12 / 25
種明かしタイム
しおりを挟む
ソファに座り直してコーヒーを一口飲むと、少し気持ちが落ち着いてくる。
日浦もコーヒーを飲みながら、ポツポツと話し始めた。
「橘さんと再会したのは、二か月前。うちの店舗に新車の購入の相談に来て、俺が担当になったんだ。それまでは連絡先も住んでいるところも知らなかったし、会ったこともなかったよ。ちなみに、あの人って結婚してるんだけど知ってた?」
「え?そうなの?」
「うん。2年前に5歳年上のベンチャー企業の社長と結婚して苗字が変わってる。仲間内では有名な話。だから、俺とあの人は舞ちゃんが思ってるような関係じゃないよ。この家も教えてないのに、俺の友達にくっついて無理矢理来ただけだし。えっちしたとか、全部あの人の嘘だから」
(…ってことは、私の誤解だったってこと?)
どうして莉愛がそんな嘘をついたのかは定かではないが、日浦が彼女に対して名前ではなく『橘さん』や『あの人』と他人行儀で呼んでいることが、今は恋愛感情はないのだと言っているみたいで安心する。
「少し、昔のことを話してもいい?」
「…あ、うん」
「あの人と付き合い始めたのは、高校に入ってすぐの頃に告白されたからなんだけど、後からあの人には他に大学生の彼氏がいることがわかって」
「え?二股ってこと?」
「っていうかそっちが本命で、俺は「同じ高校の顔のいい彼氏」って役割だったらしい。俺も、学年一の美人に告白されて舞い上がったけど、好きかと聞かれると別にそういうわけじゃなかったから、別れようって決めたんだ。でも、あの人プライド高いから、絶対に別れたくないって言ってさ」
確かに出会った頃、彼は「別れ話をしている」と言って、莉愛から逃げていた。
その状況を考えれば、彼のその話は嘘ではないのかもしれない。だけど。
「…でも結局、橘さんとは卒業まで別れなかったよね?」
結局は彼が莉愛を選んでいたことを知っている。
舞が莉愛に嫌味を言われても助けてくれなかったことを思い出して睨みつけると、彼は申し訳無さそうに目を伏せた。
「それにはちょっと理由があって…。実は俺、高校2年の時にあの人につい言っちゃったんだ。『俺は米田さんが好きだから』って」
「はぁ?」
「一緒に部室に入るのを目撃されて問い詰められた時に、舞ちゃんを馬鹿にしたから我慢できなくて、つい。そしたら後から、あの人が舞ちゃんに嫌がらせをしてるって友達から聞いて」
「ああ…」
(あの頃か…)
「あの人の性格ならそうなることくらい、ちょっと考えればわかるのに。…ごめん。俺が考えなしだった」
確かに莉愛の性格なら、彼氏に自分よりも可愛くない女の子が好きだなんて言われたら、許せないだろう。
かといって、その原因を作った日浦を恨む気にはなれない。
彼は舞を擁護したつもりだろうし、その後の莉愛の言動までは把握出来なかっただろうから。
「でもその後、卒業まであの人の恋人でいれば舞ちゃんへの嫌がらせをやめるって言われて」
「え?」
言われてみれば、彼が部室に来なくなってから嫌がらせは嘘のようになくなった気がする。
(じゃあ、橘さんと別れなかったのって、私のためってこと?)
「恋人って言っても、あの人の見栄に付き合って周囲に仲良く見せてただけだから、キスもしなかったけど、何を言っても言い訳にしかならないから。…今更謝っても意味がないけど、本当にごめん」
彼の言いたいことはわかった。
でも、それと同時に新たな不安が生まれた。
「今まで私と一緒にいたのは、罪滅ぼし?」
莉愛に嫌がらせを受けた原因が日浦ならば、今まで一緒にいたのも罪悪感なのではないかと思った。
「っ、それは違うよ!確かに申し訳ないって気持ちもあったし、舞ちゃんのためを思うなら俺なんかが関わらないほうがいいのもわかってた。実際に麦野先輩にもそう言われたし。…でも!俺が舞ちゃんと一緒にいたかったんだ!罪滅ぼしとかじゃなく、純粋に傍に居たかったから、サークルに入ったし今まで一緒にいたんだよ!」
「っ」
(なんか私、すごく恥ずかしいことを言われている気がする!)
