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3人の日常
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あれから毎週、蔵上は理恵子の休みに合わせて、家に来るようになった。
心配していた蔵上と菜穂の仲は、良好だ。
面食いの菜穂は、綺麗な顔の蔵上を気に入ったらしく、すぐに「そうや君」と呼んで懐いた。
もともとあまり人見知りをしない子ではあるが、父親ではない男が家庭内に入り込むことに嫌悪感を抱くと思ったのに、最初に蔵上との関係を「友達」と言ったのがよかったらしい。
アポなし訪問当たり前の舞に慣れてしまっているからか、ママの友達とはそういうものだと思っているようだ。
菜穂が懐いたのは蔵上の顔だけではなく、毎回彼が持参する手作りのお菓子のせいでもある。
「試作品なので気にしなくていいですよ」と言われると断ることも出来ないので、毎回美味しくいただいているが、なんだか順調に餌付けされているような気もする。
突然来る義母と蔵上が鉢合わせる不安もあったが、彼女は用がある時(お金が欲しい時)しかここには来ない。
今月分はもう渡してあるし、しばらくは来ないだろう。
蔵上との過ごし方は、理恵子が溜まった家事をしている間に菜穂の勉強を見てもらったり、一緒にショッピングモールに行ったりして過ごす。
菜穂の前で甘い雰囲気を出されたらどうしようかと心配したが、蔵上は菜穂といるときは菜穂を優先して純粋に仲良くしてくれて、理恵子への下心を感じないのも心地がよかった。
買い物に行くとき、最初は理恵子の車で行っていたが、一度蔵上の車で行ってからは菜穂が彼の車に載りたがるようになってしまったので、いつからか彼の車で買い物に行くのが定番になった。
カーキ色のボックスタイプの自動車は、後部座席に甥っ子のために搭載されたらしいジュニアシートがあり、DVDも見れる。しかも菜穂の好きなアニメが入っているので、菜穂が乗りたがるのも当然だ。
いつも申し訳ないから理恵子の車で行こうと言うのだが、菜穂と蔵上に押し切られて結局甘えてしまう。
今日も菜穂の新しい靴を買う為に、蔵上の車でショッピングモールに向かっている最中だ。
「ごめんね、蔵上君。いつも運転させちゃって」
最初は遠慮がちに乗っていた助手席だったけれど、今はシートの位置を理恵子に合わせてくれるおかげで快適に過ごせて、たまに寝てしまうこともあるくらいだった。
「気にしないでください。俺、運転は好きですし。休みの日くらいは理恵子さんには休んでもらわないと。今日は渋滞してるんで、着くまで寝てていいですよ」
いつもそう言ってくれるが、さすがに申し訳ない。
「いや。そんな…運転させておいて自分だけ寝るわけには」
なんて言ってたくせに、彼の安全運転と心地よい振動のおかげで、そのまま意識が沈んでいった。
「…ん…」
何がか耳に触れる感触で意識が戻ってくる。
(あれ?私、寝てた?…ん?ここ、駐車場?)
うっすらと目を開けると、窓ガラスの向こうの景色は薄暗く、何台も車が停まっているのが見えたので、ショッピングモールの立体駐車場に着いたようだ。
自分の耳に触れる誰かの指がくすぐったくて動くと、すぐ近くで低い笑い声が聞こえた。
「…あ、起きちゃいました?…じっとして。…うん。もういいですよ」
「…な、に?…えっ?」
思ったよりも蔵上の顔がすぐ近くにあって、驚いて目を見開く。
「ご、ごめんね。私寝ちゃってたみたい。…今、何かした?」
すると彼はスマホを取り出して、それを見るように促した。
真っ黒な画面が、鏡のように理恵子の耳元を映す。
「…え?」
そこには、朝にはなかったイヤリングがつけられていた。
透明な樹脂のフックをひっかけると、耳と同化してまるでピアスのように見える『ノンホールピアス』と呼ばれる種類のものだ。
先端には金細工の小花とオレンジ色の石が揺れている。
(綺麗。金木犀みたい)
「…これ…」
「それ、かなり前に理恵子さんにあげたくて買ってたんです。菜穂ちゃんの前で渡すと、受け取ってくれないと思って、勝手につけちゃいました。とっても可愛いですよ」
(何言ってるの、この人!)
顔が真っ赤になる。
「こ、困るよ!もらえない!」
「安いものなので、気にしないで下さい」
「そういう問題じゃなくて」
どう断ったらと悩んでいると、わざとらしく彼がため息をついた。
「…困りましたね。理恵子さんがつけてくれないなら、捨てるしかないな。どうしよう。こんなに可愛いのにもったいないな。似合ってる人が付けるのが一番だと思うんですけど」
「っ」
なにそれ、ずるい。
改めて画面の中の自分を見ると、動くたびに揺れるそれが、とても可愛い。
理恵子はピアス穴は開けていないが、イヤリングは好きだ。
菜穂が赤ちゃんの頃は、抱っこした時に口に入れられる危険があるからアクセサリーは我慢していたが、もう小学生だからそんな心配をすることもない。
今日はしていないが、休日にはお気に入りのイヤリングをつけて出掛けることも多かった。
思えば、誰かから食べ物以外の贈り物をされるのは、去年、誕生日プレゼントに菜穂から手作りの粘土マスコットをもらった時以来だ。
夫からのプレゼントはいつもギフト券で、アクセサリーをもらったことはない。
「えっと、本当にもらっていいの?」
うかがうように聞くと、彼は笑った。
「いいからつけたんですよ。もらってください」
「…ありがとう」
今度は素直にお礼が口から出ると、彼は嬉しそうに笑う。
「どういたしまして」
「あ、でも、もらいっぱなしは嫌だから私からも渡したいんだけど、何か欲しいものはある?いつも運転してもらってるし…っ」
真剣な瞳と目があったと思ったら、彼の右手が左頬に触れ、そのまま親指で唇をなぞられる。
指とはいえ、唇に触れる感触にドクドクと心臓が高鳴った。
(あ、あれ?何、この雰囲気。これじゃまるで、初めてえっちした時みたい。…いや、でも菜穂がいるからこれ以上はさすがに…。あれ?菜穂、寝てる?)
頭の中はフル回転でごちゃごちゃ考えながらも、彼の妖艶な雰囲気からは目が離せない。
「…俺にそういうこと言うと、『お礼は身体で』とか言い出しますけど、いいんですか?」
「っ、え…あの…」
(ど、どうしよう!嫌じゃないんだけど…でも…)
熱を帯びた綺麗な瞳が近づいて、唇が重なると思ったその瞬間、後ろからガサリと動く音と共に声がした。
「…んっ…もう着いたぁ?」
菜穂の眠そうな声ではっと我に返り、慌てて蔵上から体を離す。
「う、うん。着いたよ。降りられる?」
「んー、寝ちゃった。アニメ面白かったよ。そうや君、ありがとー」
「どういたしまして。帰りも見ていいからね」
蔵上は慌てる様子もなく、後ろを振り返って菜穂に笑顔を向ける。
そして、真っ赤になっている理恵子を見て、意地悪そうに目を細めた。
(もしかして、からかわれただけ?)
あんなに動揺させておいて、からかっていただけだなんて。若い男って怖い。
(もう、信じられない!)
そう思いながらも、自分の耳に静かに揺れるイヤリングに温かい気持ちでそっと撫でた。
心配していた蔵上と菜穂の仲は、良好だ。
面食いの菜穂は、綺麗な顔の蔵上を気に入ったらしく、すぐに「そうや君」と呼んで懐いた。
もともとあまり人見知りをしない子ではあるが、父親ではない男が家庭内に入り込むことに嫌悪感を抱くと思ったのに、最初に蔵上との関係を「友達」と言ったのがよかったらしい。
アポなし訪問当たり前の舞に慣れてしまっているからか、ママの友達とはそういうものだと思っているようだ。
菜穂が懐いたのは蔵上の顔だけではなく、毎回彼が持参する手作りのお菓子のせいでもある。
「試作品なので気にしなくていいですよ」と言われると断ることも出来ないので、毎回美味しくいただいているが、なんだか順調に餌付けされているような気もする。
突然来る義母と蔵上が鉢合わせる不安もあったが、彼女は用がある時(お金が欲しい時)しかここには来ない。
今月分はもう渡してあるし、しばらくは来ないだろう。
蔵上との過ごし方は、理恵子が溜まった家事をしている間に菜穂の勉強を見てもらったり、一緒にショッピングモールに行ったりして過ごす。
菜穂の前で甘い雰囲気を出されたらどうしようかと心配したが、蔵上は菜穂といるときは菜穂を優先して純粋に仲良くしてくれて、理恵子への下心を感じないのも心地がよかった。
買い物に行くとき、最初は理恵子の車で行っていたが、一度蔵上の車で行ってからは菜穂が彼の車に載りたがるようになってしまったので、いつからか彼の車で買い物に行くのが定番になった。
カーキ色のボックスタイプの自動車は、後部座席に甥っ子のために搭載されたらしいジュニアシートがあり、DVDも見れる。しかも菜穂の好きなアニメが入っているので、菜穂が乗りたがるのも当然だ。
いつも申し訳ないから理恵子の車で行こうと言うのだが、菜穂と蔵上に押し切られて結局甘えてしまう。
今日も菜穂の新しい靴を買う為に、蔵上の車でショッピングモールに向かっている最中だ。
「ごめんね、蔵上君。いつも運転させちゃって」
最初は遠慮がちに乗っていた助手席だったけれど、今はシートの位置を理恵子に合わせてくれるおかげで快適に過ごせて、たまに寝てしまうこともあるくらいだった。
「気にしないでください。俺、運転は好きですし。休みの日くらいは理恵子さんには休んでもらわないと。今日は渋滞してるんで、着くまで寝てていいですよ」
いつもそう言ってくれるが、さすがに申し訳ない。
「いや。そんな…運転させておいて自分だけ寝るわけには」
なんて言ってたくせに、彼の安全運転と心地よい振動のおかげで、そのまま意識が沈んでいった。
「…ん…」
何がか耳に触れる感触で意識が戻ってくる。
(あれ?私、寝てた?…ん?ここ、駐車場?)
うっすらと目を開けると、窓ガラスの向こうの景色は薄暗く、何台も車が停まっているのが見えたので、ショッピングモールの立体駐車場に着いたようだ。
自分の耳に触れる誰かの指がくすぐったくて動くと、すぐ近くで低い笑い声が聞こえた。
「…あ、起きちゃいました?…じっとして。…うん。もういいですよ」
「…な、に?…えっ?」
思ったよりも蔵上の顔がすぐ近くにあって、驚いて目を見開く。
「ご、ごめんね。私寝ちゃってたみたい。…今、何かした?」
すると彼はスマホを取り出して、それを見るように促した。
真っ黒な画面が、鏡のように理恵子の耳元を映す。
「…え?」
そこには、朝にはなかったイヤリングがつけられていた。
透明な樹脂のフックをひっかけると、耳と同化してまるでピアスのように見える『ノンホールピアス』と呼ばれる種類のものだ。
先端には金細工の小花とオレンジ色の石が揺れている。
(綺麗。金木犀みたい)
「…これ…」
「それ、かなり前に理恵子さんにあげたくて買ってたんです。菜穂ちゃんの前で渡すと、受け取ってくれないと思って、勝手につけちゃいました。とっても可愛いですよ」
(何言ってるの、この人!)
顔が真っ赤になる。
「こ、困るよ!もらえない!」
「安いものなので、気にしないで下さい」
「そういう問題じゃなくて」
どう断ったらと悩んでいると、わざとらしく彼がため息をついた。
「…困りましたね。理恵子さんがつけてくれないなら、捨てるしかないな。どうしよう。こんなに可愛いのにもったいないな。似合ってる人が付けるのが一番だと思うんですけど」
「っ」
なにそれ、ずるい。
改めて画面の中の自分を見ると、動くたびに揺れるそれが、とても可愛い。
理恵子はピアス穴は開けていないが、イヤリングは好きだ。
菜穂が赤ちゃんの頃は、抱っこした時に口に入れられる危険があるからアクセサリーは我慢していたが、もう小学生だからそんな心配をすることもない。
今日はしていないが、休日にはお気に入りのイヤリングをつけて出掛けることも多かった。
思えば、誰かから食べ物以外の贈り物をされるのは、去年、誕生日プレゼントに菜穂から手作りの粘土マスコットをもらった時以来だ。
夫からのプレゼントはいつもギフト券で、アクセサリーをもらったことはない。
「えっと、本当にもらっていいの?」
うかがうように聞くと、彼は笑った。
「いいからつけたんですよ。もらってください」
「…ありがとう」
今度は素直にお礼が口から出ると、彼は嬉しそうに笑う。
「どういたしまして」
「あ、でも、もらいっぱなしは嫌だから私からも渡したいんだけど、何か欲しいものはある?いつも運転してもらってるし…っ」
真剣な瞳と目があったと思ったら、彼の右手が左頬に触れ、そのまま親指で唇をなぞられる。
指とはいえ、唇に触れる感触にドクドクと心臓が高鳴った。
(あ、あれ?何、この雰囲気。これじゃまるで、初めてえっちした時みたい。…いや、でも菜穂がいるからこれ以上はさすがに…。あれ?菜穂、寝てる?)
頭の中はフル回転でごちゃごちゃ考えながらも、彼の妖艶な雰囲気からは目が離せない。
「…俺にそういうこと言うと、『お礼は身体で』とか言い出しますけど、いいんですか?」
「っ、え…あの…」
(ど、どうしよう!嫌じゃないんだけど…でも…)
熱を帯びた綺麗な瞳が近づいて、唇が重なると思ったその瞬間、後ろからガサリと動く音と共に声がした。
「…んっ…もう着いたぁ?」
菜穂の眠そうな声ではっと我に返り、慌てて蔵上から体を離す。
「う、うん。着いたよ。降りられる?」
「んー、寝ちゃった。アニメ面白かったよ。そうや君、ありがとー」
「どういたしまして。帰りも見ていいからね」
蔵上は慌てる様子もなく、後ろを振り返って菜穂に笑顔を向ける。
そして、真っ赤になっている理恵子を見て、意地悪そうに目を細めた。
(もしかして、からかわれただけ?)
あんなに動揺させておいて、からかっていただけだなんて。若い男って怖い。
(もう、信じられない!)
そう思いながらも、自分の耳に静かに揺れるイヤリングに温かい気持ちでそっと撫でた。
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