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FILE.4 セイセンヘノイリグチ
68.
しおりを挟む「いや、早とちりしてしまったようでお恥ずかしいかぎりだ」
「本当だぜ……」
『わたしはお姉さんの子供じゃありません!』
「すみません父が……」
フルーレの父が頭を下げ、カイルは耳を抑えながら口を尖らせ、イリスは膝の上で頬を膨らませ、フルーレはカイルの隣で顔を赤くして座り込んでいた。
「こほん。まさか帝国に居るとは夢にも思わなかったぞ……カイル殿と言ったか? ここまでフルーレを連れてきてくれて礼を言う。ワシはこのヴィクセンツ領主、ビギンだ、よろしくな婿殿」
「違うって!? ……俺はカイル=ディリンジャー。帝国第五大隊の少尉だ」
『わたしはイリスと言います。こっちはシュナイダーです!』
「うぉん!」
「うんうん、ちゃんと挨拶できて偉いな。フルーレの小さいころを思い出すよ」
イリスが高らかにシュナイダーを抱えると、ビギンが顎に手を当て、目細めてうんうんと頷く。しかし、すぐに真面目な表情に変えてフルーレへ声をかけた。
「……で、フルーレよ、十五の時に家を出たかと思えば帝国の兵士になっているとはどういうことか? この父にきちんと説明してくれるのだろうな」
「……」
黙って俯くフルーレに厳しい目を向けるビギン。カイルはいい感じがしないと思い、ビギンへ本題を告げることにする。
「あー、ビギン殿。その話は後ほどお願いできませんかね。夜分申し訳ないが、こちらの任務について聞いてもらいたいのだが」
「いや、悪いがカイル殿、これは家の問題だ。そちらにも都合があるだろうが、六年間消息を探していたワシの気持ち――」
『お姉さんが悲しんでいます、ふれーれお姉ちゃんのお父さんでもいじめたらだめです! あとお父さんの話を聞いてください!』
「うおふ」
「話を聞こうか」
イリスがぷりぷりと怒りをあらわにすると、ビギンはコロッと態度を変えてカイルへ向きなおり口を開く。カイルとフルーレはガクッとバランスを崩すが、カイルはすぐに立ち直り咳ばらいを一つして話を続ける。
「話というのはそれほど難しい話じゃないんですよ。この領に『遺跡』が現れたという情報を入手しましてね、俺達……いや、帝国は『遺跡』に用があるんですよ。あなたの許可がなければ入れないとこちらの国王様から伺っておりまして、こうやってお願いに来たってわけです」
『です!』
カイルがそういうと、ビギンは難しい顔……いや、険しい表情を露わにし、声色に苛立ちを乗せてカイルへ言葉を返す。
「ふん、やはりそれが目的なのだな。先日、帝国はシュトレーンを落としたと聞く。『遺跡』と『遺物』の力をもってこの国も手に入れるつもりか?」
「いや、そうじゃない。詳細は話せないが、この世界全体に脅威が近づいているんだ。それに対抗するため『遺跡』の中にあるものが必要なんだ」
「……また戦争が始まるのか……」
「それは――」
と、カイルが言おうとした瞬間、ビギンが首を振ってソファから立ち上がり、窓へ歩いていき独り言のように呟く。
「……許可は……できん。悪いが、引き取ってもらおう。それとフルーレは置いて行ってもらう」
「お父様、今のわたしは帝国の一兵士です。それは聞けません。それに拒否をされるというなら、帝国は接収に乗り出すでしょう。お父様が戦争を、兵や騎士を嫌っているのは知っています。ですが、皇帝陛下はむやみに選定るわけでは――」
「うるさい……! 家を出て行ったお前に何がわかる! ……もういい、夜も遅くなってきた。子供にはつらい時間だろう、部屋を用意する。今日はも休みたまえ」
「承知した」
「カイルさん……!」
あっさりと承諾したカイルにフルーレが驚いた顔で振り返るが、カイルはソファに背を預け、後ろ頭で手を組んで黙っていた。イリスとシュナイダーも顔を見合わせて首を傾げていると、ビギンは出口へと歩き出し、カイルを一瞥した後無言で出て行った。
「いいんですか?」
「まあ、後続部隊も来ると考えれば今焦って取り付けなくても問題はないさ。どちらかと言えばフルーレちゃんと親父さんとのことが気になるかな」
「……それは――」
フルーレが話そうとしたところで、扉がノックされ使用人が入ってくる。
「フルーレお嬢様……! ああ、本当にお嬢様だわ! 立派になられて……それにお子様まで……お嬢様を騙くらかして連れ去った男というのはこいつですか! あ、でも娘さんはやっぱり可愛いですわね……」
「そのくだりはもういいよ!?」
「グレイスじゃないですか、まだ働いていてくれたんですね。それと、わたしは結婚していませんよ。こちらカイルさん。いつもお世話になっているんです」
「ええ、ええ、いつか帰ってくると信じておりました! またまた、金髪はお嬢様そっくりじゃないですか。ささ、お部屋に行きましょう。それともお風呂ですかね」
『お風呂入りたいです!』
イリスがそう言い、フルーレが苦笑しながらカイルへ向くと、
「あー、連れて行っていいぞ。とりあえず疲れた、部屋に案内してくれると助かる」
「何ですか、父親はだらしないですね」
「だから違うって!?」
その後、廊下を歩く間、ずっと誤解を解くことに尽力するカイルであった。
◆ ◇ ◆
「……」
『ふふ、何かあったみたいね?』
ビギンが自室のテーブルに明かりを灯して酒を飲んでいると、暗がりから女性の声がし、頭を上げた。
「お前か……娘が帰ってきた。しかし帝国兵になっていた上に、『遺跡』を調査したいと言ってきおった」
『なるほどねえ。同族のにおいがするんだけど、他に誰か居た?』
「もう一人、責任者と思わしき男と、その男の娘が来たな。あまり強そうには見えなかったからお前なら始末は
難しくないと思う」
『うふ、もう『遺跡』が解放されて私が出ていると知ったら面白い顔をしてくれそうよねえ』
女性は目を細め、舌なめずりをしてビギンのグラスを奪って酒を飲みほした。
「……娘には手を出すなよ? とは言っても、ワシの言うことは絶対だったか」
『うふふ……さて、それじゃどうしますかマスター?』
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