「隠す必要もないが、俺が好きなのは君だ。だから危険な地上に行かせるわけにはいかない」
ツェザールは不敵に笑いながらクレーチェへそう告げると、彼女はみるみる顔が赤くなっていく。照れるのではなく、怒りで。
「ほんっとくだらないわね! 私はあんたと一緒になるどころかここで同じ空気を吸っているのも嫌なんだけど!」
「……ふん」
「物資なんかはあるんだろうね? 身一つで、なんて言わないでくれよ」
「もちろんだ。必要ならば人を連れて行ってもいい」
「本当か?」
「ああ」
ガイラルはそう聞いて口元に手を当てて考える。その辺りに融通が利くなら、と、数人にあたりをつけ始めていた。
「……わかった。僕は逃げも隠れもしない。その時が来たら素直に従おう。僕が必要なものは考えておくから用意してくれ」
「チッ……俺に対して偉そうに言うな」
「悪いが君と僕は組織を抜けた時点で対等だ。鍛えてくれと言ったのは誰だったかな?」
ガイラルはそう言ってテーブルのへりをぐっと握る。すると木のテーブルは一部分だけひしゃげた。
ぎょっとするツェザールが冷や汗を一筋流すと、小さく頷く。
「……承知した。追って連絡する――」
それだけ言うと二人の退室を促しツェザールはその場に残る。部屋から出たガイラルとクレーチェは神妙な面持ちで外へ出た。
「……結局、あいつの手の平ってことか……」
「いや、そうでもない」
「え?」
「後ろ向きな話だけど、これはチャンスかもしれない。少なくともこの天上世界はツェザールが牛耳ることになる。もっと人が楽しく、なるべく争わずに生きるため地上を捨てたというのにこれじゃなにも変わらない」
「……」
ガイラルはそう語る。
元々、この天上世界はそうするつもりだった。しかしいつからか『選ばれた人間』を集めた楽園に仕立てようとした。
「これは僕の失態さ。ツェザールの傍に居ながら止められなかったから。だから、用意をする」
「用意?」
「……彼に対抗できる力を――」
◆ ◇ ◆
「……」
「どうしたのモルゲンさん?」
「いや……なんでもない。体調は大丈夫か?」
「ええ。カイルもあまり泣かないし、お金はあなたが出してくれるから安定しているわ」
ガイラルとクレーチェがツェザールの話を聞いてから数日。モルゲンはミエリーナを家で過ごしていた。
一緒に暮らすことになってからモルゲンは仕事を休んでカイルと彼女の面倒を見ている。
しかし、今日に限っては届いた手紙を見て険しい顔をしていた。
それを隠しながらミエリーナを気遣うと、彼女が微笑みながら答えてくれた。
「……」
「本当に泣かないなこの子は……」
「ふふ、きっと私を困らせないためかも?」
「どうだろうか……」
「ふぇぇ……」
「あ!?」
モルゲンが膝をついてカイルに手を伸ばすと、大人しかったはずなのに急に泣き出した。ミエリーナは笑いながらカイルをあやして言う。
「……そのお手紙になにか心配事が書いてあったかしら?」
「いや……」
モルゲンは誤魔化そうと視線を逸らすが、それ自体が『そうである』と告げていた。すると彼女はモルゲンへ考えを話し出した。
「……あなたは優しい人だからなにか悩んでいるのかもしれない。けど、芯は強い。自分の信じたことをすればいいと思うわ」
「しかし、それでは君たちが……」
「大丈夫。あなたに助けられなければ恐らくわたしはどこかで自死していたかもしれないもの……だから、いいのよ?」
「……」
モルゲンはその言葉を聞いてゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう。実はガイラルがこの天上から地上へと降りることが決まった」
「……!? ガイラルさんが?」
「ああ。決行は10日後……それまでに『コールドスリープ』の準備を進めろと」
「ク、クレーチェさんは……」
「……行かせない」
「行きたがるんじゃ……」
「ツェザールがそれを許すと思うか? ……どちらにせよ、妹を危険な地上へ降ろすわけにはいかん」
モルゲンは荒々しい口調で後ろを向く。そこでまたカイルが泣き始めた。
「いいの? クレーチェさんには恨まれるかも……」
「それでも! 生きている方が……」
「……」
「う……」
そう言って振り返った先に見えたのは真剣な顔のミエリーナだった。しばらく無言があった後、モルゲンは視線を落として口を開く。
「それでも……僕は……」
「モルゲン……」
――そして、ガイラルが旅立つ日が、やってきた。
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