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397.ハーバルヘイムと交渉する 三日目
しおりを挟む軽く騎士たちを叩き潰して謁見の間を後にし、見張りのキトンと一緒に借りている客間に戻ってきた。
キトンが開けたドアから中に入るなり飛んできた毒針を避けつつ、テーブルに着く。
「さすがに多すぎない?」
そして、テーブルに着くなりずらっと出てきた暗殺者たちが私を囲む。
いや、この部屋一つに十六名の待ち伏せは多いだろう。暗殺者ならせめて隠れて待てよ。何人か剥き出しで待ってたぞ。そういう無遠慮かつプロ意識のないやり方はよくないと思う。
プロならこだわってほしい。
たとえ何度仕掛けても失敗する相手に対してであっても。方法を選んでられない状態であろうとも。
「キトン、紅茶を淹れて。毒は無味無臭のやつにして。紅茶の味も風味も死ぬから」
囲まれたまま、ビシバシ殺意を当てられているのも気にせず、私はキトンに紅茶を所望する。
「……もう入れないよ」
呆れた顔で溜息を吐きつつ、キトンは紅茶を淹れ始める――昨日散々毒を盛ったものの一切効果がないから、もう諦めたようだ。
人間には元々、あらゆるものに対する抵抗力がある。
そして「八氣」とは、簡単に言うと、人間の持つ要素を爆発的に高める効果がある。
毒に対する抵抗力。
病に対する抵抗力。
もちろんそれらも対象内であり、ほかにも外傷から五感にまで作用する。
要するに、よほど強力な毒物じゃないと、私の抵抗力で無効化されるということだ。
ただ問題は、毒物という異物混入により、紅茶や料理の味と風味に雑味が入ることである。
私としては毒入り云々より、味覚などを損じることの方が気に掛かる。
「はい、どーぞ」
「ありがとう」
時折飛んでくる飛び道具や、直接的な刃などの攻撃を避けつつ、のんびりティータイムを楽しむ。
――おっと、
「ぐあっ」
「椅子を壊すのはダメ」
私が座る椅子に対して仕掛けてきたものには、その椅子で殴ったり直接殴ったりという対処で応じる。
そんな殺伐とした時間を楽しんでいると、ノックの音がした。
「――ちょっと行ってくる」
対応するキトンが、やってきた人物と何事か話し、私にそう告げた。
「え? キトンがいないと困るんだけど」
私の面倒を誰が見るというんだ。
「というか、お互い困らない?」
彼女は私の見張りで、この城でもっとも私に慣れている人物でもある。今この状況で私から目を離すことに、何の抵抗もないというのか。
「すぐ戻るし、代わりをつけるから」
「代わり?」
私が返事をする前に、彼女はするりと客間を出ていった。
「久しぶりだな」
と、キトンの代わりに大きな男が入ってきた。
船旅を一緒にしてきた暗部の一人、サエドである。
「あら。あなたが代わりに?」
「まあ、短い時間だけだがな。――おまえら、ついさっき命が下った。暗殺は中止だとよ」
「……」
サエドからの通告を聞いた、隠れることなき剥き出しだった暗殺者たちは、ぞろぞろと、そして堂々とドアから部屋を出ていった。
「あんな堂々とした暗殺者ってある?」
「気持ちはわかるがな。おまえを相手にするなら、隠れていようが出てこようが大した差がないだろう」
えーそう?
確かにサエドの言う通りだけど、そこはプロとしてこだわる部分じゃない? たとえ無駄だとわかっていても。
……まあいいけどさ。
とにかく、暗殺者に狙われる日々はこれで終わりか。となると、一気に退屈になってしまったな。
あ、そうだ。
「ねえサエド、城を見て回りたいんだけど」
「俺の立場では絶対に許可できない」
「じゃあ、勝手に見て回っていい? このままここにいても退屈だし」
「……」
サエドは非常に嫌そうな顔をする。
「……城内ではなく、庭なら案内できる。頼む、城内をうろつくことだけは勘弁してくれ。それとおまえのことを知らない者が無礼な物言いで絡んでくるかもしれないが、それも勘弁してほしい」
ふむ。
まあ確かに、国の中枢を部外者がふらふらするのは、どう考えても歓迎はされないって話である。
「わかった。じゃあ庭を見せて」
サエドの案内で、庭に出てみた。
さすがは王城の庭である。
果てがわからない広大なその場所には、剪定も見事な植え込みや、可憐に咲く花があったりと、冬であっても鮮やかで美しい庭が成形されている。
「見事だわ」
例の落とし穴事件でアルトワール城の庭は見たことがあるが、負けず劣らずこちらも素晴らしい。
「ハーバルヘイムは、良くも悪くも古い国だからな。伝統芸や文化といったものがきちんと継がれているんだ。
ただ、良くも悪くも進歩は遅いかもな。だからこそアルトワールの急成長と世界展開は気に入らなかったのだろう」
あら。
「そんなこと言っていいの? 自国の批判になってるわよ?」
「ガキを使った仕掛けは俺も嫌いだ。あの件に関しては反感しかない」
アルコット王子の件か。
「あなた本当に甘いわね。暗部向いてないわよ?」
「ほっとけ」
「私が面倒見ましょうか? こっちの暗部、給料安いんでしょ? 私なら今の給料よりは出すし、少なくとも子供絡みの汚れ仕事だけはさせないわよ?」
「……ぬ、ん……………………断る」
完全に迷いが見えたな。こいつ押せばなびきそうだな。
「あ、そうだ。王妃ってどんな人? まだ会えてないんだけど」
「答えられない」
「元気? もしかして病気?」
「答えられない」
「もし病気なら診てあげましょうか?」
「み……こ、答えられない」
病気みたいだな。
「あなた本当に暗部向いてないんじゃない?」
「チッ……俺は交渉事が苦手なんだよ。だから裏方仕事を任されることが多いんだ」
ああそう。
「大変ね」
「本当にそう思うなら、もう俺に話しかけるな。質問をするな」
「はいはい」
――もう数年ハーバルヘイムに勤めたら奥さんと一緒に田舎に住み、平凡で少し退屈だがとにかく平和な暮らしをするつもりのサエドとしばし庭を見て回った。
翌日。
三日目の交渉をするために謁見の間に向かうと……
「国王不在で失礼します」
今日は、玉座が空いていた。
絨毯に添って騎士たちが並んでいるのも、高官たちが玉座の近くに控えているのも、これまで通りだが。
しかし、最奥に構えるべきハーバルヘイム国王だけがいない。
「陛下は少々体調を崩しまして。本日は私があなたの交渉に応じたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
メガネの男性……確か宰相を勤めているという高官が、私に話しかけてくる。
「ええ、もちろん。たとえ国王の許可がない取引でも応じるわ。――この国を乗っ取りたいなら、国王の命を交渉材料にしても構わないわよ? 交渉の末の結果なら、私は国王の命だって取り立てるから」
「――はは、面白い冗談だ」
…………
ふむ、この程度の揺さぶりでは反応なしか。
暗に「玉座を狙うチャンスだぞ」と告げたんだが……まあ本心はどうあれ、これくらいで動揺するようでは、一国の宰相なんて務まらないか。
「単刀直入に言います。ニア嬢が初めてここを訪れた際、宝物庫を望みましたよね? それに応じたら大人しく引き上げてもらえますか?」
……へえ?
「応じるの?」
「ええ。その方がよっぽど傷が浅くて済むと、私が陛下に進言しました。了承を得ております」
そうか。応じるか。
「どうせアレでしょ? 昨日の内に、国に必要な物だけ抜いたんでしょ?」
「……」
「私はそんなに頭はよくないけど、それでもそれくらいはわかるわ」
宰相の表情は変わらないが、私は確信がある。
王城の宝物庫には、良くものも悪いものも含めて、国の歴史が詰まっている。貴重品も多いだろうが、決して外には出せない秘密も入っているものだ。
――はっきり言うと、私は断られることを前提に、宝物庫を望んだのだ。絶対に応じないとわかっていたのだ。
そして、いずれ応じるタイミングがあるだろうとも、予想していた。
必要な物から、貴重な物から、歴史を積んできた物から、国の根底を揺るがすような秘密まで。
それらを抜いたガラクタだけを寄越してお茶を濁そうと。
いずれそう提案してくることはわかっていた。
「ここに来た時、言ったわよね? 今なら宝物庫なんてはした金で勘弁してやる、って」
「……」
「でも、そこから貴重品だけを抜いたのなら、残ったのは子供の小遣い程度じゃない。
身形は子供でも、子供の使いじゃないのよ。駄賃を貰って引き上げるつもりはないわ」
ただ、もし初日の段階で宝物庫の条件に応じていたら、私は本気で手を引くつもりではあったが。
そこで応じる覚悟と潔さがあるなら、一言「天晴れ」だ。私よりはるかに大きな人の器に感服し、約束通りはした金で引き上げていただろう。
無論、そうならなかったから、三日目の今日があるのだが。
「ハーバルヘイムは古い国です」
と、宰相はメガネを押し上げ、感情の見えない冷徹な眼差しを向けてくる。
「古い国には歴史がある。歴史には多くの約束事があり、それを護ることで生き永らえてきた……
要は、不誠実では生き残れなかったということです。古いだけでは生き残れない、古く価値のある骨董品だから、古いまま現存するのです。
あなたが宝物庫を望んだ。
我々はそれに応じる覚悟をした。
それこそ子供じゃあるまいし、親の財布から小銭をくすねるような不誠実な真似、断じてしませんよ」
ほう。
それらしいことを言うではないか。
「――なんなら確認しますか? 確認してから応じるかどうかを決めて貰っても構いませんが」
…………
「わかった。そこまで言うなら見せてもらいましょうか。返答はその上でするから」
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