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元最強賢者、賢者と禁呪についてを学ぶ 前編
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賢者学院の授業は、唐突に一時自習になったり模擬戦が組まれたことなどからも分かる通り、基本的に決まった授業内容というものは存在していない。
一応ある程度のやることというのは決まっているらしいのだが、いつどのようなことをするのか、実際にどうやるのか、ということは担当となった教師に一任されているのだ。
そのことをリーンはオリヴィアから聞いていたので知っていたし、元より周知されていることでもあるらしい。
だから、一時間ほど明日の為の話し合いの時間が取られた後、次は座学だと言われたことに対し、リーンを始めとして誰一人として驚くことはなかったのだが……それはそれとして、リーンは軽い驚きを覚えていた。
「うーむ……頭では分かっているのじゃが、やはり意外じゃのぅ……」
賢者学院に勤める教師は、ありとあらゆる事が出来なくてはならない。
これは最高峰の学院は教える側も相応の能力が要求されるということではあるが、同時に実情に沿ったものでもある。
賢者学院で行われる授業は、そのクラスの担任となった教師が一身に担っているからだ。
つまりは、座学もまたザクリスが行うということであった。
「さて、色々と話さねばならんことはあるが、まずは基本からいこうと思う! お前達にとっては今更のことだろう! だが基礎は大事だ! 基礎があって、初めて応用へと繋がるのだからな! 基礎を蔑ろにすることは出来ない! あるいは、当たり前だからと何も考えずに流してしまっていたり、後から聞いた時に初めて理解出来ることもあるだろう! そういったことのためにも、退屈と思うかもしれないが、しっかりと聞いているように!」
まだ会ってから二時間程度ではあるが、リーンの中でのザクリスの印象はすっかり脳筋のイメージが付いてしまっている。
何でも力で解決するタイプというよりは、何でも勘で解決するタイプの方ではあるが、大差はあるまい。
そんな人物が、教室の前に立ち、座学を行うというのである。
違和感を覚えてしまうのは、ある意味当然のことであろう。
そしてどうやら、大半が似たようなことを考えているらしい。
教室の中には戸惑いに似た空気が漂い、だがザクリスはそれに気付いているのかいないのか、関係ないとばかりに話を進めていく。
「では、最初に話すべきは、やはりこれだろう! この賢者学院の理念についてだ! 無論ここに入った者達全員が関係してくることではあるが、お前達には特に関係してくることだからな! これが何であるのか……そうだな、ハンネス! Aクラス主席として、答えてみろ!」
「――はい。賢者学院の理念とは、冠しているその名の通り、賢者へと至ることを目的としたものです。互いに切磋琢磨し合い、賢者へと至る。設立以来一人も至れた者はいないとされていますけれど、だからこそ最も大切なものだと言えるでしょう」
「うむ、その通りだ! お前達も決して忘れるなよ!?」
緑髪の少年の答えに、ザクリスは満足気に頷いた。
だが生徒側から特に反応がないのは、知っていて当然のことだからに違いない。
リーンも知っていることであるし、特にAクラスというのはその理念に最も近いと見込まれた者達なのだ。
それこそ今更だろう。
リーンにとっては、少し異なる感想を抱く言葉ではあるが。
賢者。
学院の名でもあり、既に幾度か耳にしている言葉でもあるが、改めて言うまでもなくリーンにとっては馴染み深いものだ。
かつて自身が呼ばれていたものであり、しかしあれから千年経った今、その言葉は別の意味で用いられている。
「それでは、そもそもその賢者とは、一体どんなものだ!? ユリア、分かっているだろうな!?」
「勿論です。賢者とは、称号であり、私達が至るべき到達点でもあります。魔導士の中の魔導士であり、魔導士の頂点に立つ者へと与えられる称号。ただし、現時点でそこへと辿り着けたのは十一名のみ。私達の扱っている魔法――現代魔法の祖である十賢者と、その師である大賢者のみとされています」
「その通りだ! 賢者の意味だけではなく、次に話そうと思っていた十賢者や大賢者にまで触れるとは、さすがだな!」
称号であったのも、魔導士の中の魔導士であったことを意味するのも、かつてと変わっていないといえばいないのかもしれない。
少なくともリーンは自分がそうであるという自負は持っていたし、だからこそ賢者などと呼ばれていたのだ。
しかし最大の違いは、新しくそう呼ばれる者がこの千年の間一人も誕生していない、ということだろう。
要するに、決して届かない頂というか、偶像のような扱いとされているのだ。
無論この学院の理念にもあるように、目指している者はいるのだが、至れていない以上は意味があるまい。
口さがない者からは、十賢者の権威を保証するためのものでしかない、などと言われる事もある。
まあ、実際事実としてはそうなってしまっているのだから、仕方がなくはあるのだろうが。
十賢者という存在も、かつての違いと言えば違いか。
少なくとも千年前は、賢者などと呼ばれていたのはリーン一人だけだったはずだ。
ただ、時期を考えると、リーンが転生した直後にその十賢者というのは現れているようなので、きっと当時から自分と同等か、それ以上の魔導士が存在していたのだろう。
世間の目から完全に隠れていたために気付かれなかったというだけで、リーンですら気付かなかったということがその実力の証左とも言える。
しかもさらにその上に、大賢者などというものがいたというのだ。
そういったことを考えると、正直なところ、自分がかつて賢者と呼ばれていたとか、魔導士の頂点であった自負を持っていたとか、そんなことは井の中の蛙でしかなく、恥ずかしくすら思うものであった。
「……ま、考えてみたら当然のことではあるのじゃよな」
当時は魔法の全てを知った気になっていたが、転生を決意することになった魔法を始め、きっと知らないことなどまだまだ沢山あったのだろう。
実際千年経ったら、まったく知らない魔法が世界には広まっていたのだ。
あの時思っていたのとは少し違うことになっていたが、自分の矮小さを知ったという意味では違いはない。
前世と同様、あるいはそれ以上に楽しく過ごす事が出来そうだということも、だ。
「――その通りだ! よく引っかからないで答えられたな、アウロラ!」
「はいであります! 光栄であります!」
と、少し思考が脇道に逸れていた間に、話はさらに先へと進んでいたようだ。
ただし耳には入っていた上、意味のない話だったので問題はないだろう。
意味がないというのはそのままの意味だ。
今話していたのは十賢者と大賢者の詳細についてだったのだが、これは文字通りの意味で無意味な話なのである。
何故ならば、詳細も何も、詳しいことは何も分かっていないからだ。
これは十賢者の意向らしく、魔導士らしいと思う。
ただ、元々分かっていること自体が少なくもあるのだそうだ。
彼らが初めて表舞台に上がったのは千年前のことであり、当時から凄まじい魔導士であったため、情報を得る機会がほとんどなかったのだそうだ。
ある程度の地位にいる者は多少知る機会もあるらしいが、リーンが知っているのは、今は十賢者のほとんどが失われてしまっており、一人か二人程度しか残っていないなどと言われているということぐらいか。
本当にまったく情報が得られないのであり、オリヴィアあたりならば何か知っていると思うのだが、何故かこの辺の話題になると妙に口が重くなるのだ。
無理に聞き出すようなことでもないため、敢えて聞くこともなかったのだが、賢者学院にいれば多少は知る機会もあるのだろうか。
とはいえ、知る事が出来ても十賢者のことだけで、大賢者に関しては無理なのだろうが。
十賢者に関しては隠されているだけだが、大賢者に関してはそもそも知られていないからである。
十賢者が大賢者という存在がいると言ったことだけが確かなことであり、名前が分からないどころか十賢者以外は姿すらも見た事がないらしい。
その口ぶりからすると、当時の時点で死んでしまっていた可能性もあるとのことだが……まあ何にせよ、今のところは新しい情報を得るのは無理なようである。
そんなことを考えていると、賢者の話題は終わり、魔法の話題へと移っていた。
「では、そろそろ次へいくぞ! 次は魔法だ! 賢者と言えば魔導士、魔導士と言えば魔法だからな! そして魔法と言えばやはり古代魔法と現代魔法だろう! この二つの違いは一体何だ!? エリナ!」
「そうね……幾つかあるけど、一番に来るのはやっぱり魔法への扱いかしらね。古代魔法は、危険なものであり、一部の者だけが使える、忌避されるべきものだった。けれど現代魔法は安全で、誰にでも使え、なくてはならないものだわ」
「そうだな! その結果魔導士の扱いも変わった! 我々の生活も変わり、豊かに便利になったのだから、まさに十賢者様様といったところだな!」
「ただ、全てが全て現代魔法の方が優れていた、というわけではないとも聞くわね。転移など古代魔法でしか出来なかったものもあると聞くし、あとは古代魔法は属性や適正に縛られなかったとも聞くわ」
