25 / 46
常識外れの欠落者
しおりを挟む
呆然から一転、ざわめきと化した空気の中、自身も呆然から復帰したザクリスは、なるほどと呟いた。
周囲から聞こえてくる声は、馬鹿な、有り得ない、などとであり、そうだろうなと頷く。
今年のFクラスはAクラスと合同にするという話を聞いた時、正直なところザクリスは学院長の正気を疑った。
互いに少人数であり、刺激を与え合うことが出来るだろうから、などと言っていたものの、ザクリスに限らず真面目にその話を受け取っていた者はいなかったように思う。
しかしそれも当然のことだろう。
Fクラスというのは、賢者学院の中でも特に特異な、あるいは異質なクラスだ。
落ちこぼれクラスと呼ばれるのは故あってのことであり、実際Fクラスに所属する者の大半は学院で学ぶつもりのない者ばかりである。
学院は強制ではないとされてはいるものの、色々なしがらみがあってそんなことを言ってられない者も世の中には存在しているのだ。
学ぶ気はなくとも、学院に通い卒業したという事実は必要、というわけである。
だが彼らを隔離しておくのは、むしろ周囲のためであった。
基本的に賢者学院へと来る者は向上心溢れた者ばかりではあるものの、ずっとそうでいられるかと言えばそうではない。
心が折れてしまい挫折してしまうことは、周囲が優秀な者ばかりだからこそ、よくあることなのだ。
ただでさえそんな状況だというのに、自分達の中にやる気など微塵もない者が混ざっていたら、どうなるだろうか。
やる気などないというのに、将来が自分以上に安泰であることが決まっている者がいたら、どう思うか。
無論そういった者は別の面で苦労をしてはいるのだが、見えないということは当人にとって存在していないのと同義だ。
そこで何クソと燃え上がることが出来る者ならば問題はないが、そういった者ならば最初から挫折をすることはないだろう。
そして賢者学院においてさえ、それが出来る生徒は稀である。
無力感を覚えてしまう者の方が多く、そのような者達を守るためにこそFクラスは隔離されているのだ。
そういう意味では、なるほどAクラスと合同にしても問題はあるまい。
Aクラスの者達は魔導士候補であり、実質的な賢者候補だ。
怠け者が多少混ざったところでどうこうなるほど、彼らの持つ才は低くはない。
だが、どれだけの才があろうとも、彼らも人であり、まだ子供なのだ。
Aクラスの中でも格付けが行われることは珍しいことではなく、また他のクラスを見下すようなことも例年よく見られる。
ましてや同じクラスに見下す相手がいたらどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
実際去年はそうなっていたし、その対象となっていた人物が今年はFクラスにいる。
去年と同じ……いや、あるいはそれ以上の光景が繰り広げられるであろうことは、これまた明らかであった。
そもそも今年は、ただでさえ欠落者がいるのだ。
欠落者が学院に通うというだけでも前代未聞なのに、そこに賢者学院始まって以来初となる落第生まで加わってしまったらどうなるか分かったものではない。
しかもその二人は、どちらも公爵家の娘なのだ。
色々な意味で何が起こっても不思議はなく、その時自分が責任を取れるかはまったく自信がなかった。
しかしそんな懸念を口にしたザクリスに学院長が返してきた言葉は、何の問題もない、というものであった。
どころか、どちらかと言えば気にすべきはAクラスの方だとまで言ってきたのだ。
なまじ才能があるからこそ心が折れてしまうかもしれないから、注視しておくように、と。
ただ、そこでザクリスが納得したのは、その懸念もまたザクリスが抱えていたものの一つではあったからだ。
今年Fクラスに在籍することとなった最後の一人――ユリア・ヴェシミエス。
彼女はAクラスの者達を遥かに越える才を持つ、天才であった。
賢者学院の入学試験は、最高と呼ばれるだけの難易度を誇っている。
半分取れれば入学には十分であり、八割以上でAクラス確定、九割以上を取るのは実質的に不可能だと言われていた。
一割の問題は賢者学院で習うものであったり、賢者学院ですら習わないものが含まれているからだ。
主に賢者学院がどういう場所であるのかを教えるための問題でしかなく……だがそんな試験で、ユリアは全科目満点という、賢者学院始まって以来初となる快挙を成し遂げたのである。
そんな彼女が何故Fクラスに配属されることとなったのかと言えば、天才過ぎたからだ。
Aクラスが隔離されているのと同様、Aクラスに入れてしまったら、その圧倒的な才に他の者が潰されてしまうと考えられたからである。
というか、元々Fクラスとは、そういうためのクラスでもあるのだ。
Aクラスの隔離基準は才能だが、Fクラスの隔離基準は、その者に対して学院側が何かをする必要があるか、出来ることがあるか、というものなのである。
学院側が何も教えられることはないが、それでも事情があって学院に入る必要がある、という者が隔離される先もFクラスだということだ。
もっとも、そういった取り決めが存在していたというだけで、実際に適用された者はいなかったのだが……そういったわけで、てっきりユリアのことを指してのことだったと思ったのである。
だが。
「……なるほど! 確かに、こんなものを見てしまえば納得するしかないな!」
――規格外。
あの学院長をしてそう言わしめた少女のことを眺めながら、ザクリスはもう一度なるほどと呟く。
外見上の特長から考えると間違いなく欠落者と呼ばれる存在であるはずなのだが……。
「……いや、学院長曰く、それはそれで正しい、ということだったか!?」
その上で常識に縛られないからこそ、規格外なのだ、と。
「ぬぅ……だが何にせよ、凄まじい威力の魔法だ! いや、というよりも……魔法でこれほどの威力を出せたのだな……!」
勘違いされることも多いが、魔法の真価というものはその汎用性にこそある。
魔導士が戦闘に駆り出されることが多いのも、戦力としてというよりかは一人で様々なことが出来ることを期待されてのことなのだ。
無論魔導士が戦力的に使えないということではないし、攻撃として使える魔法もあるにはある。
しかし、わざわざそのために貴重な魔導士を用いる価値があるかと言えば、そうではないのが大半だ。
戦力が欲しければ騎士の数を増やしたりすればいい話であって、魔導士はそれよりも他に回した方が有用なのである。
だがそれは同時に、攻撃魔法の威力が大したものではないからでもあった。
たとえば、先ほどの二人、エリナとハンネスが使った魔法であるが、あれは二人にとって自分が使える魔法の中で最大の威力を持つものであったはずだ。
しかし実のところ、エリナだけではなくハンネスの使った魔法もまた分類上は下級魔法なのである。
ハンネスの使った魔法の方は下級の中でも上位の方ではあるが、分類上は二つの魔法に違いはないのだ。
だが、攻撃魔法の大半はそもそもが下級魔法である。
一部中級魔法に相当するものもあるにはあるが、そんな魔法を使えるのはそれこそ十賢者ぐらいのものだろう。
新入生であることを考慮せずとも、二人が使った魔法は魔導士でも通用するほどに強力な魔法だったのである。
そしてそんな魔法を遥かに上回るほどの魔法を放つとなれば、規格外だと認めざるを得まい。
しかも、どうやらエリナに対しても何かをやったようだ。
エリナ……元天才少女。
彼女もまた去年史上初として賢者学院にやってきた者ではあり、生徒間で色々と言われているのは知っているが、実際には彼女もまた天才ではあった。
少なくとも去年の時点では、学院が特別扱いをするに相応しいと判断する程度には、彼女は天才だったのだ。
入学試験の結果は、八割程度の得点ではあったものの、十一歳であったことを考えれば十分に過ぎるだろう。
それに学院側が彼女を天才だと判断したのは、学力というよりは魔法の腕に対してのものだ。
全教科満点を取ったのはユリアが初であるが、実技試験で満点を取ったのは、エリナが初であったのだから。
しかし、そうして学院へと入ったエリナは、すぐに出来損ないの烙印を押されることになる。
学院が、全教師があれほど認めた魔法が、まったく使えなくなっていたからだ。
その原因は不明であり、どれだけ調査をしても手がかり一つ見つけることは出来なかった。
その結果、不本意ではあるが、噂として流れていたように、何らかの手を使って騙したのではないかとするしかなかったのだ。
彼女にそんなことをする利点は何一つとして存在していなかったにもかかわらず、である。
賢者学院は、魔法を使えることを前提とした、賢者の素質を持った者を見い出し、育成するための学び舎だ。
そのためには魔法を使えるのは必須で、だから本来ならば彼女は即座に退学処分となるはずだった。
そうならなかったのは、彼女が公爵家の人間であり、賢者学院を卒業する必要があったからだ。
だがクラスが変更されるのは年に一度のみと決められていたため、彼女はAクラスのままで一年を過ごし、本人の希望もあり今年は留年してFクラスとなった。
かと思えば、唐突に再び魔法が使えるようになったのだから、本当にもう何がなんやらといったところだ。
「確かに、上手くいけば彼女のことも解決するかもしれない、などと言ってはいたが……さすがは学院長といったところか……!」
そしてそれ以上に凄いのは、実際にそれを成したあの白髪の少女だ。
リーン・アメティスティ。
入学試験を受けていたら、ユリアですら霞むことになっていたかもしれない、などと学院長は冗談交じりに言っていたものだが……もしかしたらあれは冗談ではなかったのかもしれないと、今更になって思う。
少なくともリーンが今使った魔法が入学試験で使われていたら、満点どころか満点以上の点数が出ていてもおかしくはなかった。
単純な魔法の威力もそうだが、学院の訓練場の壁は反魔法の結界が張られている。
魔法では傷一つ付かないはずで、しかし現実はご覧の有様だ。
この有り得ざる光景に衝撃を受けないものはいないだろう。
ふと、ザクリスは学院長が言っていた言葉を思い出す。
彼女は欠落者で間違いないが……最も欠けているものを一つあげるとすれば、それは常識的な判断力かもしれない、と。
常識を知らないわけではない。
ただ、知った上で判断基準がおかしいのだ。
不思議そうな顔をして首を傾げている少女を眺めながら、ザクリスは三度なるほどと頷いた。
学院長が直々に推薦したということや、色々と口を出してきたことから、実は賢者の後継者として考えているのではないか、などという笑い交じりの噂話ともなっていたが……あるいは的を射ていたのかもしれない。
もしくは何か別の理由があるのかもしれないが、何にせよ特別であることに違いはないようだ。
「そしてこれは確かに、刺激を与えることは出来るだろうな……劇薬すぎるような気もするが!」
ただ、Aクラスの側はともかく、Fクラスの側は刺激を受けることがないような気もするが……ここまで言っていたことが正しかったことを考えれば、きっとそっちもまだザクリスが理解出来ていないだけで、正しいのだろう。
とはいえ今気にすべきなのは、やはり劇薬になりすぎるのではないかという懸念の方か。
そちらも学院長に考えがあるのだろう、と言いたいところだが――
「……頑張れと、心底困ったような顔で言われた気がするな!」
つまり、頑張ってあの少女の手綱を握れ、ということなのだろうか。
加えて天才少女と、復帰した元天才少女までいる中で。
「……ま、頑張るしかないのだろうがな!」
学院長がああいっていたということは、きっとリーンは学業の方も優秀なのだろうが、そこも含めて何とかするしかあるまい。
合同ではあるが、基本Fクラスは主に自習なので、授業はAクラス基準で進んでいくことになる。
元より学業そのものは優秀であったエリナと、教えることはないと判断されたユリアのことを心配してはいなかったが、今となっては逆の心配をする必要がありそうだ。
学業の方でも同じようなことが起こってしまったら……さて、これは確かに、Aクラスの者達を注視する必要がありそうである。
だがこれを乗り越えることが出来れば、間違いなくAクラスの者達は今までにない以上に成長出来るに違いない。
問題はそれ以上に潰れてしまう可能性があることだが、そこを手助けしてこその教師だろう。
賢者学院は基本自主性を重んじているため、何か問題が生じない限りは出来るだけ教師は手助けしないこととなっている。
エリナ達が色々と言われていようとも口を出すことがなかったのもそのためで、また彼女達ならば問題ないだろうと思ったからでもあった。
半ば以上勘によるものなので、エリナがこうして留年した上でFクラスとなってしまった時には間違っていたのかもしれないと思ったものだが……結果的に見れば、正しかったということになる。
無論結果がよければそれでいいというわけではないが、とりあえずは今まで通りでいくべきだろう。
変に変わったことをしようとしたところで、上手くいくとは限らないのだから。
まあ、教師とは言っても、まだザクリスは十年程度しか勤めていない若造である。
そんな人物に大事な第一学年のAクラスを二年連続で担当させるなど無茶だとは思うが……それだけ学院長に買ってもらえているのだと考えれば、やるしかあるまい。
毎年のことと言えば毎年のことではあるが、今年は特に色々な人物が集まっている。
その中をどうするかこそが自分の腕の見せ所であり……また、生徒を導くことこそが教師の役割だ。
ならば何とかしてみせようと、そう思いながら、ザクリスは未だに不思議そうにしている白髪の少女を眺め、気合を入れ直すように一つ息を吐き出すのであった。
周囲から聞こえてくる声は、馬鹿な、有り得ない、などとであり、そうだろうなと頷く。
今年のFクラスはAクラスと合同にするという話を聞いた時、正直なところザクリスは学院長の正気を疑った。
互いに少人数であり、刺激を与え合うことが出来るだろうから、などと言っていたものの、ザクリスに限らず真面目にその話を受け取っていた者はいなかったように思う。
しかしそれも当然のことだろう。
Fクラスというのは、賢者学院の中でも特に特異な、あるいは異質なクラスだ。
落ちこぼれクラスと呼ばれるのは故あってのことであり、実際Fクラスに所属する者の大半は学院で学ぶつもりのない者ばかりである。
学院は強制ではないとされてはいるものの、色々なしがらみがあってそんなことを言ってられない者も世の中には存在しているのだ。
学ぶ気はなくとも、学院に通い卒業したという事実は必要、というわけである。
だが彼らを隔離しておくのは、むしろ周囲のためであった。
基本的に賢者学院へと来る者は向上心溢れた者ばかりではあるものの、ずっとそうでいられるかと言えばそうではない。
心が折れてしまい挫折してしまうことは、周囲が優秀な者ばかりだからこそ、よくあることなのだ。
ただでさえそんな状況だというのに、自分達の中にやる気など微塵もない者が混ざっていたら、どうなるだろうか。
やる気などないというのに、将来が自分以上に安泰であることが決まっている者がいたら、どう思うか。
無論そういった者は別の面で苦労をしてはいるのだが、見えないということは当人にとって存在していないのと同義だ。
そこで何クソと燃え上がることが出来る者ならば問題はないが、そういった者ならば最初から挫折をすることはないだろう。
そして賢者学院においてさえ、それが出来る生徒は稀である。
無力感を覚えてしまう者の方が多く、そのような者達を守るためにこそFクラスは隔離されているのだ。
そういう意味では、なるほどAクラスと合同にしても問題はあるまい。
Aクラスの者達は魔導士候補であり、実質的な賢者候補だ。
怠け者が多少混ざったところでどうこうなるほど、彼らの持つ才は低くはない。
だが、どれだけの才があろうとも、彼らも人であり、まだ子供なのだ。
Aクラスの中でも格付けが行われることは珍しいことではなく、また他のクラスを見下すようなことも例年よく見られる。
ましてや同じクラスに見下す相手がいたらどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
実際去年はそうなっていたし、その対象となっていた人物が今年はFクラスにいる。
去年と同じ……いや、あるいはそれ以上の光景が繰り広げられるであろうことは、これまた明らかであった。
そもそも今年は、ただでさえ欠落者がいるのだ。
欠落者が学院に通うというだけでも前代未聞なのに、そこに賢者学院始まって以来初となる落第生まで加わってしまったらどうなるか分かったものではない。
しかもその二人は、どちらも公爵家の娘なのだ。
色々な意味で何が起こっても不思議はなく、その時自分が責任を取れるかはまったく自信がなかった。
しかしそんな懸念を口にしたザクリスに学院長が返してきた言葉は、何の問題もない、というものであった。
どころか、どちらかと言えば気にすべきはAクラスの方だとまで言ってきたのだ。
なまじ才能があるからこそ心が折れてしまうかもしれないから、注視しておくように、と。
ただ、そこでザクリスが納得したのは、その懸念もまたザクリスが抱えていたものの一つではあったからだ。
今年Fクラスに在籍することとなった最後の一人――ユリア・ヴェシミエス。
彼女はAクラスの者達を遥かに越える才を持つ、天才であった。
賢者学院の入学試験は、最高と呼ばれるだけの難易度を誇っている。
半分取れれば入学には十分であり、八割以上でAクラス確定、九割以上を取るのは実質的に不可能だと言われていた。
一割の問題は賢者学院で習うものであったり、賢者学院ですら習わないものが含まれているからだ。
主に賢者学院がどういう場所であるのかを教えるための問題でしかなく……だがそんな試験で、ユリアは全科目満点という、賢者学院始まって以来初となる快挙を成し遂げたのである。
そんな彼女が何故Fクラスに配属されることとなったのかと言えば、天才過ぎたからだ。
Aクラスが隔離されているのと同様、Aクラスに入れてしまったら、その圧倒的な才に他の者が潰されてしまうと考えられたからである。
というか、元々Fクラスとは、そういうためのクラスでもあるのだ。
Aクラスの隔離基準は才能だが、Fクラスの隔離基準は、その者に対して学院側が何かをする必要があるか、出来ることがあるか、というものなのである。
学院側が何も教えられることはないが、それでも事情があって学院に入る必要がある、という者が隔離される先もFクラスだということだ。
もっとも、そういった取り決めが存在していたというだけで、実際に適用された者はいなかったのだが……そういったわけで、てっきりユリアのことを指してのことだったと思ったのである。
だが。
「……なるほど! 確かに、こんなものを見てしまえば納得するしかないな!」
――規格外。
あの学院長をしてそう言わしめた少女のことを眺めながら、ザクリスはもう一度なるほどと呟く。
外見上の特長から考えると間違いなく欠落者と呼ばれる存在であるはずなのだが……。
「……いや、学院長曰く、それはそれで正しい、ということだったか!?」
その上で常識に縛られないからこそ、規格外なのだ、と。
「ぬぅ……だが何にせよ、凄まじい威力の魔法だ! いや、というよりも……魔法でこれほどの威力を出せたのだな……!」
勘違いされることも多いが、魔法の真価というものはその汎用性にこそある。
魔導士が戦闘に駆り出されることが多いのも、戦力としてというよりかは一人で様々なことが出来ることを期待されてのことなのだ。
無論魔導士が戦力的に使えないということではないし、攻撃として使える魔法もあるにはある。
しかし、わざわざそのために貴重な魔導士を用いる価値があるかと言えば、そうではないのが大半だ。
戦力が欲しければ騎士の数を増やしたりすればいい話であって、魔導士はそれよりも他に回した方が有用なのである。
だがそれは同時に、攻撃魔法の威力が大したものではないからでもあった。
たとえば、先ほどの二人、エリナとハンネスが使った魔法であるが、あれは二人にとって自分が使える魔法の中で最大の威力を持つものであったはずだ。
しかし実のところ、エリナだけではなくハンネスの使った魔法もまた分類上は下級魔法なのである。
ハンネスの使った魔法の方は下級の中でも上位の方ではあるが、分類上は二つの魔法に違いはないのだ。
だが、攻撃魔法の大半はそもそもが下級魔法である。
一部中級魔法に相当するものもあるにはあるが、そんな魔法を使えるのはそれこそ十賢者ぐらいのものだろう。
新入生であることを考慮せずとも、二人が使った魔法は魔導士でも通用するほどに強力な魔法だったのである。
そしてそんな魔法を遥かに上回るほどの魔法を放つとなれば、規格外だと認めざるを得まい。
しかも、どうやらエリナに対しても何かをやったようだ。
エリナ……元天才少女。
彼女もまた去年史上初として賢者学院にやってきた者ではあり、生徒間で色々と言われているのは知っているが、実際には彼女もまた天才ではあった。
少なくとも去年の時点では、学院が特別扱いをするに相応しいと判断する程度には、彼女は天才だったのだ。
入学試験の結果は、八割程度の得点ではあったものの、十一歳であったことを考えれば十分に過ぎるだろう。
それに学院側が彼女を天才だと判断したのは、学力というよりは魔法の腕に対してのものだ。
全教科満点を取ったのはユリアが初であるが、実技試験で満点を取ったのは、エリナが初であったのだから。
しかし、そうして学院へと入ったエリナは、すぐに出来損ないの烙印を押されることになる。
学院が、全教師があれほど認めた魔法が、まったく使えなくなっていたからだ。
その原因は不明であり、どれだけ調査をしても手がかり一つ見つけることは出来なかった。
その結果、不本意ではあるが、噂として流れていたように、何らかの手を使って騙したのではないかとするしかなかったのだ。
彼女にそんなことをする利点は何一つとして存在していなかったにもかかわらず、である。
賢者学院は、魔法を使えることを前提とした、賢者の素質を持った者を見い出し、育成するための学び舎だ。
そのためには魔法を使えるのは必須で、だから本来ならば彼女は即座に退学処分となるはずだった。
そうならなかったのは、彼女が公爵家の人間であり、賢者学院を卒業する必要があったからだ。
だがクラスが変更されるのは年に一度のみと決められていたため、彼女はAクラスのままで一年を過ごし、本人の希望もあり今年は留年してFクラスとなった。
かと思えば、唐突に再び魔法が使えるようになったのだから、本当にもう何がなんやらといったところだ。
「確かに、上手くいけば彼女のことも解決するかもしれない、などと言ってはいたが……さすがは学院長といったところか……!」
そしてそれ以上に凄いのは、実際にそれを成したあの白髪の少女だ。
リーン・アメティスティ。
入学試験を受けていたら、ユリアですら霞むことになっていたかもしれない、などと学院長は冗談交じりに言っていたものだが……もしかしたらあれは冗談ではなかったのかもしれないと、今更になって思う。
少なくともリーンが今使った魔法が入学試験で使われていたら、満点どころか満点以上の点数が出ていてもおかしくはなかった。
単純な魔法の威力もそうだが、学院の訓練場の壁は反魔法の結界が張られている。
魔法では傷一つ付かないはずで、しかし現実はご覧の有様だ。
この有り得ざる光景に衝撃を受けないものはいないだろう。
ふと、ザクリスは学院長が言っていた言葉を思い出す。
彼女は欠落者で間違いないが……最も欠けているものを一つあげるとすれば、それは常識的な判断力かもしれない、と。
常識を知らないわけではない。
ただ、知った上で判断基準がおかしいのだ。
不思議そうな顔をして首を傾げている少女を眺めながら、ザクリスは三度なるほどと頷いた。
学院長が直々に推薦したということや、色々と口を出してきたことから、実は賢者の後継者として考えているのではないか、などという笑い交じりの噂話ともなっていたが……あるいは的を射ていたのかもしれない。
もしくは何か別の理由があるのかもしれないが、何にせよ特別であることに違いはないようだ。
「そしてこれは確かに、刺激を与えることは出来るだろうな……劇薬すぎるような気もするが!」
ただ、Aクラスの側はともかく、Fクラスの側は刺激を受けることがないような気もするが……ここまで言っていたことが正しかったことを考えれば、きっとそっちもまだザクリスが理解出来ていないだけで、正しいのだろう。
とはいえ今気にすべきなのは、やはり劇薬になりすぎるのではないかという懸念の方か。
そちらも学院長に考えがあるのだろう、と言いたいところだが――
「……頑張れと、心底困ったような顔で言われた気がするな!」
つまり、頑張ってあの少女の手綱を握れ、ということなのだろうか。
加えて天才少女と、復帰した元天才少女までいる中で。
「……ま、頑張るしかないのだろうがな!」
学院長がああいっていたということは、きっとリーンは学業の方も優秀なのだろうが、そこも含めて何とかするしかあるまい。
合同ではあるが、基本Fクラスは主に自習なので、授業はAクラス基準で進んでいくことになる。
元より学業そのものは優秀であったエリナと、教えることはないと判断されたユリアのことを心配してはいなかったが、今となっては逆の心配をする必要がありそうだ。
学業の方でも同じようなことが起こってしまったら……さて、これは確かに、Aクラスの者達を注視する必要がありそうである。
だがこれを乗り越えることが出来れば、間違いなくAクラスの者達は今までにない以上に成長出来るに違いない。
問題はそれ以上に潰れてしまう可能性があることだが、そこを手助けしてこその教師だろう。
賢者学院は基本自主性を重んじているため、何か問題が生じない限りは出来るだけ教師は手助けしないこととなっている。
エリナ達が色々と言われていようとも口を出すことがなかったのもそのためで、また彼女達ならば問題ないだろうと思ったからでもあった。
半ば以上勘によるものなので、エリナがこうして留年した上でFクラスとなってしまった時には間違っていたのかもしれないと思ったものだが……結果的に見れば、正しかったということになる。
無論結果がよければそれでいいというわけではないが、とりあえずは今まで通りでいくべきだろう。
変に変わったことをしようとしたところで、上手くいくとは限らないのだから。
まあ、教師とは言っても、まだザクリスは十年程度しか勤めていない若造である。
そんな人物に大事な第一学年のAクラスを二年連続で担当させるなど無茶だとは思うが……それだけ学院長に買ってもらえているのだと考えれば、やるしかあるまい。
毎年のことと言えば毎年のことではあるが、今年は特に色々な人物が集まっている。
その中をどうするかこそが自分の腕の見せ所であり……また、生徒を導くことこそが教師の役割だ。
ならば何とかしてみせようと、そう思いながら、ザクリスは未だに不思議そうにしている白髪の少女を眺め、気合を入れ直すように一つ息を吐き出すのであった。
3
お気に入りに追加
3,445
あなたにおすすめの小説
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
チートな転生幼女の無双生活 ~そこまで言うなら無双してあげようじゃないか~
ふゆ
ファンタジー
私は死んだ。
はずだったんだけど、
「君は時空の帯から落ちてしまったんだ」
神様たちのミスでみんなと同じような輪廻転生ができなくなり、特別に記憶を持ったまま転生させてもらえることになった私、シエル。
なんと幼女になっちゃいました。
まだ転生もしないうちに神様と友達になるし、転生直後から神獣が付いたりと、チート万歳!
エーレスと呼ばれるこの世界で、シエルはどう生きるのか?
*不定期更新になります
*誤字脱字、ストーリー案があればぜひコメントしてください!
*ところどころほのぼのしてます( ^ω^ )
*小説家になろう様にも投稿させていただいています
異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜
トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦
ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが
突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして
子供の身代わりに車にはねられてしまう
ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない
兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。
チート転生~チートって本当にあるものですね~
水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!!
そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。
亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。
異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)
ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。
流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定!
剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。
せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!?
オマケに最後の最後にまたもや神様がミス!
世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に
なっちゃって!?
規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。
……路上生活、そろそろやめたいと思います。
異世界転生わくわくしてたけど
ちょっとだけ神様恨みそう。
脱路上生活!がしたかっただけなのに
なんで無双してるんだ私???
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる