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それからとこれから

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 ふと外を眺めたことに、意味などはなかった。
 ただ、寝る前に何気なく見ただけだ。

 確かに今日実行に移すという話は聞いていたものの、失敗などするはずがないのだから、気にする必要もあるわけがなく――

「……と、思ってたんですがねえ」

 あるいは、前回失敗したからと、無意識で気にしたりしていたのか。
 しかし何にせよ、事実は一つだ。

「また失敗って……どういうことですかね? 前回はともかく、今回は失敗しそうな不確定要素はなかったはずですが……」

 せめて一度ぐらいは様子を見に行っておくべきだっただろうか、と思うものの、自分の知らない不確定要素があったというのならば、気付かれてしまった可能性もあっただろう。
 それを考えれば、やはり見に行かなくて正解だ。

「ま、それに別にアイツが失敗したとこでこっちは関係ねえですしね。仲良しこよしでやってるわけじゃねえんですから」

 何より、と手元へと視線を落とす。
 真っ赤な色をした小さな宝石のようなものを手の中で弄びながら、目を細めた。

「最低限の役目だけはこなしやがったわけですからね。何も問題はねえです」

 とはいえ、こうなってくるとさすがにある程度は気付かれてしまったに違いない。
 少なくとも、何かやっているということぐらいは気付かれているはずだ。

「さすがに何も気付いてねえってほど間抜けなわけがねえですしね……ま、それも含めて問題はねえです。もう準備は終わったわけですから」

 実際のところはギリギリといったところだろうが、ギリギリだろうと余裕をもっていようと、結果は変わらないのだ。
 ならばやはり、何の問題もあるまい。

「あとは、最後の仕上げをするだけです」

 再び外へと視線を向け、宵闇の中へと沈む景色を眺める。
 もう少しだ。
 もう少しで……世界は再び、この闇のような混沌へと回帰する。

 そうなれば――

「ふふ……待っててくださいね、お姉様。お姉様の迷いも悩みも苦しみも、きっと何もかもを報われさせてみせますから」

 そんな言葉と共に、それは恍惚にも似た笑みを浮かべるのであった。





 たとえば、世界を揺るがすような何かが世界のどこかで起こったとして、人知れずそれが誰かの手によって解決させられていたとしたら、そんなのは存在しなかったのと同じである。
 まあつまり何が言いたいのかと言えば、魔王の一部の再封印が行われようとされていたということも、それが失敗したということも、公爵家の当主が従士に殺されかけたということも、世間一般からすればその全ての出来事は存在してすらいないということであった。

 とはいえ、アロイスのしたことが許されたわけでは、もちろんない。
 では何故それらがなかったことにされたのかと言えば、公にするには影響が大きすぎたからだ。

 元公爵家であり現伯爵家の次期当主が、現公爵家当主を殺した上で魔王の一部の封印を解こうとした。
 そんなことを公にしてしまえば、互いの家は無事では済まず、どころか国にまでその影響は及ぶことだろう。
 あまりにもリスクが大きすぎるのだ。

 無論あくまでも表沙汰にならなかったというだけで、伯爵家には相当のペナルティが課されるはずである。
 現在の当主はさすがに関わってはいないとは思うものの、既に成人している以上は個人のしでかしたことは家の責任でもあるのだ。
 最悪さらに降格するようなことも有り得るかもしれない。

 ただ、具体的なことは未だ決まってはいなかった。
 あれからまだ五日しか経っていないということもあるが、それ以上に重要参考人から詳しく話を聞くことが出来ないからである。

 そう、リーゼロッテの件と同じように、アロイスもまたあれ以来意識を取り戻すことがないのだ。
 初日はまさかと思い、だが次の日にも目覚める気配がなかったことで決定的となった。
 まさかあの件と何の関係もないとは考えられず、それもまた具体的なことを決められない要因の一つだ。

 そもそも、リーゼロッテの件もあれはあれで現在もまだどうするか保留中なのだ。
 そんな中でその件と明らかに関係のありそうなことが起こったとなれば、背後に何があるのか分かったものではない。

 具体的なことは何一つ分かっていないものの、少なくとも何かがあるのだろうことだけは確実だ。
 もっとも、そのことを知っているのは学院の中でも極一部ではあるも……そうした緊張感を感じ取ってしまっているのだろう。
 今の学院ではどこか不穏というか、不安げな空気が流れていた。

「とはいえ、時間が止まることがない以上、日常は続いていく、か。……まあ、それまでと同じとは限らないわけだけど」

「同じだとは限らないどころか、明確に違うじゃないの。……いえ、一概にはそうとは言えないかもしれないけれど」

「……うん。状況だけを見れば、大差はない」

「一人減りはしましたけれど……確かに、大差はない気がしますわね」

 そんなことを言っているレオン達の視線の先には、ザーラと共に見知った人物の姿があった。

 最近ではこちらにいることの方が珍しい教室の、授業開始直後のことである。
 ザーラはレオン達のことを一通り見渡すと、面倒そうに肩をすくめた。

「ま、つーわけで、今説明した通りだ。お前ら、嫌がらせとかするんならせめてオレの見てないところでやれよ?」

「いや、しませんよ。僕達のことなんだと思ってるんですか」

「まったくね。……これからしばらくの間とはいえ、一緒にいることになった人に風評被害ばら撒こうとするのやめてくれるかしら?」

「なんだよしねえのかよ、つまんねえな。ま、いいや。んじゃ……そうだな、一応自己紹介でもしとくか? 全員知ってはいるだろうが、そうすりゃ改めて互いの状況ってのを認識しやすいだろうしな」

 半ば投げやりじみた態度ではあったが、そんなザーラの言葉にその人物は生真面目に頷いた。

「……分かりました。何となく少し変な気がしますけれど……ユーリア・ヘルツォーク・フォン・ハーヴェイです」

 そうして本当に自己紹介を行った人物――ユーリアに、レオンは思わず苦笑を浮かべた。
 確かにこうすれば状況は分かりやすいかもしれないが……まあ、らしいと言えばらしいか。

 ユーリアがここにいて、今更のように名乗ったのは、しばらくFクラスにいることになったからだ。
 名目上は罰ということで。

 彼女は基本的には被害者ではあるが、公爵家の当主である以上は単純にそれだけでは済まないのだ。
 特に魔王の一部の封印が解かれかけてしまったというのは大問題である。
 少なくとも、無罪放免とはいかなかった。

 ただ、罰を与えるにしても、全ての詳細が明らかにならなければ正確なものは下せない。
 だが何もなしというわけにはいかず……そこで、とりあえずFクラス行きとなったのだ。

 現在Fクラスに所属しているのは、イリスを除けば騎士になる能力に欠けた無能ばかり。
 そこに一時的とはいえ混ざるというのは、その同類と見なされるということで、十分な罰になる。

 というのは、まああくまでも対外的な建前ではあるが。
 それ以前からユーリアはFクラスと共に訓練場で訓練をしていたのだ。
 今更そんなことが罰になるわけがなかった。

 まあ、やらかしてしまったとはいえ、公爵家の当主であることに違いはない。
 巻き込まれた事件の詳細が不明だということもあり、その辺が一先ずの落としどころとなったのだ。

 それに、一応他にもユーリアは罰を受けている。
 公爵家の当主であるということを考えれば、ある種最大の罰を。

 ユーリアは現在、魔王の封印を持ってはいないのだ。

 元公爵家の嫡男であり、次期当主とされていたレオンは、魔王の封印をそれぞれの当主が身につけているということを知っている。
 それが公爵家に与えられた、最大の義務であり役目だということも。

 だがユーリアは、それを奪われた。
 魔王の封印は今、実家で元当主の元にあるという。
 お前では守りきれないと言われたも同然であり、公爵家の当主としてあってはならない事態であった。

 もっとも、一応それには正式な理由もある。
 再封印が中途半端なところで途切れてしまったため、封印は現在不安定な状況にあるからだ。

 それを直すにはしっかり再封印をし直す必要があるが、現状のユーリアでは魔力が足りない。
 そのためユーリアの元に置いておいたら問題が発生しかねないと、例外的に元当主の元へと送られることが決定されたのだ。

 言うまでもなく屈辱的なことであり、しかしユーリアはそれを受け入れるしかない。
 公爵家の当主である彼女へと与える罰としては、これ以上ないほどであろう。

 ともあれ。
 そういうわけで、しばらくの間とはいえ、彼女は正式にFクラスで共に学ぶ仲間となったのだ。

 とはいえ、レオンに対しては相変わらずだろうが。
 先日は助けることになったものの、それとこれとは別問題だ。

 レオンとユーリアは、あくまで見知らぬ他人でしかなく――

「しばらくの間ではありますけれど、よろしくお願いします。その……皆様」

 が、そう言ったユーリアは、はっきりとレオンと目を合わせてきた。
 どことなく気まずげというか恥ずかしげというか、そんな様子であることを考えれば、気のせいということはあるまい。

 思わず数度、瞬きを繰り返した。

「……よかったですわね?」

「……うん。よかった」

「おめでとう、って言えばいいのかしら?」

 そんなエミーリア達の言葉に、少し遅れて実感が湧いてくる。

 まあ、別に目が合うようになっただけで、それがどうだというわけでもないのだが……それに、そんなことを目的として先日介入したわけでもない。
 だが。
 口元をほんの少しだけ緩めながら、レオンは三人への返答として、肩をすくめるのであった。
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