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364.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 03
しおりを挟む「――昨今の魔法映像の普及率と普及速度のせいで、わたくしの婚姻関係は一旦白紙になる運びとなりました」
「――私もです。国内外から多くの縁談話が来ているようで、父が選別に忙しいみたいです。しばらくはこれといった相手が決まることはないかと」
「……個人的に気になる方もいますし、それはそれで……」ともごもご言うのは、当の気になる方には聞こえなかったようだが。
パーティー会場にやってくるなり、夜会用に着替えたヒルデトーラとレリアレッドと遭遇。流れのままに結婚の話をする。
第三王女ヒルデトーラ・アルトワール。
ニールと同じ学年の十四歳で、王族という身分から小さい頃には婚約者候補だけはたくさんいたらしいが、どうも情勢の変動から立ち消えになってしまったそうだ。
本人曰く「父がわたくしの利用価値を見直したのでしょう」とのこと。
魔法映像需要が加速度的に高まってきている現状、その業界で活躍するヒルデトーラの価値も上がっていると、アルトワール国王ヒュレンツは判断したのだ。
今後どうなるかはわからないが、王族としての覚悟なんてとっくの昔に決まっている彼女は、政略結婚を受け入れるだけである。
そんな裏事情は、第五階級シルヴァー家の四番目の娘であるレリアレッドも同じようなものである。
もしシルヴァー家が魔法映像業界に参入していなければ、レリアレッドは普通に貴族の娘として、家の付き合いの婚約者がいたことだろう。
魔法映像への出演で彼女自身の価値が高まり、縁談の声が多数上がることで、一人に絞り込めなくなっていた。
そして、ここ二年ほど急速に出番が増えた、第四階級リストン家嫡男ニール。
時折魔法映像に出演していた彼の少年の人気は、初出演から異様な高さがあった。
美形なのは当然として、輝くような金髪に透き通るアイスブルーの瞳。極めつけには育ちの良さが如実に出ている品行方正そうな物腰。
まさにおとぎ話の王子様を連想する淑女が多かった。
まだ年端もいかない少年だった初出演から、出番の多くなった昨今。
まだまだ子供だったあの頃、なぜだと問うのが怖いくらい一部の淑女に熱狂的な人気はあったが――最近の大人になりつつある少年の姿は、更に多くの淑女の心を射止めていた。
飛行皇国ヴァンドルージュが魔法映像を導入してからは、この三人の人気は国を越えて高まりつつあった。
彼らの後を追うようにして、次代の演者も出て来つつあるが――今はこの三人の人気がダントツである。
――新しいチャンネルができたり新しい演者が出たりと慌ただしい魔法映像業界は、とにかく今は回転が速い。
それゆえに、ここ一、二年はアルトワールで出演することがほぼなかったニア・リストンの人気は、少し落ち着いてきていた。
もっと言うと、ここ最近魔法映像に注目しているような者は知らない存在となっている。
うっすら名前くらいは聞いたことがあるかな、程度のものである。
すなわち、外国の者である。
アルトワールで魔法映像の普及に注いだ年月は無駄にはなっていない。すでに国内で知らない者はいないほどの知名度があり、それは一年、二年くらいでは忘れられるものではない。
ヴァンドルージュが導入したことで、ぼちぼち諸外国からも興味を向けられるようになった。
だがそんな諸外国は、ほぼ過去の人物となっているニア・リストンのことを知らない者は、多かった。
――そんなアルトワールの四人は、早くも夜会に参加している子供たちの注目の的になっていた。
子供たち用のパーティー会場である屋敷の二階上がってきて、すぐに結婚事情の話をし始めた四人は、まだ知らない。
二階のいくつかの部屋に魔晶板が設置されており、これまでに彼女らが出てきた番組が流されているのだ。
もちろん魔法映像文化を広めるための措置である。
話に聞いたことがある程度の文化も、実際の現物を観れば理解も早い。
笑顔を振りまき、いろんな場所でいろんなことをしているアルトワールの子供たちを見た諸外国の子供たち印象は、様々である。
「王族や上級貴族が民に媚びるような品のない代物」と断じる子もいれば、ただただ映像に釘付けになる子もいた。
単純に映像内容を楽しむ子もいれば、この文化の意味と意図と可能性と脅威にまで想いを馳せる子もいた。
いろんな感想はあるが、共通しているのは、そんな魔法映像から目が離せなくなっていたこと。
そして、その映像に出ている演者がすぐそこにいて、決して無視などできないということ。
プラスかマイナスかの意識はあるが、どちらにしろ興味津々なのだ。
映像で観るより男前で、どの国の王子様よりも王子様らしいニール・リストンに、小さな淑女たちは瞳を潤ませていた。
これまた絵に描いたようなお姫様のヒルデトーラは、映像では庶民の仕事である料理を、あざやかかつ手際よくこなしている。赤い点のある不思議で魅惑的な緑色の瞳で見詰められたい、彼女の作ったものを食べてみたいと思った小さな紳士は少なくない。
今でこそ割と普通のドレスで大人しいが、映像で観るレリアレッドは奇抜なファッションに身を包んでいることが多い。
なんでもシルヴァー領では、デザインや絵画などの創作文化が盛んであるのだとか。
じわじわと広まりつつあるファッション業界の最先端を行く赤毛の少女には、商業関係に携わる子供の目が向いている。
白い髪の少女は、ちょっとよくわからない――という者も多いが、一部の者は噂に聞いた有名な少女である。
真相は定かではないが、噂では「王様を落とし穴に落として国外追放された演者」と囁かれている。
それ以降の魔法映像の躍進を考えると、あながち嘘ではないかもしれない……と、ある意味一番危険視されている存在である。
――そんな、若干近づきがたいアルトワールの四人に、黒衣の三人組が近づいた。
「ご挨拶をよろしいでしょうか?」
鈴を鳴らしたような澄んだ声に、四人が振り返る。
黒い礼服を着た三人。
立ち位置からして、前に立ち話しかけてきた十歳くらいの少年が主で、後ろの子供二人は従者代わりなのだろう。
――少年を見た瞬間、ニアだけぴくりと眉を動かしたのだが、誰も気づかなかった。
「初めまして、アルトワールの皆さん。僕はアルコット・ジェイズ・ハーバルヘイム。ハーバルヘイム王国の第七王子です」
丸く刈った金髪は額揃えで、光源によっては青にも緑にも見える光彩の瞳。
よく見ると瞳の奥が動いている――昔は魔力至上主義だったというハーバルヘイムの貴族に、たまに見る特徴である。持ち前の魔力の流動だという話だ。
少年とも少女とも見える、中性的な可愛らしい子供である。
「ご丁寧にありがとうございます。アルトワール王国第三王女、ヒルデトーラ・アルトワールですわ」
「アルトワール第四階級リストン家長男、ニール・リストンです。こちらは私の妹のニアです」
「お初にお目にかかります。第五階級シルヴァー家四女、レリアレッド・シルヴァーです」
子供のパーティーであろうとも、ここは完全な社交の場である。
上位の身分から名乗り合い、他人から知り合いになる。
そんな貴族らしい普通の挨拶を見ていた他の子供たちも、ちらほらと寄ってきた。
ニアは、さりげなくアルコット王子をマークした。
港で見た暗い表情は、今は影も形も見えない――が、どうしてもあの時の表情が忘れられないのだ。
船酔いだの多少の体調不良だのであるなら、別にいい。
だが、もしそれ以外の理由で、何かを抱えているなら。
このセレモニーで起こる事件は、些細なことでさえ、国際問題になりうる。
そして、こんなところで何か事を起こすような者は、使い捨ての鉄砲玉でしかないから。
――警戒、あるいは心配する理由としては、充分である。
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