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第一章 今どきの話 (アネキがオトコをつれてきた 1)
しおりを挟む○第一章 今どきの話
<1999年6月12日(土曜日)>
(1)
今日も今日とて、インド洋上の空には雲一つ見当たらない。
愛機VCW―11、通称「虎鉄」の副座式コクピットの中で、黒岩美貴二尉は、密かに欠伸をかみ殺していた。
当年とって26才。空自や陸自を含めても唯一の女性パイロットでありながら、新設間もない機甲自衛隊のトップガンと称される彼女にとって、現在の任務は少々物足らないものである。
まる一週間、同じ事の繰り返し。リラックスしすぎて鼻歌でも出ないよう、自分を戒めつつ、コクピットの機器を見回す。
中央モニターを見る限り、虎徹のコンフォーマルアレイ・レーダーは直径148キロ圏内に敵機を捉えていない。同じ哨戒の任務を担う二機の友軍機が雲海を舞い、優雅な旋回を繰り返すばかりである。
この調子なら、海上で米軍の空母に燃料を供給している海上自衛隊の護衛艦も順調に任務をこなしていることだろう。
何より、まず安全第一。自衛官の海外派遣には、未だ国内に反対の声も多い。
テロとの戦いを標榜するアメリカに同盟国として協力の姿勢を示す作戦の最中でも、戦闘に巻き込まれる危険は極力避けねばならない。だが、無論、襲撃者の側には、そんな都合を考慮する義理は無かった。
「黒岩二尉、お客さんだ」
ナビゲーション担当の後部コクピットに座る相棒・阪田由久三佐が、フロントの美貴へ緊張した声をぶつける。
「らっしゃい、待ってました!」
モニター端に出現し、急速接近する三つの光点の方角へ向け、美貴は90式空対空誘導弾の照準を合わせる。
レーダー捕捉と同時に検索された敵機の識別情報はUNKNOWN。開発されたばかりの機体らしく、何処の国の所属であるかもわからない。
まぁ、大国同士が覇権争いしていた冷戦の時代は過ぎ去り、今や背景も不明なテロリストどもが、想定外の強力な兵器を持っていても不思議ではない厄介な時代なのだが……
何にせよ、攻撃に特化したフロントコクピット内で、美貴が取るべき選択肢は一つだけだった。
友軍二機と連携して手順通りの無線通告、警告射撃を実施した後、敵機の中から若干低空へ移動した一機を選択し、ロックオンから素早くトリガーを引く。
警告終了から最初の一機へのミサイル着弾まで、所要時間は僅か十秒余りに過ぎない。
その数秒後、配備されて間もない新鋭機・虎鉄と美貴のポテンシャルが更に一機を血祭りに上げる。
しかし、火の玉と化して四散する直前、敵機の一部が分離するのが見えた。高度を下げる内、その一部は変形し、人の形を成す。そして、胴体部のブースターを噴射し、落下速度を調整している。
「あ……敵もVC!?」
「降下先には、米空母がいる。甲板に降りて占拠する気だ」
「私も降りる。緊急セパ、宜しく」
「了解」
阪田は敵機を追って、虎鉄を降下させた。
米空母の真上に来た瞬間、美貴がコクピット右奥のレバーを引く。すると、虎鉄の機体下部から折り畳まれた中央部分が分離し、瞬く間に人型のVFへ変形を果たした。
美貴が名付けた、その名は小鉄。
鋭角的なシルエットで、関節部のアクチュエーターそれぞれに対応したハイ・スチームの排気口が強い存在感を放ち、特に脚部の排気口に関しては姿勢制御用バーニアを併設して、ホバークラフトの如く滑走する機能も有している。
頭部の中央に張り出す六角形の多目的センサーも印象的だった。
その下の眼窩に該当する箇所には、ゴーグル状の透過性セラミック装甲に覆われたモニターカメラ二基が内蔵されており、額のセンサー部と共にフル稼働すると、三つ目の野獣が目を光らせている様に感じられる。
シンプルにして強靭無比。
まさに軍用ならではの、何処か獰猛さすら漂わすデザインだ。
戦闘用VFは開発時、陸上自衛隊機甲科が扱う予定だった事から「戦車」のイメージが先行、VC=バリアブル・チャリオッツと呼称されている。
戦力として保持する国、特に極めて高度な製造技術が要求される航空機可変型VCの独自開発に成功した国は少ない。
専用部隊を組織しているのは米、英、仏、独、露、中国といった比較的経済力に恵まれた国で、航空機可変型の量産成功に伴い、陸自、空自からエキスパートを選抜、独立した一軍を立ち上げ得たのは今の所、日本だけである。
その一軍=機甲自衛隊のエースたる黒岩美貴二尉にとって、民間用航空型VFをベースに作り上げたと思われる所属不明の機体など所詮、敵ではなかった。
機銃を連射する敵機に対し、自らは射撃を返す事無く、空母甲板上を踊るようにハイ・スチームのホバー機能で滑空、拳を固めて至近距離へ至る。
「おらっ、一発かっ食らぇ!」
叫ぶと同時に、虎鉄のセパレーテッド・チャリオッツ=小鉄が膝関節のステアリングを利かせたストレートを叩き込み、敵のコクピット部を装甲ごと大きくへこませる。
リコイルレス・ナックル(無反動鋼拳撃)、美貴がこよなく愛する小鉄の近接格闘用装備だ。
完璧なKOを見届け、空母の乗員が歓声を上げる頃には、単座の戦闘機となった虎鉄を操り、阪田が残りの敵機を葬っている。
任務終了。
美貴がヘルメットの下で満足げに口笛を吹くと、途端に窓の外の風景が一変した。
インド洋の青い空がコンクリートの壁になり、米空母の乗組員が、防衛庁の研究員や機甲自衛隊の幹部に姿を変える。
すべては幻。戦術シミュレーションのプログラムに沿った、リアルな映像に過ぎなかったのだ。
間もなくVCW―11の機体を忠実に再現したシミュレーターの全天球型ドームが開き、美貴と阪田は其々のコクピットを降りた。同時に研究員達が駆け寄って来て、機器細部の点検を始める。
ここは市ヶ谷の基地構内で、来年、六本木から移転してくる予定の防衛庁新庁舎ビル地下に設けられた仮設研究用ホールである。
防衛庁の移転が完了した後、シェルター機能を備えた緊急時の司令部となる予定の場所で、まだ公式には使用されていない事になっている。
それ故、重要機密の一つであるVC専用シミュレーターの性能試験にはもってこいで、急遽、普段は岐阜基地に配属されている阪田と美貴がテストパイロットとして駆り出されてきたという訳だ。
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