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賢者に至るために

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 学院の授業中でも触れられていたことではあるが、魔法の才能は六歳で決まると言われている。

 だがとなれば、その前にある程度の教育を行い才能を伸ばそうとするのは道理だろう。
 魔法の才能はあって困るものではなく、もしも魔導士になれたりしたら未来は望むがままだ。
 子供の未来を考えれば……そして、自分達の未来も考えれば、やらない理由の方が存在しまい。

 しかし、現在では六歳以前に過度な教育をすることは禁止されている。
 これは法によって定められているもので、最悪の場合は斬首すらも有り得る厳しいものだ。

 何故そこまで厳しく取り締まるのかといえば、これは過去に行き過ぎて虐待同然……否、虐待という言葉では生温いような行為が行われていたことがあったからである。
 出生率そのものは法で禁じられる以降と大差ないのに、六歳まで成長出来る割合は五割以下だったと言えばその酷さが伝わるだろうか。
 教育をするのが当たり前となってしまった結果、より厳しく激しい教育をしなければ他と差をつける事が出来なくなってしまい、過激化してしまったのだ。

 しかも問題だったのが、自分達の見栄や栄誉などを考えていた者達もいれば、純粋に子供の未来のことを考えてそうしてしまった者もいたということである。
 そのため、法によって一律禁止することにしたのだ。

 勿論法で禁止されたからといって一度生まれた流れはそう簡単に変わるものではないが、罰を受けるのは教育を施した者や関わった者だけではなく、時には一族全員が連座で責任を取らされることもあった。
 そのため徐々に沈静化し、今では多少教育を施す程度に落ちついている。

 少なくとも、表面上は。

 法で禁止しようとも、結局のところ取り締まるためには、法を犯している状況を見つけなければならないのだ。
 それは逆に言えば、見つかりさえしなければ問題には成り得ないということでもある。

 たとえば、領地ぐるみで隠されてしまったりしたら、どうしようもあるまい。
 普通はそんなことはあるまいが……もしも、その領地に住む子供達が他と比べ明らかに魔法の才能で劣ってしまっている、という状況があったとすれば。
 果たしてその領地に住む者達は、その現実を素直に受け入れる事が出来るだろうか。

 そしてマカライネン領は、ここ数年の間、才能豊かな者達が多く輩出されると言われるようになっていた。
 実際賢者学院に通っている割合で比べると、他の三公爵の治める領地とはかなりの差が出るだろう。
 エリナの代では公爵家から転落することになるだろう、などと言われていたのが嘘のような状況だ。

 領民達がより良い場所で暮らしたいと考えるのは当然のことであるし、没落すると分かっている領地から領民が逃げ出すことになるのは自然なことである。
 そうして逃げ出す事が出来る領民とは、主に裕福な者達であり、そういった者達の場所に才能豊かな者達が生まれるのは道理だ。
 つまりは、マカライネン領の実情とは釣り合っていない現状があるというわけであり……まあ、要するに、そういうことであった。
 
 領土中から同年代の者達百名が集められたのは、エリナが三歳になった時のことだ。
 彼ら彼女らは徹底的に教育され、領土の事業として才能を磨き上げられていった。

 そこでは暴力なども当たり前のように行われており、むしろ暴力こそが才能を磨くとでも言わんばかりの有様であった。
 もっとも、エリナがその事実を知ったのは随分と後になってからのことだ。
 エリナにはそんなものが必要ないぐらいの圧倒的な才能があったからである。

 殴るのはそうしないと実行できないからで、あるいは実行した結果が期待外れだからだ。
 しかしエリナは要求された全てのことで期待以上の結果を出したし、そのせいか他の子供とは隔離されていた。
 地獄のような光景がすぐ近くに広がっていることなど知らずに、のびのびと、そこだけ見れば多少熱心なぐらいの教育を施されながら、エリナは成長していったのだ。

 だがそんな日々が続いたのも、エリナが五歳になるまでのことであった。
 エリナが五歳になったその日、領地の中でとある少女が見つかったという報告があったのだ。

 その少女はずっと隠されて育てられていたのだが、少女自身の好奇心で外に出てしまった結果発見されてしまったのである。
 何故隠されていたのかは、単純にして明快。
 その髪の色が、黒かったためだ。

 髪の色が魔法の属性を決めるというのはよく知られていることではあるが、そこには例外があった。
 それが、白と黒である。

 白は欠落者の証であり、黒は天凛の証であるからだ。
 欠落者が属性が一つもないのに対し、天凛は四属性の全てを扱うことが出来る。
 少女の両親は普通の価値観を持った人物で、自分の子供が見つかってしまったらどうなるか理解していたのだ。
 だから隠し、しかし全ては無意味となり、当然のように少女は連れてこられた。