「うむ、その通りだが、それに関しては別の者に答えてもらうとしよう! リーン! 現代魔法における属性と適正の関係性とは!?」
「ふむ……現代魔法において、属性と適正は密接な関係にあるものじゃな。というか、基本的には適正のある属性しか使えぬのじゃ。属性は火・水・風・土の四つが存在しており、適正もまた同様。適正とは魔力の属性であり、それは魔力の色でもあるため、主に髪の色によって判別が可能だと言われておるの。即ち、赤・青・緑・黄で、その濃薄度合いによって適正の強さもまた変わるのじゃ。また、例外として複数の属性を持つこともあるのじゃが、これは本当に稀じゃの。中でも黒と白の髪を持つ者は稀も稀で、双方共百年に一度現れるか否かといったところじゃ」
「う、うむ……随分先まで答えられてしまったが、内容はその通りだ! よろしい!」
若干ザクリスが戸惑った風だったのは、髪の色に関しては他の者に答えさせるつもりだったのかもしれない。
まあリーンは気にしていないどころか肯定的に捉えているので、気を使う必要はないのだが、言ったところで理解されるかは怪しいところであるし、敢えて触れる必要もないだろう。
それにしても、自分で言っておきながら何だが、本当にこれでいいのかとは思わなくもない。
適正と髪の色の話だ。
昔はそんなこと言われていなかったし、現代で知ったことの一つであった。
正直若干眉唾だとは思うのだが、定説になっているということは、少なくともそう言われるだけの相関関係があるということだ。
ということは、昔からそうではあったものの、気にする事がなかったというだけなのかもしれない。
エリナも言ったように、古代魔法は適正によって使用可能な魔法の属性が縛られるなどということはなかったのだから、可能性がなくはないだろう。
古代魔法にも属性自体はあったが、それは魔法の特性を示すためのものでしかなく、もっと言うならば、魔法同士の関係性に関係してくるものであった。
たとえば、火と水は反発するが、火と風は相克させることが可能、などだ。
その性質を組み合わせることによって多種多様な魔法を作り出す事が可能だったのである。
ついでに言うならば、古代魔法の属性は四つではなく七つだ。
火・水・風・土に加えて光と闇、それに無がある。
ただ、なくなった三つの属性の魔法は失われたわけではなく、統廃合が行われたようだ。
古代魔法では光属性だった雷が、現代魔法では風属性になっている、といったようにである。
そういったことを考えると……現代魔法は、より単純に、使いやすく、といった考え方を元に作られたのかもしれない。
新しい魔法体系を作り出す、などという大偉業を成し遂げたのだ。
果たしてどんなことを考えていたかなど気になることは多いが……さて、こちらに関してはそのうち知ることの出来る機会は訪れるのだろうか。
そんなことを考えている間にも、授業は進められていく。
そしてふとした瞬間に気付いたのだが、いつの間にかザクリスに対する違和感や戸惑いはなくなっていた。
教室からもそうした雰囲気はなくなっていたので、完全に馴染んだようだ。
その理由は、ザクリスの授業が思ったよりも分かり易い、ということもそうだが、あの次々と誰かを指名し答えさせる、ということも一役買っているのかもしれない。
しかも、このやり方にはもう一つ利点というか、効果がある。
名前を呼ばれたらその者が答えるということは……当然だが、その者の名前が分かるということだ。
結局されていない自己紹介の代わりとなっているのである。
緑髪の少年がハンネスという名であることは、こんなことでもなければしばらくは知らないままであったかもしれない。
もっとも、大半の者達の名は名指しをされても覚えていないままではあるのだが。
とはいえ、これはリーンが相手に興味がないというよりは、単純に関わりがないためだ。
まだ学院は始まったばかりではあるし、大半は憎悪や嫌悪交じりの嘲笑を向けてくるか、敢えて距離を離そうとしている者達ばかりなのである。
ハンネスだけは中心的存在であり、特に強烈であったために覚えられたが、他を覚えるのは時間がかかりそうだ。
ああ、いや、一人だけ、ザクリスの勢いについていけている無駄と思えるほどに元気な少女がいたので、その少女の名前だけは覚えられるかもしれないが、他は無理だろう。
覚える必要があるのかすらも、今のところは疑問ではあるが。
ともあれ、そんな効果のあった名指しではあるが……正直なところ狙ってやっているようにも見えなかった。
が、これに関しては、リーンの抱いたイメージが正しいということなのかもしれない。
そういったこともまた、勘でやっている、というわけだ。
その通りであるというのならば、ある意味恐ろしいものだが……まあ、しっかり授業を行えるのであれば、何でも構うまい。
そんなことを考えながら、リーンは引き続きザクリスの話へと耳を傾けた。
一応ある程度のやることというのは決まっているらしいのだが、いつどのようなことをするのか、実際にどうやるのか、ということは担当となった教師に一任されているのだ。
そのことをリーンはオリヴィアから聞いていたので知っていたし、元より周知されていることでもあるらしい。
だから、一時間ほど明日の為の話し合いの時間が取られた後、次は座学だと言われたことに対し、リーンを始めとして誰一人として驚くことはなかったのだが……それはそれとして、リーンは軽い驚きを覚えていた。
「うーむ……頭では分かっているのじゃが、やはり意外じゃのぅ……」
賢者学院に勤める教師は、ありとあらゆる事が出来なくてはならない。
これは最高峰の学院は教える側も相応の能力が要求されるということではあるが、同時に実情に沿ったものでもある。
賢者学院で行われる授業は、そのクラスの担任となった教師が一身に担っているからだ。
つまりは、座学もまたザクリスが行うということであった。
「さて、色々と話さねばならんことはあるが、まずは基本からいこうと思う! お前達にとっては今更のことだろう! だが基礎は大事だ! 基礎があって、初めて応用へと繋がるのだからな! 基礎を蔑ろにすることは出来ない! あるいは、当たり前だからと何も考えずに流してしまっていたり、後から聞いた時に初めて理解出来ることもあるだろう! そういったことのためにも、退屈と思うかもしれないが、しっかりと聞いているように!」
まだ会ってから二時間程度ではあるが、リーンの中でのザクリスの印象はすっかり脳筋のイメージが付いてしまっている。
何でも力で解決するタイプというよりは、何でも勘で解決するタイプの方ではあるが、大差はあるまい。
そんな人物が、教室の前に立ち、座学を行うというのである。
違和感を覚えてしまうのは、ある意味当然のことであろう。
そしてどうやら、大半が似たようなことを考えているらしい。
教室の中には戸惑いに似た空気が漂い、だがザクリスはそれに気付いているのかいないのか、関係ないとばかりに話を進めていく。
「では、最初に話すべきは、やはりこれだろう! この賢者学院の理念についてだ! 無論ここに入った者達全員が関係してくることではあるが、お前達には特に関係してくることだからな! これが何であるのか……そうだな、ハンネス! Aクラス主席として、答えてみろ!」
「――はい。賢者学院の理念とは、冠しているその名の通り、賢者へと至ることを目的としたものです。互いに切磋琢磨し合い、賢者へと至る。設立以来一人も至れた者はいないとされていますけれど、だからこそ最も大切なものだと言えるでしょう」
「うむ、その通りだ! お前達も決して忘れるなよ!?」
緑髪の少年の答えに、ザクリスは満足気に頷いた。
だが生徒側から特に反応がないのは、知っていて当然のことだからに違いない。
リーンも知っていることであるし、特にAクラスというのはその理念に最も近いと見込まれた者達なのだ。
それこそ今更だろう。
リーンにとっては、少し異なる感想を抱く言葉ではあるが。
賢者。
学院の名でもあり、既に幾度か耳にしている言葉でもあるが、改めて言うまでもなくリーンにとっては馴染み深いものだ。
かつて自身が呼ばれていたものであり、しかしあれから千年経った今、その言葉は別の意味で用いられている。
「それでは、そもそもその賢者とは、一体どんなものだ!? ユリア、分かっているだろうな!?」
「勿論です。賢者とは、称号であり、私達が至るべき到達点でもあります。魔導士の中の魔導士であり、魔導士の頂点に立つ者へと与えられる称号。ただし、現時点でそこへと辿り着けたのは十一名のみ。私達の扱っている魔法――現代魔法の祖である十賢者と、その師である大賢者のみとされています」
「その通りだ! 賢者の意味だけではなく、次に話そうと思っていた十賢者や大賢者にまで触れるとは、さすがだな!」
称号であったのも、魔導士の中の魔導士であったことを意味するのも、かつてと変わっていないといえばいないのかもしれない。
少なくともリーンは自分がそうであるという自負は持っていたし、だからこそ賢者などと呼ばれていたのだ。
しかし最大の違いは、新しくそう呼ばれる者がこの千年の間一人も誕生していない、ということだろう。
要するに、決して届かない頂というか、偶像のような扱いとされているのだ。
無論この学院の理念にもあるように、目指している者はいるのだが、至れていない以上は意味があるまい。
口さがない者からは、十賢者の権威を保証するためのものでしかない、などと言われる事もある。
まあ、実際事実としてはそうなってしまっているのだから、仕方がなくはあるのだろうが。
十賢者という存在も、かつての違いと言えば違いか。
少なくとも千年前は、賢者などと呼ばれていたのはリーン一人だけだったはずだ。
ただ、時期を考えると、リーンが転生した直後にその十賢者というのは現れているようなので、きっと当時から自分と同等か、それ以上の魔導士が存在していたのだろう。
世間の目から完全に隠れていたために気付かれなかったというだけで、リーンですら気付かなかったということがその実力の証左とも言える。
しかもさらにその上に、大賢者などというものがいたというのだ。
そういったことを考えると、正直なところ、自分がかつて賢者と呼ばれていたとか、魔導士の頂点であった自負を持っていたとか、そんなことは井の中の蛙でしかなく、恥ずかしくすら思うものであった。
「……ま、考えてみたら当然のことではあるのじゃよな」
当時は魔法の全てを知った気になっていたが、転生を決意することになった魔法を始め、きっと知らないことなどまだまだ沢山あったのだろう。
実際千年経ったら、まったく知らない魔法が世界には広まっていたのだ。
あの時思っていたのとは少し違うことになっていたが、自分の矮小さを知ったという意味では違いはない。
前世と同様、あるいはそれ以上に楽しく過ごす事が出来そうだということも、だ。
「――その通りだ! よく引っかからないで答えられたな、アウロラ!」
「はいであります! 光栄であります!」
と、少し思考が脇道に逸れていた間に、話はさらに先へと進んでいたようだ。
ただし耳には入っていた上、意味のない話だったので問題はないだろう。
意味がないというのはそのままの意味だ。
今話していたのは十賢者と大賢者の詳細についてだったのだが、これは文字通りの意味で無意味な話なのである。
何故ならば、詳細も何も、詳しいことは何も分かっていないからだ。
これは十賢者の意向らしく、魔導士らしいと思う。
ただ、元々分かっていること自体が少なくもあるのだそうだ。
彼らが初めて表舞台に上がったのは千年前のことであり、当時から凄まじい魔導士であったため、情報を得る機会がほとんどなかったのだそうだ。
ある程度の地位にいる者は多少知る機会もあるらしいが、リーンが知っているのは、今は十賢者のほとんどが失われてしまっており、一人か二人程度しか残っていないなどと言われているということぐらいか。
本当にまったく情報が得られないのであり、オリヴィアあたりならば何か知っていると思うのだが、何故かこの辺の話題になると妙に口が重くなるのだ。
無理に聞き出すようなことでもないため、敢えて聞くこともなかったのだが、賢者学院にいれば多少は知る機会もあるのだろうか。
とはいえ、知る事が出来ても十賢者のことだけで、大賢者に関しては無理なのだろうが。
十賢者に関しては隠されているだけだが、大賢者に関してはそもそも知られていないからである。
十賢者が大賢者という存在がいると言ったことだけが確かなことであり、名前が分からないどころか十賢者以外は姿すらも見た事がないらしい。
その口ぶりからすると、当時の時点で死んでしまっていた可能性もあるとのことだが……まあ何にせよ、今のところは新しい情報を得るのは無理なようである。
そんなことを考えていると、賢者の話題は終わり、魔法の話題へと移っていた。
「では、そろそろ次へいくぞ! 次は魔法だ! 賢者と言えば魔導士、魔導士と言えば魔法だからな! そして魔法と言えばやはり古代魔法と現代魔法だろう! この二つの違いは一体何だ!? エリナ!」
「そうね……幾つかあるけど、一番に来るのはやっぱり魔法への扱いかしらね。古代魔法は、危険なものであり、一部の者だけが使える、忌避されるべきものだった。けれど現代魔法は安全で、誰にでも使え、なくてはならないものだわ」
「そうだな! その結果魔導士の扱いも変わった! 我々の生活も変わり、豊かに便利になったのだから、まさに十賢者様様といったところだな!」
「ただ、全てが全て現代魔法の方が優れていた、というわけではないとも聞くわね。転移など古代魔法でしか出来なかったものもあると聞くし、あとは古代魔法は属性や適正に縛られなかったとも聞くわ」
「うむ、その通りだが、それに関しては別の者に答えてもらうとしよう! リーン! 現代魔法における属性と適正の関係性とは!?」
「ふむ……現代魔法において、属性と適正は密接な関係にあるものじゃな。というか、基本的には適正のある属性しか使えぬのじゃ。属性は火・水・風・土の四つが存在しており、適正もまた同様。適正とは魔力の属性であり、それは魔力の色でもあるため、主に髪の色によって判別が可能だと言われておるの。即ち、赤・青・緑・黄で、その濃薄度合いによって適正の強さもまた変わるのじゃ。また、例外として複数の属性を持つこともあるのじゃが、これは本当に稀じゃの。中でも黒と白の髪を持つ者は稀も稀で、双方共百年に一度現れるか否かといったところじゃ」
「う、うむ……随分先まで答えられてしまったが、内容はその通りだ! よろしい!」
若干ザクリスが戸惑った風だったのは、髪の色に関しては他の者に答えさせるつもりだったのかもしれない。
まあリーンは気にしていないどころか肯定的に捉えているので、気を使う必要はないのだが、言ったところで理解されるかは怪しいところであるし、敢えて触れる必要もないだろう。
それにしても、自分で言っておきながら何だが、本当にこれでいいのかとは思わなくもない。
適正と髪の色の話だ。
昔はそんなこと言われていなかったし、現代で知ったことの一つであった。
正直若干眉唾だとは思うのだが、定説になっているということは、少なくともそう言われるだけの相関関係があるということだ。
ということは、昔からそうではあったものの、気にする事がなかったというだけなのかもしれない。
エリナも言ったように、古代魔法は適正によって使用可能な魔法の属性が縛られるなどということはなかったのだから、可能性がなくはないだろう。
古代魔法にも属性自体はあったが、それは魔法の特性を示すためのものでしかなく、もっと言うならば、魔法同士の関係性に関係してくるものであった。
たとえば、火と水は反発するが、火と風は相克させることが可能、などだ。
その性質を組み合わせることによって多種多様な魔法を作り出す事が可能だったのである。
ついでに言うならば、古代魔法の属性は四つではなく七つだ。
火・水・風・土に加えて光と闇、それに無がある。
ただ、なくなった三つの属性の魔法は失われたわけではなく、統廃合が行われたようだ。
古代魔法では光属性だった雷が、現代魔法では風属性になっている、といったようにである。
そういったことを考えると……現代魔法は、より単純に、使いやすく、といった考え方を元に作られたのかもしれない。
新しい魔法体系を作り出す、などという大偉業を成し遂げたのだ。
果たしてどんなことを考えていたかなど気になることは多いが……さて、こちらに関してはそのうち知ることの出来る機会は訪れるのだろうか。
そんなことを考えている間にも、授業は進められていく。
そしてふとした瞬間に気付いたのだが、いつの間にかザクリスに対する違和感や戸惑いはなくなっていた。
教室からもそうした雰囲気はなくなっていたので、完全に馴染んだようだ。
その理由は、ザクリスの授業が思ったよりも分かり易い、ということもそうだが、あの次々と誰かを指名し答えさせる、ということも一役買っているのかもしれない。
しかも、このやり方にはもう一つ利点というか、効果がある。
名前を呼ばれたらその者が答えるということは……当然だが、その者の名前が分かるということだ。
結局されていない自己紹介の代わりとなっているのである。
緑髪の少年がハンネスという名であることは、こんなことでもなければしばらくは知らないままであったかもしれない。
もっとも、大半の者達の名は名指しをされても覚えていないままではあるのだが。
とはいえ、これはリーンが相手に興味がないというよりは、単純に関わりがないためだ。
まだ学院は始まったばかりではあるし、大半は憎悪や嫌悪交じりの嘲笑を向けてくるか、敢えて距離を離そうとしている者達ばかりなのである。
ハンネスだけは中心的存在であり、特に強烈であったために覚えられたが、他を覚えるのは時間がかかりそうだ。
ああ、いや、一人だけ、ザクリスの勢いについていけている無駄と思えるほどに元気な少女がいたので、その少女の名前だけは覚えられるかもしれないが、他は無理だろう。
覚える必要があるのかすらも、今のところは疑問ではあるが。
ともあれ、そんな効果のあった名指しではあるが……正直なところ狙ってやっているようにも見えなかった。
が、これに関しては、リーンの抱いたイメージが正しいということなのかもしれない。
そういったこともまた、勘でやっている、というわけだ。
その通りであるというのならば、ある意味恐ろしいものだが……まあ、しっかり授業を行えるのであれば、何でも構うまい。
そんなことを考えながら、リーンは引き続きザクリスの話へと耳を傾けた。
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