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元最強賢者、今後について考える

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 馬車に揺られながら、リーンは何となく窓の外を眺めていた。
 ドラゴンを倒した後の、帰りの馬車である。
 あれから大して時間は経っておらず、つい先ほど戻ってきた父達が馬車に乗り込んだばかりだ。

 ドラゴンが焼き尽くされたのを確認したリーンは、そのまますぐにこちらへと意識を戻したので、あの後どうなったのかは分からなかったのだが、どうやら無事にオリヴィアと父達は合流できたらしい。
 念のために周囲の半径百キロほどを確認した結果、他にドラゴンどころか魔物の姿すらも見かけなかったので、心配はないだろうと思ってはいたが。

 尚、その時オリヴィアから呆れたような目で見られたのだが、千年前ではこの程度常識でしかなかったし、何を今更という感じである。
 とはいえ、話を聞いたところによると、現代魔法では魔導士でも半径一キロ程度の索敵しか出来ないらしく……なるほど確かに、色々と劣化してしまっているようだ。

 ただ、広範囲の索敵が必要な場合は数で補うし、そもそも広範囲の索敵が必要な場面というのが現代ではほぼないらしいので、基本的には問題はないらしい。
 リーンの常識からすれば信じられないことではあるが……まあ、それだけ現代が平和だということなのだろうから、良いことなのではあろう。

 そうしてここまでのことを思い返しながら、しかし、とリーンは思う。
 緊急の案件がなくなったことにより、自然と思考が向かうのは、現代についてだ。
 前世の記憶が思い出せるようになってから、中々考える機会がなかったが、ある意味今はちょうどいいだろう。

 話を聞く限りでは、この馬車を始めとして色々と便利になってもいるようだが、反面不便になったところもあるようである。
 オリヴィアですらあの程度のドラゴンを相手にいいようにやられていた、ということもそうだし、そもそもいくら快適になったところで、馬車に乗らなければならないという時点で不便だ。
 千年前の魔導士の基本的な移動手段は空を飛ぶことであり、今回の道程など往復でも一日あれば余裕だっただろう。
 緊急の場合には転移を使用したし……まあ、転移は下手をするとそのまま時空の彼方に飲み込まれるので、緊急も緊急の場合にしか使われなかったが。

 しかし、オリヴィアによると、転移はおろか空を飛ぶことすら現代魔法ではほぼ不可能らしい。
 大型の魔導具を用い、数人の魔導士が力を合わせることで空を飛ぶことを可能とした飛行船などはあるらしいが、それが精一杯だそうだ。
 個人で空を飛ぶことには、未だ誰も成功していないらしい。

 総合的に考えると、千年前と比べれば現代は全体的に底上げがされているが、上限は逆に低くなったといったところか。
 そのことが良いことなのかはまだ判別が付かないが……きっと良いことではあるのだろう。

 古代魔法が現代魔法に移り変わった理由は魔導結界とやらが原因だそうだが、強大な力を持った魔物を封じ込めたり、世界の全てに影響を与えたりと、そこまでの規模のものを個人で発動させることは出来まい。
 となると必然的に当時の魔導士の数名……いや、全員が協力していたところで不思議はないだろう。

 リーンは問題なく使えるのでその実感はないのだが、他の者は古代魔法を使えなくなっているというのだ。
 ということは、千年前の魔導士達は全員が無力化されてしまうということである。

 そんなことを認める者は魔導士どころか見習いにすらいまいし、下手に強行しようとしたら確実に戦争になっただろう。
 規模的に考えて、発動時どころか準備段階の時点で確実に魔導士にはバレるし、魔導士同士が戦争を始めたとなったら世界の半分ぐらいは焦土と化しても不思議はない。

 そういった話を聞かないということは、多分全員が賛成したということのはずだ。
 そして賛成したということは、古代魔法が使えなくなること以上の利点を全員が見い出したということでもある。

 さて、世界がこうなったことで、あの連中に一体どんな利点があったのだろうか、と思い――

「――リーンちゃん? ちゃんとママのお話聞いているのかしらー?」

「……ふむ? 無論しっかり聞いているのじゃぞ?」

 その言葉は嘘ではなかった。
 先ほどから母が自分に話しかけていた言葉の内容は、しっかり耳に届いている。

 ただ、届いた端からそのまま抜けていっていただけだ。

「分かってるの、リーンちゃん? ママもパパもお兄ちゃんも、皆リーンちゃんが倒れたって聞いて心配したんだからねー?」

「うむ、分かっているのじゃ。だからこうして反省しているのじゃろう?」

 端的に言ってしまえば、リーンは母から説教を受けているのであった。

 リーンの魔法の隠蔽はやはり完璧であり、母達に怪しまれることすらなかったのだが……一つだけ盲点があったのだ。
 すっかり忘れていたのだが、馬車の中にはリーン以外おらずとも、御者台には御者がいたのである。

 で、魔法そのものを見られることはなかったものの、シャドウサーヴァントを使用し意識を向こうに移した瞬間、こちらの身体は当然のようにその場に倒れこんだ。
 一応そのことも想定し、転げ落ちるようなことはないよう気を付けはしたのだが、倒れた際の音を聞かれてしまっていたようなのである。

 そうして御者が驚き、声をかけるも、リーンからの反応は当然ない。
 これは下手に動かさない方がいいだろうと判断し、そのまま様子を窺っていたら、やがてリーンが目を覚ました、というわけだ。

 その時に御者には問題ないと伝えたのだが、御者はしっかり自らの務めとして母達に報告をしていたようである。
 その結果としてリーンは説教を受けることとなり、だが反省しているのも本当だ。
 母達が心の底から心配してくれているというのは、伝わってきている。
 それをどうでもいいと言うほど、リーンは外れてはいない。

 次同じようなことがあったら、予め横になっておくべきだろう。
 そうすれば倒れる音は聞かれないはずで、今度こそあらゆる意味で完璧になるはずだ。
 この失敗は次に活かすと、リーンはしっかり反省していた。

 しかし、そうして内心しっかり反省をしたにもかかわらず、母からの説教が止む気配がなかったので、少しばかり現実逃避気味に思考を別の場所へと飛ばしていた、というわけである。

「もー……本当に分かってるの? 確かにリーンちゃんは色々と凄いけど、ママはリーンちゃんのママなのよー? いつだってリーンちゃんのことを心配してるんだからねー?」

「……まあ、そこら辺にしておけ。お前の気持ちは分かるが、言葉は重ねすぎると逆効果にしかならん」

「まあ、そうだね。心配したのは僕も同じだけど、あまりしつこく言いすぎると鬱陶しくなっちゃうだろうし」

「えっ……!? う、鬱陶しく……り、リーンちゃん、だ、大丈夫よねー……? そんなこと思ってないわよねー……? ママのこと、嫌いになってないわよね……!?」

「なってないから、儂の身体を揺するのを止めるのじゃ。不規則に動きすぎて気持ち悪くなってくるのじゃ」

 そんなやり取りを交わしながら、ふと視線に気付くとオリヴィアがこちらのことをジッと見つめていた。
 リーンに見られていることに気付いたのか、数度目を瞬くも、その口元が緩み、目が優しく細められる。
 本当に良い家族だと、そう言っているようであった。

 まったく同感であったので、小さく肩をすくめて返す。

 と。

「そうだ、リーン……お前にこれを渡しておこう」

 そう言って父が懐から取り出したのは、腕輪のようであった。

 どこかで見覚えがあると思ったが、おそらくは兄がつけているものと同じだろう。
 というか、よくよく見てみれば父も同じものをつけており、では母はと思えばやはり同じものをつけていた。

 その腕輪は装飾がほぼない単純なものであり、ただ一つだけ透明な宝石のようなものが埋め込まれている。
 だが、母や父のものはその宝石に色があり、兄と父が赤で、母は青だ。
 そういえばオリヴィアはと思って見てみれば、オリヴィアも同じ腕輪を嵌めており、ただし宝石の色は緑である。

 はて、何かの認識証か何かだろうか、と思って首を傾げれば、兄が少しだけ驚いたような声を上げた。

「それは、魔導士の杖……?」

「ああ。本当は屋敷に戻ってから渡そうと思っていたのだがな……先に渡してしまった方がいいだろう」

「父上……だけど、それは……」

「俺達では、この娘を縛っておくことは出来ない。今回の件で俺はそう感じたが……お前は違うか?」

「……確かに。分かった、僕もなるべく助けられるように行動するよ」

「ああ、任せた。俺達だけでは手の届かないこともあるだろうからな」

 何やら意味深そうな会話を交わす父と兄だが……もしやあの腕輪は常につけた相手の健康状態を探れたりするのだろうか。

 それなら遠くにいようとも、相手が危険な状態にあるかが分かる。
 索敵系の魔法だけではなく、通信系の魔法も効果が随分劣化してしまっているらしいので、そういったものがあっても不思議はあるまい。

 そんなことを考えていると、父が再び腕輪を差し出してきたので、素直に受け取る。
 皆がつけているというのならば自分もつけるべきだろうし、それだけ心配をかけてしまったということなのだ。

 やはり次はもっと上手くやるべきだと反省する。

「それは、魔導士の杖の呼ばれるものだ。魔法を使うために必要なものであり、本来ならば六歳を迎えたその日に親から子へと送られる。市民権を持つ者であることも示すため、それを持たぬ者は、ろくに外も出歩けぬ。何をされても文句は言えんからな」

 が、どうやら考えていたようなものではなかったらしい。
 なるほど現代魔法を使うには、こんなものも必要になるようだ。

 しかしそんな説明を聞きながら、ふとリーンは疑問に思った。
 これがなければ現代魔法が使えないというのならば、リーンが使えなかったのもこれがなかったからなのではないだろうか、と。

 だがすぐに思い直したのは、その程度ならば魔法を使えないと断言されることはないだろうと思ったからだ。
 それも父だけではなくオリヴィアもである。

 となると、幾つか理由は考えられるが――

「それは魔導具の一種でもあり、つけた者の魔力の属性を測る効果を持つ。その属性によって宝玉の色が変わり、また一度つけたら手首を切り落としでもしない限り外すのは不可能だ。まあわざわざそんなことをする者はおらんだろうがな」

「……そして、その属性によって、どんな魔法を使う事が出来るのか、ということも決まるのよー。ママなら青だから水や氷で、パパやお兄ちゃんは赤だから火や熱、ってわけねー」

「ふむ……」

 魔力の属性というのは、千年前にも存在した概念だ。
 ただしどの魔法が使いやすいかというだけで、その属性の魔法しか使えないということはなかった。

 もっとも、それが現代魔法の仕様だといわれてしまえば頷く以外になく、どちらかと言えばリーンの興味はどうしてそんなことになっているのだろうか、といった方向へと向いているのだが。

「まあとりあえずは、嵌めてみろ」

「了解なのじゃ」

 気楽に言われたので気楽に頷き、どちらに嵌めようかと思ったところで、皆が右手に嵌めているようなのでそれにならうことにした。

 右手に嵌め、さてどうなるのだろうかとジッと眺め……しかし、一向に宝玉の色が変わることはない。
 誰かの溜息が耳に届いた。

「……やはり、か。俺はお前に言ったな? お前は魔法を使う事が出来ない、と。それが理由だ」

「……リーンちゃんには、魔法の属性がないみたいなのよねー。そして、属性がない魔法はないから……」

「なるほど……だから儂は魔法が使えない、というわけなのじゃな」

 まあとはいえ、既に言っているように魔法が使えなくとも問題はない。
 リーンはあくまで魔法が好きなだけなのだ。
 無論魔法が使えた方が研究がしやすいため好ましいものの、別に魔法が使えなくては研究出来ないわけではない。
 何の問題もなかった。

 ただ、それでも一つだけ気になる事があると言えばあった。

「そういえば、大半の者は魔法を使う事が出来るのじゃよな? 魔法を使えないことによって、何か困るようなことが起こったりするのじゃろうか?」

 疑問の形で問いかけはしたが、リーンはほぼあるのだろうなと思ってはいた。

 でなければ、欠落者などと呼ばれはしまいし、その言葉を自分に伝えたことで兄があそこまで落ち込むことはなかっただろう。

「……そうだな。とりあえずは、日常生活を一人で送るのは困難だろう」

「ふむ? 何故なのじゃ?」

「生活する上で必要なことは、大半は魔法か魔導具を使って行われるからね。で……属性がないってことは、魔導具も使えないってことでもある。属性は何でもいいんだけど、少なくとも魔導具を使うのに属性は必須なんだ」

「水を汲んだり、料理をしたりするのにも魔導具は使われているものねー。魔導具が使えないと、少なくとも街で生活するのは難しいでしょうねー」

「ほぅ……そうだったのじゃな」

 公爵家の娘ということもあり、今まで一人で何かをやったことはなかったのだが……現代ではそんなことになっていたらしい。
 確かにそれは、大変そうだ。

 ただそうなると、魔導具と呼ばれてはいても、これまた千年前に存在していたものとは別物なのかもしれない。
 以前にも触れたように、少なくともリーンの知る魔道具とは誰にでも使えるものなのだ。
 厳密にはたまに相性が合わないこともあり、その場合は使えないということもあるが、基本的に魔導具というのは万人が使用可能だったのである。

 あるいは何かを勘違いしているせいで、現代ではそう認識しているだけだという可能性もあるが……オリヴィアに視線を向けると、少し考えた後で小さく首を横に振った。
 オリヴィアならそのことを気付いていないはずがないが、そういう反応をするということは、余計なことは言わないほうがよさそうだ。
 リーンが魔道具を問題なく使えたりすると、古代魔法と関連付けて考えられてしまう、ということなのかもしれない。
 あとで詳しく聞いた方がよさそうだ。

 しかしもしそうであるならば、多少面倒ではある。
 本当は出来るかもしれないのに、一人では何も出来ないように振舞わなければならないのだ。
 一・二年程度ならばともかく、これからずっととなると……この辺のことも含めてオリヴィアと話し合う必要がありそうか。

 だが要するに、全てはリーンが現代魔法を使えないというのが問題なのである。
 実際に使えるようになるのが一番だが、ここまで揃って使えないと言われている以上は使えないと考えるべきだろう。

 その上で何とかしようとすれば……古代魔法を偽装して現代魔法っぽく見せる、といったところだろうか。
 これならば魔法を使うところを見られても問題なくなるし、現代魔法を沢山見てその傾向や特徴などを捉えればいけるような気がする。
 少なくとも今まで見た現代魔法から考えれば、不可能ではあるまい。

 とりあえずは、その方向で考えるとしよう。

「あとは、そうだね……魔法が使えないってなると、学院に行くのが難しいかもね」

「……確かにな。どの学院であろうとも、魔法は基本だ」

「リーンちゃんなら、他で十分挽回出来るとは思うけどー……それを理由に断れる可能性はあるわねー」

「学院でも魔導具は多く使われてるしね」

「ふむ……学院のぅ……」

 学院に関しては、リーンもある程度のことは知っている。
 現在兄も通っているものであり、要するに様々なことを学ぶための場所だ。

 国によって学院に通う年齢や年数は異なるらしいが、この国では一定で決まっている。
 千年前と同様、現代でも成人は十五と定められているのだが、この国ではその前の三年間が学院へと通う時期となっているのだ。

 とはいえ、学院に通うことは強制ではない。
 ただ、推奨はしており、成人してからの仕事に直接的に関係してもくるため、余程貧しい家の子供でもない限りは大抵どこかの学院へと通うことになる。

 学院で学べるものの中には魔法に関するものもあるだろうし、出来れば通いたいところではあったが……まあ、無理だというのならば仕方があるまい。
 魔法が使えるか否かと同じようなものだ。
 学院で学べないならば、書物などを漁って調べるだけである。

 と、思ったのだが――

「あら、リーン様はしっかりと学院に通えますよ?」

 そんなことを言ってきたのは、今まで会話に混ざろうとはしなかったオリヴィアであった。
 そしてそういえばオリヴィアは、王都にある兄も通っている学院の学院長であったかと思い出す。

 つまりコネだろうか、などと思っていると、父が納得したように頷いた。

「……なるほど、そういえばそうだったな。俺もマティアスも、問題なく入れたから忘れていたが……」

「あー……そっか。そういえば、四大公爵家の直系は、全員あそこに通うことになってるんだっけ?」

「そういえば、そうだったわねー。よかったわねー、リーンちゃん」

「ふむ……そんな決まりがあるのじゃな。正直通えないのならばそれはそれで構わなかったのじゃが、まあ通えるならばそれに越したことはないの」

 そんなことを言いながらも、オリヴィアの様子から察するに、あまり来て欲しくはなさそうであったが……当然と言えば当然か。

 オリヴィアからすれば、一応師と呼んでる人物が自分が学院長をやっている学院に入学してくる、ということになるのだ。
 それは出来れば来て欲しくあるまい。

 それでも口を挟んできたのは、おそらく国の決まりか何かでそう決まっているため、黙っていたところで無意味だとでも思ったからなのだろう。
 どうせ結果が一緒ならば、早めに覚悟を決めておきたい、といったところだろうか。

「ま、とは言っても、リーンが学院に入学するのはまだまだ先だからね。それよりも、まずは僕が無事に学院を卒業出来るかどうかのが先だし」

「ふむ……お前は優秀な成績を収めていると聞いているのだが? その辺はどうなんだ?」

「ええ、実際にマティアス様は優秀な成績ですよ。しかし、多少悲観的なところがありますからね。実際、絶対ということはありませんし、最終学年になって急に躓く、という生徒がいるのも事実です。ですから、ああして不安を口に出してみせることで、不安を少しでも和らげようとしているのでしょう」

「あー……しまった、ここで口に出すべきことじゃなかったか。不安は軽減されたけど、その分恥ずかしくなってきたよ……」

「ふふ……けれどおかげでマティアスが頑張ってるって分かって、よかったわよー? オリヴィアさんも教えてくれてありがとうねー。昔といい今といい、お世話になるわねー」

「いえ……それがわたしの仕事ですから」

 母の言葉に兄が恥ずかしそうにそっぽを向き、オリヴィアは口元に笑みを携えながら小さく頭を下げる。

 そしてそこでふと、気付いた。
 兄だけではなく、父も母もオリヴィアとそれなりに親しそうに見えたのだが……おそらくは父達もオリヴィアが学院長をやっている学院の卒業生なのだろう。
 こうして危険であるらしい魔物討伐への同行を頼めることも考えれば、あるいはそれ以外にも何か繋がりがあるのかもしれないが。

 千年という月日が流れているのだ。
 自分の知らないオリヴィアの時間があったのは当然で、そのことに今更のように気付き……何となく、あのドラゴンのことを思い出した。

 誰かに恨まれるというのは日常茶飯事だったので、恨まれていたことや最後の言葉などは本当に気にしてはいなかったが……気になることはある。
 あのドラゴンの言動からすると、確実にオリヴィアのことを狙っていたからだ。

 偶然ここをオリヴィアが訪れ、偶然オリヴィアに恨みを持ったドラゴンがいた?
 果たしてそんな偶然が有り得るのだろうか。

 厳密には、あのドラゴンはオリヴィアというよりも千年前の魔導士に恨みを持っていたようではあるが、今回に関してはおそらくオリヴィアに狙いを定めていたはずである。
 千年前の魔導士という漠然としたものであったら、リーンが姿を見せた直後にその正体に気づかなかったというのはおかしいからだ。

 ドラゴンが生物を見極めるのは、基本的にその魂によってである。
 外見に騙されたということが、本来は有り得ないのだ。

 とはいえ、魂だけで千年前の魔導士かどうかを見極めるなどドラゴンであっても不可能だろう。
 以前に直接見たことがあれば別だろうが、当時オリヴィアは参加はしていたものの、積極的には動いていなかったはずである。
 偶然見ていて覚えていた、という可能性もなくはないだろうが……それよりも、こう考えるべきではないだろうか。

 何者かがあのドラゴンに、オリヴィアの外見を教えた、と。
 それならば、魂を見るはずのドラゴンが外見を基準として判断していたことの説明が付くのだ。

 ついでに言えば、そうだとしたら最後の言葉にも繋がるものであり――

「……ま、じゃが儂が考えることではないかの」

 そこまで考えたところで、放り投げた。
 そういうのを考えるのは、当事者であり社会的地位も持っているオリヴィアの役目だろう。
 リーンはそんなことよりも、魔法のことを考えるので忙しいのだ。

 だから任せた、とそんなことを思いながらオリヴィアへと視線を向けると、目が合った。
 何か感じ取るものでもあったのか、嫌そうに眉根を寄せていたものの、生憎とこちらは六歳の幼女なのである。
 出来ることなどないと肩をすくめてみせれば、オリヴィアは溜息を吐き出した。

 まあ、何だかんだで、オリヴィアは優秀だ。
 何とかしてくれるだろうと、信頼と共に思いながら、何となく窓から空を見上げた。

 視線の先に広がっている晴天を眺めつつ、目を細める。
 ちょっとゴタゴタしてしまったが、何とか無事目的は果たせたのだ。
 誰一人欠けることなく屋敷へと戻れ、これでようやく現代魔法の研究を好きなだけ行なう事が出来る。

 そのことを思えば、自然と口元は緩んでいく。
 さて、まずは何から調べようかと、そんなことを思いながら、リーンは青空に向けて息を一つ吐き出すのであった。
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