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因縁渦巻く町

貴族と貴族

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 ――キノンの町 領主の館

 「経過は?」
 「は、現状オリゴー卿との差は殆どないかと……」
 「くっ……残りひと月足らずなのだぞ、別の領から人を引っ張ってでも署名にサインをさせろ!」

 そう言って目の前の男達に怒鳴り散らすのはこの領地の主であるヒドゥン・グラニュー。
 歳のころは30代半ばも過ぎで灰色の髪を襟足まで伸ばしている彼は目つきの悪さもあって良い印象が無い。
 父親から譲り受けた地位に胡坐をかいて領民のことを考えないヒドゥンは今、その座を落とされる可能性がある状況に焦っていた。

 領主からただの貴族に落とされたとしても財産がなくなるわけではない。が、なにもしなくても入ってくる金がなくなるのは困ると考えている。

 ……そもそも『なにもしない』からこの状況になったのだが。

 金を得るには見返りが必要で、急性した父親が領民のためになにをしていたかを学んでいなかったのだ。
 父親も褒められた人物ではなかったが『そういうこと』に知恵が回ったため事なきを得ていた。

 「――それも考えたのですがオリゴー様の目があるので冒険者以外の町人を引き入れるのは難しいかと」
 「なにを甘いことを言っておるか!」
 「以前から申し上げている通り領民の声に耳を傾けるべきです。税金はそのためにありますので。まずは税を軽くするところから――」
 「そんなことをすれば私の金が減るではないか……!!」

 ヒドゥンが執務机を叩きながら激高すると、一番先頭に立つ眼鏡をかけたやや線の細い男が眉を顰めて口を開く。

 「それは違いますぞ。民が納得いけば税が増えても問題はありますまい、しかし今は先代と違いヒドゥン様はなにもしておられない。治安や魔物の鎮圧、設備投資といった民に還元をせねば不満が募り、今回のような事態を招くのです!」
 「それをなんとかするのがお前の仕事だろうトゥランス……」
 
 顔を赤くしたヒドゥンに指を向けられ、その言葉を聞いた眼鏡の男トゥランスは眉を震わせながら眼鏡の位置を直し、一度だけ深呼吸してから睨むようにヒドゥンへ目を向けた。

 「仕事はしているだろうが!! どれもこれも提案書を出してやってんのに目を通しもせず却下してんのはどこのどいつだ! 孤児院の寄付も少なくした上に増税だあ? そりゃ誰だって愛想をつかすってもんだ」
 「お、お前、領主の私に向かって――」
 「無能な領主にゃお似合いだろうが。親父さんが亡くなってから友人のよしみで手伝ってやりゃあいい気になりやがって。で、こんな口を利いた俺をどうする? 捕縛するか、痛めつけるか? そいつは無理ってもんだ。このままじゃお前は領主の座から降ろされる」
 「な……!?」
 「するとどうなる? 残ったなけなしの財産をもって適当な屋敷にお引越し、使用人も殆どついていかないからお前一人で全部やらなきゃな」

 誰もついていかないという話を聞いて控えていたメイドや庭師、執事といったメンツに目を向けると渋い顔で小さく何度も頷いているのが見える。
 なぜこの場にこいつらがいるのかなーと、呑気なことを考えていたヒドゥンが現実に引き戻され、どっと夥しい量の汗を噴出させて黙り込んだ。

 「今さら一人でそんなことが出来るわけがない……!? わ、私はどうすればいいのだ!?」
 「我々は三年待った。それでもヒドゥン、お前は変わらなかった。それこそ『今さら』変わるはずもないだろう。グラニュー党の呼びかけは最後の仕事として続けてやるが……まあ、現状はオリゴー卿に勝てる要素はほぼない。身辺整理をしておくことだ」

 そう言ってからトゥランスは頭を下げて踵を返し、他のメイド達に目配せをすると全員で部屋を出て行くため歩き出す。
 呆然と見送るヒドゥンは友人のトゥランスとの思い出が走馬灯のように脳裏に巡っていた。が、すぐにハッとなり椅子から立ち上がって声を上げる。

 「ま、まだだ……! まだ終わらんし終われん! 父と母にあの世で申し訳が立たんではないかっ! た、頼むトゥランス、チャンスを……先の口ぶりだとまだチャンスがあるのだろう!?」

 必死。

 それは人間が窮地に立たされた時になる心境。
 金も地位も大事だが、自分の代で領主を畳むことになるであろうことが、指に針を刺したら血が出るというくらい確実に迫ったこの土壇場でヒドゥンを突き動かした。
 それを振り向かずに察したトゥランスはピタリと足を止めて口を開く。

 「……もう後は無い。もしこれを覆そうと思うなら金は手元にそれほど残らない」
 「う……」
 「だが、名誉は守られ親父殿と母上には顔向けができる」
 「おお……!」
 「だが、残りひと月。成功するかは殆ど賭け。失敗すれば金がないまま没落貴族の出来上がりだ」
 「う、うう……」
 「それでも俺に……俺達に頼むか?」

 そこまで言ってから振り返ると、ヒドゥンは体を震わせながらなんとも言えぬ表情で逡巡しているようだった。今まで贅沢をしてきた男が変われるか? そんな瀬戸際。

 そして――

 「や、やっちゃるわい!! 私も、お、男だ! このまま没落してなるものかよ!」
 「……いいだろう。お前は空気が読めないが馬鹿ではない。ならば最後まで全力を尽くすと約束しよう。ではこの書類に目を通すところからお願いします」
 「こ、こんなにか!? い、いや、やる……やるぞ」
 「まずは軽税の処理と、それによって起こる収入減の試算。それとギルドに支払う定期金の――」
 「ああああああああああああああああああ!?」

 ヒドゥンを席に座らせると、矢継ぎ早に施策を打ち出し説明を始め、たまにフェイク書類を入れてきちんと見ているかのチェックをするトゥランスの本気が始まった――


 ◆ ◇ ◆


 「これは余裕そうだね」
 「はい。オリゴー様のような方が領主になれば民も安泰でしょう」
 「ありがとう。私を支持してくれる者達には手厚く頼むよ。ああ、たまには差し入れでも持って行ってあげてくれるかい、ギリス」

 豪奢なティーカップに口をつけながら、オリゴーは従者へ指示を出す。
 ヒドゥンよりも十は若いであろう金髪の男は顔立ち、仕草、考え方はいわゆる『立派な貴族』のお手本のような者である。

 「では早急に手配を。それと、交易の件でお話ししたいという商人が面会を求めておりましたがいかがいたしましょうか」
 「明日の午前中に取り付けておいてくれ」
 「承知いたしました。それでは」

 ギリスと呼ばれた執事のような男もまた、茶色い髪をオールバックにし、切れ長の目と整った顔立ちをしていた。彼が下がるとオリゴーは笑みを浮かべながらティーカップを傾けて一人呟いた。

 「流石に平民を見捨ててはおけないから、私が助けて上げなくてはね。まあ、この分だと領主になるのも時間の問題、か。ふふ、支持者はいい仕事をしてくれる。領主になったらなにから手を付けるかな――」

 ヒドゥンとは対称的に余裕のあるオリゴーはヒドゥンを追い落とそうとする組織とコンタクトを取りことを有利に運んでいるためである。

 二人の貴族が辿り着く先まであとひと月に迫っていた――
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