狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
332 / 405

331.蒼炎拳で決まってしまっているのではなかろうか

しおりを挟む




「――そんなもんいつも通りやっちまえばいいじゃねえか」

 今日もやってきたジンキョウの修行風景を眺めつつ、ベンデリオとあれやこれやと「戦いの見せ方」を相談していると。

 どうやら会話の端々が聞こえていたようで、何度も型を繰り返してすでに汗だくで裸となっているジンキョウが、こっちの話に入ってきた。

「どいつもこいつも武客と戦いたくて来てるんだぜ。その高き龍に触れたくて来るんだぜ。師匠の好きなように相手してやればいいけどよ、そこに見た目だの戦い方だのを気にした悪ふざけを入れるのは筋が通らねえよ。
 それとも、強ければ何をしてもいいと思ってるのか? 弱い奴を馬鹿にするなよ」

 …………

 そうか。
 傍から聞いているとそういう風に聞こえるか。

「私も根底の意見は同じよ。正々堂々の一対一の場で、相手を馬鹿にするような真似はしたことなんてないわ」

 ベンデリオとは、意識としては武人ではなくリストン家の娘として家業の話をしていた。
 どうもそっち寄りの意見は、私もできれば避けない方向に行っていたようだが。

「ベンデリオ様、戦い方に関してはあまりいじらない方がいいかもしれません」

 私も一武人として、対戦相手を馬鹿にするような行為はしたくない。

「そうかい? でも――」

 と、ベンデリオはすっと目を細め、冷徹な眼差しでジンキョウを見詰める。

「僕には一人一撃であっさりぶっ飛ばしているようにしか見えなかったんだけど。それはもう簡単に。いともたやすくね」

 …………

 別に簡単でもたやすくでもないけど、――とも言い難いところである。

 確かに簡単でたやすい勝負でしかなかったから。

「ウーハイトンの武闘家としてそれでいいのかい? 君たちのような玄人には違う視点があるのかもしれないけど、素人には本当にそんなものにしか見えないんだよ。ニアちゃんがちょっと動いたら相手が派手に飛んでいくとか。そんなんだよ?」

 それも、大の大人が、子供に挑んでその結果なのだ。
 事実だけ聞くと完全に八百長のようだが。

「大丈夫だよ。俺にとっても師匠の動きは風の如く速い上に、シンエンの筆さばきのように技術は高度すぎる。俺にも同じようにしか見えねえからよ」

 ちなみにシンエンとは、ウーハイトンで数々の逸品を描いた、この国では知らない者はいないほどの高名な絵師なんだそうだ。もう五十年以上昔に亡くなった故人である。

「……もう少しだけサービス精神があった方が、良さそうな気はするけどね」

 気持ちとしてはジンキョウと同じだ。
 これまで通り、真面目に相手をして、真面目に一撃で仕留めていきたいところだ。

 だがしかし、ベンデリオに言われて気づいた点もある。
 一撃でさっさとのしてしまう行為も、ただ単純に、強さのひけらかしにしかなっていないように思えてきたのだ。

 見せ方……じゃないが、少しは「見せて教える」行為を入れてもいいかもしれない。
 
 わざわざ戦いに来るのだから、私も武客として、もう少し時間を掛けて相手をして、対戦相手にもわかりやすい戦い方を見せるべきかもしれない。

 正直今のままでは、私が私の武人の矜持を守っているだけで、他に利がないんだよな。

 世話になっているウーハイトンへの恩返しがてら、その矜持を少しくらい曲げても良いのではないか、とも思わなくもないのだが……

「ジンキョウ」

「なんだ」

「一撃で倒されるのと、少しだけ稽古を付けられた上で倒されるの、どっちがいい?」

「そりゃ後者だが。……あ、そうか。師匠はただ強いんじゃなくて、ものすごく強いんだよな」

 その通りだ。
 勝ち方が選べないほどの接戦や、それに近い状態なら、悩みの種になることもなかっただろう。

 でも実際は、幼児と大人以上の差があると思う。
 この純然たる差を推してなお正々堂々の一対一を、なんて言っていていいのか、という話である。

 だって力量差だけで言えば、私が勝てないわけがないのだから。

「ところで彼は誰だい? ニアちゃんのボーイフレンド?」

「私の弟子です」

「へえ。弟子なんているんだ」

 いるんだな、これが。
 まだまだ大したことを教えられる身体ができていないけど。今はミトと同じく「氣」の鍛錬中である。

「ということは、彼は蒼炎拳の後継者になるのかい?」

 おっと。
 まさかベンデリオの口からその名が出るとは。そんなに有名なのか?

「すごかったね、マーベリアのあの試合。あれくらいやってもらえると素人にもよくわかるんだけどね」

 ん?

「知っているのですか? あれは確か、映像はマーベリアで保管するという話だったけれど」

「いや、あの試合の時は僕も現地にいたんだよ。撮影の指揮を取っていたから」

 え、そうなのか?
 確かにアルトワールから撮影班が来ている、という話は聞いていたが……ベンデリオも来ていたのか。

「僕もリストン領でやることがあったから、本当にすぐ帰ったんだ。あの時は忙しくてニアちゃんに会う時間も作れなかった」

 そうか。
 まあ別に、どうしても会いたいってわけではないから、それはそれでいいけど……って待てよ。

「じゃあ私が強いことも知っていたってこと?」

 何が強さが伝わらないだ。素人にはわからないだ。知っているじゃないか。

「いやいや、言っちゃ悪いけど、あれこそ冗談の極みみたいな試合だったじゃない。あんな大きな鉄の塊を、青い炎を出した子供が殴ったり蹴ったりしてぶっ飛ばすんだよ? 強すぎて逆に強さがわからないパターンだよ」

 パターンと言われても。
 いまいち言葉が理解しづらいんだが。

「――なあ師匠。噂の蒼炎拳ってどんなんだ?」

 まだ目の前にいたジンキョウが、ついにそれを口にした。

「師匠の拳を見たい」と今まで一度も言わなかったのは、彼なりの弟子の矜持だったのだろうと思う。
 だが、さすがにベンデリオの目撃談を聞いたら、色々と気になってきたようだ。

 ――別に大したものじゃないんだが。ただ「外氣」に色を付けただけの代物だから。

「いずれあなたにも教えるかもしれないわ。その時に見せてあげる」

「えー。今見せてくれよ。少しでいいからよ」

「僕も見たいなぁ」

「ダメダメ」

 あんな安っぽい魅せ技をねだるなよ。本当にただ金持ちや権力者を喜ばせる派手なだけの技なのに。

 …………

 あれ?
 もしかして、世間的にはもう私の流派名は、蒼炎拳というちゃちな名称になってしまっているのか?

 ……確かに私の拳は名前のない、オリジナルの拳法だと思うけどさぁ。まったく思い出す気配もないからたぶんそうだと思うけどさぁ。

 でも、わざわざ安っぽい拳が代名詞みたいに言われると、抵抗あるなぁ……



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...