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九章:風太

242.本気になる、ということ

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「うおおおおお!」
【ハッ!】
「くっ……」

 強い……!
 剣を数度打ち合ったけどほぼ互角……いや、僕が押され気味だと思う。少しの隙なんて無く、まるでリクさんを相手にしているようだった。

【ふふ、それで終いかい?】
「まだまだ!」
【だけどベヒーモスはどうする気かな?】
「あなたを倒していけばいい!」

 僕は叫びながらウェンティをアヤネに振り抜く。だけど彼女は刀で受け流す。大剣は空を斬り、僕はバランスを崩した。

【よっと】

 アヤネはとてもキレイな笑顔で僕の首を狙ってきた。ガードはできると判断して身をよじる。次の手を考えていると、横から影がサッと現れてアヤネの刀を剣が止めた。

【させると思うか?】
【ふん、レムニティか】
「ありがとうレムニティ……!」

 アヤネは邪魔をされた、という顔でレムニティを見る。鍔迫り合いのように力が拮抗しているところで僕が距離を取ると、レムニティも僕の隣に飛んできた。
 そこで僕は小声で彼に尋ねる。

「グラッシさんは?」
【レッサーデビルとと共にベヒーモスを止めに入った】
「そっか……ならレムニティもそっちに回ってくれるかい?」
【む。二人でこいつを倒した方がいいと思うぞ。今も危なかった】

 レムニティはアヤネに剣を構えて協力を申し出てきた。けど僕はそうではなく、ベヒーモスに行って欲しいと頼む。

「確かに僕ではこいつに勝てないかもしれないけど足止めは出来る。それにベヒーモスを倒せる可能性があるとすれば将軍二人の方がいいと思う。もし倒せないならレッサーデビルと王都の人達の避難をお願いできるかな」
【……】

 僕の意見を聞いて、レムニティは無言でこちらの顔を見てきた。少ししてからアヤネに視線を合わせた後、口を開く。

【あいつは強い。リクと同程度と考えた場合、フウタ一人では無理だ。もちろん私一人でも。だから協力をするつもりだったが……いいのか?】
「ああ。でも僕は死ぬつもりもないよ」
【分かった。危ないと思ったらすぐに逃げろ。風の大精霊の力があればそれくらいはできるはずだ】
『逃げるだけみたいに言わないでくださいませ!』
【なら、世界樹への力を注ぐのを一時取りやめて力を発揮しろ】

 急に出て来て抗議するウィンディア様へ向けてレムニティはそう言って空へ浮かぶ。

【なんだ、二人で来るんじゃないのか? フウタ君が死ぬよ?】
【こいつが決めたことだ、私は知らん。だが――】
【……!】

 レムニティが手をアヤネに翳した瞬間、風の魔法が彼女を襲う。それが再度、戦いの合図となり僕は身を低くして飛び出した。

「もらう!」
『力をフウタ様に!』
【なるほど、そう来るか!】

 風の魔法を強引に打ち破るアヤネ。構わず僕は頭めがけて大剣を振り下ろす。ウィンディア様の力で速度が上がり、筋力も増した気がする。これなら打ち負けることはない!

「たぁ!」
【大精霊の力、侮れないねえ!】
『こういうこともできます! <タイフン>!』
【む……!】

 僕の背後に居るウィンディア様が僕の剣を刀で受けているアヤネに向かって放つ。巻き上がった暴風が彼女を包み込み切り裂いていく。

「ナイスです! このまま一気にケリを! ……!?」
【ふふ】
『こうも容易く破るというのですか……!?』
「いや、これはチャンスだ!」

 アヤネが刀を振り回すとウィンディア様の魔法が散っていく。上級魔法クラスの威力があったためさすがに無傷ではなかったものの、僕達は驚きを隠せなかった。だけどそこでアヤネに隙が出来た。
 どんな相手にも必ず付け入る隙があるから我慢して見極めろと言っていたリクさんの言葉が頭をよぎる。

「もらった!」
【……】
「……!?」

 するとアヤネは目を細めて刀を捨て、僕の大剣を受け入れるような仕草をした。慌てて剣を逸らし、すれ違うように移動する。

『フウタ様、どうして避けたのですか』
「……嫌な予感がした、それだけだよ。一体、なにを考えているんだ……?」
【別に、なにも。ふふ、フウタ君はあのころのリクによく似ているねえ】
「あのころ? 最初に行った世界のリクさんのことかい」

 僕は警戒を解かずに尋ねる。すると怪しい笑みをしたまま刀を拾い、話を続ける。

【そうだね。そしてそのままの意味さ。激昂して飛び掛かって来たけど、その実、まだ人間の姿をした者を斬ることはできないと見た】
「……そんなことは――」
【いや、別に悪いことじゃ無い。それは君の優しさだ、どちらかと言えば称賛されるべき性格だよ】

 半身で刀を構えてからくっくと笑うアヤネ。
 確かにレッサーデビルとガドレイくらいしかまともな人型を斬ったことは無い。だけど、それをしなければ殺されるし、王都も危ない。
 
「それがどうしたというのさ」

 このまま攻めるべきだ。そう思い、僕は再び地面を蹴った。

「今度は斬る、必ず……!」
【ははは、本当にリクに似ているよ。優しいところもそうだけど、フウタ君、君は物事を本気で取り組んだことがないね?】
「……!?」
【話をするなら腕一本くらいはもらっておこうか】
『させませんよ!』
【チッ、大精霊め意外と厄介だね――】

 本気で物事に取り組んだことがない、と言われて僕はドキリとしてしまった。それは……この世界に来る前の僕が間違いなくそうであったからに他ならない。

【ビンゴってやつかな? この世界に来て、リクに出会って少しマシになったとは思うよ。だけど、その太刀筋には真剣さが感じられない。ベヒーモスは将軍二人が止めてくれる、私もなんとかなるだろうと考えている】
「……」
【まあ、答えなくてもいいさ。なんでもそつなくこなせる。それが故に、本気になれないってところか】
「うるさい……! 僕が本気でないかとどうかここでお前を倒して知ればいい!」
【お構いなく! 私も勝手に喋るだけさ!】

 僕のことが分かっているみたいな言い方をされてイライラしてきた。どちらにせよベヒーモスを倒すならこいつを倒さないと行くこともできないため、躊躇いなく斬りにいく。

【そう、リクもこの世界に来た時は甘ちゃんでね。なんにでも悪態をつくような子だったよ。勉強もスポーツも中途半端で、まあ、なんていうか他の人間を斜に構えてみていたねえ】
「黙れと言っているんだ……!」
【フウタ君も思い当たるふしがあるんじゃあないかな? そんな顔をしているよ】
「死ね……!!」

 こいつは僕のことをどこまで知っている……! 
 辞めたサッカー部でのことか? テストで好い点を取ったら『イケメンはなんでも出来ていい』とか言われたことか? 僕はアヤネを倒すため、大剣を振り回す。

『フウタ様、落ち着いて!』
「大丈夫、落ち着いているよ!」

 ウィンディア様からそんな言葉をかけられる。怒りで冷静さを欠かせる作戦かもしれないというのは意識にあったため、適当に攻撃しているわけじゃない。

【くく、そうだね。きちんとリクに教わったように急所を狙っている。だけど、それを仕込んだのは私だということを忘れてもらっては困る】
「……!?」
『正確にガードを……!? でもこちらには魔法もあります!』
「<ゲイルスラッシャー>!」
【やるね! ……ぐっ!】

 リクさんの師匠というのは伊達ではないらしく、僕の本気の打ち込みを全て刀でガードしていく。でもウィンディア様の言う通りこちらには魔法がある。二人で放つと、アヤネは大きく吹き飛んだ。

「はあ……はあ……や、やったか……」
【いや、まだまだ。リクよりも弱い君にやられることはないかな? まあ、今日はこれくらいにしておこうか】
「逃がすと思うか?」
【……そうだね、君が本気で来たら分からないなあ】
「……」
『フウタ様は本気で――』
「いや、いいんだウィンディア様。僕は本気でやっている。それで届かないなら、それは僕の修行不足だということ」

 僕はアヤネを睨みつけてそう言う。だけど、彼女は傷を撫でながら返して来た。

【そう? まだまだ能力は高いと思うけどね。なにがあったのか分からないけど、自分でリミッターをかけているって感じがするよ】
「だとしてもその自覚は僕に無い。僕を本気にさせてなにがしたいのか分からないけど、やる気が無いならベヒーモスを追わせてもらう」
【いや、まだ足止めに付き合ってもらうよ。ねえ、ファング】
「わんわん!」
「いつの間に……!?」

 アヤネがスッと移動をしたと思った瞬間、その手にはファングが居た。嫌な気配を感じて吠えているファングを見て目を細めると、刀の先をファングに向けた。

【ま、君が本気にならなかった代償だ。後悔するといい】
「待――」

 にっこりと微笑んだ彼女は躊躇いなくファングを、刺した。何故だかスローに見える状況におかしいと感じる心と、先程までと違った黒い感情が胸を圧迫する。

「おまええええええ!!!」
【……!? うぐあ!?】

 考える前に足が出ていた。それはアヤネも予想外だったようで、初めて驚愕の顔を見せた。そのままファングを掴んでいた腕を切り落とし、返す刃で離脱しようとしていた彼女の胸板を斬り裂いた。

「浅いか……!! うあああああああ!!」
【ふふふ……それが君の本気だ。……腕一本ではさすがに苦しいか、ここは退くとしよう】
「ファングのためにも、世界のためにもここで討つ!」
【なら少しだけ……付き合ってあげよう!】
「……! 負けない!」
『なんて殺気……!』

 周囲に殺気をまき散らしながら片腕で刀を構えて笑う。やる気になったならそれでいい。その首を落とすことが今、やることなのだと僕は前進する。
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