帝国少尉の冒険奇譚

八神 凪

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FILE.4 セイセンヘノイリグチ

78. 

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 さも愉快といった顔でタバコの煙をくゆらせるウォールはまだなにも語らず、カイルはいよいよ苛立ちが限界に達し、彼の胸倉を掴んで激昂する。
 
 「お前は一体なにを知っているってんだ!」
 『まあ、落ち着いて待ってくれ、久々のタバコなんだ最後まで吸わせてくれよ』
 「……」

 舌打ちをして手を離し、再び雨の音に場を支配される。大声を出してイリスやエリザが来るのではと思ったが、それ以上の雨音が消し去ってくれたであろうことに気づくとカイルは安堵のため息を吐く。

 『……天上は』
 「あん?」
 『天上界は雲の上にあってね、雨が降らないんだ。だから地上で水が降ってくるというのはなかなか興味深い』
 「雲より上か……」
 
 カイルが不意に真っ黒な空に目を向けると、ウォールも空を見上げてタバコを吸い、最後の煙を吐いてからカイルに向きなおり口を開く。

 『ガイラルからあの空に俺の同胞が居ることを聞いたか?』
 「ああ、イリス……No.4達が地上制圧を目的とした終末の子ってのもな。それを知っている俺を始末するつもりで来たってとこか?」
 『まさか。君をここで殺すのは容易いが、そんなことをしたら俺がガイラルに八つ裂きにされる』
 「勝てると思っているのか……? いや、それより今なんと言った? 俺を殺したら皇帝に八つ裂きにされるだと?」

 おかしなこと言うやつだと、カイルが腕を組んで訝し気な目を向けると不敵に笑いながらウォールは続ける。

 『そうさ、愛する娘の旦那を殺されて黙っている彼じゃない。それと、君の技術能力は捨てがたいものだ』
 「確かに天上人を倒すためには皇帝と俺が構想しているものは不可欠だが、技術開発局には俺じゃなくても優秀なヤツらが居るから、なんとでもなるはずだ」
 『しかし、すでに俺がここに来ている。時間はそれほどないと思うがね?』
 「ならどうして俺を殺さない……? できるんだろ、やってみろよ。……!?」

 カイルが銃を抜こうとした瞬間、いつの間にか目の前に立っていたウォールが微笑みながらその手を抑え、背中に冷や汗が噴き出す。
 
 『まあ、落ち着きなって。まだ話があるんだ、聞いてくれよ』
 「……」
 『くく……いい目だ、それでこそ壊しがいもある。さて、エリザさんと君の娘は死んだということになっているが、それを確認したのかな?』
 「そんなことはエリザのお腹を見ればすぐに分かったに決まっているだろ、奴が俺を呼び出している間にエリザに薬を盛り、無理やり取り上げたんだ!」
 『それを目にしたのかな? エリザさんは意識があったのか? 子供を取り上げた後、その子を処分するのを見た者は?』
 「……!」

 そう言われてカイルは自分もエリザも『見ていない』ことに『気づかされる』。ウォールの言う通り、カイルは別の場所へ誘われている間に、ガイラルがエリザを連れて行ったのでその状況を見ていない。

 「だ、だが、あいつは自分で『子供は殺した』と言って、いた……」
 『口ではなんとでも言える。しかし実際には子供を無事に出産させて隠したのだとしたら……?』
 「そんなことをするメリットがどこにある! 俺はあの時まであの男のことを本当の親父だと思って接してきた、ブロウエル大佐に拾われてなにも分からない俺を鍛え、勉強を教えてくれ――」

 そこでウォールは先ほどまでの笑みとは違い、舐めるような目を向け、口を半月状に変えて笑う。カイルは一瞬その顔に怯み、一歩下がる。
 
 『そう、彼は君を大事に育てた、大筋はブロウエルに任せてはいたがガイラルも関わっていた! そして娘と結婚させ、子を作らせた。捨て子だったカイル、君を娘の伴侶に選んだんだ、皇帝である彼が身分もない君をどうして迎え入れたと思う!』
 「お、れは……エリザに見初められて、俺もあいつを――」
 
 カイルは急に頭痛を覚えて頭を抑えて壁に手をつきウォールを睨む。雨の音がうるさくなったような気がして苛立ちを感じ始めたその時、顔を近づけてウォールがとんでもないことを言い出す。

 『終末の子、君は何人いると思う?』
 「知る、か……よ……」
 『そりゃあ君は大事にされるに決まっている。終末の子、プロトタイプNo.0! 全子供達を超越するその力を利用するためガイラルは君に優しくしたのだから……!!』
 「ばか、な……俺が……おっさんの俺がイリスと同じ、だと……!?」
 『そう、その頭脳と武器を扱える技術、それは――うぐ……!?』

 ウォールはタバコを吸っていた時とはまるで別人のような顔で叫ぶ

 しかし、その顔はすぐに苦痛に歪むことになり、ウォールは暗闇の中で銃を構えているブロウエルに目を向けると、カイルも釣られてその方向に顔を向ける。

 「大、佐……?」
 「……遅かったか、陛下が貴様が協力するために来るはずがないと後を追うよう指示されたのだが、なるほどタチが悪い」
 「俺は――」

 カイルはそこで意識を手放し地面に倒れこむ。ブロウエルは目配せをした後、ウォールに向かって発砲する。

 『チッ!』
 「逃がすわけにはいかんな、天上人の貴様にはここで死んでもらうとしよう。早く片付けてカイルを介抱せねばならんのでな……!」
 『怒ったかブロウエル? なにもかもをぶちまけられたからか? 息子同然に育てたこいつを哀れに思ったからか? ……どうせ、今の会話も『消す』んだろう? カイルを目覚めさせた時と同じように!』
 「実の父に改造された記憶など必要なかろう」
 『……!』

 ブロウエルは発砲しながらウォールに近づき、間合いに入った途端一瞬でウォール目の前に現れてダガーを抜き、首を刎ねた。

 『ぐ、……が!?』
 「……博士はどの『遺跡』に向かった? ……む!?」
 『く、くく……残念だったな、この体は人形だよ。敵地の真ん中に生身で来る馬鹿は居ない。……博士は今の地図で言う‟リヒャール平原〟へと向かった。だが、今頃解放しているころだろう。俺は時間かせ――』
 「もういい、耳障りだ」

 最後まで言わせることなく、刈った首の頭にダガーを投げてトドメを刺すブロウエル。降りしきる雨を全身で受けながら彼はカイルを見ながら初めて顔を歪めてひとり呟く。

 「……陛下、これ以上は隠し通せませんぞ……くそ、厄介なことに……」

 激しさを増す雨に、その言葉は誰の耳にも届かずかき消された――
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