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第23話 エルフと有り得ない物 後編
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開け放たれた扉の先にあったのは、広大な空間であった。
単純な床面積だけで言えば、ギルドのそれと同じぐらいはあるかもしれない。
明らかに有り得ない広さではあるが、おそらくは空間を拡張しているのだろう。
さすがは冒険者ギルドといったところだ。
だが逆に言うならば、それだけでもある。
わざわざここに連れて来られた意図を考えながら、探るようにエルザはその場所を眺めた。
「これは……薬草とかの採集されたものが置かれている部屋、みたいね」
「はい。ここだけというわけではないですが、大半はここに置かれていますねー」
「ふぅん……」
両端には棚があり、そこにはこれでもかというほどに沢山のものが積まれている。
遠くから見ただけではただの雑草のようにしか見えないが、あれらは全部薬草なのだろう。
僅かに頭に引っかかるものがあったが、それが何なのかを思い至るよりも先にエルザは口を開いていた。
「で、どの辺にあるのがあいつの採ってきたものなわけ?」
「おや、どうしてそんなことお聞きに?」
「とぼけんじゃないわよ。こんなあからさまなものを見せられたら、そう思うのは当然でしょ。まあさすがに意図は分かんないけど」
「いえいえ、一瞬でそこまで見抜くだけでもさすがですよ。さすがはFランクに最少日数で到達したレコードホルダーと言うべきでしょうかねー」
見え透いたお世辞に、エルザは肩をすくめて返した。
確かにそれは事実ではあるが、それほど自慢出来るものでもあるまい。
「所詮は下から二番目のランクに上がった速度で、そもそも記憶を達成したって言ってもたった一日縮めただけじゃない。さすがって言われるほどのことじゃないわよ。実際それほど驚かれてもなかったじゃないの」
「まあ、元記録保持者であるアルマさんは半分以下に縮めましたからねー。自然とその時と比べてしまいますから、そこまで衝撃がなかったのは事実ですが……それでも、彼女よりも早かったというのは十分自慢出来ることだと思いますよ? そもそも、Fランクに上がるのに平均では一年以上かかるものなのですから、そんな中での二十五日での達成は、やはり十分素晴らしいことだと思いますし」
「って言われても、そいつのことなんて知らないんだから、あたしにとっては驚かれなかったってことだけが事実よ。平均なんてもっとどうでもいいわ。ま、次こそは驚かせてやるからいいんだけど……で? 結局どの辺がどうなのよ?」
「んー、それなんですがー……正直、惜しいんですよねー。目の付け所は悪くないんですが……まあ、こんなの予想しろっていう方が無理ではあるんですけどねー」
「は? どういう意味よ?」
「そのままの意味です。どの辺が、じゃないんですよ。――ここにあるもの全てが、セーナさんが採ってきたものです。と言っても、セーナさんもエルザさん同様冒険者になってまだ一月ですから、一月分ですけどねー」
「……は?」
意味が分からなかった。
一月でこれほどの量を採ったというのもそうだし……何よりも、一月も保管しているということの意味が分からなかった。
先ほど受付嬢が自分で言ったように、冒険者ギルドは冒険者から納品されたものを一時的に保管しておくことはあっても即座に他に卸してしまう。
冒険者ギルドはあくまで仲介人であり、それ以外の何かではない。
保管しておいたところで利用法はなく、無駄にしてしまうだけなのだ。
特に採集されたものというのは、鮮度が重要である。
加工先の質に直結してしまう以上、残しておく意味がない。
そして同時に、先ほど覚えた引っ掛かりの正体に気付いた。
この量だ。
さっさと卸さなければならない採集品がこれだけの数存在していることに、エルザは無意識的に違和感を覚えたのだろう。
だが無論のこと、何の意味もなくそんなことをするはずがなかった。
「実はですねー、今から一月前、つまりはセーナさんが冒険者になって初めての採集依頼を達成した時ですね。その時点でちょっと量と種類が有り得なかったので、ギルド長が卸すのを一旦保留にして、こっそりそのうちの幾つかを知り合いの錬金術師のところに持っていったんです」
「よくそんなことしたわね。保留って言えば聞こえはいいけど、要はほぼ破棄でしょ」
「まあそうですねー……普通なら。ところでエルザさんは、ポーションがどうやって作られるかは知っていますか?」
「一応知ってはいるけど……簡単に言っちゃえば、大量の薬草を煮込むってことでしょ?」
厳密にはそれだけではなく、そこに錬金術師の力や腕もかかわってくるらしいが、乱暴に言ってしまえばそれだけである。
ただ、大量の、というところが重要であり、それは文字通りの意味だ。
抱えるほどの薬草の束を、さらに十個分利用して、ようやく一回分のポーションが出来上がるのである。
まあ、薬草という名こそ付いているものの、薬草自体に薬としての効果はほぼない。
止血する際に使用すれば、ほんの少しだけ血が止まるのが早まるかもしれない、といった程度の代物で、その効果を物凄く圧縮することで、ようやくポーションは出来上がるのだ。
効率が悪いとかいう話ではなく、ポーションの値段に比べると薬草の採集依頼が安いのもそういう理由によるものであった。
「で、それがどうしたってのよ?」
「はい。先ほども言いました通り、ギルド長はあくまでこっそり持っていったので、あまり量を持っていけなかったんですねー。薬草を大体一抱え分ぐらいです」
「……別にそれ少なくなくない?」
「まあそうなのですが、ポーションを作るという意味では不十分ですからねー。ポーションを作る際には量が決まっているという話は?」
「それも知ってるわ」
ポーションは薬草をただ煮詰めて出来るのではなく、あくまでも錬金術の力によって出来上がるのだ。
そして錬金術とは使用する素材の量などが明確に決まっており、多くても少なくとも失敗する。
薬草の量を増やしてもポーションの効果は上がらないし、減らしても効果の低いポーションは出来ない。
ただ炭のようなものが出来上がるだけであった。
「ええ、そのはずだったんですが……出来ちゃったらしいんですよね」
「……は? ポーションが?」
「ポーションが」
「手持ちの薬草を加えたとかじゃなくて?」
「ギルド長が持っていった薬草だけを使ったらしいです。その結果、何の問題もないポーションが出来上がったとか」
信じられないはずではあったが……心当たりがないわけではなかった。
あれほど精霊の気配の濃い場所に生えていた薬草である。
ならばそういうことがあったとしても、おかしくはないのかもしれない。
「ただ、実はですね、それはあまり大したことではないんですよ。単にポーションを作る際に薬草が少なくなるというだけの話ですし」
「大したことあると思うんだけど……いえ、でも確かに、それならその薬草は十倍の値段で引き取るようにすればいいだけのこと、か。色々なことに目を瞑れば、確かに大したことないかもしれないわね」
「はい。ですがそこで、錬金術師とギルド長が調子に乗ってしまいまして、ならいつも通りの量で作ったらどうなるんだろうかと思い、試してしまったらしいんです」
「……ちょっと待って。なんか嫌な予感がするんだけど?」
「その予感は正しいです。結果、ポーションは問題なく出来上がったらしいですよ? 効果は十倍ぐらいになっていたらしいですが。尚、逆にさらに減らしてみたらやっぱり問題なくポーションは出来たらしいです。効果はその分下がって」
「……ふー」
思わずエルザは大きな息を吐き出しながら天井を見上げていた。
常識外れとかいう話ではない。
むしろポーションの常識が変わってしまいかねない話であった。
「……もしかして、他の採ってきた物も?」
「いえ、さすがにそれ以上は試さなかったらしいです。錬金術師の方が拒否したとか。興味はあったらしいんですが、自分の常識が粉々になってしまう恐怖の方が勝ったとかで。まあ、試すまでもないことでしたしねー」
「……? 何でよ、偶然薬草だけって可能性もあるじゃ……あー、いえ、いいわ。分かった。そういえば、ここにある中で一番古いのは一月前に採ったものなんだっけ?」
「はい。枯れる気配が微塵もないんですよねー」
それは確かに、試すまでもなくおかしいのは確実だ。
ただ……おかしいのは確かだが、有益なのも確実である。
そして有益であり、且つ前代未聞の品を納品するなど、冒険者の実績として考えるならば十分過ぎるだろう。
だが。
「ねえ……何であいつFランクなのよ」
「あー……まあ、そこ気付いちゃいますよねー」
「当たり前でしょ。あたし達程度の実績でFランクに上がれたのよ? そんな実績あったらEランクぐらいまで簡単にいけるじゃない」
「その推測は正しいです。実際この事実が確認された時点で、彼女はEランクに上がることが検討されました。ポーションの結果が出たのも枯れないということも分かったのは三日目のことでしたから、つまり彼女は平均二年かかるとされているランクに一足飛びになるはずだったんですねー」
「でも、そうはならなかった。それどころか、あたし達がFランクに上がる方が早かった」
「セーナさんは結局EではなくFに、しかもエルザさん達の二日後でしたからねー」
「で、何でそんなことになったのよ?」
エルザ達の方が評価された、ということはあるまい。
それならば、それこそエルザ達の方が三日でEランクに至っていたはずだ。
ということは、別の理由があるはずであり――
「そうですねー……彼女のクラスは確認しましたか?」
「いえ、聞いてないわ。採集しかしてないってんなら、少なくとも前衛じゃないでしょうし。あっても後衛か、もしくはそもそも戦闘職じゃない可能性が高そうだし、なら問題はないもの」
「まあ聞いていたら、もっと別の反応があったでしょうしねー。これまでの反応に至っても」
「……どういう意味よ」
「――彼女は、治癒士だそうです」
その言葉に、なるほどと納得した。
それは確かに、三日でEランクなどにさせるわけにはいくまい。
ギルドの醜聞に繋がりかねないことを考えれば、当然の措置だ。
「……とはいえ、それはそれでおかしい気がするんだけど? 大体、そもそもそんな早くにFランクにすら上げるべきじゃないでしょ」
「それはもちろん、エルザさん達がいたからですよ?」
「……ああ、なるほど。そういうことね。だからあたし達の二日後にFランクに上がって、こうして紹介してきた、と」
要するに、ギルドはエルザ達へと丸投げしてきたのだ。
お前ら優秀だし評価してやったんだから、その分働け、と。
冒険者は基本的に自由だが、冒険者ギルドに所属していることに変わりはない。
ランクが上がるということは、それだけギルドから与えられる権限が増えるということで、同時に拘束されるということでもあるのだ。
「にしても、そういうのを調べるのはどっちかと言えばギルド側の仕事な気がするんだけど?」
「もちろんこちらでも調査はしていますが、最も近い位置から調べることが出来るのはやはり同じ冒険者ですからねー」
その言葉に溜息を吐き出すが、確かに一理はあった。
だがそこで、僅かに抵抗のようなものを覚えてしまうのは、彼女が自分のことを騙したとは思えないからか。
あの精霊達は、確かに本物だったはずだ。
……出来損ないなエルフのくせに、そんなところでまで失敗したなどと、思いたくないだけかもしれないけれど。
「まあ、正直なところ、明らかにおかしいですし、有り得ないですから、疑うのは馬鹿らしいんじゃないかと思ってもいます。ですが、彼女自身が治癒士って名乗ってるわけですからねー」
「分かってるわよ。そうやって楽しんでる可能性があるってことでしょ。……ったく」
本当に治癒士というのは、タチが悪い。
「でもそういうことなら……いいわ。気が変わった。ある意味ちょうどよくもあるものね」
「エルザさん?」
「冒険者としての義務とはいえ、そっちから振ってきた話な以上、ある程度無茶も出来るはずよね?」
「えっと……まあ、そうですね。程度にもよりますがー」
「なら迷宮の許可証を寄越しなさい。お望み通り、明日はしっかり調べてやるわよ。あたし一人じゃなくて、パーティー全員で」
そう言った瞬間、受付嬢は警戒するような目を向けてきた。
まあ何を想像しているのかは何となく分かるし、無理もないのかもしれないが。
「……迷宮で何をするつもりなんですか? 確かに色々と知りたいですが、だからといって力ずくでとは、少なくとも今は考えていないんですが」
「そんなの分かってるしあたしだってやるつもりもないわよ。ただ、迷宮の中なら本性も分かるでしょうってこと」
「……単に迷宮に行きたいだけじゃないですよね?」
「それもあるのは否定しないわ。仮でも四人揃ったことでようやく念願の迷宮に行けるんだもの」
「一月程度で念願とか、他の冒険者が聞いたら怒りそうですねー。普通は迷宮に行けるようになるまで何年必要でどれだけの努力が必要なのか、という話いります?」
「いらないわよ。冒険者になった日に嫌になるぐらい聞いたんだから。それに知ったことでもないわ。そんなの才能か努力か、もしくはその両方が足りないんでしょ。……ま、あたしも全然足りてないんだって、つい今しがた思い知ったわけだけど」
騙されたのだとしても、そうでないのだとしても、どちらにせよ自分はまだまだだということを突きつけられることに違いはない。
まあ何にせよ、全ては明日だ。
「……治癒士、ねえ」
自分は特にそれそのものに思うところはそこまでないのだが、果たしてあの二人はどうなのだろうか。
そんなことを考えながら、さて明日はどうしようかと、エルザは息を一つ吐き出すのであった。
単純な床面積だけで言えば、ギルドのそれと同じぐらいはあるかもしれない。
明らかに有り得ない広さではあるが、おそらくは空間を拡張しているのだろう。
さすがは冒険者ギルドといったところだ。
だが逆に言うならば、それだけでもある。
わざわざここに連れて来られた意図を考えながら、探るようにエルザはその場所を眺めた。
「これは……薬草とかの採集されたものが置かれている部屋、みたいね」
「はい。ここだけというわけではないですが、大半はここに置かれていますねー」
「ふぅん……」
両端には棚があり、そこにはこれでもかというほどに沢山のものが積まれている。
遠くから見ただけではただの雑草のようにしか見えないが、あれらは全部薬草なのだろう。
僅かに頭に引っかかるものがあったが、それが何なのかを思い至るよりも先にエルザは口を開いていた。
「で、どの辺にあるのがあいつの採ってきたものなわけ?」
「おや、どうしてそんなことお聞きに?」
「とぼけんじゃないわよ。こんなあからさまなものを見せられたら、そう思うのは当然でしょ。まあさすがに意図は分かんないけど」
「いえいえ、一瞬でそこまで見抜くだけでもさすがですよ。さすがはFランクに最少日数で到達したレコードホルダーと言うべきでしょうかねー」
見え透いたお世辞に、エルザは肩をすくめて返した。
確かにそれは事実ではあるが、それほど自慢出来るものでもあるまい。
「所詮は下から二番目のランクに上がった速度で、そもそも記憶を達成したって言ってもたった一日縮めただけじゃない。さすがって言われるほどのことじゃないわよ。実際それほど驚かれてもなかったじゃないの」
「まあ、元記録保持者であるアルマさんは半分以下に縮めましたからねー。自然とその時と比べてしまいますから、そこまで衝撃がなかったのは事実ですが……それでも、彼女よりも早かったというのは十分自慢出来ることだと思いますよ? そもそも、Fランクに上がるのに平均では一年以上かかるものなのですから、そんな中での二十五日での達成は、やはり十分素晴らしいことだと思いますし」
「って言われても、そいつのことなんて知らないんだから、あたしにとっては驚かれなかったってことだけが事実よ。平均なんてもっとどうでもいいわ。ま、次こそは驚かせてやるからいいんだけど……で? 結局どの辺がどうなのよ?」
「んー、それなんですがー……正直、惜しいんですよねー。目の付け所は悪くないんですが……まあ、こんなの予想しろっていう方が無理ではあるんですけどねー」
「は? どういう意味よ?」
「そのままの意味です。どの辺が、じゃないんですよ。――ここにあるもの全てが、セーナさんが採ってきたものです。と言っても、セーナさんもエルザさん同様冒険者になってまだ一月ですから、一月分ですけどねー」
「……は?」
意味が分からなかった。
一月でこれほどの量を採ったというのもそうだし……何よりも、一月も保管しているということの意味が分からなかった。
先ほど受付嬢が自分で言ったように、冒険者ギルドは冒険者から納品されたものを一時的に保管しておくことはあっても即座に他に卸してしまう。
冒険者ギルドはあくまで仲介人であり、それ以外の何かではない。
保管しておいたところで利用法はなく、無駄にしてしまうだけなのだ。
特に採集されたものというのは、鮮度が重要である。
加工先の質に直結してしまう以上、残しておく意味がない。
そして同時に、先ほど覚えた引っ掛かりの正体に気付いた。
この量だ。
さっさと卸さなければならない採集品がこれだけの数存在していることに、エルザは無意識的に違和感を覚えたのだろう。
だが無論のこと、何の意味もなくそんなことをするはずがなかった。
「実はですねー、今から一月前、つまりはセーナさんが冒険者になって初めての採集依頼を達成した時ですね。その時点でちょっと量と種類が有り得なかったので、ギルド長が卸すのを一旦保留にして、こっそりそのうちの幾つかを知り合いの錬金術師のところに持っていったんです」
「よくそんなことしたわね。保留って言えば聞こえはいいけど、要はほぼ破棄でしょ」
「まあそうですねー……普通なら。ところでエルザさんは、ポーションがどうやって作られるかは知っていますか?」
「一応知ってはいるけど……簡単に言っちゃえば、大量の薬草を煮込むってことでしょ?」
厳密にはそれだけではなく、そこに錬金術師の力や腕もかかわってくるらしいが、乱暴に言ってしまえばそれだけである。
ただ、大量の、というところが重要であり、それは文字通りの意味だ。
抱えるほどの薬草の束を、さらに十個分利用して、ようやく一回分のポーションが出来上がるのである。
まあ、薬草という名こそ付いているものの、薬草自体に薬としての効果はほぼない。
止血する際に使用すれば、ほんの少しだけ血が止まるのが早まるかもしれない、といった程度の代物で、その効果を物凄く圧縮することで、ようやくポーションは出来上がるのだ。
効率が悪いとかいう話ではなく、ポーションの値段に比べると薬草の採集依頼が安いのもそういう理由によるものであった。
「で、それがどうしたってのよ?」
「はい。先ほども言いました通り、ギルド長はあくまでこっそり持っていったので、あまり量を持っていけなかったんですねー。薬草を大体一抱え分ぐらいです」
「……別にそれ少なくなくない?」
「まあそうなのですが、ポーションを作るという意味では不十分ですからねー。ポーションを作る際には量が決まっているという話は?」
「それも知ってるわ」
ポーションは薬草をただ煮詰めて出来るのではなく、あくまでも錬金術の力によって出来上がるのだ。
そして錬金術とは使用する素材の量などが明確に決まっており、多くても少なくとも失敗する。
薬草の量を増やしてもポーションの効果は上がらないし、減らしても効果の低いポーションは出来ない。
ただ炭のようなものが出来上がるだけであった。
「ええ、そのはずだったんですが……出来ちゃったらしいんですよね」
「……は? ポーションが?」
「ポーションが」
「手持ちの薬草を加えたとかじゃなくて?」
「ギルド長が持っていった薬草だけを使ったらしいです。その結果、何の問題もないポーションが出来上がったとか」
信じられないはずではあったが……心当たりがないわけではなかった。
あれほど精霊の気配の濃い場所に生えていた薬草である。
ならばそういうことがあったとしても、おかしくはないのかもしれない。
「ただ、実はですね、それはあまり大したことではないんですよ。単にポーションを作る際に薬草が少なくなるというだけの話ですし」
「大したことあると思うんだけど……いえ、でも確かに、それならその薬草は十倍の値段で引き取るようにすればいいだけのこと、か。色々なことに目を瞑れば、確かに大したことないかもしれないわね」
「はい。ですがそこで、錬金術師とギルド長が調子に乗ってしまいまして、ならいつも通りの量で作ったらどうなるんだろうかと思い、試してしまったらしいんです」
「……ちょっと待って。なんか嫌な予感がするんだけど?」
「その予感は正しいです。結果、ポーションは問題なく出来上がったらしいですよ? 効果は十倍ぐらいになっていたらしいですが。尚、逆にさらに減らしてみたらやっぱり問題なくポーションは出来たらしいです。効果はその分下がって」
「……ふー」
思わずエルザは大きな息を吐き出しながら天井を見上げていた。
常識外れとかいう話ではない。
むしろポーションの常識が変わってしまいかねない話であった。
「……もしかして、他の採ってきた物も?」
「いえ、さすがにそれ以上は試さなかったらしいです。錬金術師の方が拒否したとか。興味はあったらしいんですが、自分の常識が粉々になってしまう恐怖の方が勝ったとかで。まあ、試すまでもないことでしたしねー」
「……? 何でよ、偶然薬草だけって可能性もあるじゃ……あー、いえ、いいわ。分かった。そういえば、ここにある中で一番古いのは一月前に採ったものなんだっけ?」
「はい。枯れる気配が微塵もないんですよねー」
それは確かに、試すまでもなくおかしいのは確実だ。
ただ……おかしいのは確かだが、有益なのも確実である。
そして有益であり、且つ前代未聞の品を納品するなど、冒険者の実績として考えるならば十分過ぎるだろう。
だが。
「ねえ……何であいつFランクなのよ」
「あー……まあ、そこ気付いちゃいますよねー」
「当たり前でしょ。あたし達程度の実績でFランクに上がれたのよ? そんな実績あったらEランクぐらいまで簡単にいけるじゃない」
「その推測は正しいです。実際この事実が確認された時点で、彼女はEランクに上がることが検討されました。ポーションの結果が出たのも枯れないということも分かったのは三日目のことでしたから、つまり彼女は平均二年かかるとされているランクに一足飛びになるはずだったんですねー」
「でも、そうはならなかった。それどころか、あたし達がFランクに上がる方が早かった」
「セーナさんは結局EではなくFに、しかもエルザさん達の二日後でしたからねー」
「で、何でそんなことになったのよ?」
エルザ達の方が評価された、ということはあるまい。
それならば、それこそエルザ達の方が三日でEランクに至っていたはずだ。
ということは、別の理由があるはずであり――
「そうですねー……彼女のクラスは確認しましたか?」
「いえ、聞いてないわ。採集しかしてないってんなら、少なくとも前衛じゃないでしょうし。あっても後衛か、もしくはそもそも戦闘職じゃない可能性が高そうだし、なら問題はないもの」
「まあ聞いていたら、もっと別の反応があったでしょうしねー。これまでの反応に至っても」
「……どういう意味よ」
「――彼女は、治癒士だそうです」
その言葉に、なるほどと納得した。
それは確かに、三日でEランクなどにさせるわけにはいくまい。
ギルドの醜聞に繋がりかねないことを考えれば、当然の措置だ。
「……とはいえ、それはそれでおかしい気がするんだけど? 大体、そもそもそんな早くにFランクにすら上げるべきじゃないでしょ」
「それはもちろん、エルザさん達がいたからですよ?」
「……ああ、なるほど。そういうことね。だからあたし達の二日後にFランクに上がって、こうして紹介してきた、と」
要するに、ギルドはエルザ達へと丸投げしてきたのだ。
お前ら優秀だし評価してやったんだから、その分働け、と。
冒険者は基本的に自由だが、冒険者ギルドに所属していることに変わりはない。
ランクが上がるということは、それだけギルドから与えられる権限が増えるということで、同時に拘束されるということでもあるのだ。
「にしても、そういうのを調べるのはどっちかと言えばギルド側の仕事な気がするんだけど?」
「もちろんこちらでも調査はしていますが、最も近い位置から調べることが出来るのはやはり同じ冒険者ですからねー」
その言葉に溜息を吐き出すが、確かに一理はあった。
だがそこで、僅かに抵抗のようなものを覚えてしまうのは、彼女が自分のことを騙したとは思えないからか。
あの精霊達は、確かに本物だったはずだ。
……出来損ないなエルフのくせに、そんなところでまで失敗したなどと、思いたくないだけかもしれないけれど。
「まあ、正直なところ、明らかにおかしいですし、有り得ないですから、疑うのは馬鹿らしいんじゃないかと思ってもいます。ですが、彼女自身が治癒士って名乗ってるわけですからねー」
「分かってるわよ。そうやって楽しんでる可能性があるってことでしょ。……ったく」
本当に治癒士というのは、タチが悪い。
「でもそういうことなら……いいわ。気が変わった。ある意味ちょうどよくもあるものね」
「エルザさん?」
「冒険者としての義務とはいえ、そっちから振ってきた話な以上、ある程度無茶も出来るはずよね?」
「えっと……まあ、そうですね。程度にもよりますがー」
「なら迷宮の許可証を寄越しなさい。お望み通り、明日はしっかり調べてやるわよ。あたし一人じゃなくて、パーティー全員で」
そう言った瞬間、受付嬢は警戒するような目を向けてきた。
まあ何を想像しているのかは何となく分かるし、無理もないのかもしれないが。
「……迷宮で何をするつもりなんですか? 確かに色々と知りたいですが、だからといって力ずくでとは、少なくとも今は考えていないんですが」
「そんなの分かってるしあたしだってやるつもりもないわよ。ただ、迷宮の中なら本性も分かるでしょうってこと」
「……単に迷宮に行きたいだけじゃないですよね?」
「それもあるのは否定しないわ。仮でも四人揃ったことでようやく念願の迷宮に行けるんだもの」
「一月程度で念願とか、他の冒険者が聞いたら怒りそうですねー。普通は迷宮に行けるようになるまで何年必要でどれだけの努力が必要なのか、という話いります?」
「いらないわよ。冒険者になった日に嫌になるぐらい聞いたんだから。それに知ったことでもないわ。そんなの才能か努力か、もしくはその両方が足りないんでしょ。……ま、あたしも全然足りてないんだって、つい今しがた思い知ったわけだけど」
騙されたのだとしても、そうでないのだとしても、どちらにせよ自分はまだまだだということを突きつけられることに違いはない。
まあ何にせよ、全ては明日だ。
「……治癒士、ねえ」
自分は特にそれそのものに思うところはそこまでないのだが、果たしてあの二人はどうなのだろうか。
そんなことを考えながら、さて明日はどうしようかと、エルザは息を一つ吐き出すのであった。
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そして、魔法を使えぬという、自身に押された無能の烙印であり――
「ふむ……? 普通に魔法使えるのじゃが?」
だがそんなことは知ったことかとばかりに、最強の力を宿した少女は、劣化してはいるも確かに未知な魔法を学ぶため、好き勝手に行動するのであった。
※第一章完結しました。第二章の公開は未定。
俺とシロ
マネキネコ
ファンタジー
【完結済】(全面改稿いたしました)
俺とシロの異世界物語
『大好きなご主人様、最後まで守ってあげたかった』
ゲンが飼っていた犬のシロ。生涯を終えてからはゲンの守護霊の一位(いちい)として彼をずっと傍で見守っていた。そんなある日、ゲンは交通事故に遭い亡くなってしまう。そうして、悔いを残したまま役目を終えてしまったシロ。その無垢(むく)で穢(けが)れのない魂を異世界の女神はそっと見つめていた。『聖獣フェンリル』として申し分のない魂。ぜひ、スカウトしようとシロの魂を自分の世界へ呼び寄せた。そして、女神からフェンリルへと転生するようにお願いされたシロであったが。それならば、転生に応じる条件として元の飼い主であったゲンも一緒に転生させて欲しいと女神に願い出たのだった。この世界でなら、また会える、また共に生きていける。そして、『今度こそは、ぜったい最後まで守り抜くんだ!』 シロは決意を固めるのであった。
シロは大好きなご主人様と一緒に、異世界でどんな活躍をしていくのか?
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