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第14話 元聖女、自分のあやまちを察する

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 行きと同じように何事もなく戻ってこれたセーナは、冒険者ギルドの受付前に緊張した面持ちで立っていた。
 理由は分からないのだが、何故か受付嬢から睨まれていたからだ。

 いや、厳密に言うならば、その顔に浮かんでいるのは笑みである。
 セーナが冒険者になった時に受付をしてくれたその人の顔に浮かんでいるのは間違いなく笑みで……だがその目だけは、どう見ても笑っていなかった。

 とはいえ、別に変わったことはやっていないはずである。
 確かに薬草を採ってきたと告げた時には、受付嬢はその目に僅かに驚きを浮かべていたようではあったものの、あれは多分セーナが薬草の生えている場所を聞かなかったということに気付いていたからだろう。
 まあ色々と慣れているだろう受付嬢が気付かないわけがないのだが。

 そのことを責めるつもりはないし、資格もない。
 冒険者はその全てが自己責任だということをセーナは知っていたのだ。
 なのに聞くべき事を聞き忘れたのはセーナの責任でしかない。
 そこで受付嬢を責めるのは筋違いというものだ。

 ともあれ、その時はまだ普通だったはずである。
 そうでなくなったのは、セーナが魔法の鞄から薬草を取り出し、目の前のカウンターに積み上げた時のことだ。
 一日に百把必要だということは、とりあえず軽く山となるぐらいは必要だろうと思ったのだが……もしかしたら、置きすぎたのだろうか。

 いや、それとも、薬草と言いつつも他のものも混ぜてしまったことかもしれない。
 どうせ最終的には出すのだからと一緒に置いてしまったのだが、まずかっただろうか。

 そんな風に、何がまずかったのだろうかと、セーナも笑みを浮かべながら心の中で頭を抱えていると、受付嬢が溜息を吐き出すような感じで口を開いた。

「セーナさん、でよろしかったでしょうか?」

「あ、はい、合っています。えっと、その……すみませんでした」

 何が悪いのかは結局分からなかったが、反射的に頭を下げた。
 怒られるのは間違いないと思ったので、とりあえず先に謝っておいた方がいいと思ったのだ。

 だがそうくるのは予想外だったのか、頭の上の気配が僅かに揺らいだのを感じた。
 次い苦笑のようなものが漏れたのを感じたので顔を上げると、受付嬢の目は少しだけ柔らかくなり、その口元には苦笑が浮かんでいる。

「別に謝る必要はありませんよ。というか、何故謝ったのですか?」

「いえ、その……怒られる気がしましたので」

「そうですか……それはどちらかと言えば、私が謝るべきですね。怒っていたのではなく、少し動揺していただけだったのですけれど、勘違いさせてしまったようですね。申し訳ありませんでした」

「あ、いえ……怒っていないのでしたら、よかったです」

 しかしそう言いつつも、頭を下げた受付嬢のつむじを眺めつつ、僅かにセーナは首を傾げた。

 これでもセーナは前世の頃、何万人……いや、それ以上の人達と接してきた経験がある。
 その中には王侯貴族なども多く、彼らは感情を隠すのに長けていた。
 だがセーナの役目は傷や病を癒すことで、感情を隠されては困るのだ。
 痛いのは痛いと言ってもらわないと。

 とはいえ彼らにも事情があって素直にそう言えないということは分かっていたので、必然的にセーナが読み取れるようになるしかなかったのだ。
 そのため、他人の感情を読み取ることにはそこそこ自信があったのだが……と、そこまで考えたところで、いや、と思い直す。

 何せ先ほど読み違えたばかりである。
 穴場を教えてくれた冒険者の人は本当はいい人で……ということは、単に鈍ったということなのかもしれない。

 考えてみれば今生の十五年ほどは限られた人との接触しかなかったのだ。
 鈍っていて当然かもしれない。

 つまりは、本当に怒っていなかったのかもしれないと、そんなことを思いながら、頭を上げた受付嬢へと口を開いた。

「えっと……怒っていないのでしたら、一体……?」

「そうですね……単純な確認です。何故ここまでの量を採ってきたのでしょうか、と」

「え? 何故と言われましても……採集だけで一日に必要な金額を稼ぐには百把必要だと聞いていたからですが……もしかして、違うんですか?」

「一日に百把、ですか……いえ、違うというわけではないのですけれど……そういえば、お姉様が元冒険者で話を聞いたことがあるのでしたか。失礼ではありますけれど、もしよろしければお姉様のランクをお聞きしても?」

「姉は二人いまして、二人とも冒険者だったのですが……確か、二人ともBランクだったと言っていましたね。一人はあくまでもパーティーの実力で自分の実力ではないなどとも言っていましたが」

「…………なるほど。それで、ですか……」

 受付嬢の様子から、なんかもう確実に何かを間違えてしまったのだろうな、ということだけは分かったのだが、確認するのは怖かった。
 セーナは気楽に生きたいだけなので、目立ちたいわけではないのだ。

 かといって、このまま放置するのは何となくよろしくない気配もする。
 どうしたものかと思い、ふと思い至った。

 そうだあれがあったと取り出したのは、あの虹色に見える不思議な花であった。

「あ、そういえば、一つ聞きたいことがあるんですが。珍しいものを見つけまして、これも買い取ってもらえるのではないかと思って採ってきたの……えっと、ですが……」

 途中で言葉に詰まったのは、その花を目にした瞬間、受付嬢の顔から表情が完全に抜け落ちたからだ。
 話題転換をするどころか、完全に地雷を踏み抜いた。

「……その花は、何処で?」

「その、街の北側にある森の奥の方で見つけたのですが……あの、もしかして、持ってきてはいけないような花だったりしましたか?」

「……いえ、そういうわけではありません。私でも見たことがないほどの珍しいものでしたので、気になったのです」

 そう口にする受付嬢は、だが無表情のままである。
 セーナですら何一つ感情を読み取れないほどで……そこまで驚いているということなのか、それとも、本当はそこまでの何かだということなのか。

 しかし尋ねてしまったらドツボにはまりそうで、聞くに聞けなかった。

「とりあえず、調べてみようかと思いますので、お借りしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい、どうぞ。その……よろしくお願いします」

「承知いたしました。とはいえ、さすがに多少時間がかかってしまうとは思いますけれど……ああそれと、時間がかかってしまうといえば、今回の採集依頼の報酬を渡すのは明日になってしまいそうなのですけれど、よろしいでしょうか? 何分数が多く、見たところ種類も多いようですため、時間がかかってしまいそうですので。申し訳ありません」

「いえ、そういうことでしたら仕方ないと言いますか、どう考えてもわたしに原因がありそうなので責める権利はないと言いますか……その、こちらこそすみません」

 やはりと言うべきか、この量は普通ではなかったようだ。
 これは一度普通の量というものを聞いておいた方がいいのかもしれない。

 だが何にせよ、この状況でこの場にこれ以上留まっているのはよろしくないだろう。
 それではまた明日、という言葉を告げると、セーナは逃げるように、ギルドを後にしたのであった。
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