狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
365 / 405

364.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 03

しおりを挟む




「――昨今の魔法映像マジックビジョンの普及率と普及速度のせいで、わたくしの婚姻関係は一旦白紙になる運びとなりました」

「――私もです。国内外から多くの縁談話が来ているようで、父が選別に忙しいみたいです。しばらくはこれといった相手が決まることはないかと」

 「……個人的に気になる方もいますし、それはそれで……」ともごもご言うのは、当の気になる方には聞こえなかったようだが。

 パーティー会場にやってくるなり、夜会用に着替えたヒルデトーラとレリアレッドと遭遇。流れのままに結婚の話をする。

 第三王女ヒルデトーラ・アルトワール。
 ニールと同じ学年の十四歳で、王族という身分から小さい頃には婚約者候補だけはたくさんいたらしいが、どうも情勢の変動から立ち消えになってしまったそうだ。
 
 本人曰く「父がわたくしの利用価値を見直したのでしょう」とのこと。
 魔法映像マジックビジョン需要が加速度的に高まってきている現状、その業界で活躍するヒルデトーラの価値も上がっていると、アルトワール国王ヒュレンツは判断したのだ。

 今後どうなるかはわからないが、王族としての覚悟なんてとっくの昔に決まっている彼女は、政略結婚を受け入れるだけである。

 そんな裏事情は、第五階級シルヴァー家の四番目の娘であるレリアレッドも同じようなものである。

 もしシルヴァー家が魔法映像マジックビジョン業界に参入していなければ、レリアレッドは普通に貴族の娘として、家の付き合いの婚約者がいたことだろう。
 魔法映像マジックビジョンへの出演で彼女自身の価値が高まり、縁談の声が多数上がることで、一人に絞り込めなくなっていた。

 そして、ここ二年ほど急速に出番が増えた、第四階級リストン家嫡男ニール。
 時折魔法映像マジックビジョンに出演していた彼の少年の人気は、初出演から異様な高さがあった。

 美形なのは当然として、輝くような金髪に透き通るアイスブルーの瞳。極めつけには育ちの良さが如実に出ている品行方正そうな物腰。
 まさにおとぎ話の王子様を連想する淑女が多かった。

 まだ年端もいかない少年だった初出演から、出番の多くなった昨今。
 まだまだ子供だったあの頃、なぜだと問うのが怖いくらい一部の淑女に熱狂的な人気はあったが――最近の大人になりつつある少年の姿は、更に多くの淑女の心を射止めていた。

 飛行皇国ヴァンドルージュが魔法映像マジックビジョンを導入してからは、この三人の人気は国を越えて高まりつつあった。

 彼らの後を追うようにして、次代の演者も出て来つつあるが――今はこの三人の人気がダントツである。

 ――新しいチャンネルができたり新しい演者が出たりと慌ただしい魔法映像マジックビジョン業界は、とにかく今は回転が速い。

 それゆえに、ここ一、二年はアルトワールで出演することがほぼなかったニア・リストンの人気は、少し落ち着いてきていた。

 もっと言うと、ここ最近魔法映像マジックビジョンに注目しているような者は知らない存在となっている。
 うっすら名前くらいは聞いたことがあるかな、程度のものである。

 すなわち、外国の者である。

 アルトワールで魔法映像マジックビジョンの普及に注いだ年月は無駄にはなっていない。すでに国内で知らない者はいないほどの知名度があり、それは一年、二年くらいでは忘れられるものではない。

 ヴァンドルージュが導入したことで、ぼちぼち諸外国からも興味を向けられるようになった。
 だがそんな諸外国は、ほぼ過去の人物となっているニア・リストンのことを知らない者は、多かった。




 ――そんなアルトワールの四人は、早くも夜会に参加している子供たちの注目の的になっていた。

 子供たち用のパーティー会場である屋敷の二階上がってきて、すぐに結婚事情の話をし始めた四人は、まだ知らない。
 二階のいくつかの部屋に魔晶板が設置されており、これまでに彼女らが出てきた番組が流されているのだ。

 もちろん魔法映像マジックビジョン文化を広めるための措置である。
 話に聞いたことがある程度の文化も、実際の現物を観れば理解も早い。

 笑顔を振りまき、いろんな場所でいろんなことをしているアルトワールの子供たちを見た諸外国の子供たち印象は、様々である。

「王族や上級貴族が民に媚びるような品のない代物」と断じる子もいれば、ただただ映像に釘付けになる子もいた。
 単純に映像内容を楽しむ子もいれば、この文化の意味と意図と可能性と脅威にまで想いを馳せる子もいた。

 いろんな感想はあるが、共通しているのは、そんな魔法映像マジックビジョンから目が離せなくなっていたこと。
 そして、その映像に出ている演者がすぐそこにいて、決して無視などできないということ。

 プラスかマイナスかの意識はあるが、どちらにしろ興味津々なのだ。

 映像で観るより男前で、どの国の王子様よりも王子様らしいニール・リストンに、小さな淑女たちは瞳を潤ませていた。

 これまた絵に描いたようなお姫様のヒルデトーラは、映像では庶民の仕事である料理を、あざやかかつ手際よくこなしている。赤い点のある不思議で魅惑的な緑色の瞳で見詰められたい、彼女の作ったものを食べてみたいと思った小さな紳士は少なくない。

 今でこそ割と普通のドレスで大人しいが、映像で観るレリアレッドは奇抜なファッションに身を包んでいることが多い。
 なんでもシルヴァー領では、デザインや絵画などの創作文化が盛んであるのだとか。
 じわじわと広まりつつあるファッション業界の最先端を行く赤毛の少女には、商業関係に携わる子供の目が向いている。

 白い髪の少女は、ちょっとよくわからない――という者も多いが、一部の者は噂に聞いた有名な少女である。
 真相は定かではないが、噂では「王様を落とし穴に落として国外追放された演者」と囁かれている。
 それ以降の魔法映像マジックビジョンの躍進を考えると、あながち嘘ではないかもしれない……と、ある意味一番危険視されている存在である。

 ――そんな、若干近づきがたいアルトワールの四人に、黒衣の三人組が近づいた。

「ご挨拶をよろしいでしょうか?」

 鈴を鳴らしたような澄んだ声に、四人が振り返る。

 黒い礼服を着た三人。
 立ち位置からして、前に立ち話しかけてきた十歳くらいの少年が主で、後ろの子供二人は従者代わりなのだろう。

 ――少年を見た瞬間、ニアだけぴくりと眉を動かしたのだが、誰も気づかなかった。

「初めまして、アルトワールの皆さん。僕はアルコット・ジェイズ・ハーバルヘイム。ハーバルヘイム王国の第七王子です」

 丸く刈った金髪は額揃えで、光源によっては青にも緑にも見える光彩の瞳。
 よく見ると瞳の奥が動いている――昔は魔力至上主義だったというハーバルヘイムの貴族に、たまに見る特徴である。持ち前の魔力の流動だという話だ。

 少年とも少女とも見える、中性的な可愛らしい子供である。

「ご丁寧にありがとうございます。アルトワール王国第三王女、ヒルデトーラ・アルトワールですわ」

「アルトワール第四階級リストン家長男、ニール・リストンです。こちらは私の妹のニアです」

「お初にお目にかかります。第五階級シルヴァー家四女、レリアレッド・シルヴァーです」

 子供のパーティーであろうとも、ここは完全な社交の場である。
 上位の身分から名乗り合い、他人から知り合いになる。

 そんな貴族らしい普通の挨拶を見ていた他の子供たちも、ちらほらと寄ってきた。




 ニアは、さりげなくアルコット王子をマークした。

 港で見た暗い表情は、今は影も形も見えない――が、どうしてもあの時の表情が忘れられないのだ。

 船酔いだの多少の体調不良だのであるなら、別にいい。
 だが、もしそれ以外の理由で、何かを・・・抱えている・・・・・なら。

 このセレモニーで起こる事件は、些細なことでさえ、国際問題になりうる。

 そして、こんなところで何か事を起こすような者は、使い捨ての鉄砲玉でしかないから。

 ――警戒、あるいは心配する理由としては、充分である。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...