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ウェルカム トウ ラビリンス 3
しおりを挟むひたすら素直に守人は臨の指示通り動く。
夜道で過去の詮索をされた時の苛立ちなど、綺麗さっぱり彼の中から消え失せていた。
考えてみれば、ポジティブな関心にせよ、ネガティブな野次馬根性にせよ、同じ年頃の女性から直接向けられたのは初めてなのだ。
更にマウスを弄り続ける。静かな部屋に二人の息遣いだけが響いている。
あ~、二人きりだ。
香しい髪の匂いで改めて実感した。真夜中の部屋、隣に可愛い女の子。意識すると、途端に体が硬くなる。
何やら、息が荒くなる。
「ん? どうしたの、高槻君?」
「な、なんでもない」
焦る指先の動きが、まぐれ当たりに繋がった。
慌しくマウスを行来させると、噴水の傍に置かれたナイフの小さなCGが揺れ、ドラッグで移動可能なオブジェクトだと判る。
更にそれを生贄の羊と思しきアイコンの上へドロップすると、ナイフが羊へ突き刺さる形になり、全体が変化した。
何も飾り気の無い真っ白な画面上。白地の中央に4文字分の入力欄だけポツンと開いている。
ちぎった手帳のメモに書かれたパスワードの内、最初の『GWAW』を打ち込んでみた。
すると、美術館のギャラリーを模す背景の中心に、暗い深奥へ繋がる回廊が描画され、その左右の壁に掛かった額縁型のウィンドウ二か所に3文字分、5文字分の入力欄が出現、『PLAY』と表示されたスイッチも浮かび上がる。
「これ、何?」
「動画再生用のスイッチだと思う。 先にデータをまとめてダウンロードする形式じゃなく、普通のストリーミングみたいね。高槻君、キャプチャできるアプリ、何か入ってる?」
「え~、能代さんが何言ってるか、良く判らないんですけど」
臨はポカンと守人を見た。
デスクトップ・パソコンを所有する今時珍しい趣味の持ち主とは言え、デジタル系の知識はやや乏しいようだ。
「う~、文系男子!」
じれったくなった臨は、守人の代りにモニターの前へ座り、パソコンを操作し始めた。
やはりネットの配信動画を保存するキャプチャ・アプリはインストールされていない。つまり再生データの記録は不可能。
ネット上のキャプチャ用フリーアプリをダウンロードして使用する事も考えたが、不安定に明滅する『タナトスの使徒』は何時、想定外のトラブルで接続が切れてしまうかもしれない。
とりあえず保存を諦め、再生用のスイッチが表示されている動画を見てみようと臨は腹を決めた。
「ね、メモのパスワードを!」
臨は守人がデスクに置いたメモの紙を掴み、まず右側の入力欄へ二つ目のパスワード『WAW』を入力した後、『PLAY』スイッチを押す。
まず現れたのは、何処かの山奥だ。
木々の枝へ括りつけられたペンライトの光が、傷つき、拘束された女性を照らしている。
動画ウィンドウの下に『2018/9/2』と日付らしい表示も付いていた。
そして、シンプルな赤い仮面とレインコート姿の妙な人物が女性へ近づき、アップで映し出されたのは右手に握った金槌だ。
あのヒッピー男がプロムナードで振るった金槌と似ており、耳障りな歌も画面から聞こえてきた。
てるてる坊主、てる坊主、明日、天気にしておくれ。
声は肉声ではない。
ボイスチェンジャーか何かで音程を変化させた甲高い声音が、ありふれた童謡へ不気味な響きを与えている。
「あぁ、止めてくれ」
臨にキーボードを取り上げられ、パソコンデスクの横で床に座っていた守人が突然、苦し気にうめいた。
顔がひどく青ざめている。
「高槻君、どうしたの!?」
「見たくない。能城さん、止めてよ、その動画、早く!」
臨を強引におしのけ、守人がマウスを操作する前に、動画ウィンドウの奥から赤い仮面が「我々は何処から来たのか?」と耳障りな声を上げた。
同時に振り下ろされる金槌が見え、女性の悲鳴が液晶モニターの貧弱なスピーカーから飛び出してくる。
「我々は何者か?」
グシャッ、肉が潰れる嫌な音が続いた。
これは、どう見ても作り物ではない。
本物の犯行が行われている実況に他ならない。
スナッフと呼ばれる殺人映像は8ミリ・フィルムで売買されていた時代から裏社会の人気商品だが、勿論、これまで見た経験など臨には無い。
非合法そのものの内容からして、難解なポップアップの仕組みとパスワードで隠すのも、当然に思えたが……
今、表示されているサイトは通常のブラウザでも到達可能なサーフェイス・ウェブ版で、ダークウェブ版にしかアップされない筈の非合法映像が流れるのは変だ。
アルファベット三文字のパスワードも単純すぎる。
もしかしたら、三つのパスワードは何らかの目的で一時的に設定された『表』と『裏』を結ぶ階層へのバックドアを開く鍵で、あのメモは一種の招待状だったのかも、と臨は思った。
同時に彼女が確信したのは『タナトスの使徒』に関する都市伝説の中に、確かな真実が含まれている事。
現に殺人動画はアップされており、それを見ている有料会員も確実に存在している筈だから。
「我々は何処へ行くのか?」
画面から金属的な打撃音がして、被害者の頭蓋が打ち砕かれたのがわかった。痙攣する細い首を赤い殺人者は更に締め上げ、臨はたまらず目を逸らす。
でも、守人は震えながら両目を見開いていた。
真っ青な顔で全身を震わせ、見たくないのに、どうしても見ずにはいられないという面持ちだ。
「ねぇ……もう一つのウィンドウ、どうする?」
舞台俳優がカーテンコールで行うような仰々しいお辞儀を赤の殺人者がこちらへ見せると同時に一つ目の動画が終わり、次の動画を再生するか、否か、臨は守人へ訊ねた。
当然、拒否すると思った。ブラウザを閉じる前に一応訊ねたつもりが、守人は答える代わりにマウスへ手を伸ばす。
「ここで止めたら、却って怖い」
泣きそうな顔で呟き、左側の額縁ウィンドウへ最後のパスワード『FCWDW』を入力、続けて動画再生スイッチをクリックする。
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