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バレた関係
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それは、理恵子の休みに合わせて蔵上が家に来るようになって、2ヶ月が経ったある日のこと。
3人で出掛けるのが当たり前になり、その日もいつものようにショッピングモールに行こうとした時だった。
玄関のドアを開けた瞬間に、チャイムを押そうとしていた人物と目が合ったのは。
「え?」
立っていたのは、ゆるくウェーブのかかった黒髪セミロングの女性。
今日は休みだったのか、無地の黒いTシャツに、カーキ色のサロペットを合わせたカジュアルな恰好をしている。
「舞ちゃん?」
「理恵ちゃん、ごめんね!ちょっと話があって。電話じゃ長くなりそうだから直接来ちゃった」
(あれ?今日、来るって言われたっけ?いや、そういえば舞ちゃんはいつも急に来るんだった)
ここのところ、蔵上に振り回されることが多くて失念していたが、舞は以前からアポ無し訪問が多いことを思い出す。
「あ。もしかして出かけるところだった?じゃあ私も一緒に行っていい?買い物でしょ?」
以前から、大きなショッピングモールに行くときは、舞も一緒についてきてくれた。
子連れの買い物は大変なので、菜穂の面倒を見てくれる舞の存在は有り難くて、いつもなら断らないのだが、今日は状況が違う。
「え、あ、うん。買い物なんだけど…えっと…」
直感的に蔵上の存在を知られてはいけない気がして、なんと返答するか戸惑っていると、後ろから声をかけられた。
「理恵子さん。菜穂ちゃんが靴下が見つからないって…あれ?米田さん?」
(あ。どうしよう…)
舞と蔵上が鉢合わせてしまった。
こんな朝早くから理恵子の家にいる蔵上を見て、舞はどう思っただろうか。
恐る恐る彼女を見ると、大きく目を見開いて固まっている。
サークル内は恋愛禁止ではないが、年下男子をたぶらかすなんて、怒られるか軽蔑されてもおかしくない。
親友の舞にがっかりされることが、理恵子にとっては一番の恐怖だから、今まで彼女には何も言えなかったのに。
数秒の沈黙のあと、舞が静かに口を開いた。
「…これは、どういうこと?なんで蔵上君がここにいるの?」
その声は怒りを含んでいるように聞こえて、びくりと体が震える。
「あの、これは…その…」
「おまたせー。はぁ、やっと見つかったよー。…あれ?舞ちゃん?」
どう説明しようか悩んでいると、無事に靴下が見つかったらしい菜穂が、移動ポケットをスカートにつけながら出て来た。
「舞ちゃんも買い物に行くの?そうや君の車、もう1人乗れるから大丈夫だよ」
「『そうや君』?」
「あ、違うの、そうじゃなくて…」
怪訝な顔をしている舞にどう説明しようか悩んでいると、近くにいた蔵上が理恵子の肩をぽんと叩いた。
「理恵子さん。よかったら、俺が菜穂ちゃんと二人で買い物に行ってきましょうか?米田さんは理恵子さんと話があるみたいですし」
「え、いいの?」
このまま舞を放置して3人で買い物に行ける雰囲気ではないし、かといって菜穂の前で舞に蔵上との関係を説明するのは難しいので、蔵上の申し出はありがたい。
「『理恵子さん』?」
蔵上の名前呼びに舞がまた怪訝な顔をしたことには、気づかなかった。
「菜穂ちゃん。買い物は俺と二人でいいかな?ママはお友達と話があるみたいだから。新しい水筒を買いたいんだよね?」
父親でもない男性と2人で買い物なんて嫌がるかと思いきや、今までの餌付けのおかげか、菜穂はあっさりと「うん。いいよ」と頷いた。
「なほね、ピンク色の水筒が欲しいんだ」
「わかった。一緒に選ぼうね」
「蔵上君、ありがとう。これ、水筒のお金。なにかあったら連絡してね。お願いします」
「了解です。じゃあ、行ってきますね、理恵子さん」
笑顔で『行ってきます』と言われて、ドキリとしてしまう。
なんだか恥ずかしい。
「い、いってらっしゃい。気を付けて」
そういうと彼はすごく嬉しそうに笑った後、菜穂と手を繋いで出て行った。
残された理恵子と舞の間に沈黙が包む。
「さて。この状況を説明してもらいましょうか?」
「…はい」
目が笑ってない笑顔で言われ、理恵子は引きつった顔で頷いた。
***
「…なるほどね。どうりで最近誘っても忙しいって断ったり、電話も通話中が多いと思った」
収録のあった日の夜のことを話すと、舞は納得したように呟いた。
さすがに細かいことは話せなかったので、忘れ物を取りに来た蔵上と酔った勢いでそういう関係になったことだけを伝えたが、普段色恋の相談をしない理恵子にとってそういう話題は十分恥ずかった。
舞を見ると、不機嫌そうに顔を歪めているので、思わず頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「なんで理恵ちゃんが謝るの?」
「だって、若い男を誑かして…。私に軽蔑したよね?」
すると舞はため息を吐いた後、言った。
「いや、どっちかっていうと、誑かされたのは理恵ちゃんのほうでしょ。…ったく、あの腹黒男、収録した日は『このまま帰ります』なんて言ってたくせに。いや、もとはといえば私が理恵ちゃんの家を教えたから悪いのか。でもなぁ、それにしてもあの男、手が早すぎない?何が『俺はただ力になりたいだけなんです』だ!下心ありまくりじゃない」
(あれ?よくわからないけど、もしかして蔵上君に対して怒っているの?)
「えっと、舞ちゃん?私に怒っているわけじゃないの?」
「いや、悪いのは全部あの腹黒敬語男でしょうが!あとで蔵上君に7時間くらい説教しておくわ」
(じ、冗談だよね?7時間って…)
舞の発言に引きながらも、彼女が自分に対して怒っていないことにホッとする。
「でも意外だな。私もだけど理恵ちゃんも男性に対して潔癖だから、酔った勢いとかはない人間だと思ってたのに」
「うん。私もビックリしてる。年下男子が苦手だったのに、何故か蔵上君は平気で…。話してると楽しいし菜穂も懐いてたからつい甘えちゃってたんだけど…」
この2ヶ月の間。
毎晩の電話に加えて、毎週の休みに合わせて家にやってくる蔵上の強引さを迷惑に感じなかったのは、きっと無意識に彼に心を許していたから。
理恵子だけではなく菜穂も大事にしてくれる彼の存在に、惹かれているのは事実だ。
でもその気持ちを素直に認められないのは、自分にはまだ片付けなくてはいけない問題があるのをわかっているから。
「私、幸助君にお義母さんのことを相談しようと思う。蔵上君の気持ちにちゃんと向き合うためにも、今まで放置していた問題も考えたいから」
このままズルズルと返事を先延ばしにして、彼の優しさを利用するのは駄目だ。
背負っていた問題を片付けてから、彼への気持ちに向き直りたい。
理恵子の決意を込めた宣言に、舞はホッとしたように息を吐く。
「うん。私もそれがいいと思う。何か協力出来ることがあったら言って。いつでも話を聞くから」
「ありがとう、舞ちゃん」
(ああ、本当に友達に恵まれたな。…蔵上君も…)
自分のために寄り添ってくれる人達のために、今の自分に出来ることをしなくてはと思う。
『俺を知って、少しでもいいなって思ったら、俺との未来を考えて欲しいんです』
そう言ってくれた彼の為にも、一歩を踏み出そうと、理恵子は決意を固めた。
3人で出掛けるのが当たり前になり、その日もいつものようにショッピングモールに行こうとした時だった。
玄関のドアを開けた瞬間に、チャイムを押そうとしていた人物と目が合ったのは。
「え?」
立っていたのは、ゆるくウェーブのかかった黒髪セミロングの女性。
今日は休みだったのか、無地の黒いTシャツに、カーキ色のサロペットを合わせたカジュアルな恰好をしている。
「舞ちゃん?」
「理恵ちゃん、ごめんね!ちょっと話があって。電話じゃ長くなりそうだから直接来ちゃった」
(あれ?今日、来るって言われたっけ?いや、そういえば舞ちゃんはいつも急に来るんだった)
ここのところ、蔵上に振り回されることが多くて失念していたが、舞は以前からアポ無し訪問が多いことを思い出す。
「あ。もしかして出かけるところだった?じゃあ私も一緒に行っていい?買い物でしょ?」
以前から、大きなショッピングモールに行くときは、舞も一緒についてきてくれた。
子連れの買い物は大変なので、菜穂の面倒を見てくれる舞の存在は有り難くて、いつもなら断らないのだが、今日は状況が違う。
「え、あ、うん。買い物なんだけど…えっと…」
直感的に蔵上の存在を知られてはいけない気がして、なんと返答するか戸惑っていると、後ろから声をかけられた。
「理恵子さん。菜穂ちゃんが靴下が見つからないって…あれ?米田さん?」
(あ。どうしよう…)
舞と蔵上が鉢合わせてしまった。
こんな朝早くから理恵子の家にいる蔵上を見て、舞はどう思っただろうか。
恐る恐る彼女を見ると、大きく目を見開いて固まっている。
サークル内は恋愛禁止ではないが、年下男子をたぶらかすなんて、怒られるか軽蔑されてもおかしくない。
親友の舞にがっかりされることが、理恵子にとっては一番の恐怖だから、今まで彼女には何も言えなかったのに。
数秒の沈黙のあと、舞が静かに口を開いた。
「…これは、どういうこと?なんで蔵上君がここにいるの?」
その声は怒りを含んでいるように聞こえて、びくりと体が震える。
「あの、これは…その…」
「おまたせー。はぁ、やっと見つかったよー。…あれ?舞ちゃん?」
どう説明しようか悩んでいると、無事に靴下が見つかったらしい菜穂が、移動ポケットをスカートにつけながら出て来た。
「舞ちゃんも買い物に行くの?そうや君の車、もう1人乗れるから大丈夫だよ」
「『そうや君』?」
「あ、違うの、そうじゃなくて…」
怪訝な顔をしている舞にどう説明しようか悩んでいると、近くにいた蔵上が理恵子の肩をぽんと叩いた。
「理恵子さん。よかったら、俺が菜穂ちゃんと二人で買い物に行ってきましょうか?米田さんは理恵子さんと話があるみたいですし」
「え、いいの?」
このまま舞を放置して3人で買い物に行ける雰囲気ではないし、かといって菜穂の前で舞に蔵上との関係を説明するのは難しいので、蔵上の申し出はありがたい。
「『理恵子さん』?」
蔵上の名前呼びに舞がまた怪訝な顔をしたことには、気づかなかった。
「菜穂ちゃん。買い物は俺と二人でいいかな?ママはお友達と話があるみたいだから。新しい水筒を買いたいんだよね?」
父親でもない男性と2人で買い物なんて嫌がるかと思いきや、今までの餌付けのおかげか、菜穂はあっさりと「うん。いいよ」と頷いた。
「なほね、ピンク色の水筒が欲しいんだ」
「わかった。一緒に選ぼうね」
「蔵上君、ありがとう。これ、水筒のお金。なにかあったら連絡してね。お願いします」
「了解です。じゃあ、行ってきますね、理恵子さん」
笑顔で『行ってきます』と言われて、ドキリとしてしまう。
なんだか恥ずかしい。
「い、いってらっしゃい。気を付けて」
そういうと彼はすごく嬉しそうに笑った後、菜穂と手を繋いで出て行った。
残された理恵子と舞の間に沈黙が包む。
「さて。この状況を説明してもらいましょうか?」
「…はい」
目が笑ってない笑顔で言われ、理恵子は引きつった顔で頷いた。
***
「…なるほどね。どうりで最近誘っても忙しいって断ったり、電話も通話中が多いと思った」
収録のあった日の夜のことを話すと、舞は納得したように呟いた。
さすがに細かいことは話せなかったので、忘れ物を取りに来た蔵上と酔った勢いでそういう関係になったことだけを伝えたが、普段色恋の相談をしない理恵子にとってそういう話題は十分恥ずかった。
舞を見ると、不機嫌そうに顔を歪めているので、思わず頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「なんで理恵ちゃんが謝るの?」
「だって、若い男を誑かして…。私に軽蔑したよね?」
すると舞はため息を吐いた後、言った。
「いや、どっちかっていうと、誑かされたのは理恵ちゃんのほうでしょ。…ったく、あの腹黒男、収録した日は『このまま帰ります』なんて言ってたくせに。いや、もとはといえば私が理恵ちゃんの家を教えたから悪いのか。でもなぁ、それにしてもあの男、手が早すぎない?何が『俺はただ力になりたいだけなんです』だ!下心ありまくりじゃない」
(あれ?よくわからないけど、もしかして蔵上君に対して怒っているの?)
「えっと、舞ちゃん?私に怒っているわけじゃないの?」
「いや、悪いのは全部あの腹黒敬語男でしょうが!あとで蔵上君に7時間くらい説教しておくわ」
(じ、冗談だよね?7時間って…)
舞の発言に引きながらも、彼女が自分に対して怒っていないことにホッとする。
「でも意外だな。私もだけど理恵ちゃんも男性に対して潔癖だから、酔った勢いとかはない人間だと思ってたのに」
「うん。私もビックリしてる。年下男子が苦手だったのに、何故か蔵上君は平気で…。話してると楽しいし菜穂も懐いてたからつい甘えちゃってたんだけど…」
この2ヶ月の間。
毎晩の電話に加えて、毎週の休みに合わせて家にやってくる蔵上の強引さを迷惑に感じなかったのは、きっと無意識に彼に心を許していたから。
理恵子だけではなく菜穂も大事にしてくれる彼の存在に、惹かれているのは事実だ。
でもその気持ちを素直に認められないのは、自分にはまだ片付けなくてはいけない問題があるのをわかっているから。
「私、幸助君にお義母さんのことを相談しようと思う。蔵上君の気持ちにちゃんと向き合うためにも、今まで放置していた問題も考えたいから」
このままズルズルと返事を先延ばしにして、彼の優しさを利用するのは駄目だ。
背負っていた問題を片付けてから、彼への気持ちに向き直りたい。
理恵子の決意を込めた宣言に、舞はホッとしたように息を吐く。
「うん。私もそれがいいと思う。何か協力出来ることがあったら言って。いつでも話を聞くから」
「ありがとう、舞ちゃん」
(ああ、本当に友達に恵まれたな。…蔵上君も…)
自分のために寄り添ってくれる人達のために、今の自分に出来ることをしなくてはと思う。
『俺を知って、少しでもいいなって思ったら、俺との未来を考えて欲しいんです』
そう言ってくれた彼の為にも、一歩を踏み出そうと、理恵子は決意を固めた。
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