戦乙女は結婚したい

南野海風

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05.つまり結論を出すなら相性という話である

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 戦乙女が戦う相手は、千差万別である。

 言葉を解するほど高い知能を持った悪魔も、知能が低く本能と習性で活動する魔物も、獣の領分を越えるほど強い獣も、戦う対象となりえる。

 今回は、知能の低い魔物である。

 林の中にいる、小さな「何か」。

 鈍色のボディと、触れる物を腐食させる性質。
 這うような動きで移動はするが、果たして前や後ろ・・・・といった認識があるのかどうか。

 鉛のような金属の輝きを持つ、ゼリー状の軟体生物。

 金属製の、小さなスライムであった。

「――フッ」

 踏み込み充分。
 速度もなかなか。

 柄を握り締める両手も強く、吐く息も鋭く。
 淡く光る切っ先は、金属の軟体生物を貫こうと走る。

  ギィッ

「くっ! 硬い……!」

 惜しむらくは、金属が噛み合わず滑ったかのような鈍い音がして、切っ先の先端が刺さった程度で止められたこと。

 槍の乙女ザッハトルテの一突きは、金属スライムに刺さらなかった。

 そう、あれはスライムだ。
 通常なら半透明で粘着性が高い軟体生物で、主に獲物を窒息させたり、ゼリー内部に含まれる「獲物を溶かす特性」で生き物を襲ったりする。

 今回のような、ゼリー部分が金属になっているものは、初めて見たが。

 観察する限りでは、液体金属とでも言えばいいのか……柔と硬、動きは非常に柔らかいのに硬いという、矛盾しそうな二つの性質を持っているようだ。

「一旦下がってください」

 鉄の乙女テンシンの声に従い、ザッハトルテは大きく後退した。
 槍の先を見たのは、あのスライムが触れた物は劣化するからだ。幸い戦乙女の武具は神器である。そう簡単には傷も負わないし劣化もしない。

「どう思います? アイスさん」

「うむ……」

 あのスライム自身には意志がないのか、動くゼリー……通常のスライムと同じで、柔らかい動きで這うようにして移動している。

 看過はできない。絶対に。

 あのスライムが触れたものは劣化する。
 木は枯れ、通った地面は焼かれたように黒く変色している。

 恐らく、触れた物の生命力を吸収するのだろう。
 通常のスライムも、ゼリー体に獲物を飲み込むことで消化し、生命力を奪い、取り込んだ獲物を栄養としてゼリー状の身体を大きくしていく。

 小さいものの対処は簡単だが、大きくなればなるほど厄介な魔物である。ここで倒しておいた方がいい。

「まず、テンシンは手を出さないように」

 テンシンの武器は、その身一つの徒手空拳。
 スライムに触れなければ攻撃ができない。だが、あれはどう見ても触れるべきではない。

 金属スライムがどこを目指して移動しているのかはわからないが、まだ生まれたての赤子のように小さい。
 これからどんどん大きくなっていくはずだ。

 無駄に泳がせる理由はない。
 ここで始末しておく。

 アイスは少しだけ黙り込み、金属スライムを退治する案を考える。

「……一番早いのは、やはり融解させてみることだな。恐らく中央に本体……弱点である核のようなものがあるだろう。従来のスライムなら必ずあるはず」

 これは一般的なスライムの倒し方と同じである。

 小さいものなら焼いて溶かす。
 そしてスライムの本体というか、弱点である心臓部(核)を狙う。

 金属のスライムなんて聞いたこともないが、もし通用しないならしないで、次の手を考えればいい。
 相手の動きは非常に遅い。思いつく限りの手を使えばいい。

「融解……つまり熱する?」

「うむ。わかりやすく言うと、金属を熱で溶かす。もし核が無ければ、本体から全てを蒸発させるまでだ」

 そして今回はそれができる。

「シュトーレン、やってくれるか?」

 炎を使う戦乙女が来ている。
 本当に興味なさそうにスライムを見ているが、決してやる気がないわけではない。

「いいよ。でもここじゃ危ないね」

 そう、ここは林の中である。ここで火を使うのは――いや、問題ない。

「下手に触るのはまずい。誘導するにも時間が掛かるし、奴が移動した分だけ被害も増す。この場で仕留めるべきだ。
 私が氷で『かまど』を作る。その中で焼けばいい。ザッハトルテ、核の破壊を頼めるか?」

「は、はい! わかりました!」

 異論が出なかったので、アイスが立てた作戦が実行された。




 一帯の地面が泥となったが、なんとか金属スライムを退治できた。

「お疲れー」

「すみません、お役に立てず……」

 緑の乙女ロゼットと、槍の乙女ザッハトルテがアイスたちの傍にやってきた。

「まあまあ、私らははっきり相性とか出ちゃうからさ。気にしない気にしない」

 少々落ち込んでいるザッハトルテの背中を、ロゼットがぽんぽん叩く。
 ちなみにロゼットは、スライムが放つ生物に刺々しい悪臭を、風の魔法で抑え込むという役目を負っていた。あの悪臭はきっと生き物に害を与えるだろう。
 それと成り行きだが、熱を閉じ込めることも。

