この声は秘密です

星咲ユキノ

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波乱の新婚旅行(前編)

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「旅行?」

子供たちがようやく寝て、帰宅したばかりの草哉と夜のティータイム中。
理恵子はお土産のプリンを食べていた手を止め、草哉の顔を見上げた。

「うん。ようやく仕事が落ち着いたから。俺たち、新婚旅行も行けてなかったでしょ?兄さんから、俺を残業続きにしたお詫びにって旅館の宿泊券もらったんだ。遅くなったけど、新婚旅行も兼ねて、家族旅行に行きたいなって思って」

草哉が残業続きだったのは、『金木犀ケーキ』の商品化が決まったからだ。
最初、「このケーキは理恵子さんだけのために作ったので、商品化するつもりはない」と言っていたが、副社長である草哉の兄がケーキを気に入って、強引に商品化を進めたらしい。

草哉の言う通り、理恵子たちは結婚して2年以上経つが、新婚旅行には行けていない。
来年には理恵子の育児休暇も終わって、仕事に復帰する予定だし、行けるとしたら今だろう。

「うん!行きたい!」
「よかった。じゃあ、菜穂の夏休みに合わせて予約しておくね」
「場所はどこ?」

そう言うと、草哉はいたずらっぽく目を細めた。

「秘密」
「え?」
「菜穂が行きたがってたところだから、サプライズにしたいんだ。理恵子さん、口はかたいけど、菜穂には甘いから言っちゃいそうなので、お楽しみってことで内緒。…まぁ、理恵子さんには行く途中の道路とかでバレるとは思うけどね」

「そっか。わかった。楽しみにしてる」

その時、行き先を聞かなかったことを、理恵子はのちに後悔することになる。

***

そして迎えた旅行当日。

(…どうしよう。よりによって、ここだったなんて)

「見て!カピバラの餌やり体験だって!行きたい!」
「いいよ。ちょっと待ってね。えっと…次は11時30分からだって。あと10分あるから、他の場所を見てから行こうか?」

はしゃぐ菜穂に、イベントスケジュールの紙を持った草哉が穏やかに言う。

ここは、宿泊予定の旅館近くの大型動物園。
草哉が言っていた『菜穂が行きたがっていた場所』とはこの動物園のことで、数週間前にニュースでライオンの赤ちゃんが生まれたと話題になっていたところだ。

「理恵子さん?具合悪い?」

動揺が顔に出てしまったのだろう。
2人の少し後ろを、抱っこ紐で幸斗を抱えて歩く理恵子を見て、草哉が心配そうに顔を覗き込んだ。

「あ、ううん。大丈夫。ちょっと車酔いしたかも」
「長距離久しぶりだったからかな?休む?」
「え、でも…」
「お母さん。ゆき君と座って待ってなよ。私、お父さんと見てくるから」
「菜穂もこう言ってるし、理恵子さんと幸斗は休んでて」
「そう?じゃあ、そうしようかな」

「プレーリードック見たい!」「こっちみたいだよ」と会話をしながら歩く二人の背中を見送る。
最近、草哉と菜穂の関係性も変わった。
「お父さん」「菜穂」と呼び合って、本当の親子みたいだ。

抱っこ紐から幸斗を降ろしてベンチに座らせ、麦茶の入ったストロー付きマグを渡すと、美味しそうにごくごく飲み始める。
「ゆっくりね」と声をかけると、こくんと頷いた。可愛い。
菜穂は理恵子似だが、幸斗は草哉に似ている。
くりっとした大きな二重。長い睫。形のいい唇。
将来は草哉似のイケメンになりそうで、今から心配だ。

(それにしても…)

顔を上げて園内を見回すと、懐かしい気持ちになる。

(12年前と変わらないな)

草哉は、理恵子がこの場所に来るのは初めてだと思っているようだが、実は初めてではない。
12年前、菜穂が産まれる前に、信也との新婚旅行でこの動物園に来たことがあるのだ。

(でも、絶対にバレないようにしないと)

この旅行を楽しみにしていた草哉に、わざわざ元夫のことを伝える必要もない。
そう思っていたのだけど。

***

「理恵子さん。俺に何か隠してることない?」
「げほっ!ごほっ!…なに、突然」

草哉がとってくれた部屋は、今まで泊ったことがないような贅沢なものだった。
テレビとテーブルが置かれた和室、ベッドが4台並んだ寝室。内風呂もあったが、ひのきの露天風呂までついていた。露天風呂の傍には椅子とテーブルが置かれたデッキテラスもある。
昼間にたくさんはしゃいだ菜穂と幸斗は、夕飯とお風呂の後、スイッチが切れたように寝室で眠った。
それを見届けた後、襖一枚隔てた隣の和室で、お茶を飲みながら夫婦の会話を楽しんでいたのだが。
草哉の言葉に、思わず飲んでいたお茶をむせてしまった。

「今日の動物園、初めてじゃないよね?トイレの場所も案内見なくても行ってたし。奥まった場所にあった自動販売機も、なぜか知ってたし」
「う…」

夫が鋭いのか、自分がわかりやすすぎるのか。おそらく後者だろう。

「理恵子さん、俺には隠し事は駄目って言うくせに、自分は隠し事をするの?」
「うう…」

この言葉が決定打になって、素直に話すことにした。

12年前、新婚旅行で信也とこの場所に来たこと。
旅館は同じではなかったけれど、途中で寄ったサービスエリアや、観光地は同じ場所だったことなどを話した。
長い沈黙の後、草哉が静かに口を開く。

「…つまり、理恵子さんは今日、俺と一緒にいるのにずっと信也さんの事を考えてたってことだよね?」
「え?ち、ちがっ…そんなんじゃ…ひあっ!?」

冷たい響きの言葉と共に畳に押し倒されたかと思ったら、上に草哉が乗ってきた。

「そうやくっ…おこって、る?」

恐る恐る顔を上げると、彼は何故か笑顔だった。

(あれ?この感じ、どこかで…。…そうだ!初めての時もこんな…)

でもあの時とは笑顔の種類が違う。
2年以上一緒にいると、草哉の感情がわかるようになってきた。
これは本気で怒っている顔だ。
すると彼は理恵子の耳に唇を近づけて、囁いた。

「怒らないわけないでしょう?」
「ひぃっ!?」

久しぶりの草哉の敬語に、思わず悲鳴のような声が出る。

「…ご、ごめんなさ……んぅっ!?」

反射的に謝ると、噛みつくようなキスをされる。
彼の舌が唇を割って入って、口内を乱暴に撫でながら唾液が絡む。

「…んっ…ふぁっ…」

息が苦しいが、何十回としてきた草哉とのキスは、どんな状況でも拒めずされるがままだ。

数秒後、やっと唇を離してもらえ、二人の間を銀の糸がつないだ。
「はぁっ」と色っぽい息を吐いて、草哉が笑顔で言う。

「あなたが誰のものか、ちゃんと教えてあげないと、ですね?」

「っ!?」

ちっとも目が笑っていない笑顔で言われ、理恵子の顔が思わずひきつった。
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