 そしてエリナはその時に初めて知ったのだ。
 真の才能の前には、半端な才能や努力など無意味でしかないのだということを。

 少女は魔法のことなど何一つして知らなかったというのに、エリナが放った魔法を一瞬で模倣し、使えない魔法を一瞬で覚え、未だ使うことの出来ない魔法を当たり前のような顔で使ってみせた。
 エリナの二年間など、少女にとっては一瞬と同義だったのである。

 幸いにしてと言っていいのか、エリナが他の子供たちと同じようなことになることはなかった。
 今までと同じ生活を続けることでき、その上に少女がいるようになっただけだ。

 エリナ自身は何も変わらず、ただ全ての者の視線が少女に向くようになったということだけ。
 だがエリナは、そのことを認めたくなかった。

 別に少女のことが嫌いだったわけではない。
 少女もまた自分と同じような、いやそれ以上の扱いをされていたため、よく一緒にいたし、遊んだりもした。
 しかし、それとこれとは別問題だったのである。

 だからそれまで以上に、否それまでやらなかったほどに必死になって努力を続けたし、その結果は他の子達とさらに隔絶した才能を発揮するようになったことで示される通りだ。
 そして、それでも少女にまったく及ばなかったということが、何よりも明確な才能の差というものを示していた。

 だがそれでも、エリナは諦めなかった。
 どうしてそこまでするのかすら忘れていたけれど、ひたすらに努力を重ねて、少女にはまったく及ばないことだけを思い知らされて。
 父が話しかけてきたのはそんな時のことであった。

 約一年ぶりに父がかけてくれた言葉は、疑問であり確認であった。
 何故そこまで努力を続けるのか。
 それと、どこまでをやる覚悟があるのか。

 理由は分からなかったけれど、何でもする覚悟はあった。
 多分実際には子供なりの覚悟でしかなかったのだろう。

 だけど結果は一つだ。
 父は嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って、自分をとある場所へと連れて行ったのである。

 そこにいたのが何なのか最初分からなかった。
 それだけ大きかったことと、見たことがなかったのと……多分、いるのが信じられなくて。
 あるいは、それがそんなことになっているのが信じられなくて。

 それは、ドラゴンであった。
 全長五十メートルは超えるであろうドラゴンが、父が連れて行った先にはいたのである。

 そのドラゴンは、鎖に繋がれて、ただジッとしていた。
 そして。
 エリナは、そのドラゴンを文字通りの意味で食らったのである。

 その結果が今の自分だ。
 ドラゴンの力を得ることに成功したことで、少女にすら負けない魔法の力を手に入れた。
 その力は、才は、十二歳からと決まっている学院への入学を例外的に一年早めさせるほどであり――

「でも正直なところ、あたしは後悔しているわ」

 父を前にして、エリナは今の今まで口にすることの出来なかった言葉を吐き出した。
 今までずっと心の奥底に閉じ込めていて、自分ですら気付かないようにしていたはずなのに、再びそうしようという気持ちは微塵も湧いてこない。

 だって自分がしたことは、忌み嫌われ、禁じられた行いだ。
 手に入れたからこそ分かる。
 こんなものは、手にすべきではないのだ。
 どれだけ望んだところで、与えるべきものではない。

 その結果がアレ……ハンネスの姿だと言うのであれば、尚更だろう。
 アレは明らかに、人ではなくなってしまっていた。
 いくら力を望んだのだとしても、そんなことまで望んではいなかったはずだ。

 ……エリナが言える事では、ないのかもしれないけれど。

「というか、そもそもあれは六歳児までにやらなければならないことだったはずだけど?」

 これもまた学院の授業で触れた通りだ。
 禁呪であれども、そこには定まった法則というものが存在している。
 むしろ禁呪なればこそ決まりを破ってしまったらどうなるか分からず……エリナは人の姿を保っているのに、ハンネスがそうでなかったのは、多分それが原因だ。

 しかし、父はそのことに対し、何でもないように頷いた。

「そうだな」

「そうだな、って――」

「だが……それはそもそもが、才能は六歳までに決まると言われているからだ。そして問題はそこだ。それは、本当に正しいのか?」

「正しいのかって……それが常識じゃない。何を今更……」

「そう、今更の話ではある。だが、実際お前は感じているはずだ。未だ自分の才が伸び続けていることを、な」

 それは事実ではあった。
 魔法の才能は六歳で決まると言われてはいるが、実際にエリナがそのことを実感したことはないのだ。

 昨日よりも今日、今日よりも明日。
 学び、努力を重ねれば、エリカの力は確実に増していっていた。

「無論それは、ドラゴンの力ゆえと考えることも可能だ。だがそれよりも、こう考えた方が自然だろう。自分達と同じ場所へと至り、並ぶことがないように、十賢者達が作り出した偽りなのではないか、とな」

