狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
386 / 405

385.お話をしようという話

しおりを挟む




 強い閃光が走り、目が眩む――

「お、おじょっ……!」

 突然の現象にリノキスが私を呼びかけるが、直前の私のジェスチャーを思い出したのか口を噤んだ。

 うん。
 たかが一時的に視界を奪われる程度のこと、取り乱すこともあるまい。

 ついでのように飛んできた六本のナイフを受け止め、しばし。

「……逃げられましたね」

 ようやくうっすら目が利くようになってきた頃には、捕まえていた連中がいなくなっていた。
 ついさっきまでそこにいた三人は忽然と姿を消し、濡れた石畳があるだけである。
 
 何事もなかったかのように、冬空の下は静かなものである。

「なかなかいい腕してるわね」

 これも、さすがプロと言った感じだ。

 気配も感じさせずに乱入し、一瞬で仲間を掻っ攫って行った。
 潜伏のしかたといい、躊躇なく引き上げる潔さといい、もちろん行動に裏付けされた実力そのものも、やること成すこと全ての練度が高かった。

 さて。

「じゃあちょっと行ってくるわね」

「え?」

「彼ら、アジトまで引き上げるでしょ? それを追い駆けてくる」

 気配は覚えた。
 この国の範囲内くらいなら、どこまでも追える。……ちょうど「龍の背中」に辿り着いた頃か。速い。

「あ、じゃあ私も」

「リノキスは残って。第二波がないとは限らないから」

 一応「何人で来たのか」という聴取はしたが、私は彼らの答えを信じていない。

 ああいう暗部の人数はそう多くないはずだが、こればかりは読み誤るわけにはいかない。

 手遅れが取り返せない判断になる。
 ゆえに安全策を取るしかない。

「二人してここを空けて、帰ってきたらアルコットが死んでいた。……なんて最悪でしょ?」

 私が動いた後に、また暗殺者が来る可能性。
 ないとは思うが、絶対にないとも言い切れない。
 
「ミトがいるから大丈夫でしょう」

「いいえ。さすがに殺しのプロ相手では厳しいわ」

 確かにミトなら、単純に戦って勝てるとは思う。

 だが、まだミトは単騎で強いだけの存在だ。
 一対多の状況、周囲の状態に即した揺さぶり、はったり、脅し。それこそアルコットを人質に取られたりもするかもしれない。

 この手の特殊な……実戦的な戦闘のケースは、子供には判断が厳しいだろう。

 それに、十歳の子供だ。
 いずれあるかもしれないが、まだ人を殺してほしくない。

「……わかりました。私は残ります」

 うん、さすがに今この時に駄々をこねるようなことはしないか。

 今奴らをどうにか片付けておかないと、次はアルコットどころかこの屋敷の全員が危険に晒されることになる。
 
 なんでもありの戦いになったら、受け身のこちらがかなり不利になる。
 毒を流布するなり火を掛けるなり、戦わずして命を狙う方法なんてたくさんあるからな。

 私だけなら何があろうとどうとでもなるが、私以外がまずいだろう。

「遅くても明け方には戻るわ」

 そう言い置いて、私は駆け出した。

 屋敷を囲う塀を蹴り、夜空を舞う。
 人目がないので最速で飛ばしても問題あるまい。

 連中は、「龍の背中」を降り切ったところか。
 よし、まだ移動しているな。

 この分ならすぐに追いつけそうだ。




 毎日の修行の時より遠慮なく「龍の背中」を駆け下りて、奴らの気配を追う。

「……ここか」

 塀に囲われた普通の家である。
 黙って借りているのかどうかはわからないが、ここがウーハイトンに用意した連中の隠れ家のようだ。

 耳を澄ませると、塀の向こうからさっき私にナイフを投げた輩の気配と、かちゃかちゃと金属らしき何かの音がする。
 気配はかなり微弱で、なるほどプロらしいなと思った。

 しばらくその場で待機し、奴が家の中に入ったのを確認して私も敷地内に踏み込んだ。

 扉の前まで移動し聞き耳を立てると、中の会話が聞こえてくる。

 ――「ただ……あれには近づくな。あれはガキの皮を被った別物だ。あれは危険すぎる」

 聞き慣れた低い声だ。
 私が聴取した、真ん中の上役の男だろう。

 ――「俺たちとは違う方面で……いや、もっと深いところにいる気がする」

 暗部より深いところ、ねぇ。
 まあ、否定はしないが。前世・・なら殺した人も生き物も、数えきれないほどだから。

 屋内の気配は五つ。
 ついさっきまで捕虜にしていた三人と、その三人を救助した二人の、五名か。

 この家の大きさからして、大人五人でさえやや手狭だと思う。
 ということは、ウーハイトンからやってきたのは、この場の五人のみ……ということになるのか?

 あるいは別に隠れ家があって、二班に分かれて……

 …………

 ごちゃごちゃ考えてないで、直接聞くか。
 その方が早いし確実だ。

 それに――ちょっと話をしてみたくなったしな。


 


「――逃げろ!」

 やはり腕はいいんだよなぁ。

 真正面から堂々と屋内に侵入する――と、少しばかり驚き固まっていた連中が、我に返り動き出した。

 大柄な男が私に詰めより、右手で私の首を掴んだ。

 大きな手だ。
 筋肉質な大男で、この感じは何かで身体能力も上がっている。

 ただの人なら、一瞬で首の骨をへし折られていただろう。

 ――ただの人なら。

「…っ!?」

「返すわ」

 首を絞められたまま、私はさっき・・・貰ったナイフ・・・・・・を、投げてきた奴……女に投げた。

 動き出そうとして顔を振った、その目の前を通過するように。

 悲鳴こそ上げなかったものの、声なき声を上げて女の足が止まった。

「動いたら次は当てるわよ」

 そう、ナイフは六本投げられた。
 まだ一本目だ。

「な、なんだこいつ……!?」

 ギリギリと……すでに両手で絞められ高らかに吊り上げられている私は、首を絞めている大男を見下ろす。

 その顔には焦りの色が滲んでいる。

 まあ、そりゃそうだろう。
 大人でさえ一瞬でへし折るだろう怪力を発揮しているのに、どんなに力を込めても子供の骨が折れやしない。

 それどころか、何事もなさそうに笑いながら見返しているのだから。

「あなた、あの三人を回収した人よね?」

 気配からして間違いないはずだ。

「あなたは暗部、向いてないと思うわよ?」

 ――あの時私が「アルコットの所在」を告げたのは、後方にいた奴らに伝えるためだった。

 後方支援にしては距離を取っていた。
 あそこまで離れていては、屋敷の様子はどうしたってわからないだろう。絶対に声は聞こえないし姿も見えないし。

 いる場所が不自然だった。
 だから、恐らく何らかの魔法を使用して、こちらの様子を把握していると思っていた。

「だ、黙れっ――ぬっ!?」

 右と左で、男の左右の手首を掴む。

「…っ、……くっ、バカなっ……!?」

 今度はこちらから、力づくで拘束を外した。

「受け身、取れる? 取らないと痛いわよ?」

「うお――ぐはっ」

 掴んだ両手を捻ると、大男はぐるりと宙を舞い、背中から強かに床に叩きつけられた。

 合気の一種だ。
 殴るより安全に仕留められるから、人と戦う時は有効である。

 でもまあ、私はやっぱり打撃が好きだが。

「まあ落ち着きなさいよ」

 ただ一人、がちがちと歯を鳴らして震えて動かない……いや、いろんな意味で動けなかったのであろう、ついさっきぶりにあった上役の男に言う。

「どうせ戦ったって私が勝つんだから、少しお話ししましょう?」




 私が「アルコットの所在」を話したのは、後方支援を動かすためだ。

 何らかの魔法で屋敷のことを把握できていたとすれば、その情報を得た後方支援は、三人を見捨てて撤退すると思ったのだ。

 彼らの目的は、アルコットだ。
 捕らえるか殺すか、目的はわからないが、まあ十中八九そのどちらかであるのは間違いないとして。

 ――彼らにとって大事なのは、「アルコットの所在」という情報を持ち帰ること。そしてハーバルヘイムに伝えること。

 だから見捨てると思ったのだが――まさか救助に来るとは思わなかった。

 誰の判断かはわからないが、たぶん苦しげに呻いている、この大男の決断だと思う。

 ゆえに「暗部に向いていない」と言った。
 暗部なら、仲間を見捨ててでも目的を達成するものだ。綺麗事や情で動いてはいけない組織だから。

 だが、彼らはその私の予想を外して見せた。

 ならば、話をするだけの価値はあるだろう。

 ――私は仲間を見捨てないその綺麗事が、嫌いではないから。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...