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第39話 もぬけの殻
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「……そろそろ帰るか」
『ふああああああ……そうだな。おい、髭が凄いことになっているぞレン』
「ふむ……」
少し薄汚れたフリンクにそう言われて顎に手を当てると、じょりっとした感触が手に伝わった。
キャンプ生活十日目となった現在、昼過ぎに起きた俺はボサボサになった髪を搔きながら立ち上がる。
建てた小屋の窓を開けて空気を入れ替えているとフリンクが巻き付いてきた。
「なんだ? 渋い声の割に甘えたがるよなお前」
『甘えている訳ではないぞ。こうして健康状態をチェックするのだ』
「フリンクの方が危ういけどな。ちょっと臭うぞ」
『ば、馬鹿な……!?』
夜中に海へもぐっていたせいか、だんだんと臭いを発するようになってきた。ただ、イルカは哺乳類なので魚臭いということはないけど。
「俺は近くの川で水浴びをしていたけど、シャツはちゃんとした石鹸で洗わないとダメだな」
『俺は臭いがわからんから気にしていない』
「噴気孔《はな》はあるのにな」
『ぴゃ!?』
俺が苦笑しながら噴気孔を抑えると、フリンクはびっくりして離れていった。
小屋の隅で歯をカチカチさせだしたので、近づいて鼻先を撫でてやる。
『ふう……急に塞ぐんじゃないぜ……』
「悪い悪い。さて、十日も留守にしていたし、そろそろほとぼりも覚めるころだろ。夜になったら帰ろう」
『わかった。しかし、これだけ海に出たのは久しぶりだったな。とても楽しかった』
「そりゃ僥倖だな。まあ、たまにはいいかもしれないな」
『夜限定だがな』
フリンクがヒレをパタパタさせながら笑う。よほど楽しかったのだろう、口とヒレは納得しているが、尻尾は納得していなさそうな感じで垂れていた。
というわけで土産を持って帰るかと、森でウサギや鹿の魔物を倒して肉にしておいた。
そして深夜――
「魚も獲れたし、土産にはもってこいだな」
『魔動器の冷凍に突っ込んでおいてくれ』
――ダメ押しでもう一度海へ赴き魚を獲って来た。
アジやサンマにハマチ、タイといった魚屋によく並んでいるものを20匹ほど。
イカやタコも獲れるが、基本的にフリンクが好きな魚が多い。
魔動器も冷凍を有しているので保存も利くため、無駄にはならないのだ。
「到着か」
村の上空に差し掛かり、俺達は周囲を確認しながらゆっくりと降下する。
待ち伏せがあるかとも考えたが、それは杞憂だったようで気配は無かった。もちろんイルカ・アイやイヤーも使っている。
「ん? おかしいな……」
だが、そこで俺は違和感を覚えた。そのまま庭へと降り立ったが、やはりおかしい。
『……父上と母上の気配が無いな?』
「ああ……。灯りがついていないのはまだわかるが、そもそも家の中に人が居ない」
こんな深夜にお出かけということは無い。
それに両親が旅行に行くという話も聞いていないし、あまり出かける夫婦じゃないから万が一の可能性も薄い。
となると、なにかあったと考えた方がいい。
「とりあえず踏み込むか。誰も居ないのは確定しているしな」
ご丁寧に鍵はかかっていたので、玄関を開けてそっと中へ。灯りが出る魔動器に魔力を通して光を得ると――
「な、なんだ!? 家具がなにもない!?」
『なに? ……うおおお!? お、俺のお気に入りの枕がないだと……!?』
それこそ冷蔵器も、リビングのソファーも、キッチンの調理器具も俺の本や服などなにもなくなっていた。
「ど、どういうことだ……?」
さすがの俺もこれには動揺した。なんだかんだで俺達を可愛がってくれている両親なので夜逃げは考えにくい。
「夜中に散歩……どころじゃないな……?」
『おおおお……いや、今は枕のことより両親だ! 誘拐か強盗か知らんがぶちのめしてやる……!!』
「気持ちはわかるが……ん? こいつは――」
咆哮するフリンク。
そんな中、周囲を観察しながら狼狽えていると、キッチンに紙があることに気付いた。
「こいつは……?」
『手紙か?』
「そのようだ」
肩越しからフリンクが覗き込んできた。俺は構わず封を切ると、折りたたまれた上等とは言えない紙に文章が綴られていた。
『レンとフリンクへ。お母さん達はカイ様に連れられて丘の上の屋敷に引っ越しました。屋敷に荷物や家具を持って行ったので帰ってきたら屋敷に来てね』
「なんだと……!?」
『カイか? 記憶は消したはずだが』
「……裏で手を引いたヤツがいるな。まあ、考えるまでもないが」
恐らくサーラだろう。
どういうことか分からないがやはりあいつは『分かっている』らしい。
この前の結界破壊で迂闊に顔を出したのはまずかったか。
――とはいえ
「まあ、別に悪いことをしている訳でもないし、あの人たちが悪い人物ってことでもないし緊張感を持つ必要もないか」
『そうだな。む、まだ手紙に続きがあるぞ?』
「おっと、確認しておかないと」
『追伸:おやつのグップレは冷魔動器の中にあるので食べてね』
「いや、それ持って行ってるじゃないか!?」
『相変わらずの母上だな』
フリンクが大きな口を開けてハハハと笑っていた。
さて、それじゃ屋敷へと向かうとするか。
『ふああああああ……そうだな。おい、髭が凄いことになっているぞレン』
「ふむ……」
少し薄汚れたフリンクにそう言われて顎に手を当てると、じょりっとした感触が手に伝わった。
キャンプ生活十日目となった現在、昼過ぎに起きた俺はボサボサになった髪を搔きながら立ち上がる。
建てた小屋の窓を開けて空気を入れ替えているとフリンクが巻き付いてきた。
「なんだ? 渋い声の割に甘えたがるよなお前」
『甘えている訳ではないぞ。こうして健康状態をチェックするのだ』
「フリンクの方が危ういけどな。ちょっと臭うぞ」
『ば、馬鹿な……!?』
夜中に海へもぐっていたせいか、だんだんと臭いを発するようになってきた。ただ、イルカは哺乳類なので魚臭いということはないけど。
「俺は近くの川で水浴びをしていたけど、シャツはちゃんとした石鹸で洗わないとダメだな」
『俺は臭いがわからんから気にしていない』
「噴気孔《はな》はあるのにな」
『ぴゃ!?』
俺が苦笑しながら噴気孔を抑えると、フリンクはびっくりして離れていった。
小屋の隅で歯をカチカチさせだしたので、近づいて鼻先を撫でてやる。
『ふう……急に塞ぐんじゃないぜ……』
「悪い悪い。さて、十日も留守にしていたし、そろそろほとぼりも覚めるころだろ。夜になったら帰ろう」
『わかった。しかし、これだけ海に出たのは久しぶりだったな。とても楽しかった』
「そりゃ僥倖だな。まあ、たまにはいいかもしれないな」
『夜限定だがな』
フリンクがヒレをパタパタさせながら笑う。よほど楽しかったのだろう、口とヒレは納得しているが、尻尾は納得していなさそうな感じで垂れていた。
というわけで土産を持って帰るかと、森でウサギや鹿の魔物を倒して肉にしておいた。
そして深夜――
「魚も獲れたし、土産にはもってこいだな」
『魔動器の冷凍に突っ込んでおいてくれ』
――ダメ押しでもう一度海へ赴き魚を獲って来た。
アジやサンマにハマチ、タイといった魚屋によく並んでいるものを20匹ほど。
イカやタコも獲れるが、基本的にフリンクが好きな魚が多い。
魔動器も冷凍を有しているので保存も利くため、無駄にはならないのだ。
「到着か」
村の上空に差し掛かり、俺達は周囲を確認しながらゆっくりと降下する。
待ち伏せがあるかとも考えたが、それは杞憂だったようで気配は無かった。もちろんイルカ・アイやイヤーも使っている。
「ん? おかしいな……」
だが、そこで俺は違和感を覚えた。そのまま庭へと降り立ったが、やはりおかしい。
『……父上と母上の気配が無いな?』
「ああ……。灯りがついていないのはまだわかるが、そもそも家の中に人が居ない」
こんな深夜にお出かけということは無い。
それに両親が旅行に行くという話も聞いていないし、あまり出かける夫婦じゃないから万が一の可能性も薄い。
となると、なにかあったと考えた方がいい。
「とりあえず踏み込むか。誰も居ないのは確定しているしな」
ご丁寧に鍵はかかっていたので、玄関を開けてそっと中へ。灯りが出る魔動器に魔力を通して光を得ると――
「な、なんだ!? 家具がなにもない!?」
『なに? ……うおおお!? お、俺のお気に入りの枕がないだと……!?』
それこそ冷蔵器も、リビングのソファーも、キッチンの調理器具も俺の本や服などなにもなくなっていた。
「ど、どういうことだ……?」
さすがの俺もこれには動揺した。なんだかんだで俺達を可愛がってくれている両親なので夜逃げは考えにくい。
「夜中に散歩……どころじゃないな……?」
『おおおお……いや、今は枕のことより両親だ! 誘拐か強盗か知らんがぶちのめしてやる……!!』
「気持ちはわかるが……ん? こいつは――」
咆哮するフリンク。
そんな中、周囲を観察しながら狼狽えていると、キッチンに紙があることに気付いた。
「こいつは……?」
『手紙か?』
「そのようだ」
肩越しからフリンクが覗き込んできた。俺は構わず封を切ると、折りたたまれた上等とは言えない紙に文章が綴られていた。
『レンとフリンクへ。お母さん達はカイ様に連れられて丘の上の屋敷に引っ越しました。屋敷に荷物や家具を持って行ったので帰ってきたら屋敷に来てね』
「なんだと……!?」
『カイか? 記憶は消したはずだが』
「……裏で手を引いたヤツがいるな。まあ、考えるまでもないが」
恐らくサーラだろう。
どういうことか分からないがやはりあいつは『分かっている』らしい。
この前の結界破壊で迂闊に顔を出したのはまずかったか。
――とはいえ
「まあ、別に悪いことをしている訳でもないし、あの人たちが悪い人物ってことでもないし緊張感を持つ必要もないか」
『そうだな。む、まだ手紙に続きがあるぞ?』
「おっと、確認しておかないと」
『追伸:おやつのグップレは冷魔動器の中にあるので食べてね』
「いや、それ持って行ってるじゃないか!?」
『相変わらずの母上だな』
フリンクが大きな口を開けてハハハと笑っていた。
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