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392.ハーバルヘイム城へ行こう
しおりを挟む「いやあ……すごかったわね」
「薔薇の聖棺」本店から出てきたところで、深い溜息が出てしまった。
さすがは世界一の紅茶専門店。
扱う茶葉の質も数も然ることながら、何より語るべきは、店長である老紳士の淹れた紅茶の完璧さだ。
茶葉の持つ香りを最大限に引き出したそれは、もう香りが身体中に沁み込むようだった。身体の中から香りを感じるというか。
気高く麗しく、上品でありながら、しかし暴力的なまでに存在を主張していた。
リノキスの淹れた紅茶もとてもいいが、この職人技はちょっと桁が違った。うむ……私よりリノキスに味わってもらいたかったかもしれない。
「いやすごいのはあんたの金遣いの方だからね!?」
一緒に紅茶を楽しんだキトンの渋面は、今や顔色まで悪くなっている。
「何? どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! こ、紅茶一杯で十万クラムよ!? 何あれ!? ちょっとお茶しただけで五十万クラム使ったのよ!?」
へー。
「それって高いの?」
「これだから貴族の娘は! これだから貴族の娘はっ!」
はっはっはっ。わかってるわかってる。
「普通は拉麺一杯千クラムが高いって金銭感覚なんでしょ?」
リノキスがよく「一杯千クラム以上はなぁ……奮発したとしても、それで味がいまいちだったらしばらく立ち直れませんよ」とぼやいていたからな。
この時代の庶民の感覚では、食事一回千クラムは高いのだ!
私もなんだかんだで十二歳、ニア・リストンになって八歳である。このくらいの一般常識は弁えつつあるのだ。
「それがわかってて十万の紅茶三杯いける感覚がますますおかしいって話だわ……」
はっはっはっ。
「金は使ってこそでしょ?」
「元はダリルの貯金だけどね。……汗水たらして働いて稼いだお金の使い道がこれって……ダリル泣くわよ?」
「暗部ってそんなに給料安いの?」
「安い!! 異常に!! ……いやさすがに外でこの話はなしだわ」
ああそう。
そりゃ話を振って悪かったな。
でも「安い」の言い方に魂がこもっていたな。切実である。
……というか、危険があり、汚れ仕事も多いであろう暗部組織の給料が安いって、なかなか嫌な話だな。
「今日はもういいわ。とっととホテルに行きましょう」
最初は来た足でそのまま王城まで行くつもりだったが、まあ、やむにやまれぬ事情で一日猶予を与えた。
今頃ダリルは、国の中枢か、頭のいい者にこれからの相談でもしている頃だろう。
当初の予定から考えると、今日という時間があれば、多くの手が打てるはずだ。
まあ、どんな対策を取ろうとも、私には関係ないが。
貴王国ハーバルヘイム。
古き伝統を重んじる気風から、その辺を歩く人の格好も街並みも、どこか古風である。
無骨な石畳が敷かれ、岩積みの建物が多く、馬車も多く走っている。港では見かけたが、ここではあまり単船も使われていないようだ。
この国では、王侯貴族と庶民の格差が大きく、また階級社会の厳しさが昔のまま生きているそうだ。
身分差は絶対で、庶民は貴族に何をされても文句は言えないのだとか。
アルトワールでは、もはや支配階級は半分瓦解しているような有様なだけに、文化の差が顕著である。
そして、魔力主義社会でもある。
庶民の間ではどうでもいいようだが、貴族たちにとっては魔力の強い者は尊ばれ、優秀であるとされ優遇されるらしい。
――つまり、私のように魔力に異常があると見なされる白髪は、見下される傾向にあるとか。もっとも貴族間のみの意識で市井では関係ないが。
「面白い話ね」
要するに、これから王城で会うハーバルヘイム中枢の者たちから、私は軽視されるということだ。
「面白くはないと思うけど。あんたの感覚わかんないわ」
いや、面白いさ。
これから一つずつ、ハーバルヘイムの心の拠り所を奪うのだ。
権力や兵力、財力、もしかしたら人力といったこの国が持つ「力」を、一つずつ奪ってやる。
二度と私と関わる気がなくなるまで、徹底的にな。
「――じゃあ行きましょうか」
キトンに任せた、最後の朝の支度が終わった。
今日からしばらくはハーバルヘイムの王城で過ごすことになるから、彼女に世話になるのも今朝までになるだろう。
ホテルから出て、今日こそ、遠くに見えている王城へと向かう。
街並みを眺めながら、時々キトンに「あれはなんだ」「これはなんだ」と、軽くハーバルヘイムの観光を楽しみながら、気負うことなくゆっくりと歩く。
やがて、遠かったそれが視界を塞ぐようになり、目の前にそびえるようになる。
「――ニア・リストンだな! それ以上王城に近づけば捕縛対象と見なす!」
そして、木造の大きな扉を閉めた王城前には、五十名を超える兵士たちが並び、私を待ち構えていた。
ふむ。
「軽い挨拶って感じね」
ダリルはしっかりと私の話をした結果がこれである。
――まあ、まだまだ舐められているって感じだな。私がどれくらい強いかも報告されているはずだが、信じられていないのだろう。
「どうせ戦力をぶつけるなら、一度に一気に投入するべきだと思うけど」
これでは焼け石に水にもならない。
「キトン」
「な、なによ。言っとくけど、巻き込まれそうになったら私は離れ――」
「行くわよ。ちゃんとついてきなさい」
「え……」
私はそのまま、止まることなく兵士たちへと歩み寄っていく。
「――止まれ! 止まらんか! ……チッ、全員構え!」
先頭に立つ兵士長らしき男の号令に、兵士たちは持っていた槍を構えた。
その瞬間、一気に間を詰めた私の拳が、兵士長の着込んだ金属の胸当てを抉っていた。
「ごぉあぁ!?」
派手に吹き飛ぶ兵士長は、背後にいた兵士たちを巻き込んで倒れる。
道が、空いた。
左右にいる兵士たちは、何が起こったのかわからないまま呆然とし、その間を私は悠々歩いて進む。
まあ、倒れている兵士たちは避けたが。踏むのは可哀想だからな。
そうして、そびえる両開きの城門の前に立つ。
馬車が擦れ違えるほど大きな木造のそれは、私の身長も高く、また厚いはずだ。それに重さや大きさも然ることながら、どうも魔法で強化もされているらしい。
右手を上げて、トンと城門に触れる。
ドガァァァン!!
ものすごい音がして、門の一部が吹き飛んだ。
枠は残したまま、触れた部分とその周辺のみが粉砕され、大人でも余裕で通れるほどの風穴が開いている。
修理にちょっと掛かりそうなくらい大きい。もっと弱めでもよかったかな……まあいいか。
「お邪魔します」
そういって、私は空けた風穴からハーバルヘイム城へと踏み込んだ。
もう後戻りはできない。
する気もないけど。
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