90 / 146
第三章
第89話 イラス
しおりを挟む
「やっぱり目ぼしいものは残ってないわね」
「そ、そうなんですか……?」
「そうか、お主は馴染みがないか。冒険者というのは朝早く依頼を受けて夕方までには帰ってくるのが基本的な生活になる」
掲示板に移動したあたしが張り紙を見て唸っていると、イラスがおずおずと尋ねてきた。その答えは師匠がしてくれたのだけど、朝はここが戦場になるくらいは依頼者が殺到するのよね。
「怖いです……でも、朝じゃなくて少しずつ掲示すればいいのでは……?」
「気持ちは分かるけど、依頼は色々な人から来るからね。朝の依頼と昼の依頼で、報酬が段違いだったら不満が出るでしょ? だから一律同じ時間スタートなのよ」
「金が無い時は泊まり込みで掲示板の近くで張って追い出されたことを思い出すわい」
「ええー……」
「懐かしい話ですわね」
「シャル様が壊れました……」
イラスが呆れた声を出しながらあたし達を見てくる。ちなみに夜にしか出ない魔物討伐を除いて、夕方までに戻るのが一般的だ。
夜は魔物が活発になるから準備をしていないと思わぬケガをすることがあるからね。
……師匠の言っているギルドに泊まり込みはあたしがお財布を落として懐事情がまずい時の話なのでつい誤魔化してしまった。
「コホン。それはともかく、昼も近いこの状況でいい依頼が無いのは当然ってわけ。この中からまともなのを見つけるんだけど……」
「なんか草むしりみたいなのとかキノコ採取が多いです。平和……」
「その分、金も少ないがな。ふむ、グロースホーネットが残っているな。確かに面倒くさい相手だからな」
「レッドアイも残っているけど一頭でいいのね。あんまりお金にならないかなあ」
グロースホーネットは山に行く途中にも戦った魔物で、空を飛ぶため面倒というのは間違いない。レッドアイは鹿の魔物で脚力と角の一撃が重い。
金額的にはそれほど変わらないけど、依頼者が村の人ってことを考えるとグロースホーネットかな? そう思っていると、イラスが端にある紙を見て口を開く。
「こっちにもありますよ?」
「あー」
イラスの指した先には依頼を受けてもらえなかったものがズラリと並んでいた。こういう依頼は停滞依頼と言って、誰かが受けてくれるのを待っているもの
だったりする。
「難しかったり、該当する魔物が見つからなかったりとか大変なものばかりだからずっと残っているやつじゃな」
「へえ……あ、これ……」
「なにかあった?」
イラスがそっちに興味があると、停滞依頼をみてポツリと呟く。手にしている紙を覗き込むとそこには『グラップルフォックス』の討伐と書いてあった。
そこそこ強い魔物で、毛皮は人気だけど群れで行動しないため見つけにくい。
「それかい? 狡猾な個体が数年前から東の森に住んでいるんだ。人間の狩った魔物や動物をかっさらったりするし、村の人間が襲われて大怪我をしたなんてのもある」
「それは大変ですね……シャル様、これにしませんか……?」
「え? そりゃいいけど見つからない可能性が高いわよ? 何年も逃げているし」
「そ、そうなんですけど! 子供が襲われたりしたら危ないじゃないですか……」
拳を握ってそう力説するイラスは可愛い。機体に乗ったら豹変するのが驚きよね。
そう思いながら少し考えて答える。
「ふむ、ならそれにしましょうか。東の森って情報があるなら探しようもあるし」
「あ、い、いいんですか……?」
「ま、いいじゃろ。どうせそれほど金にならんものが多いしのう。達成条件は倒した個体を持ってくる、か」
師匠も背後で頷いてそんなことを言う。
「なら決定ね! お兄さん、これちょっと行ってくるわ」
「マジか……!? いや、依頼だから構わないけど、見つからないぜ?」
「ま、そこはなんとかするわ。それじゃ報酬よろしくねー」
「え、あの嬢ちゃん達グラップルフォックスを選んだのか!?」
「はは、無理無理。急に来た冒険者がクリアできる依頼じゃあねえ」
「フッ、自信があるのはいいことだけどねえ?」
張り紙をお兄さんに手渡してからあたし達はギルドを後にする。さっきのナンパ男を含む数人の冒険者が笑っていた。
ま、成功しても失敗してもそれはあたし達の成果。なので他の人間が好きに色々言っていても気にならないのよね。
「馬車は入りにくいから徒歩がいいぞ。陽が暮れる前に戻りなよー」
「ありがと」
受付のお兄さんはそんな声をかけてくれた。あの人はギルドの人だけあって冒険者のことを考えているわね。
「では馬は置いていくか」
「宿の厩舎に居るから大人しいでしょ?」
「ふう……ドキドキします……」
そんな話をしながら門番へ話を通して外へ出ると、そのまま東の森へと向かう。
伸びた道の両脇は草原で、その先に森が見えていた。
「案外近いわね」
「狩り場の近くに町をこさえるのは当然じゃからな。そのための外壁じゃ」
「あ、そうなんですね……」
「あんた、世間知らずよねえ。ま、あたし達に着いてきたらその性格も治るかもね?」
そんな調子で三人揃って歩いて行く。荷物はリュックに入っているので問題ない。
そういえばお昼を食べそこなったわね。
「お昼はどうする?」
「適当に魔物を狩ってもいいかもしれんのう。餌にできるかもしれんし、まずはそこを目指すか」
「わ、ワイルドですねえ……」
イラスが愛想笑いをしながらそう口にしていた。やがてあたし達は森へ足を踏み入れる――
「そ、そうなんですか……?」
「そうか、お主は馴染みがないか。冒険者というのは朝早く依頼を受けて夕方までには帰ってくるのが基本的な生活になる」
掲示板に移動したあたしが張り紙を見て唸っていると、イラスがおずおずと尋ねてきた。その答えは師匠がしてくれたのだけど、朝はここが戦場になるくらいは依頼者が殺到するのよね。
「怖いです……でも、朝じゃなくて少しずつ掲示すればいいのでは……?」
「気持ちは分かるけど、依頼は色々な人から来るからね。朝の依頼と昼の依頼で、報酬が段違いだったら不満が出るでしょ? だから一律同じ時間スタートなのよ」
「金が無い時は泊まり込みで掲示板の近くで張って追い出されたことを思い出すわい」
「ええー……」
「懐かしい話ですわね」
「シャル様が壊れました……」
イラスが呆れた声を出しながらあたし達を見てくる。ちなみに夜にしか出ない魔物討伐を除いて、夕方までに戻るのが一般的だ。
夜は魔物が活発になるから準備をしていないと思わぬケガをすることがあるからね。
……師匠の言っているギルドに泊まり込みはあたしがお財布を落として懐事情がまずい時の話なのでつい誤魔化してしまった。
「コホン。それはともかく、昼も近いこの状況でいい依頼が無いのは当然ってわけ。この中からまともなのを見つけるんだけど……」
「なんか草むしりみたいなのとかキノコ採取が多いです。平和……」
「その分、金も少ないがな。ふむ、グロースホーネットが残っているな。確かに面倒くさい相手だからな」
「レッドアイも残っているけど一頭でいいのね。あんまりお金にならないかなあ」
グロースホーネットは山に行く途中にも戦った魔物で、空を飛ぶため面倒というのは間違いない。レッドアイは鹿の魔物で脚力と角の一撃が重い。
金額的にはそれほど変わらないけど、依頼者が村の人ってことを考えるとグロースホーネットかな? そう思っていると、イラスが端にある紙を見て口を開く。
「こっちにもありますよ?」
「あー」
イラスの指した先には依頼を受けてもらえなかったものがズラリと並んでいた。こういう依頼は停滞依頼と言って、誰かが受けてくれるのを待っているもの
だったりする。
「難しかったり、該当する魔物が見つからなかったりとか大変なものばかりだからずっと残っているやつじゃな」
「へえ……あ、これ……」
「なにかあった?」
イラスがそっちに興味があると、停滞依頼をみてポツリと呟く。手にしている紙を覗き込むとそこには『グラップルフォックス』の討伐と書いてあった。
そこそこ強い魔物で、毛皮は人気だけど群れで行動しないため見つけにくい。
「それかい? 狡猾な個体が数年前から東の森に住んでいるんだ。人間の狩った魔物や動物をかっさらったりするし、村の人間が襲われて大怪我をしたなんてのもある」
「それは大変ですね……シャル様、これにしませんか……?」
「え? そりゃいいけど見つからない可能性が高いわよ? 何年も逃げているし」
「そ、そうなんですけど! 子供が襲われたりしたら危ないじゃないですか……」
拳を握ってそう力説するイラスは可愛い。機体に乗ったら豹変するのが驚きよね。
そう思いながら少し考えて答える。
「ふむ、ならそれにしましょうか。東の森って情報があるなら探しようもあるし」
「あ、い、いいんですか……?」
「ま、いいじゃろ。どうせそれほど金にならんものが多いしのう。達成条件は倒した個体を持ってくる、か」
師匠も背後で頷いてそんなことを言う。
「なら決定ね! お兄さん、これちょっと行ってくるわ」
「マジか……!? いや、依頼だから構わないけど、見つからないぜ?」
「ま、そこはなんとかするわ。それじゃ報酬よろしくねー」
「え、あの嬢ちゃん達グラップルフォックスを選んだのか!?」
