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第31話 平穏な日常が一番……!

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「レンー、起きなさい!」
「んん……」

 久しぶりに母さんの声で起こされたなと思いながらゆっくりベッドから降ろす。
 結界も張り直し、壊れないことも確認したためいつもより長く寝てしまったか。 
 そんなことを考えながら部屋を出て顔を洗っていると、フリンクもあくびをしながら部屋から出て来た。

『おはようー……』
「遅いとアリシャ様がまた連れて行くぞ?」
『……! あああああ……』

 俺が語り掛けるとビクンと体を硬直させ、歯をカチカチさせだした。一体何があったのだろうか。
 
「悪い悪い、冗談だ。もう記憶は消したし会うことはないだろう」
『ふう……そうだね。僕も顔を洗ってくるよ』

 そう言ってフリンクは庭にある井戸へ向かって行った。洗面台はあるけど、あいつのヒレでは顔は洗えないため全身水洗いになる。

「それにしても長い旅行だったわね?」
「まあ、やることがあったからな。でも、もう出ることはないと思うよ」
「そう? 町に出て遊ぶとかすればいいのに。フリンクが目立つなら置いて行けば?」
『酷いよお母さん!?』

 母さんはこういうところがある。フリンクが嫌いとかではなく、たまには一人で居たいわよねという親切心。だが、言われた方は心を抉られる。

「村から出る必要性を感じないから別にいいよ」
「でも孫の顔を見たいわ。村の女の子と付き合っていないんでしょ? ルーちゃんを待っていたらいつになるかわからないし……」
「ルーは待たないよ!? まだ8歳だぞ……町に行ってもモテるとは限らないだろう」
「でも女の子は多いじゃない。ケリィ君やコウヤ君はよく行ってるらしいわよ」

 そうらしい。
 村出身で田舎者呼ばわりされてたりしないだろうか……? 前世でもそれほど合コンとか行ったことないし、彼女も二人いたことがある程度。
 それも向こうから告白してきたから付き合ってたという……

「まあ、後一年……おっと……」
「後一年でなんだよ!?」
『そろそろご飯にしようよー』

 母さんが不穏なことを口にしたが、それ以上のことは追及しても言わなかった。
 父さんはもう仕事に出ているためこの場には居ない。でも居たところで母さんには勝てないからなあ父さん。

「そんじゃ畑仕事に行ってくるよ」
「行ってらっしゃいー」
『行ってきますー』

 というわけで朝食を終えたので四日ぶりの畑いじりだ。欠かさず手入れをしていたので日をまたいだのは初めてかもしれない。

『そら、水撒きだ』
「飲み水はここに置いとくぞ」

 日課である水撒きはフリンクが頭頂部にある鼻から噴水のように水を出して撒く。
 本来のイルカは呼吸をするために水を吐き出すのだが、こいつはもはや見た目以外別の生き物なので水を口に入れて鼻から出すという芸当に変わった。

『トマト、食ってみようじゃないか』
「どれどれ……」

 主にウチはキャベツとトマト、ナスの栽培をしている。これもイヴァルリヴァイのおかげか、俺が耕したところは土壌の状態がよく、作物はいい感じに育つ。
 他と比べても失敗したものが育つ率はかなり低い。

「うん、フルーツみたいでいいな」
『こりゃいい。水分もたっぷりある』

 フリンクと一緒に一個ずつ食べて舌鼓を打つ。
 町でも人気の商品で、これは飛ぶように売れるため、こうやって味を確かめる。

『ひとまず安心だな。……フッ!』
「お、サンキュー」

 俺が頭を撫でてやると、フフフと笑うフリンク。
 みれば野菜にとりつこうとした害虫を、イルカビーム(極小)で駆除していた。
 農薬などない世界なので害虫対策はみな頭を抱えている。
 
『それにしても良かったのか?』
「なにがだ?」
『バートリィ家の者達だ。貴族との縁はあった方が良かったんじゃないか? それにカイとまでは言わないがサーナくらいなら貰えたような気がするぞ』
「お前まで母さんみたいなことを言うんだな」

 空中で尾っぽを丸めて水中から顔を出すような格好で俺の前に浮く。
 腹に斑点模様がないのでこいつはミナミバンドウイルカではないことが伺える。
 それはともかく、畑の横にある自分で作った椅子に座って答えた。

「まあ、こういうのってめぐり合わせな気がするし、記憶を消さにゃならんという状況がすでに縁どおかったんじゃないかと思う」

 結果的に一人のお嬢様が助かった。それでいいじゃないかとフリンクへ伝えた。
 金はあると嬉しいが、特に欲しいものもないしなあ。

『俺は新しいベッドが欲しいぞ。フカフカのあれは良かった』
「飛び跳ねてたもんな……いくらくらいするんだろうな……」

 贅沢をする必要もない。
 貯金もできているそうだし、安泰じゃないかな?

『しかし、父上が年老いたらお前が町へ売りに行くのだぞ? 子供も居なければ畑と両立は中々厳しいと思うがな』
「まだ大丈夫だって」

 もう一個トマトを口の中に放り込みながらフリンクが先のことを口にした。
 それこそまだ早い話だ。

『俺はイヴァルリヴァイ様にお前を頼まれてい――』
「レンにーちゃーん」
「おう!?」
『んぐ!?』

 そこへひょっこりルーが顔を出して声をかけてきた。フリンクがびっくりして変な声を出し、俺にぶつかってきた。

「どうしたのびっくりして? 今、おじさんの声がしたけどだれー?」
『……おじさんは居ないよ? 気のせいだよルー』
「そう? とう!」
「お」

 不思議そうに首を傾げるルーだったが、周囲を見ても誰もいないためどうでもよくなったようだ。するとすぐに俺の膝の上に乗って来た。

「どうした?」
「レン兄ちゃん最近居なかった。遊びたかったのに」
『仕事だったからねえ』
「むー。その時は一緒に行くもん!」

 むくれるルーが近づいていたフリンクの吻をぺちぺちと叩いて抗議していた。
 こいつは畑仕事をしていると寄ってきて休憩中に膝に座る。いつも通りの光景なので俺も気にしない。

「おや、髪を切ったのか?」
「んふー」

 なんだか機嫌が良くなったルーが鼻を鳴らしていた。またこの日常に帰って来た……良かった。

 などと思っていたのだが――
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