 あともう一つあるが、それは今はいい。

「それにしても、すごい温度でしたね」

 アイスや他の戦乙女たちは距離を取っていたが、とどめを差すためにスライムの近くにいたザッハトルテとテンシンは、金属スライムを溶かすほどの熱をモロに感じた。
 たった数秒近づいただけで、全身から汗が吹き出している。

 なお、ザッハトルテは核の破壊に失敗した。
 露出した小石のような核にうまく槍を当てられず、弾き飛ばしてしまった。危うくどこぞに飛んでいきそうになったところをテンシンが上手いこと蹴り砕いたのだ。

 だが別にいい。
 失敗も経験の内である、とアイスは考えている。
 ザッハトルテはまだ半人前、先に生きればそれでいい。

「鉄が溶けるくらいの熱量だったからね。そりゃ熱いよ」

 と、焔の乙女シュトーレンは無気力に答えた。

 猛る神炎を操る特性を持つ割には、気性もおだやか……というより脱力系で、いつ見ても力が抜けている少女である。
 燃えるようなクセのある赤毛で見た目は非常に活発そうなのだが、実際はまったくである。

「アイスさんの氷もすごかったです。なかなか溶けないものなのですね」

 ザッハトルテの言葉に、アイスは首を振った。

「いや、シュトーレンが熱の範囲を小さく抑えただけだ。私の氷では彼女の炎は抑え切れない」

 戦乙女には特性がある。
 ロゼットが言っていた「相性」のことである。

 アイスは神力で上げられた身体的な基礎能力が高い反面、氷を操る力は低い。
 簡単に言ってしまえば「魔法が使える戦士」であるから。

 対するシュトーレンは、完全な「魔法使い」だ。
 基礎能力はそう高くないが、炎を操る能力は、アイスの氷の力を軽く凌駕する。
 特に、威力もそうだが、細かくコントロールが利くという点でも、アイスよりシュトーレンの方が優れている。

「まあなんでもいいじゃん。全員無事だったっつーことで」

 金属スライムの鈍色の身体が、灼熱に変じるほどの温度だ。
 氷のかまどは、とんでもない勢いで溶けたが、その都度アイスは氷を再生して耐えた。その名残として、一帯はびしょびしょという痕跡が残っている。

 ちなみに、明らかに有害物質の塊だったので、金属スライムの残骸は氷の箱に閉じ込めている。
 ここに残していけば、どんな害が出るかわからない。
 地面が腐ったり、虫などを介して病気の源にもなりかねない。
 あとで火山口に投げ込んでおくことにする。

「今日はこれで解散でいい? 最近ちょっと家が忙しくてさ」

 シュトーレンの実家は、知る人ぞ知る大商人の倉庫番である。もちろんシュトーレンもそこで働いている。
 巨大な倉庫の警備と、荷の出し入れが主な仕事となる。

 そして重要なのが、シュトーレンは戦乙女であることを、家族以外には話していないということ。

 戦乙女は、それぞれがまったく違う環境にいるのだ。

 氷の乙女アイスは、父親が騎士だった繋がりから王族に知れ、客人としてグレティワール城に居を用意してもらい、招かれた。
 彼女の場合は、地元の新聞などでも取り上げられるほど有名人として扱われ、国では神の象徴、平和の象徴などと言われて人気を博している。本人の自覚以上に。

 鉄の乙女テンシンは、とある神に仕える僧侶。修行僧である。
 日々を祈りと研鑽に費やし、厳しい戒律を守っている。
 戦乙女の誰よりも徳が高く世俗に疎く、それこそ神に選ばれて不思議じゃないと思える高潔な存在だ。

 まあ色々事情があり、今は二神を尊ぶ二股僧侶ではあるが。

 仮面で素顔を隠しているので、彼女も周囲の人間以外には秘密で、戦乙女の活動をしている。
 宗教に傾倒しているがゆえにだ。
 顔を出せば信者が多く集まるだろうが、それは戦乙女の力を間接的に利用することになるからしたくない、と。
 宗教上でも権力上でも、誰にも己の存在を利用されないようにするためだ。

 戦乙女の状況は、だいたい三分されている。

 「周囲に知られている」と「一部の人に知られている」と「誰にも知られていない」の三つだ。

 アイスは「周囲に知られている」、テンシンとシュトーレンは「一部の人に知られている」となる。
 「誰にも知られていない」という完全秘匿のケースは意外と珍しいのだが、緑の乙女ロゼットはそれで通している。