「そ、そういえば、前に言ってた麦野先輩との約束ってなに?」
思わず話を反らしてしまったが、日浦の口から先輩の名前が出て、ずっと気になっていたことが口から出た。
「ああ、それね。…えっと、説明が難しいんだけど。要は俺の29歳の誕生日まで、舞ちゃんに告白するなって言われてたんだよね」
「え?なにそれ」
「ほら、舞ちゃんも知っているとおり、高校時代の俺は派手だったでしょ?加えて橘さんが舞ちゃんに嫌がらせしていたのは、先輩も知っていたらしく、俺の名前と出身校を聞いた途端に信用出来ないって言われちゃって。でも、俺はどうしても舞ちゃんの傍にいたかったから、説得してようやくその条件付きでサークルに入ることを許可してくれたんだ。先輩も、冗談半分で言ってたみたいだから、まさか俺が本当に10年も約束を守るとは思ってなかったと思うけど。…あ。あと、これを俺が持っている理由なんだけど…」
そう言って彼がズボンのポケットから取り出したのは、お墓参りの時に彼の車のグローブボックスの中に入っていた、アメジストのピンキーリング。
「『好きな子とこっそりおそろいの物を持てば、モチベーションも上がるんじゃない?』って言って、先輩が貸してくれたんだ。おかげでこれをみるたびに冷静になることが出来たよ。特にお墓参りの時とか、危うく告白するところだったし…」
「なんでそこまで…」
先輩が亡くなってからもずっと、彼はその約束を守ってきたことになる。
「舞ちゃんが好きだから」
「っ」
真面目な顔で即答されて、顔が熱くなる。
「例え、君が俺を選んでくれなくても、舞ちゃんのことが大好きだった麦野先輩の気持ちを大事にしたかったから、約束は守ろうって決めてたんだ。俺の誕生日に告白して、駄目だったらサークルをやめて2度と関わらないようにしようって思ってた。…でも」
ギッと音を立てて、ソファの隣に座った日浦が舞の顔を覗き込んだ。
「俺の記憶が正しければ、昨日舞ちゃんが俺の事『好き』って言ってくれた気がするんだけど。覚えてる?」
「っ」
忘れるわけがない。
いくらアルコールで鈍った脳だったとはいえ、彼に対する気持ちは自覚していた。
「俺を好きでいてほしいって願望から生まれた、幻聴だった?」
(そんな聞き方、ずるい)
そういう風に言われたら、素直に言うしかなくなるじゃないか。
「…幻聴じゃない。…私も、日浦君が好き、です」
(ああ、もう。もっとちゃんと告白したかったのなに!)
「っ、舞ちゃん!」
「わっ」
いきなり彼に抱き締められた。
「好き。大好き。今度こそ、傷つけないから。俺とずっと一緒にいて欲しい」
「っ」
聞き慣れた声が耳から身体中にしみ込んで、嬉しくて、幸せで、泣きそうになる。
こんな感情は知らなかった。
そっと彼の胸に耳を当てると、ドクドクと心臓の音が聞こえる。
(ああ。私はやっぱり、この人が好き)
「…よろしく、お願いします」
蚊の鳴くような小さな声が彼に届いたのかは、顔を上げた時の彼の笑顔ですぐにわかった。
日浦もコーヒーを飲みながら、ポツポツと話し始めた。
「橘さんと再会したのは、二か月前。うちの店舗に新車の購入の相談に来て、俺が担当になったんだ。それまでは連絡先も住んでいるところも知らなかったし、会ったこともなかったよ。ちなみに、あの人って結婚してるんだけど知ってた?」
「え?そうなの?」
「うん。2年前に5歳年上のベンチャー企業の社長と結婚して苗字が変わってる。仲間内では有名な話。だから、俺とあの人は舞ちゃんが思ってるような関係じゃないよ。この家も教えてないのに、俺の友達にくっついて無理矢理来ただけだし。えっちしたとか、全部あの人の嘘だから」
(…ってことは、私の誤解だったってこと?)
どうして莉愛がそんな嘘をついたのかは定かではないが、日浦が彼女に対して名前ではなく『橘さん』や『あの人』と他人行儀で呼んでいることが、今は恋愛感情はないのだと言っているみたいで安心する。
「少し、昔のことを話してもいい?」
「…あ、うん」
「あの人と付き合い始めたのは、高校に入ってすぐの頃に告白されたからなんだけど、後からあの人には他に大学生の彼氏がいることがわかって」
「え?二股ってこと?」
「っていうかそっちが本命で、俺は「同じ高校の顔のいい彼氏」って役割だったらしい。俺も、学年一の美人に告白されて舞い上がったけど、好きかと聞かれると別にそういうわけじゃなかったから、別れようって決めたんだ。でも、あの人プライド高いから、絶対に別れたくないって言ってさ」
確かに出会った頃、彼は「別れ話をしている」と言って、莉愛から逃げていた。
その状況を考えれば、彼のその話は嘘ではないのかもしれない。だけど。
「…でも結局、橘さんとは卒業まで別れなかったよね?」
結局は彼が莉愛を選んでいたことを知っている。
舞が莉愛に嫌味を言われても助けてくれなかったことを思い出して睨みつけると、彼は申し訳無さそうに目を伏せた。
「それにはちょっと理由があって…。実は俺、高校2年の時にあの人につい言っちゃったんだ。『俺は米田さんが好きだから』って」
「はぁ?」
「一緒に部室に入るのを目撃されて問い詰められた時に、舞ちゃんを馬鹿にしたから我慢できなくて、つい。そしたら後から、あの人が舞ちゃんに嫌がらせをしてるって友達から聞いて」
「ああ…」
(あの頃か…)
「あの人の性格ならそうなることくらい、ちょっと考えればわかるのに。…ごめん。俺が考えなしだった」
確かに莉愛の性格なら、彼氏に自分よりも可愛くない女の子が好きだなんて言われたら、許せないだろう。
かといって、その原因を作った日浦を恨む気にはなれない。
彼は舞を擁護したつもりだろうし、その後の莉愛の言動までは把握出来なかっただろうから。
「でもその後、卒業まであの人の恋人でいれば舞ちゃんへの嫌がらせをやめるって言われて」
「え?」
言われてみれば、彼が部室に来なくなってから嫌がらせは嘘のようになくなった気がする。
(じゃあ、橘さんと別れなかったのって、私のためってこと?)
「恋人って言っても、あの人の見栄に付き合って周囲に仲良く見せてただけだから、キスもしなかったけど、何を言っても言い訳にしかならないから。…今更謝っても意味がないけど、本当にごめん」
彼の言いたいことはわかった。
でも、それと同時に新たな不安が生まれた。
「今まで私と一緒にいたのは、罪滅ぼし?」
莉愛に嫌がらせを受けた原因が日浦ならば、今まで一緒にいたのも罪悪感なのではないかと思った。
「っ、それは違うよ!確かに申し訳ないって気持ちもあったし、舞ちゃんのためを思うなら俺なんかが関わらないほうがいいのもわかってた。実際に麦野先輩にもそう言われたし。…でも!俺が舞ちゃんと一緒にいたかったんだ!罪滅ぼしとかじゃなく、純粋に傍に居たかったから、サークルに入ったし今まで一緒にいたんだよ!」
「っ」
(なんか私、すごく恥ずかしいことを言われている気がする!)
「そ、そういえば、前に言ってた麦野先輩との約束ってなに?」
思わず話を反らしてしまったが、日浦の口から先輩の名前が出て、ずっと気になっていたことが口から出た。
「ああ、それね。…えっと、説明が難しいんだけど。要は俺の29歳の誕生日まで、舞ちゃんに告白するなって言われてたんだよね」
「え?なにそれ」
「ほら、舞ちゃんも知っているとおり、高校時代の俺は派手だったでしょ?加えて橘さんが舞ちゃんに嫌がらせしていたのは、先輩も知っていたらしく、俺の名前と出身校を聞いた途端に信用出来ないって言われちゃって。でも、俺はどうしても舞ちゃんの傍にいたかったから、説得してようやくその条件付きでサークルに入ることを許可してくれたんだ。先輩も、冗談半分で言ってたみたいだから、まさか俺が本当に10年も約束を守るとは思ってなかったと思うけど。…あ。あと、これを俺が持っている理由なんだけど…」
そう言って彼がズボンのポケットから取り出したのは、お墓参りの時に彼の車のグローブボックスの中に入っていた、アメジストのピンキーリング。
「『好きな子とこっそりおそろいの物を持てば、モチベーションも上がるんじゃない?』って言って、先輩が貸してくれたんだ。おかげでこれをみるたびに冷静になることが出来たよ。特にお墓参りの時とか、危うく告白するところだったし…」
「なんでそこまで…」
先輩が亡くなってからもずっと、彼はその約束を守ってきたことになる。
「舞ちゃんが好きだから」
「っ」
真面目な顔で即答されて、顔が熱くなる。
「例え、君が俺を選んでくれなくても、舞ちゃんのことが大好きだった麦野先輩の気持ちを大事にしたかったから、約束は守ろうって決めてたんだ。俺の誕生日に告白して、駄目だったらサークルをやめて2度と関わらないようにしようって思ってた。…でも」
ギッと音を立てて、ソファの隣に座った日浦が舞の顔を覗き込んだ。
「俺の記憶が正しければ、昨日舞ちゃんが俺の事『好き』って言ってくれた気がするんだけど。覚えてる?」
「っ」
忘れるわけがない。
いくらアルコールで鈍った脳だったとはいえ、彼に対する気持ちは自覚していた。
「俺を好きでいてほしいって願望から生まれた、幻聴だった?」
(そんな聞き方、ずるい)
そういう風に言われたら、素直に言うしかなくなるじゃないか。
「…幻聴じゃない。…私も、日浦君が好き、です」
(ああ、もう。もっとちゃんと告白したかったのなに!)
「っ、舞ちゃん!」
「わっ」
いきなり彼に抱き締められた。
「好き。大好き。今度こそ、傷つけないから。俺とずっと一緒にいて欲しい」
「っ」
聞き慣れた声が耳から身体中にしみ込んで、嬉しくて、幸せで、泣きそうになる。
こんな感情は知らなかった。
そっと彼の胸に耳を当てると、ドクドクと心臓の音が聞こえる。
(ああ。私はやっぱり、この人が好き)
「…よろしく、お願いします」
蚊の鳴くような小さな声が彼に届いたのかは、顔を上げた時の彼の笑顔ですぐにわかった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる