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鉢合わせ
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「映画、面白かったね!ポップコーンも美味しかった!!」
「ごめんね、草哉君。菜穂が強請っちゃって」
「いいんですよ。俺もちょうどポップコーンが食べたかったんで」
後部座席から聞こえる上機嫌な菜穂の声に、運転席の草哉が笑顔で答える。
今日は、菜穂が観たがっていたアニメ映画を観るために、3人でショッピングモールまで行ってきた。
今はその帰り道の車の中だ。
あれからまた、以前のように彼の車で3人で出掛けることが増えた。
草哉と付き合い始めたことは、菜穂には言っていないが、彼がまた家に来てくれたことが嬉しいらしく、いつも上機嫌だ。
蔵上もまた、相変わらず菜穂にも理恵子にも優しく接してくれる。
3人での日常にはいくつか変化があって、理恵子が草哉への呼び方を『蔵上君』から『草哉君』に変えたこともその1つだ。
本人の希望で呼ぶようになったのだが、周囲に不審がられた時は、菜穂につられたと誤魔化すようにしている。
関係は少しづつ変化して、毎日が幸せに向かってゆっくり進んでいるように見えた。
だけど、それは嵐の前の静けさだったのだと、この後知ることになる。
ショッピングモールからはそのまま理恵子の家に3人で帰宅すると、玄関の前に誰かがいるのが見えた。
ずんぐりしたシルエットが見えて嫌な予感がした瞬間、甲高い声が耳に届く。
「理恵子さん!やっと帰ってきたわね!」
「っ、お義母さん!」
それは、しばらく顔を合わせていなかった義母だった。
よりによって、蔵上と一緒にいる時の訪問に動揺する。
「話があって来たのよ。この前、幸助が…って、あら?お客さん?」
(あ、どうしよう…)
義母の視線が、菜穂と手を繋いでいる草哉に向けられる。
迂闊だった。
幸助に義母の事を相談して以来、突撃訪問もなくなったので油断していた。
まさか草哉と義母が鉢合わせてしまうなんて。
この状況をどう説明しようか考えていると、草哉が口を開いた。
「あの。俺、今日は帰りますね。菜穂ちゃん、またね」
気をつかって言ってくれた草哉だが、突然手を離された菜穂が口を尖らせる。
「えー?なんで急に帰るの?そうや君、菜穂に算数の宿題を教えてくれるって言ったのに!」
「ごめんね、菜穂ちゃん」
「それに今日の夕ご飯は、そうや君の好きなママのカレーだよ?食べなくていいの?」
(わー、菜穂!余計なことを!)
その菜穂の言葉に、義母の意味深な視線が突き刺さる。
普段から夕飯を一緒に食べているなんて、関係性がバレバレだろう。
「あら。夕飯を一緒に食べるような仲なのね」
「ち、違うんです!彼は別に…」
「カレーなら私も食べていこうかしら」
「え?」
(今、なんて?)
「どうせ鍋で作るんだから一人くらい増えても大丈夫でしょ?その人も一緒でいいから。ほら、菜穂ちゃん、算数ならばぁばが教えてあげますよー」
「えー?わかるの?」
止める間もなく、そのまま菜穂と一緒にズカズカと中に入っていった義母に、理恵子と草哉は顔を見合わせた。
そしてその数十分後。
結局、4人で食卓を囲むことになってしまった。
(何でこんなことに…)
今日のメニューはポークカレーと温野菜サラダとコンソメスープ。デザートにバナナヨーグルトというシンプルな献立だ。
確かにカレーだから、急に人数が増えても問題はないが。
(うう…気まずい…)
苦手な義母が同じ食卓に座るというだけで結構なストレスだ。
しかも文句を言わずに食べてくれる菜穂や草哉と違い、義母はいちいち煩い。
「あら。福神漬け?私、食べないのよ。らっきょうはないの?」とか「やだ。甘口だけ?駄目よ、理恵子さん。子供の好みに合わせたら。子供のほうに辛さを慣れさせないと」とか、言ってくるのだ。
草哉との関係はただの友人と伝えたが、納得していない様子の義母は、ずっと草哉に「名前は?年は?職業は?」と質問責めにしていた。
草哉は笑顔で躱していたが、菜穂は「おばあちゃんうるさい」と不機嫌そうに言うので、理恵子はハラハラした。
(疲れた…)
げっそりしながら後片付けをしている間、義母は我が物顔でソファに座り、テレビを見てくつろいでいる。
草哉と菜穂は隣の部屋で宿題をしているので、草哉との関係をこれ以上掘り下げされないことに、ホッとする。
(このまま草哉君とのことを聞かずに帰ってくれればいいんだけど)
そんなことを思いながら洗い物をしていた時、「理恵子さん」と声がかかって顔をあげると、険しい表情の義母が目の前にいた。
話を聞こうと水道の蛇口を締めてタオルで手を拭いた時、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「あなた、あの人と再婚するつもりでしょ?」
「…え?」
突然の質問に頭の処理が追いつかず、呆けると義母はさらに続けた。
「ただの友達なんて嘘。…おかしいと思ったのよ。幸助が突然、老人ホームなんて言い出すから。理恵子さん、あなたの差し金ね?あの人と再婚したいから私が邪魔になったんでしょ?指輪もしてないし」
「あ…」
確かに、いつもなら薬指にはめられている指輪は、そこにはない。
指輪を見るたびに複雑そうな顔をする草哉の為に、最近は、はずして生活していたのだ。
「いつからなの?本当は信也が生きてた頃から関係があって、信也が亡くなってホッとしたんじゃないの?」
「そんな!私は…」
信也が亡くなってホッとしたことなど、一度もない。
それどころか、身体の一部分をいきなり奪われてしまったかのような喪失感で、心が壊れそうだった。
そんな状態の理恵子を支えてくれたのが、菜穂の存在だ。
菜穂が居たから、生きるために必死に働かなければと、仕事に育児に走り回ることが出来た。
菜穂のおかげで信也が亡くなった悲しみも、忙しさの中に埋もれることが出来た。
一度も助けてくれなかった人に、なぜそんなことを言われなければいけないのだろう。
「再婚なんて許さないわよ!今すぐ別れなさい!あなたは死ぬまで信也の嫁なのよ!信也だけを好きでいなきゃいけないの!」
確かに、今は草哉に恋愛感情を抱いていることは事実だ。
でも、だからって信也を好きだった気持ちは変わらないし、これからも彼を忘れることはない。
草哉はそんな自分でもいいと言ってくれたのだ。
なのに、どうして義母は…。
(いつまで私はこの人に囚われなきゃいけないの?)
「っ、私は」
悔しさで涙が出そうになったその時、バンッとドアが開いた。
「ママがそうや君と別れるなんて、絶対許さない!」
現れたのは菜穂だった。
どうやら近くで話を聞いていたらしい。
「パパだけを好きでいなきゃいけないなんて、なんでおばあちゃんがそんなこと決めるの?パパは死んじゃったんでしょ?死んだ人は何もしてくれないよ。ママを助けてあげられるのは生きてる人だけ。そうや君は、いつもママを助けてくれる。だからママは最近ずっと笑ってるし、なほだって嬉しいの。なのに、なんで別れろなんて言うの?そんなこと言うばぁばなんて、大嫌い!」
あまりの出来事に驚いて声も出なかった。
まさか菜穂がそんな風に考えてくれていたなんて。
まだ幼いと思っていた娘の勇敢な姿に、じわっと涙が溢れる。
「菜穂ちゃん…なんでそんな…大嫌いなんて…私は…」
ピンポーン
義母が珍しく狼狽えたその時、玄関のチャイムが鳴って来客を知らせた。
「ごめんね、草哉君。菜穂が強請っちゃって」
「いいんですよ。俺もちょうどポップコーンが食べたかったんで」
後部座席から聞こえる上機嫌な菜穂の声に、運転席の草哉が笑顔で答える。
今日は、菜穂が観たがっていたアニメ映画を観るために、3人でショッピングモールまで行ってきた。
今はその帰り道の車の中だ。
あれからまた、以前のように彼の車で3人で出掛けることが増えた。
草哉と付き合い始めたことは、菜穂には言っていないが、彼がまた家に来てくれたことが嬉しいらしく、いつも上機嫌だ。
蔵上もまた、相変わらず菜穂にも理恵子にも優しく接してくれる。
3人での日常にはいくつか変化があって、理恵子が草哉への呼び方を『蔵上君』から『草哉君』に変えたこともその1つだ。
本人の希望で呼ぶようになったのだが、周囲に不審がられた時は、菜穂につられたと誤魔化すようにしている。
関係は少しづつ変化して、毎日が幸せに向かってゆっくり進んでいるように見えた。
だけど、それは嵐の前の静けさだったのだと、この後知ることになる。
ショッピングモールからはそのまま理恵子の家に3人で帰宅すると、玄関の前に誰かがいるのが見えた。
ずんぐりしたシルエットが見えて嫌な予感がした瞬間、甲高い声が耳に届く。
「理恵子さん!やっと帰ってきたわね!」
「っ、お義母さん!」
それは、しばらく顔を合わせていなかった義母だった。
よりによって、蔵上と一緒にいる時の訪問に動揺する。
「話があって来たのよ。この前、幸助が…って、あら?お客さん?」
(あ、どうしよう…)
義母の視線が、菜穂と手を繋いでいる草哉に向けられる。
迂闊だった。
幸助に義母の事を相談して以来、突撃訪問もなくなったので油断していた。
まさか草哉と義母が鉢合わせてしまうなんて。
この状況をどう説明しようか考えていると、草哉が口を開いた。
「あの。俺、今日は帰りますね。菜穂ちゃん、またね」
気をつかって言ってくれた草哉だが、突然手を離された菜穂が口を尖らせる。
「えー?なんで急に帰るの?そうや君、菜穂に算数の宿題を教えてくれるって言ったのに!」
「ごめんね、菜穂ちゃん」
「それに今日の夕ご飯は、そうや君の好きなママのカレーだよ?食べなくていいの?」
(わー、菜穂!余計なことを!)
その菜穂の言葉に、義母の意味深な視線が突き刺さる。
普段から夕飯を一緒に食べているなんて、関係性がバレバレだろう。
「あら。夕飯を一緒に食べるような仲なのね」
「ち、違うんです!彼は別に…」
「カレーなら私も食べていこうかしら」
「え?」
(今、なんて?)
「どうせ鍋で作るんだから一人くらい増えても大丈夫でしょ?その人も一緒でいいから。ほら、菜穂ちゃん、算数ならばぁばが教えてあげますよー」
「えー?わかるの?」
止める間もなく、そのまま菜穂と一緒にズカズカと中に入っていった義母に、理恵子と草哉は顔を見合わせた。
そしてその数十分後。
結局、4人で食卓を囲むことになってしまった。
(何でこんなことに…)
今日のメニューはポークカレーと温野菜サラダとコンソメスープ。デザートにバナナヨーグルトというシンプルな献立だ。
確かにカレーだから、急に人数が増えても問題はないが。
(うう…気まずい…)
苦手な義母が同じ食卓に座るというだけで結構なストレスだ。
しかも文句を言わずに食べてくれる菜穂や草哉と違い、義母はいちいち煩い。
「あら。福神漬け?私、食べないのよ。らっきょうはないの?」とか「やだ。甘口だけ?駄目よ、理恵子さん。子供の好みに合わせたら。子供のほうに辛さを慣れさせないと」とか、言ってくるのだ。
草哉との関係はただの友人と伝えたが、納得していない様子の義母は、ずっと草哉に「名前は?年は?職業は?」と質問責めにしていた。
草哉は笑顔で躱していたが、菜穂は「おばあちゃんうるさい」と不機嫌そうに言うので、理恵子はハラハラした。
(疲れた…)
げっそりしながら後片付けをしている間、義母は我が物顔でソファに座り、テレビを見てくつろいでいる。
草哉と菜穂は隣の部屋で宿題をしているので、草哉との関係をこれ以上掘り下げされないことに、ホッとする。
(このまま草哉君とのことを聞かずに帰ってくれればいいんだけど)
そんなことを思いながら洗い物をしていた時、「理恵子さん」と声がかかって顔をあげると、険しい表情の義母が目の前にいた。
話を聞こうと水道の蛇口を締めてタオルで手を拭いた時、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「あなた、あの人と再婚するつもりでしょ?」
「…え?」
突然の質問に頭の処理が追いつかず、呆けると義母はさらに続けた。
「ただの友達なんて嘘。…おかしいと思ったのよ。幸助が突然、老人ホームなんて言い出すから。理恵子さん、あなたの差し金ね?あの人と再婚したいから私が邪魔になったんでしょ?指輪もしてないし」
「あ…」
確かに、いつもなら薬指にはめられている指輪は、そこにはない。
指輪を見るたびに複雑そうな顔をする草哉の為に、最近は、はずして生活していたのだ。
「いつからなの?本当は信也が生きてた頃から関係があって、信也が亡くなってホッとしたんじゃないの?」
「そんな!私は…」
信也が亡くなってホッとしたことなど、一度もない。
それどころか、身体の一部分をいきなり奪われてしまったかのような喪失感で、心が壊れそうだった。
そんな状態の理恵子を支えてくれたのが、菜穂の存在だ。
菜穂が居たから、生きるために必死に働かなければと、仕事に育児に走り回ることが出来た。
菜穂のおかげで信也が亡くなった悲しみも、忙しさの中に埋もれることが出来た。
一度も助けてくれなかった人に、なぜそんなことを言われなければいけないのだろう。
「再婚なんて許さないわよ!今すぐ別れなさい!あなたは死ぬまで信也の嫁なのよ!信也だけを好きでいなきゃいけないの!」
確かに、今は草哉に恋愛感情を抱いていることは事実だ。
でも、だからって信也を好きだった気持ちは変わらないし、これからも彼を忘れることはない。
草哉はそんな自分でもいいと言ってくれたのだ。
なのに、どうして義母は…。
(いつまで私はこの人に囚われなきゃいけないの?)
「っ、私は」
悔しさで涙が出そうになったその時、バンッとドアが開いた。
「ママがそうや君と別れるなんて、絶対許さない!」
現れたのは菜穂だった。
どうやら近くで話を聞いていたらしい。
「パパだけを好きでいなきゃいけないなんて、なんでおばあちゃんがそんなこと決めるの?パパは死んじゃったんでしょ?死んだ人は何もしてくれないよ。ママを助けてあげられるのは生きてる人だけ。そうや君は、いつもママを助けてくれる。だからママは最近ずっと笑ってるし、なほだって嬉しいの。なのに、なんで別れろなんて言うの?そんなこと言うばぁばなんて、大嫌い!」
あまりの出来事に驚いて声も出なかった。
まさか菜穂がそんな風に考えてくれていたなんて。
まだ幼いと思っていた娘の勇敢な姿に、じわっと涙が溢れる。
「菜穂ちゃん…なんでそんな…大嫌いなんて…私は…」
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