「はは、無理無理。急に来た冒険者がクリアできる依頼じゃあねえ」
「フッ、自信があるのはいいことだけどねえ?」
張り紙をお兄さんに手渡してからあたし達はギルドを後にする。さっきのナンパ男を含む数人の冒険者が笑っていた。
ま、成功しても失敗してもそれはあたし達の成果。なので他の人間が好きに色々言っていても気にならないのよね。
「馬車は入りにくいから徒歩がいいぞ。陽が暮れる前に戻りなよー」
「ありがと」
受付のお兄さんはそんな声をかけてくれた。あの人はギルドの人だけあって冒険者のことを考えているわね。
「では馬は置いていくか」
「宿の厩舎に居るから大人しいでしょ?」
「ふう……ドキドキします……」
そんな話をしながら門番へ話を通して外へ出ると、そのまま東の森へと向かう。
伸びた道の両脇は草原で、その先に森が見えていた。
「案外近いわね」
「狩り場の近くに町をこさえるのは当然じゃからな。そのための外壁じゃ」
「あ、そうなんですね……」
「あんた、世間知らずよねえ。ま、あたし達に着いてきたらその性格も治るかもね?」
そんな調子で三人揃って歩いて行く。荷物はリュックに入っているので問題ない。
そういえばお昼を食べそこなったわね。
「お昼はどうする?」
「適当に魔物を狩ってもいいかもしれんのう。餌にできるかもしれんし、まずはそこを目指すか」
「わ、ワイルドですねえ……」
イラスが愛想笑いをしながらそう口にしていた。やがてあたし達は森へ足を踏み入れる――
10
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~
テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。
大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく――
これは、そんな日々を綴った物語。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
まじぼらっ! ~魔法奉仕同好会騒動記
ちありや
ファンタジー
芹沢(せりざわ)つばめは恋に恋する普通の女子高生。入学初日に出会った不思議な魔法熟… 少女に脅され… 強く勧誘されて「魔法奉仕(マジックボランティア)同好会」に入る事になる。
これはそんな彼女の恋と青春と冒険とサバイバルのタペストリーである。
1話あたり平均2000〜2500文字なので、サクサク読めますよ!
いわゆるラブコメではなく「ラブ&コメディ」です。いえむしろ「ラブギャグ」です! たまにシリアス展開もあります!
【注意】作中、『部』では無く『同好会』が登場しますが、分かりやすさ重視のために敢えて『部員』『部室』等と表記しています。
「強くてニューゲーム」で異世界無限レベリング ~美少女勇者(3,077歳)、王子様に溺愛されながらレベリングし続けて魔王討伐を目指します!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
作家志望くずれの孫請けゲームプログラマ喪女26歳。デスマーチ明けの昼下がり、道路に飛び出した子供をかばってトラックに轢かれ、異世界転生することになった。
課せられた使命は魔王討伐!? 女神様から与えられたチートは、赤ちゃんから何度でもやり直せる「強くてニューゲーム!?」
強敵・災害・謀略・謀殺なんのその! 勝つまでレベリングすれば必ず勝つ!
やり直し系女勇者の長い永い戦いが、今始まる!!
本作の数千年後のお話、『アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~』を連載中です!!
何卒御覧下さいませ!!
パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!
八神 凪
ファンタジー
勇者パーティに属するルーナ(17)は悩んでいた。
補助魔法が使える前衛としてスカウトされたものの、勇者はドスケベ、取り巻く女の子達は勇者大好きという辟易するパーティだった。
しかも勇者はルーナにモーションをかけるため、パーティ内の女の子からは嫉妬の雨・・・。
そんな中「貴女は役に立たないから出て行け」と一方的に女の子達から追放を言い渡されたルーナはいい笑顔で答えるのだった。
「ホントに!? 今までお世話しました! それじゃあ!」
ルーナの旅は始まったばかり!
第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる