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第三章 これからの話 (狂犬VS破壊王! Jガイア攻略戦 2)
しおりを挟む大蛇と草薙が繭の側壁カタパルトから出撃した時、戦場は亜紀一人に引っ掻き回されていた。
優勢だった村正の数は減り、森崎の部隊も電磁鞭の餌食になっている。辛うじて森崎自身は持ち堪えていたものの、嬲り者となった機体はボロボロの有り様だ。
「おい、デコピン、退けっ!」
受信した美貴の声を聞き、森崎は思わず苦笑した。
あ~、やっぱり名前、覚えてねぇ……
その認識が森崎の開き直りを生み、苦笑した唇を決死の覚悟で引き締めて、56ミリ・アサルトカービンの残弾を掃射、距離を詰めて高周波ナイフを閃かす。
しかし、亜紀には届かない。四肢をもがれて爆発する寸前、村正のコクピットから座席が射出され、パラシュートの傘が開いた。
「……デコピン、無事か」
ホッと胸を撫で下ろし、美貴は草薙を人型に変形させる。
姉を取り戻す事が目的である以上、撃墜のリスクは冒せない。最初から遠距離攻撃は捨てていた。
鞘状のビーム兵器二本をスライドさせ、長剣を成して上段に構える。
「三佐、手ェ出すなよ!」
阪田が援護に専念、残存する敵無人機を虱潰しにしていく間、姉妹のVCが対峙した。
共に最新鋭機であり、運動性は他機の比ではない。何度か空中で交差する内、村雨・改からの通信映像が届き、草薙のサブモニターへ投影された。
「あ~ら、美貴……ごきげんよう~……」
いつもの人を食った口調だが、いつも以上に声音が間延びしている。
その頭部のヘッドギアに吐き気を伴う程、嫌なデジャブを美貴は感じていた。アレを付けている以上、亜紀の意思が完全に奪われているのは間違いない。
「姉貴、歯ぁ食いしばりな。活、入れてやっけど、ちょっくら痛ぇぞ」
「フフッ、最初は痛いくらいが、気持ち良いのよねぇ……」
美貴の噛み締めた奥歯が、ヘルメット内でギリッと乾いた音を立てた。間髪入れず、草薙が村雨・改へ突進する。
真っ青な炎を宿す美貴の瞳……
蜘蛛の巣状に大きく広がり、四方から襲う電磁鞭も、彼女の驚異的動体視力の前では止まっているも同然だ。
高周波剣が鞭を切り刻み、機銃の迎撃に対しても、左右へ機体を振る最低限の動きで一気に捌きぬく。
村雨・改が盛大にブースターを噴かし、背後へ退いた所で、距離を取れはしない。草薙の速すぎる踏込みへ成す術無く、高度な誘導性能を備える多弾頭ミサイルで弾幕を張る暇さえ与えない。
ヘッドセットから脳髄へ直接書き込まれる情報により、亜紀はVCの操縦法を熟知していたが、長年、磨き抜いた美貴の技術に一日の長があるようだ。
VCを操れば、神速の狂犬こそ最強!
亜紀の密かな舌打ちは、それを認めた証しだったが、村雨・改のコクピットを覆う装甲の正面、僅か1メートルを隔てて草薙の剣が突きつけられても怯みはしない。
「ギブしな、姉貴。あたしの勝ちだ!」
姉妹喧嘩のノリで美貴が叫ぶと、逆に亜紀は前へ出た。
突きつけた剣、その切っ先が装甲を貫通。
コクピット前面から、剥き出しの肩口を掠めてシートの背もたれまで貫く巨大な刃へ亜紀は紅潮した頬を寄せ、濡れた舌先でチロリと舐める。
「あ~ら、もっと痛くしてくれるんじゃないのぉ?」
大胆過ぎるその振舞いと、姉の唇から滴り落ちる血の滴に、美貴は思わず息を呑んだ。
勿論、その隙を亜紀は見逃さない。
刺さった刀身を引き抜いて反転上昇。一気に距離を取った村雨・改は、Jガイアのコンプライアント・タワー屋上へ向って飛ぶ。
日本海溝最深部まで垂直に坑井を伸ばす巨大施設は、複数の搭状建築物を組み合わせた構造を持ち、屋上の面積も広い。
坑井開口部を中心にする正方形の一辺が、およそ900メートルに達している。
「おいでませ……金浜の狂犬さん……」
「待て、姉貴!」
「それとも、あなた……ヤキが回った?」
得意な白兵戦へ誘う挑発だ。
わかっていても乗らざるを得ず、「しくった」と美貴は小さく呟く。
そして、施設西端の展望室前に降りる村雨・改を確認し、美貴に続いて、阪田もVCを降下させた。
見た所、屋上に他の敵は配置されておらず、二人掛かりで亜紀を捕え、コクーンベースへ連れ戻すには最大の好機だと思えたのだ。
一方、先にJガイアへ侵入した柘植統弥らは、施設北側のコントロール・タワーを目指していた。
攻防の成否を握るGANコアを破壊する為には、コントロール・タワー最上階の統合司令室を占拠するのが早道の筈。事実、敵の機械兵も集中配備されており、揚陸チームとの激戦が続いている。
電子工学の天才・シゲルが考案したEMP発生装置が功を奏し、強力な電磁パルスで機械兵は誤作動を誘発されて、突破は目前かと思われたが……
そんな中、繭からの通信が入る。
亜紀がコンプライアント・タワーの屋上で美貴達と戦闘に入ったと言うのである。
「エリートの旦那、ここは行かなきゃ」
「オウ、男がすたるってモンよ」
威勢良く檄を飛ばすトクさん、タケちゃんに後を任せて、統弥は米倉匠と共にコンプライアント・タワーへ向った。
比較的、警備は薄く、小型で携行が容易なM72ロケットランチャーを入口にいる機械兵へ発射、扉ごと破壊して施設内へ入る。
海上1200メートルの高さがある屋上へは、直行エレベーターでも3分以上要した。
ようやく扉が開き、焦れた気持ちで統弥が屋上フロアへ飛び出すと、場違いな音楽が流れている。
「これは……プッチーニ?」
展望室から聞こえる調べは、歌劇「トゥーランドット」の壮麗なる一節だ。大きな窓の奥には、特等バルコニー席での観劇を気取るβの姿がある。
演じるキャストは三名。
武器を持っていない亜紀に対し、美貴、阪田もホルスターへ銃を納め、素手で取り押さえようとしている。
阪田は躊躇う事無くヒューマノイドの力を用い、美貴にしろ異能を全開させているのだが、亜紀は更にその上を行く。
素早く踏み込む美貴の拳を紙一重でかわし、カウンターで弾き飛ばすと、触手状に伸びてくる阪田の腕を捕えてブン投げる。
「ん~……歯応え、無い……これじゃハナマル、上げられない」
高地の暴風にあおられ、二人とも危うく屋上から転落しそうになって、何とか手すりへしがみ付いた。
「ダメだぁ。流石、金浜の破壊王」
珍しく弱音を吐く美貴に、阪田は怪訝な表情を浮かべる。
「二尉、どうした? 動きにいつものキレが無い」
「……コンディション、イマイチなんだよ。変に力が入らなくて」
膝をついたままの美貴へ亜紀が突進する。
咄嗟に阪田が立ちはだかるものの、続けざまにパンチを食らい、最後はローリングソバットで吹っ飛んだ。
咳き込み、血反吐を吐く阪田を見て、今度は美貴が怪訝な顔をする。
「三佐の体って、普通の打撃は効かないんじゃないの?」
「……だから、普通じゃないんだ」
追撃を止めて余裕の腕組みをし、亜紀が満足げに頷いて見せる。
「姉貴の力が強いって事?」
「いや、パワーの問題じゃなく、中枢神経が通う正中線を正確に打ち抜かれたら、体を柔らかくしても衝撃を免れない」
「……マジか」
「ああ、βの奴が教えたんだろう。俺達、ヒューマノイドの弱点を」
「厄介だね」
「ああ」
「……それでなくても、あたし、ケンカじゃ姉貴に勝った事無いのに」
オペラの曲調が変った。
決別を示す哀切の調べに乗り、黒岩亜紀は青い炎を瞳へ滾らせて、妹とその恋人を葬るべく動き出す。
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