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FILE.3 ヒロガルセンカ
44.
しおりを挟むカイルはイリスを連れて大きなホールへと来ていた。演劇を行うホールのように、一階から階段状に席があり、カイル達は一階の真ん中ほどに座る。
大隊という肩書きがあるため、周りにはオートスやドグル、ダムネといった見知った顔も見える。さて、どんな話が聞けるのやらと考えていると、エリザや他の第五大隊のメンバーが集まってくる。
「早いなカイル」
「エリザ、大佐か。ああ、俺とイリスだけだしな。シュナイダーはお留守番だ」
『おうちを守ってくれています』
イリスが得意げに鼻を鳴らすと、エリザが苦笑して頭を撫でる。そこへ同隊の大尉、エリオット=サムが隣に座る。
「よう、最近忙しいみたいじゃないか?」
「エリオット大尉、お久しぶりですね」
「敬語はよせや、気持ち悪い。……その子が例の?」
エリオットがイリスを見て目を細めると、カイルが頷く。エリオットは肩を竦めて口を開こうとするが、別の声に遮られる。
「あー! カイルさんだー! 何この子可愛いー!!! 飴ちゃん食べる!?」
『いただきます』
「うおお、食べたー!! あたしはパシー。パシー=ネームよ! あなたは?」
『イリス=ディリンジャーです』
「ディリンジャー! てことはお父さん!? ……いたぁ!?」
けたたましく喋る女性中尉のパシーが人差し指を二本、イリスとカイルに向けて叫んでいると、パシーが小突かれる。
「……うるさいぞ中尉。見ろ、他の隊が笑っている」
「うう……その声はキルライヒ中佐……」
「ははは、パシーは仕方ねぇよ中佐。おう、嬢ちゃん、初めまして。俺ぁウルラッハってんだ、よろしくな」
『こんにちは。大きい手ですね』
イリスが飴をコロコロしながら握手をするとウルラッハはニカっと笑い、カイルに尋ねる。
「例の遺跡で拾った子か。大人しい子みてぇだな? ……というかおめぇ、最近どうしたんだ? 隊で動くんじゃなくて単独か別の隊のメンバーと行ってるみたいだな」
「だなあ。それは上層部と皇帝に言って欲しいかな? 決めているのは俺じゃないし」
「『遺跡』はあたしも行きたかったんですよー! カイルさんが選ばれたってその筋から聞いてあたしたちの時代がキター! って思ったのにー! ねえ、キルライヒ中佐?」
パシーが今こそポカリと頭を叩いた張本人に聞くと、切れ長の目をした背の高いキルライヒがぼそりと呟く。
「……俺も『遺跡』には興味があった。少し、がっかりした」
「意外だな、中佐が……」
『大きいお兄さんは『遺跡』が好きですか?」
「ん? ……そうだな、イリスだったか? お前には分からないかもしれないが、遺跡、神秘、謎……男はこういうキーワードを追うロマンを持っているものなんだよ」
遠い目をしながらそういうキルライヒにエリオット達が呆然とする。しかしエリオットがすぐに取り直してカイルに尋ねる。
「島も大変だったらしいな。皇帝からの命令は俺達には下らなかったけど、心配していたんだ。無事でよかったよ」
「ありがとうエリオット大尉。ま、皇帝が何を考えているのか――」
会話を続けようとしたカイルだが、前を見ていたエリザによって終了させられた。視線の先にはガイラル皇帝が壇上に上がり、拡声器の前に立ったところだった。
「……黙って聞くか」
「そうだねー! イリスちゃんお姉さんの膝に乗らないー!」
『いえ、結構です』
「フラレた!? うう……しくしく……。って誰か気遣ってよー!?」
パシーのウソ泣きには誰も目もくれず、皇帝の口が開くのを静かに待つ。
「精鋭たるゲラート帝国の兵士たちよ、急な招集に応じてくれて感謝する。今回の招集だが、悪い知らせだ。シュトーレン王国が我が帝国に牙を剥いた。国境付近に滞在していた兵士がやられ、町や村を占拠しながらこの本国へ向かっているとの情報が入った」
瞬間、ざわざわとホールにざわめきが起こる。横に控えている上層部の面々が手を叩き騒ぎを止めると、ガイラルは再度口を開く。
「現在は第十八と二十大隊を向かわせている。だが、一斉に強襲されれば危ないだろう。そこで、こちらも作戦を打つことにした」
ガイラルが手を上げると、壁に地図の映像が映し出される。魔力で動く映写機だ。表示された地図に棒をもった皇帝がシュトレーン国境付近と近くの山を指す。
「知っての通り、この帝国は山に囲まれているから西側からしか攻めるしかない。だが、山を越えるという手段を取らないとは限らない。そこで、帝国側は攻守両方に兵を割き、三方向に配置することにした。まずは国境付近の迎撃」
帝国から南の方に位置するシュトレーン王国との国境付近に赤い丸がつく。続いて、北東の山越えができそうなルートに赤丸が。最後に、帝国の城に赤丸がついた。
「この三つだ。この三か所に部隊を展開し迎え撃つつもりだ、何か質問はあるか?」
ガイラルが尋ねるが、ざわざわとしたまま特に異を唱える者はいなかった。むしろ急に始まった戦争に困惑の色がにじみ出ているというところか。すると上層部の一人が席から立ち口を開く。
「勇敢な帝国兵のみなには説明は不要だと思うが、歯向かって来たものは皆殺しで構わない。それと前線に行きたい部隊があれば今から八時間以内に申告をしたまえ。やつらに思い知らせてやるのだ」
その言葉に少しカチンと来たカイルが手を上げる。
「発言を許可する」
「いやあ、俺も娘が出来たんで、戦いを回避するって選択肢は――」
するとガイラルは珍しく語気を強めてカイルへ返す。
「無いな。それはお前だけではない。全員、どこかしらに配属してもらうことになる」
「……了解」
カイルはそれだけ言うと黙り込む。その後淡々と話は進み、補給部隊、衛生兵、傷病運搬部隊といった部隊の配置を上層部が。武装などの説明にセボックが駆り出され、作戦の概要が決まる。ぞろぞろと高揚するもの、意気消沈するものなどがホールから出ていく中、エリオットが口を開く。
「……大佐はどうするんですか?」
「私達は軽装部隊だ、前線より遊撃がいいが、お前達はどうしたい?」
エリザが聞くと、ウルラッハ少佐が口を開く。
「俺は前線でもいいけどなあ? まあパシーがうるせえし、山で待ち伏せが妥当かねぇ?」
「あたしのせい!? ……でも、人と戦ったことないからありがたいかも」
パシーは人を殺したことはないので、困惑する。それにカイルが賛同する。
「俺もその意見に賛成だ。俺も人間相手は乗り気じゃないな。帝国防衛は難しいか?」
「一応八時間以内に報告義務があるからその時に聞いてみる。それまでは――」
と、言いかけた時、エリザの動きが固まる。
なぜならば――
「やあ、カイル少尉にイリス。少し、話をしないかな?」
「ええー……なんで陛下があたしたちの部隊に……?」
「……」
ガイラル皇帝が気さくに話しかけて来たからだった。
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