「家に帰るの? 一緒に行っていい?」

 ロゼットが問うと、シュトーレンは首を傾げた。

「なんか用でもあるの?」

「この前のお店、また行きたいなって。いいよねー、チョコレートがあんなに安く食べられる国って」

 シュトーレンが住んでいる国は、チョコレートの原料となるカカオという植物を育てている。
 原産地でも一般人にはまだ少々高いが、決して手が届かないということはない。

「それ」

 そしてシュトーレンが最近忙しいと言っているのも、半分はそこに掛かってくる。

「そのチョコレートの原料を、隣国と本格的に交易しようって話が進んでるらしくてね。その影響でお店が忙しくなっちゃって」

「え、ほんと? じゃあそっちの国じゃなくても安く食べられるようになるの?」

「順調に行けばね。何年か先の話になるだろうけど、きっと広まると思うよ」

 これは貴重な情報である。
 アイスもテンシンも、はじめてチョコレートを食べた時から、あれが大好きだ。

「チョコレートとは、お菓子の一種でしたか?」

 ザッハトルテはまだ知らないようだ。

 しかしアレだ。

 ロゼットが言い出した時点で、乙女たちはすでにチョコレートの口になってしまっている。
 とっくに、芳しいカカオの香りに包まれたいと思っている。

「来るのは勝手にすればいいけど、私は相手できないよ。荷物を運ばないといけないから」

「じゃあそれ手伝うよ。ささっと終わらせてシュトちゃんも一緒に行こうよ」

「ほんと? めちゃくちゃ多いよ? たぶん夜まで掛かると思うよ?」

「ここに何人、戦乙女がいると思ってるの?」

 誰も何も言っていないが、ロゼットはすでに、話を聞いているだけのアイスたちを頭数に入れていた。
 まあ、異存はないが。

「そうだ。手早く終わらせて店に行こう。お、お兄さんも、誘っていいんだぞ?」

 さりげなさを前面に出して、しかし前面に出していることがバレバレなアイスに戦乙女たちの「あ、はい……」という納得した視線が集まる。

 シュトーレンには兄がいる。
 二十一歳、独身。少々気が弱そうだが素朴で真面目そうな青年だ。

 ――あれは確実に脈がある。

 初めて会った時からそう看破している。
 アイスはそう信じている。
 ずっと信じている。

 アイスと目が合うと、シュトーレンは動揺した。

「言いづらいんだけどさ」

 シュトーレンは、さりげなく目を逸らしながら、少しだけ口ごもり、それでも言わねばならないと奮い立った。
 後になればなるほど、傷は深いと知っているから。

「お兄ちゃん、結婚するんだ」

 しーん。

 アイスの動きが止まり、そんなアイスを見守る乙女たちも止まった。

 そう、大きな仕事に忙殺されているというものもあるが、その上更に身内の祝い事も重なって余計に忙しくなっているのだった。

「……」

 しばしの沈黙を経て、アイスはぎこちなく動き出した。

「え? 私と?」

 どういう思考を経てその結論に達したのかはわからない。

 わからないが、ただただ、ほんのりと、悲しかった。

「違うよ。私たち一家を雇っている商人の娘さん。幼馴染なんだよね。三女だから跡取りにはなれないけど、まあ、外国の支店長くらいにはなれるのかなって感じ」

 衝撃の情報が、ぎこちないアイスの耳に吸い込まれていく。
 決して知りたくなかった情報なのに、聞かずにはいられなかった。

「へーそうなんだ。おめでとう」

「おめでとうございます」

「ありがとね。完全に内輪のことだから言う必要もないかと思ってたんだけど。……ごめんね?」

 普通に祝福する乙女たちに反して、氷の乙女だけは顔を背けた。

「別に! おめでとう! 私はどうでもいいけど! ただただ当たり前のように幸せになればいいではないか! 当たり前のように結婚して! ……当たり前のように結婚して!!」

 顔を見せない氷の乙女の「おめでとう」は、ひどく悲しくてひどくしょっぱかった。




「……絶対に私に気があると思ったのに……」

 すっかり小さくなった背中からそんなつぶやきが聞こえてきた。

 シュトーレンは何も言わなかった。

 ――初対面を果たした時、兄が、氷のような美女が今にも襲い掛かってきそうな顔をしていて怖かった、と言っていたことを。

 すっかり落ち込んでしまったアイスを微妙な顔で見ている乙女たちは、視線の先を変えた。

 この中で一番の年長者に。

 視線の意味を正しく理解したテンシンは、アイスの小さな背中に手を添えた。

「早くチョコレートを食べにいきましょう」

 いや、正しくは理解してなかった。気遣いがまるでなかった。

 テンシンは完全に「早くチョコレート食べに行きたいからどうにかしろ」と言われていると解釈してしまった。ちなみにロゼットの意志だけはそれで合っている。

「……うん」

 いや、正しくは理解していなかったが結果的に正しい発言ではあったようだ。

 やたら可愛く、泣き疲れて大人しくなった子供のように返事をするアイスを連れて、乙女たちは飛ぶのだった。





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