上 下
22 / 30

第22話 エルフと有り得ない物 前編

しおりを挟む
 ――有り得ない。

 荒い息を吐き出し、肩で呼吸を繰り返しながらも、エルザの頭をよぎるのはそんな言葉であった。

 つい先ほど目にし、中に入ってすらいた、あの森。
 何をどうやったら、あんなものが有り得るというのか。

「……何よ、あれ」

 あまり知られてはいないが、エルフは生まれつき精霊を見ることが出来る。

 精霊とは自然の力が具象化した存在であり、人間やエルフと比べ高位の存在だ。
 豊かな森の中では至る所で精霊の姿を見ることが出来、エルフが森の民などと呼ばれることがあるのもそのためである。
 精霊は必然的に自然とは相性がよく、エルフは精霊を通して様々なことを知ることが出来るため、自然と森のことに詳しくなるというわけだ。

 見るだけではなく、時には精霊の力を借りることも出来、それは精霊魔法などと呼ばれていたりもするのだが……ともあれ、無論のこと、エルザもそんな精霊の姿を見ることは可能だ。

 そしてあの森には、故郷の森など比較にならないほどの数の精霊が存在したのである。
 足を踏み入れるまでもなくその気配は感じ取ることが出来、あまりの気配の濃さに眩暈すら感じるほどであった。
 精霊を統べるという精霊王があの場にいると言われたとしても、きっと疑問も感じることなく受け入れていたことだろう。

 だが、あそこまでいってしまうと、最早森というよりは精霊そのものである。
 あの森に入るということは精霊の身体の中に足を踏み入れるということと同義であり……さすがにそれはエルフであっても許されることではない。

 だというのに、何故あの少女はあっさりと入ることが出来たのか。

 精霊の姿が見えず、感じ取れないから、ということは関係がない。
 見えようが見えまいが、精霊がそこに存在していることに変わりはないのだ。
 精霊が拒みさえすれば、誰であれ関係なく入ることは出来まい。

 しかし逆に言えば……入れたということは、許可が下りたということである。
 明らかに精霊の姿など見えてはいないのに、そればかりか、心から受け入れられていたようにすら感じられた。
 あの妙なほどの歩きやすさと、何よりも、生えている植物を採ることが出来たのがその証だ。

 森が精霊そのものと化しているということは、そこに生えている雑草一つとっても精霊の一部ということである。
 そんなものを採るということは、精霊の身体の一部を剥ぎ取っているのと同義なのだ。
 許されるわけがないし、出来るわけもない。
 故郷にいる数千年は生きているというエルフの長老であろうと無理だろう。

 そしてあの、開けた場所。
 目にした瞬間、鳥肌が立った。
 きっと自分一人であったならばそのまま飲み込まれてしまっていただろうと思えるほどの、強大過ぎるほどの存在感であった。
 もしかしたらあれこそが、本当に精霊王だったのかもしれない。

 だが最も有り得なかった瞬間は、つい先ほどのことだろう。
 エルザが森の外に出た瞬間、あれほど強烈だった精霊の存在感が、完全に消え去ったのである。
 まるでそこにある森と、直前までいた森とは別の場所だとでも言うかの如く。

 しかしそれに関して深く考えることは出来なかった。
 暇がなかったからだ。
 その直後、エルザに向けて強烈な殺気が叩きつけられたのである。

 瞬間エルザはその場にいたら死ぬと直感し、死ぬ物狂いで逃げ出したわけだが――

「……どうやら、自分の直感に従って正解だったみたいね」

 荒い息と共に呟きながら、後方へと振り返った瞬間に視界に映った光景に、そのことを確信する。
 視線の先には、幾つもの魔物の影が存在していたからだ。

 行きはおろかつい先ほどまで影も形もなかったというのに……まるで幻覚でも見せられていたかのような感覚であった。

「……でも、確かにあったことだわ」

 あの精霊の感覚が幻覚なわけはないし……何よりもと、仕舞っていたものを取り出す。
 七色にその色を変える、不思議な花。
 これが手元にあることこそが、あれが現実であったという証拠であった。

 だがそれはそれで考えることが色々あるものの……それよりもまずはと、歩き出す。
 行かなければならないところがあった。

「……どういうつもりなのか、問いたださなきゃね」

 呟き、真後ろにあった北門を抜けながら、エルザはギルドへと足を向けるのであった。







 ギルドに辿り着くや否やエルザが目を細めると共に眉根を寄せたのは、自分にアドバイスだかなんだかよく分からない言葉を送ってきたあの受付嬢の姿がなかったからだ。

 問いただすのならばあの受付嬢だと思ったのだが……仕方なく、その隣のカウンターにいた受付嬢に話しかける。

「ねえ、隣の受付嬢はどうしたのよ? あたしはあの受付嬢に聞きたい事があるんだけど?」

「おや。確か、エルザさん、でしたか? そうですか、無事に戻ってこれたんですねー」

「……ちょっと。それだとまるであたしが無事に帰って来れない可能性があったみたいに聞こえるんだけど?」

「いやですねー、それは邪推ってやつですよー。そんなこと、割とあるんじゃないかな、ぐらいにしか考えていませんでしたもん」

「ちょっと邪推って言葉の意味調べてきなさいよ」

「だって北の森に行ったんですよね? そう考えるのが自然だと思いません?」

「……なるほどね」

 そうだろうと思ってはいたが、やはりあの少女があの森で採集をしていた、ということは知っていたようだ。
 ただ問題は、どこまで知っているのか、ということだが――

「多分ですが、貴方が知りたいことを私達は何も知らないと思いますよー? むしろ私達の方が知りたいぐらいなんですから」

「……そう。それは残念だったけど、同時に何よりね。そう言うってことはつまり、あんたもある程度は事情を理解してるってことでしょ」

「あちゃー、これはちょっと余計なことを口走っちゃいましたかねー」

「ふんっ……よく言うわ。わざとあたしに聞かせたくせに」

 睨み付けるように言うが、受付嬢の態度は飄々したものであった。
 あの受付嬢もそうだが、受付嬢というのはどいつもこいつも食えないやつらばかりである。

 だがそんなエルザの内心を知ってか知らずか、受付嬢はそのまま立ち上がった。

「ま、ここであまり問答を繰り返すのも何ですしねー。とりあえずこちらへとどうぞ。ギルド長から許可は貰ってますから」

 そう言って受付嬢が向かったのは、カウンターのさらに奥であった。
 通路となっているそこは、基本的にはギルドの職員しか立ち入ることの出来ない区画である。
 主に表に出ることのない職員がいたり、納品された素材などが仕舞われているらしいが、もちろんエルザは入ったことはない。

 というか、Dランクに至った冒険者すらそう簡単には入ることの出来ない区画のはずであり、本来はまだFランクの、新人の域を出ていない冒険者が立ち入れる場所ではないはずだ。
 それだけエルザが評価されているということなのか、あるいは――

「……あいつがそれだけ評価されてるってことかしらね」

 まあ何にせよ、色々な意味で付いていかない理由はない。
 カウンターの脇から中に入り、受付嬢の後を追った。

 受付嬢はエルザが付いてくると確信しているのか、振り返るつもりもないようだ。
 何となくシャクではあったが、黙ってその後を付いて行く。

 とはいえ、次があるかも分からないような場所だ。
 とっとと上のランクに上り詰めるつもりではあるが、だからといって訪れる理由が出来るとも限らず、自然と周囲を見回してしまう。

 だがそこにあるのは、思った以上に普通の場所であった。
 両脇にある扉から僅かに中の様子が覗けるが、そこにいったのは、ギルド職員と思しき人物達が書類を睨みつけていたり、何かを書いていたり、近くの人物と話をしていたりといった、どこでも有り触れたような光景だ。

「意外に思いましたかー?」

「……まあ、正直に言えばそうね。冒険者を率いてる大本の一つなんだから、もう少し何か違うのかと思ってたわ。ま、具体的に想像してたわけじゃないんだけど」

「まあ所詮は私達も雇われてるだけの身ですからねー。元々一般人なんですから、そりゃ他と違いなんかありませんよ」

「言われてみたらその通りなんでしょうけどね……っていうか、何当たり前のように人の心読んでんのよ」

「人の心を読むぐらいのことが出来なければ、受付嬢にはなれませんからねー」

「そんな話初めて聞いたんだけど? テキトー言ってんじゃないわよ」

 そんなことを言いながら足を進めていくと、やがて受付嬢はある部屋の前で足を止めた。
 今まで横切ってきた場所と比べれば、大きく頑丈そうな扉の並んでいる区画だ。

「これって……素材とかを保管してるっていう……?」

「ですねー。大体のものはすぐに馴染みの商店や商人の人達に卸してしまうんですが、それでも一時的に保管する場所は必要ですし、中にはすぐに卸すことの出来ないものもありますしねー」

 特別な場所には見えないが、こうして案内してきたということはここに何かがあるということだ。
 それが一体何であるのかを考えながら僅かに緊張するエルザの前で、頑丈そうな扉がゆっくりと開かれるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

元最強賢者は嘆かない~千年後に転生したら無能扱いされましたが好き勝手にやろうと思います~

紅月シン
ファンタジー
 ありとあらゆる魔法を知り、使いこなすと言われた者がいた。  千の時を魔法の探求に費やし、ついにはその深遠へと至り……だがその果てにあったのは、渇望であった。  全てを知り尽くして尚、まるで満足することは出来なかったのだ。  ゆえに、賢者とまで謳われた者は、最後の手段を取ることにした。  現存していないのであれば、存在している時に至ればいいと、未来へと転生することにしたのだ。  しかし千年後で賢者を迎えたのは、未知ではあるが劣化してしまった魔法の数々。  そして、魔法を使えぬという、自身に押された無能の烙印であり―― 「ふむ……? 普通に魔法使えるのじゃが?」  だがそんなことは知ったことかとばかりに、最強の力を宿した少女は、劣化してはいるも確かに未知な魔法を学ぶため、好き勝手に行動するのであった。  ※第一章完結しました。第二章の公開は未定。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

処理中です...