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 あ、あたし、今、夢を見ているんだ。

 清く温かな光が木漏れ日となって降り注ぐ聖なる森を歩きながら、ユカリさんは感じていました。

 こんな変な夢は初めてです。

 自分が夢を見ているのを知っていて、しかも一人じゃない。少し先の、透明な水が湧き出る泉のそばでたたずむ人影が有ります。

 何故だか、その人影が夢の中だけじゃなく、ちゃんと現実にいる誰かだと言う事もユカリさんは知っていました。

 では、誰か?

 風になびく薄絹の衣、その上に白銀の鎧をまとった不思議な姿で、高校生くらいの美しい女の子に見えます。

 近づくと、その顔立ちが昔の自分自身とそっくりな事にユカリさんは気付きました。

 だとすると自分の前にいる少女は、タマキちゃんが夢見た通りに成長し、「救世主」へ変身した姿に違いありません。

「ねぇ、大丈夫?」

 ユカリさんは駆け寄り、問いかけました。

 何故なら、救世主・タマキちゃんは膝を付き、肩を震わせて泣いていたから、です。

 ユカリさんが掛けた声はとても優しかったのに、こちらを見た顔は、驚きに目を丸くしていました。

「ま、ママ!? 何で、あたしの夢の中にいるの?」

 ユカリさんは答えに困ってしまいます。

 自分でもどうやって夢に入ったか、わからないのです。
 
 娘を寝床へ降ろした時、しがみついてくる体をあやす内に眠ってしまい、距離が近すぎたせいかもしれないけれど……

「あたし、タマキを助けに来たんだ」

 ひとまず、そう断言。ユカリさんは逆に泣いていた理由をたずねてみます。

「ん~…タマキが救世主なのはね。夢の中の決まりなの……あたししかできない事なの。だから、それはもう仕方無いの」

「でも、そうなりたかったんでしょ?」

「うん……」

 高校生くらいの姿に成長した分、タマキちゃんの声はしっかりしていて、少し大人びていました。でも、素直にコクンと頷くあどけなさは、六才の姿と何一つ変わりはありません。

「前にもお話したよね、ママ。あたし達の世界、地球と言う星はこれから十年後、二十年後が大変なの。ほろびの危機を迎えちゃうの」

「竜とか、エイリアンとか、怖い敵が攻めてこなくても?」

「……なの」

「でも、それって子供が心配する事じゃないでしょ?」

「滅びの兆しはね、もう現れてる」

 ユカリさんは日々の暮らしで精一杯、他に目をやるヒマなんてありません。
 
 でも、地球の環境が少しずつ壊れている事、他の国でずっと戦争が続いており、小さな国同士でも資源や食料の奪い合いが起きている事は、ネットの記事で知っていました。

「このままだと、あの……ママだって長生きできないの」

「はぁ?」

「タマキ……未来の世界でママに何が起き、どうなってしまうか、全部知っているの。それ、どうしても止めなきゃいけないの!」

 ユカリさんはいつものノリで笑い飛ばそうとしました。

 でも、できません。救世主タマキちゃんの真剣な面持ちは、眠りながらうなされていた六才の彼女と同じ……いえ、それ以上の哀しみで満ちていたのです。

「タマキね、ママにはずっと元気で、ニコニコ笑っててほしい。だから、地球が滅んじゃ困るの」

「うん」

「十年後、二十年後、タマキが大人になっても、ず~っとママとは一緒に晩ごはん食べて、ニコニコ笑っていたいの」

 ユカリさんは、いつもしているようにギュっとタマキちゃんを抱き締めました。

 正義の為とか、人類の為とか、そんな勇ましい話じゃなく、只、身の回りの大事な人を守りたい一心でがんばる娘がその時は限りなく愛しく思えたのです。

「今ね、押しかけてきている竜とエイリアンとロボットは、未来の地球を救うための練習で、力を貸した異次元の人達。タマキを頼りにし過ぎてたから、取り戻しにきただけだと思うの」

「根は悪い奴らじゃないのね」

「でも、気まぐれで地球を滅ぼしちゃうくらいの力はあるの」

「う~、何て迷惑な……」

「龍は魔法で、エイリアンは超能力で、ロボットは科学の力で、夢の世界と別次元の、この世界へ来れちゃうくらいだもん」

「でも、タマキなら止められるんでしょ?」

 そりゃまぁ、何たって夢だし、ご都合主義で何とかなるよね……なんて心の奥でユカリさんは思いましたが、その辺はおくびにも出しません。でも、救世主モードのタマキちゃんは俯いたままです。

「それ、無理なの。できないの」

「どうして?」

「だってタマキ、この夢の外、現実に戻っちゃったら、ただの子供だもん。まだ、救世主になってないもん」

「竜やハチは夢から出て来れたのに?」

「それは……タマキもびっくりしてる」

 つまり、想定外の出来事だったのでしょう。 涙ぐんだ目でタマキちゃんは言いました。

「お願い。タマキの代りに、ママがこの世界を救って」

「あ、あたし!?」

「他に頼める人がいない」

「あ~、あたし、ただのシングルマザー。地球を救う所か、この頃、腰が痛いし、お肌は荒れてるし、月々の生活費にも困ってるんですけど」

「大丈夫! 夢の中なら、今夜だけ、救世主の力をママに貸してあげられるの。変身したら無敵! いいでしょ? 凄いでしょ?」

「……やだ」

 どちらが子供なのか分からない我が儘な口調でユカリさんは言い返します。

 だって、大人が夢で変身なんてカッコつかね~じゃん。それに世界を救う義理、ないわよ、あたし。

 そんな本音は娘に明かせないけれど、学生結婚したタマキのお父さんとケンカ別れして以来、ユカリさんは誰にも助けを求める事ができませんでした。

 シングルマザーに何かと冷たいこの国で、娘と二人きり、歯を食いしばって生き抜いて来たのです。

 大体、ボランティアなんて柄じゃないし、さ。

 胸の奥で呟いた言葉が聞こえたかのように、タマキちゃんは声を張り上げ、

「しっかりしてよ、ママ……もう、タマキ、泣いちゃうぞ!」

 泣き真似か、本泣きか、微妙な所ではありますが、指先でおさえた大きな瞳から澄んだ涙の一滴がこぼれ落ちます。

 それを見た瞬間、ユカリさんは動けなくなりました。

 流石、救世主。

 聖なる涙の威力かと思えば、そうではありません。単にユカリさんが娘に弱いだけ。その甘さを、娘がしっかり理解しているだけで、

「え~い、もうわかった! 地球でも何でも、救ってやろ~じゃないの! その代り、タマキ、晩ごはんのニンジン、もう残しちゃダメだからね」

 やけになってユカリさんが叫びました。

 すかさず、何かのおまじないをタマキちゃんはつぶやき、開いた手のひらから眩い光りを放ちます。

 次の瞬間、娘と同じ薄絹の衣と白銀の鎧がユカリさんの体を覆っていました。それだけじゃありません。少しだけ若返ったみたいです。

 泉を覗き込み、鏡の代りに姿を映したら、二人はそっくりなのがわかりました。それもその筈。元々、良く似た親子なのです。

「え~、コレでその……スーパーパワーって奴、使える感じ?」

「うん、ママへ力を送るから、タマキと同じくらい強くなるの」

「ほぉ、職場用にそれ、分割でもらえないかなぁ? 軽~くシバきたいヤツがいるんだけど」

「あ~、もう! のんきな事言ってる場合じゃないの。早くいかないと、十年後じゃなく今、世界が滅んじゃうの!」

「ハイハイ、タマキ、大人になったら、きっとあなた出世するわね」

「え?」

「その急かし方、職場の上司そっくり!」

 キョトンとしている娘をよそに、ユカリさんは泉の奥へ出現した不思議な扉を開き、勢いよく飛び込みました。

 その先は、竜の親玉・テュポン、エイリアンの女王・ペンドール、ロボットのリーダー・マジェスが押しかけたニューヨークの国連本部へつながっている筈です。
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