80 / 133
FILE.4 セイセンヘノイリグチ
78.
しおりを挟むさも愉快といった顔でタバコの煙をくゆらせるウォールはまだなにも語らず、カイルはいよいよ苛立ちが限界に達し、彼の胸倉を掴んで激昂する。
「お前は一体なにを知っているってんだ!」
『まあ、落ち着いて待ってくれ、久々のタバコなんだ最後まで吸わせてくれよ』
「……」
舌打ちをして手を離し、再び雨の音に場を支配される。大声を出してイリスやエリザが来るのではと思ったが、それ以上の雨音が消し去ってくれたであろうことに気づくとカイルは安堵のため息を吐く。
『……天上は』
「あん?」
『天上界は雲の上にあってね、雨が降らないんだ。だから地上で水が降ってくるというのはなかなか興味深い』
「雲より上か……」
カイルが不意に真っ黒な空に目を向けると、ウォールも空を見上げてタバコを吸い、最後の煙を吐いてからカイルに向きなおり口を開く。
『ガイラルからあの空に俺の同胞が居ることを聞いたか?』
「ああ、イリス……No.4達が地上制圧を目的とした終末の子ってのもな。それを知っている俺を始末するつもりで来たってとこか?」
『まさか。君をここで殺すのは容易いが、そんなことをしたら俺がガイラルに八つ裂きにされる』
「勝てると思っているのか……? いや、それより今なんと言った? 俺を殺したら皇帝に八つ裂きにされるだと?」
おかしなこと言うやつだと、カイルが腕を組んで訝し気な目を向けると不敵に笑いながらウォールは続ける。
『そうさ、愛する娘の旦那を殺されて黙っている彼じゃない。それと、君の技術能力は捨てがたいものだ』
「確かに天上人を倒すためには皇帝と俺が構想しているものは不可欠だが、技術開発局には俺じゃなくても優秀なヤツらが居るから、なんとでもなるはずだ」
『しかし、すでに俺がここに来ている。時間はそれほどないと思うがね?』
「ならどうして俺を殺さない……? できるんだろ、やってみろよ。……!?」
カイルが銃を抜こうとした瞬間、いつの間にか目の前に立っていたウォールが微笑みながらその手を抑え、背中に冷や汗が噴き出す。
『まあ、落ち着きなって。まだ話があるんだ、聞いてくれよ』
「……」
『くく……いい目だ、それでこそ壊しがいもある。さて、エリザさんと君の娘は死んだということになっているが、それを確認したのかな?』
「そんなことはエリザのお腹を見ればすぐに分かったに決まっているだろ、奴が俺を呼び出している間にエリザに薬を盛り、無理やり取り上げたんだ!」
『それを目にしたのかな? エリザさんは意識があったのか? 子供を取り上げた後、その子を処分するのを見た者は?』
「……!」
そう言われてカイルは自分もエリザも『見ていない』ことに『気づかされる』。ウォールの言う通り、カイルは別の場所へ誘われている間に、ガイラルがエリザを連れて行ったのでその状況を見ていない。
「だ、だが、あいつは自分で『子供は殺した』と言って、いた……」
『口ではなんとでも言える。しかし実際には子供を無事に出産させて隠したのだとしたら……?』
「そんなことをするメリットがどこにある! 俺はあの時まであの男のことを本当の親父だと思って接してきた、ブロウエル大佐に拾われてなにも分からない俺を鍛え、勉強を教えてくれ――」
そこでウォールは先ほどまでの笑みとは違い、舐めるような目を向け、口を半月状に変えて笑う。カイルは一瞬その顔に怯み、一歩下がる。
『そう、彼は君を大事に育てた、大筋はブロウエルに任せてはいたがガイラルも関わっていた! そして娘と結婚させ、子を作らせた。捨て子だったカイル、君を娘の伴侶に選んだんだ、皇帝である彼が身分もない君をどうして迎え入れたと思う!』
「お、れは……エリザに見初められて、俺もあいつを――」
カイルは急に頭痛を覚えて頭を抑えて壁に手をつきウォールを睨む。雨の音がうるさくなったような気がして苛立ちを感じ始めたその時、顔を近づけてウォールがとんでもないことを言い出す。
『終末の子、君は何人いると思う?』
「知る、か……よ……」
『そりゃあ君は大事にされるに決まっている。終末の子、プロトタイプNo.0! 全子供達を超越するその力を利用するためガイラルは君に優しくしたのだから……!!』
「ばか、な……俺が……おっさんの俺がイリスと同じ、だと……!?」
『そう、その頭脳と武器を扱える技術、それは――うぐ……!?』
ウォールはタバコを吸っていた時とはまるで別人のような顔で叫ぶ
しかし、その顔はすぐに苦痛に歪むことになり、ウォールは暗闇の中で銃を構えているブロウエルに目を向けると、カイルも釣られてその方向に顔を向ける。
「大、佐……?」
「……遅かったか、陛下が貴様が協力するために来るはずがないと後を追うよう指示されたのだが、なるほどタチが悪い」
「俺は――」
カイルはそこで意識を手放し地面に倒れこむ。ブロウエルは目配せをした後、ウォールに向かって発砲する。
『チッ!』
「逃がすわけにはいかんな、天上人の貴様にはここで死んでもらうとしよう。早く片付けてカイルを介抱せねばならんのでな……!」
『怒ったかブロウエル? なにもかもをぶちまけられたからか? 息子同然に育てたこいつを哀れに思ったからか? ……どうせ、今の会話も『消す』んだろう? カイルを目覚めさせた時と同じように!』
「実の父に改造された記憶など必要なかろう」
『……!』
ブロウエルは発砲しながらウォールに近づき、間合いに入った途端一瞬でウォール目の前に現れてダガーを抜き、首を刎ねた。
『ぐ、……が!?』
「……博士はどの『遺跡』に向かった? ……む!?」
『く、くく……残念だったな、この体は人形だよ。敵地の真ん中に生身で来る馬鹿は居ない。……博士は今の地図で言う‟リヒャール平原〟へと向かった。だが、今頃解放しているころだろう。俺は時間かせ――』
「もういい、耳障りだ」
最後まで言わせることなく、刈った首の頭にダガーを投げてトドメを刺すブロウエル。降りしきる雨を全身で受けながら彼はカイルを見ながら初めて顔を歪めてひとり呟く。
「……陛下、これ以上は隠し通せませんぞ……くそ、厄介なことに……」
激しさを増す雨に、その言葉は誰の耳にも届かずかき消された――
10
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
異世界のダンジョン・マスター
優樹
ファンタジー
現代の日本から召喚された主人公。召喚された先は、異世界のダンジョンだった!? ダンジョンの関係者によれば、元々このダンジョンで魔王をやっていた人物が力の衰えにより後継者を召喚したということだった。当の先代魔王は既に死亡し、主人公は何もわからない状態で異世界に放り出されることになる。そんな状況の中、メリルと名乗った魔族に補佐されながら、主人公はなんとか魔王としての職務に励む。侵入者を撃退したり、仲間を増やしたりしながら無事にダンジョンを運営していた主人公だが、人間の軍隊が襲撃してくるという情報を得ることにより、事態は大きく動くことになる。ダンジョンを調査する名目で派遣された調査団。百名を越えるその戦力に、ダンジョンの魔物だけでは防衛しきれないことが発覚。そして、メリルが打開策として提案したのは、主人公自ら戦場に立つという案──人間としての倫理観と魔王としての職務に揺れる主人公は、それでも自分の居場所を守るために戦うことを決意して──
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
クレハンの涙
藤枝ゆみ太
ファンタジー
太古に栄えたクレハン王国は、広大なサルドリス大陸の中で、それはそれは栄華を極めていた。
しかし、とある出来事によって、その時代は呆気なく幕を閉じることとなったのだ。
時は進み、サルドリス大陸は第五大陸と名を変え、誰もクレハンの名を知らない時代。
一人の少女が母を探しに旅立とうとしていた。
名前は、ラビリィフェイフェグタン。
ひょんな事で出合った男、フェグと共に、母親探しと、男の記憶にある『城』を探す旅に出た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる