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しおりを挟む独り暮らしの女の部屋ってさ、最高の玩具箱なんだよ、俺には。
今風のセキュリティと無縁の安アパートで、女のスケジュールまで把握済みの場合は特にナ~イス。個人的な趣味って奴をじっくり追及できる。
思い起こせば五月の初め、ゴールデンウィーク半ばで季節外れの暑さを感じたあの日、俺は午後7時に秋葉原から総武線の各駅停車に乗り、平井駅の改札を出て、徒歩八分の距離にある二階建てアパート「メゾン・カリオペ」のアルミ製門戸を潜った。
人気の無い錆びた外階段を上り、目指すは細い通路の一番奥にある部屋。
ナ~イス。この階にもう一人いる入居者もまだ帰ってない。
表札代わりのプラ板にマジックで書かれた「伊田須美」の文字を確認、誰も来ないのを確かめてドアのカギ穴へ挑む。
この手の部屋には二重ロックなんてまず無ぇから、ネットで覚えた程度のピッキングでイケちゃうんだよね。
で、玄関に入ったら、鼻の穴をおっ広げて深呼吸をするのが俺のルーティン。
程よく散らかった部屋の生活臭に混じる女の香りを堪能した後、鍵を閉め直して、ポケットライトを点灯させる。
部屋の明かりをつけるのはNGね。
カーテンから漏れない程度の光量で室内を照らし、目についた場所をスマホのカメラで撮影していく。今、ダントツに入れ込んでる女の情報なら、何でも、どんな事をしても集めたい。
ここまで話せば想像つくだろうけど、俺って所謂ストーカー。
ジャンル的には盗撮の方ね。
セクシーショットは勿論の事、狙った女の誰も知らない素顔を狙い撮りして、良いのが撮れたら独り占めしない。
いやいや、ネットでばら撒いたりしねぇぜ。鬼じゃねぇもん、俺だって。
被写体が誰か、どういうシチュエーションで撮ったか判らねぇよう加工し、ちょいニッチな写真コンテストへ出すのが趣味なんだわ。
プライベート・セキュリティ重視……人権意識、高いと思わね?
ま、こうやって、ちょこっと風呂場を覗き、下着が干してあったりすると、軽~く手が伸びたりはするんだけども。
可愛いイラスト付きのショーツを一枚ポケットへ押し込んだ時、ドアの方から音がした。慌てて耳を凝らすと、玄関の外で交わす男女の声が聞こえる。
「……ごめんなさい、あの……部屋が片付いてなくて、菅野さんに上がってもらうの恥ずかしいから」
甲高い割に少しハスキーな声は、この部屋の主・伊田須美に間違いない。
「良いじゃないか。販促イベントがぽしゃったお陰で、時間なら十分あるんだ」
甘ったるい男の声に続き、鍵穴へ鍵を差込む音がした。
まずい、隠れなきゃ。
とはいえ、狭い安アパートの中じゃ逃げ場はリビングの押入れ位しかない。
押入れへダッシュ! で、中から閉じるのと、玄関の開閉音がするのが、ほぼ同時な。
廊下からリビングへもつれあう足音が近づき、俺が隠れている押入れの真ん前で男が女を押し倒す床の振動を感じた。
押入れの戸を少し開き、外の様子を覗いてみる。
甘ったるい声の持ち主は、やっぱりあの菅野恵一、一部上場の出版社・翔鸞社に勤めるラノベ系雑誌の編集者だ。
イベントで書店へ来る度、良く須美の側にいたのは知ってる。何かとアプローチ掛けるダッセェ姿も見た。
けどさ、こうもキッチリ出来ていたとはねぇ。時々、さりげな~くストーキングする程度の慎み深い俺には知る由もねぇ。
まぁ、絡みの方もやたら濃厚だわ。
AⅤばりの熱っぽい愛撫で、男の舌が這う度、俺んとこまで粘着質の音が聞こえてきやがる。
初め、須美は拒んでいたけど、長いキスをする内に色々と盛り上がってきちゃったんだろうねぇ。積極的に男の背へ手を回し、爪を立てやがった。
部屋へ差し込む月明かりで、細い隙間から覗く俺には、彼女の潤んだ瞳と絡み合う舌のぬめりが輝いて見える。
ナ~イス! 絶好のアングル。
狙った女に男がいたのは悔しいけどさ。盗撮家のサガっての? こりゃ撮影せずにゃいられねぇ。
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