 それはただの被害妄想だ、と言うことは出来ない。
 事実として、十賢者以降に賢者へと至ったと認められた者はいないからだ。

「……でも、だからって」

「確かに、そうではない可能性もまたある。だからこそ、アレにドラゴンの力を与えてみたのだ。ドラゴンに限らず、他者の力を与えるというのは、器を強化する効果こそあるが、それだけでもある。だが、六歳以降も才能が伸びる可能性があるのならば、器を強化するというのは有意義だ。才能とは、言ってしまえばその器のことなのだからな」

「器が大きくなれば、使える魔法の種類が増え、扱い方も上手くなる。……そして、鍛えて器が大きくなる割合は、その際の器の大きさに関係してくる、ってわけ?」

「そういうことだ。密かに研究を続けてきた我が家の成果だな。……だが、それもこれも、全ては賢者へと至るためだ。そのためだけに我が家は、我が領土は存続してきた。そのためならば、何を犠牲にしたところで惜しいはずがない」

 それはずっと言われてきたことであった。

 そしてそれそのものに関しては、エリナは何かを言うつもりはない。
 その資格がない。

 だが。

「……仮に十賢者達が嘘を吐いてたってことが分かってたところで、結局はドラゴンの力を手に入れなくちゃならないじゃない。今まで誰にも気付かれていないってことは、六歳以降も才能が伸びるんだとしても、そうだと気付かない程度しか伸びないってことなんだから。少なくとも大半はそうで、その状況を打破するには、ドラゴンの力を手に入れる必要がある」

「……それがどうしたのか? 言ったはずだ。賢者へと至るためならば、何を犠牲にしようが構わない、と」

「だからこそ、問題なのよ。こんな力を手に入れたところで……きっと、賢者にはなれないから」

「……自ら得た力を、我が家を否定する、と?」

 睨み付けるように見てくる父を、エリナは真っ直ぐに見つめ返す。
 父が何と言おうと、エリナは確信を持っているからだ。

 あいつを見ていて、気付いた。
 さっき、気付いた。

 何故あいつを遠ざけようとしたのか……遠ざかろうとしたのか。
 その理由をエリナは、はっきりと自覚している。
 単純なことであった。

 もう自分がなれない姿を見せつけられているようで、惨めな気分にしかなれないからだ。
 他の事など全てただの言い訳で、本当はそれだけのことだったのである。

 世界は優しくなど出来ておらず、何かを得るには何かを差し出す必要があった。
 ドラゴンの力を手にするためには、大切なものを手放す必要があったのだ。
 それはきっと本当に大切なもので……だから、エリナは賢者に至ることは出来ないのである。

 かといって、この力は捨てようと思っても捨てられるものではない。
 でもだからこそ、これ以上は――

「…………もういい、分かった」

「……そ」

 重く、だがしっかりと頷いてくれた父を見て、エリナはホッと息を吐き出す。
 エリナは既に手遅れだし、色々と問題は残っているけれど、それでもこれでこれ以上悪化してしまうということはないはずだ。
 誰かが犠牲になるということもない。

 あとはきっと、父がどうにかしてくれるはずで――瞬間、腹部に衝撃を感じた。

「……え?」

 反射的に視線を向ければ、自らの腹部を、誰かの腕が貫いていた。
 父であった。

「――なら、その力は俺がもらうとしよう」

「……どう、して」

 状況が理解できず、呆然とした声が口から漏れる。
 そんな自分のことを、父は蔑むような目で見ながら鼻を鳴らした。

「ふんっ……我が娘ながら、相変わらず察しが悪いようだな。だがだからこそこうしてこうなったのだと考えれば、幸いだと言うべきか。俺の考えが分かっていたら、まさか俺の前に無防備に現れまいしな。もっとも、今日は止めるつもりだったのだが……まあ、構わぬか。元々今日はそのつもりだったのだ。結果から言えば、予定通りでしかない」

 父が何を言っているのか分からず、頭は混乱したまま正常な思考が出来ない。
 頭に浮かぶのはどうしてという言葉だけであり……だが、腹部から伝わってくる痛みが、これを現実だと伝えてくる。

 そして、混乱から立ち直ることも出来ないまま、父が腕に力を込めたのが分かった。
 ブチブチと、何かが千切れるような音が耳に届く。

 それはあるいは、本当に聞こえた音ではなかったのかもしれないが……分かったのは、それが致命的だったということだ。
 千切れてはいけないものが千切れてしまった、そんな感覚を覚えながら、全身から力が抜けて行く。

 そうして抵抗する気さえ起きないままに、エリナはそのまま地面へと崩れ落ちるのであった。
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