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第三章:合流

その36 レオスは能天気に進む

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 「そろそろ可愛いもふもふなペットでも出さないと人気が無くなるかなあ……お、国境が見えてきた!」

 フォーアネームの町を出てから一日ほど歩いたり飛んだり跳ねたりを繰り返し、ついに僕は国境まで辿り着くことができた。商品の流通が多い町だから国境から近いんだよね。馬車だともう一日かかると思うけど、先日捕縛した野盗なんかに襲われにくいよう国境から近くに必ず町があるのだ。

 「さて、すんなり通れるといいけど」

 国境は高い壁に阻まれていて詰所を必ず通らないと向こう側へ行けない。まあ僕やこの前戦った魔族みたいに空を飛べれば関係ないんだけど、空を飛ぶことができる『人間』は恐らく世界で僕だけだと思う。魔族でもそれほど多くない。
 人間が大魔王軍に苦戦した理由は飛べるか否かにあるけど、そこは強力な弓や魔法とかで対処していたみたいだ。

 「通りますよー」

 開きっぱなしの門をくぐると、門の通路にフォーアネームのような詰所があり、窓から顔を覗かせる人物と、槍を肩に担いだ門番に声をかけられる。

 「お、歩きか?」

 「え、ええ、お金が無くて……」

 嘘だけどね。
 
 領主様からもらった報酬金貨五十枚がカバンに入っている。これだけあればしばらく路銀に困らないし、贅沢もできる。贅沢ができるんだよ君!

 「急ににやけてどうした? とりあえず、身分証はあるか?」

 にやけてたのか……恥ずかしくなった僕は、すかさず窓のお兄さんにギルド許可証を見せると、お兄さんはにこっと笑い手で槍門番さんへ合図を出してくれた。

 「若いのにCランクとは凄いな」

 「たまたまですよ。通っても?」

 「ああ、問題ない。商人なら、なんか仕入れてウチの国を潤わせてくれ」

 「エイゲート王国はどうだった? 俺の故郷なんだよ」

 どうやら窓から顔を出していた人物は今から行くスヴェン公国の人で、槍を持った人は僕が今までいたエイゲート王国の人らしい。

 「いい国でしたよ。国王様が頼りになりそうでした」

 「そうだろうそうだろう……って、なんで冒険者の坊主が知ってるんだ?」

 「あわわ……い、いえ、勇者パーティの凱旋パレードでお見かけしたものですから」

 「あーなるほどな! いい国王様だぜ実際。勇者が姫と結婚したらこの国は安泰だあ」

 「そ、そうですね! では僕はこれで――」

 そそくさと移動しようとしたら窓から顔を出している人に声をかけられた。

 「おう、坊主は大丈夫だと思うが、最近魔物の動きが活発で、怪我人が増えているらしい。町まではそれほど遠くないが気をつけてな」

 「あ、はい! ありがとうございます!」

 お礼を言って僕は振り返りながら二人に手を振って国境を抜ける。

 「はあ……よし! やっと抜けられた!」

 とはいえ、地続きなので景色が変わるわけもない。でも、なんとなく新鮮な気持ちで街道を歩いていく。

 「さすがに何度も厄介ごとには巻き込まれないよね」

 テンプレ、という言葉を借りるなら、国境で強力な魔物、それこそ魔族に出会ったり、依頼を押し付けられたりしないか警戒していたけどすんなり通れたのでホッとしている。

 ただ、気になるのは――

 「ここまで町を二つ経由してきたけど、どの町でも『魔物が活発に活動している』って話が出てくるなあ。大魔王を倒したら魔物が減るはずだけど……」

 基本的に動物の死骸に魔力が溜まり、復活するのが魔物。それを人為的にやっていたのが大魔王軍で、六魔王が倒される前は町の外にでるのは自殺行為とされるくらい闊歩していたものだ。記憶を取り戻す前の僕もアレン達と行動している時、何度も襲われた。

 それい……死んだ人間すらも魔物に変えていたんだよね……

 六魔王を倒してから徐々に数を減らしてきたと思ったんだけどね。

 「冥王が生きていればあり得なくはないけど……」

 あの魔族が逃げ出し、手掛かりもない。もし冥王が生きてたとしてもそれは勇者であるアレンの仕事だから、わざわざ僕が首を突っ込む必要もないか。決して僕に臭い装備を押し付けた恨みではない。

 「さ、町へ行くか。高く売れるといいけどなあ。アレンの装備は偽物だって言われそうだから出さないけどさ」

 国境を越えたら気持ちも楽になったので、レビテーションのスキップで街道を駆け抜けることにした。


 ◆ ◇ ◆


 <ノワール城>


 「ん……お、俺は!?」

 「おう、気づいたかレオバール。お前裏庭で倒れていたんだが覚えているか?」

 「……あ、ああ……」

 「なんでまたあんなところで倒れてたんだよ?」

 「……っ!」

 大魔王のネックレスを奪われたことを思い出し焦るレオバール。

 「(落ち着け、あれを俺が持っていたことは誰にも知られていないはずだ。平静を保て)」

 一度深呼吸してからレオバールはアレンに向き直り口を開く。

 「ネックレスを奪った犯人を捜していて不意打ちを受けた。俺としたことが情けないぜ」

 「何と、賊はあの時まだ城内におったということか!」

 ギクリとして声の方へ顔を向けると、そこには国王が立っていた。一瞬冷や汗をかくが、レオバールはそのまま話を続ける。

 「え、ええ。俺の白金の鎧を素手で貫いて逃げていきました。薄れゆく意識の中、最後に見たのは空を飛んで城壁を乗り越えるローブ姿の人物でした。おそらくあれは魔族でしょう」

 国王や医者、アレンが目を見開いてレオバールを凝視し、国王が口火を切ってレオバールへ訪ねた。

 「魔族だと!? い、いや、別に生き残りが居てもおかしくないが……まさかネックレスを奪ったのは!?」

 「それも恐らく魔族の仕業かと」

 「ほかに何か言っていなかったか? ほら、俺たちに復讐とか……」

 アレンがそわそわしながらそんなことを言うと、レオバールは言葉を続けた。

 「そうだ……あいつ『後は聖杯が必要』みたいなことを言っていたな」

 「……聖杯……? 何に使うんだ?」

 アレンが肩をすくめて聞き返すがレオバールにも目的までは分からないので首を横に振る。しかし国王は目を細めて何かを考えていた。

 「手がかりもない今、迂闊に動くわけにはいかんか……この城に再び攻め入りに来るかもしれん」

 すると、大臣の一人が医務室へと駆け込んできた。

 「国王! フォーアネームのギルドマスターから火急の手紙が!」

 「なんだと? 見せてくれ……なんと……!?」

 国王の驚いた表情はもう何度目だろう? そんなことを考えていたアレンが、今度は国王の言葉を聞いて驚く番になった。

 「フォーアネームの町に魔族が現れたそうだ」

 「なんですって!? ま、町は大丈夫だったんですか?」

 「ああ、サッジの話によるとCランク冒険者のレオスという者が、領主邸に現れた魔族を撃退したそうだ。倒せはしなかったらしいが」

 「「レオス!?」」

 驚いたのはアレンとレオバール。

 「もしかしてここを去ったレオスかのう……アレンよ、あの子は冒険者ではなかったと聞いているが?」

 「え、ええ、間違いなくただのかばん持ちですよ……ましてCランクであるはずがない」

 「……おおかた同名だろう。珍しい名前ではないしな」

 「ふむ……大魔王退治の旅に最後まで付いていったところみると素質はありそうだがな。よし、アレンはこの城で魔族の襲撃に備えてくれ。そしてレオバールよ、お主には大魔王のネックレス奪取の任務を与える。良いか?」

 「……もちろんです国王。エリィとルビアを連れても?」

 「お前に任せる。事情を話して同行を求めるが良かろう。まだ間に合うはずだ」

 「かしこまりました」

 レオバールはいい口実ができたとほくそ笑む。大魔王がらみであればエリィも同行を断るまい。もしレオスと一緒ならネックレスを奪った魔族に殺されるシナリオが使える、と。

 さらにレオスを貶めるため、レオバールはもう一つ芝居を打つ。

 「……実は申し上げていなかったのですが、レオスのことです」

 「? 申してみよ」

 国王が首をかしげてレオバールへ問う。

 「あのパレードの日から光の剣とアレンの装備が見当たらないのです。おそらく奪って逃走したのでは、と」

 「お、お前……!?」

 黙っていろと、手で制すレオバールに押され、アレンは押し黙る。

 「この通り、アレンも言い出せず困っていたところでした。もしレオスが光の剣を持っていたら、処断して構いませんか?」
 
 「むう……あやつがそんなことをするとは思えんが……これも魔族の仕業ではないのか?」

 「戦力をそぐためであれば可能性はありますが、ネックレスを奪われた際に襲ってこなかったところを見ると、価値の分かる商人であるレオスではないかと。だからそそくさと城を出て行った、私はそう考えます」

 「……」

 「国王様」

 レオバールが国王を呼ぶと、目をつぶっていた国王はレオバールへと告げる。

 「分かった。だが、事情を聞きたいので生きて連れてくるのだ」

 「かしこまりました。抵抗した場合、その限りではありませんが」

 「むう……」

 「ではすぐにでも出発します。アレン、あとは任せておけ」

 「……」

 アレンは何も言わず、レオバールを見る。レオバールはニヤリと笑い、無言で肩を叩いていた。

 そして、国王は廊下に出てから手紙を持ってきた大臣を招き寄せる。



 「おい、腕の立つ偵察に適した者を一人レオバールにつけろ。どうも、あの男怪しい気がする」

 「は? しかし彼は剣聖、正しき者ではありませんか?」

 「あまり先入観に捉われるな。剣聖だろうが勇者だろうが人間だ。欲のない者など居ない。猫を被っているかもしれんが態度を見ていればわかる。レオスが盗みをするとも思えんのだ。そうするならもっと早い段階でできたはずだし、連れ回された復讐なら大魔王戦直前で盗むのが有効だろう?」

 「まあ、確かに……かしこまりました。マスターシーフに知り合いがおりますので依頼しましょう」

 「助かる」

 その後、陽も落ちそうな夕方にレオバールはノワール城を出発した。



 そして猫どころか悪神の皮を被ったレオスはというと――


 「ぶえっくしょん!? ぷは……誰か僕の噂をしているのかな……? 可愛い女の子だったら嬉しいなあ。ヒロインもそろそろほしいよね……あ、セミスイートに二泊お願いします!」

 ――次の町へと到着していた。
 


 さらに……
 



 ほー……ほー……




 「ぜはー……ぜはー……あ、あのここをレオスという冒険者が通りませんでしたか……はーはー……」

 「ちょ、ちょっと水……水をください……」

 「あ、ああ、ほら水だ。レオスねえ……ああ、若いのにCランクだった坊主か!」

 「そ、それはいつくらいの話ですか!?」

 「お、おう……怖いなこの嬢ちゃん……えっと、昨日の昼前くらいだったかな?」

 「近い! はあ、はあ……ルビア、近くなってきましたよ! 抱き枕!」

 「ごふぉ!? 水飲んでるんだから揺すらないでよ!? 相当急いだからね……吐きそ……後抱き枕呼びはやめてあげなさい……」

 「そ、そうですね! では出発です! ぜー……ぜー……」

 「はいはい……次の町では会えそうだし、ゆっくり行きましょう……」

 「そ、そうですね……」


 レオスに災厄が迫っていた。
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